最終話:春も謎も終わりを告げる
「え…、あれが真実じゃなかったってどういう事ですか…」
突然始まる答え合わせに、未だに永井はついて行けていない。木山は川野に本気で告白した。ダメ元でなんとなく告白しに行った、という固定観念がそもそも違っていた。それで答えは出ていたはずなのだ。
狼狽る永井を無視して、黒木はまず氷川を指差して話し始める。
「まず、氷川だ。氷川は木山と友人関係、という事でいいな」
「え!? ちょ、氷川さんが?」
いちいちリアクションが大きい奴らだな、と心の中では頭を抱えながらも、黒木は上月を無視して話を続ける。
「氷川は木山と友人関係だったが、多分木山の指示で氷川は木山と他人という設定で俺達オカルト研究部に混ざってきた。そうしておけば別に氷川と木山が話していても『情報収集』という理由を付けておけばこっちは氷川と木山が友人関係だと気づく事は不可能だ」
「…つまり、氷川さんはスパイって事ですね」
「あはは…、ごめんね。別に騙す気は無かったんだよ?」
氷川の反応から、それが事実である事を永井と上月は察する。黒木は電話で既にそれを突き止めていることを氷川に話していたためノーリアクションである。
「そして、木山がそんな指示を飛ばした理由としては、多分『氷川と木山が親しい』という事実を知られると何かしら都合が悪かった、ということになる。ここからは俺の憶測が混ざってくるが、氷川は木山に恋愛相談を持ちかけていたんじゃないか? 相手は多分高橋颯斗だ」
「なんでそう思ったんですか?」
「氷川が木山と仲良くなったのは去年の冬から、という情報が入ってな。かなり大まかにはなるが、これは木山が川野に告白した時期と一致する。つまり、氷川が木山に近付いた事も今回の謎に関わってると考えた方がいい。そして、相手が高橋だと断言できるのは、木山が告白した川野は、高橋と両想いだったからだ。多少強引だが、ここまで物語を作って繋げるとこうなる」
黒木は一旦話を止め、鞄からルーズリーフを取り出す。そこには木山、氷川、高橋、川野の順に名前が書かれている。
「木山は氷川に『高橋が好きだから協力してくれ』と持ちかけられる」
「おい待て、なんでそもそも俺が高橋と仲良い設定になってるんだ」
黒木が話していると、突然木山が割り込んでくる。木山はもちろんしっかり高橋と話す時は周りに黒木と永井がいない事を確認して話していたほどに高橋との関係を隠すことに徹底していた。そういえばそこの説明はしていなかったな、と黒木は上月に目をやりながら話す。
「こいつは上月風馬。依頼人であり、協力者だ。木山と高橋が話す姿を何回か確認したのもこいつだ」
「あー、なんか悪いな」
謝る上月に、別に構わない、と返しながら木山は天井を見上げる。やられた。さっきから誰だこの男は、と思っていたが、そんな役割があったとは。流石の木山も、見ず知らずの人間全員を警戒するまでには至らなかったのだ。
「話を続ける。協力を持ちかけられた木山だが、高橋と仲が良い木山は、なんらかの形で高橋が川野に好意を持っている事を知っていた。だから、邪魔な川野を取り除くために川野に告白した」
「…俺は高橋に好意を寄せている川野に告白して簡単に付き合ってもらえるなんて甘い考えは持ってない」
「今からそこについても話す。だが、その前にせっかくみんな集まったんだし、これを機会に言わせてもらうが、永井、俺はお前の事が好きだ。…俺と付き合ってくれないか?」
突然の黒木の告白に、場の空気がが凍りつく。黒木はじっと永井の顔を見つめている。全員が永井の挙動を見守る中、永井は顔を俯けて黒木に返事を返す。
「あの…、私、今は誰とも付き合う気が無いんです。ごめんなさい…」
その言葉に、木山に雷でも落ちたかのような衝撃が走る。その様子を見て、黒木はにやりと笑う。
「これが川野から欲しかった答えだ」
「え、え? どういう事? 私たち全然ついていけてないよ? なんか黒木君振られてるし、なんか木山君の様子おかしいよ?」
「悪い、さっきのはジョークだ。要するに、女は告白されて断る時、大体この言葉を使うだろ? 『今は誰とも付き合えない』と言わせてしまったのなら、高橋は川野を少なくとも数ヶ月間は諦めざるを得ない。この方法で木山は川野を取り除こうとした」
「お前、どこまで…!」
想像を遥かに上回る黒木の想像力と考察力に、木山は驚きを隠せない。黒木の推理はほとんど正解だ。いや、ほぼ全て言い当てられたと言ってもいいだろう。
「まぁ残念ながら、俺が想像できたのはここまでだ。ここから先のことは知らん。要するに木山は高橋が好きな相手を排除して、氷川を手伝った、ということだ」
「…これ全部1人で考えたのか?」
「永井や氷川の意見も少しばかり参考にはしたけどな。で、合ってるのか?」
「まぁ、ほとんど全部正解だ…。ちなみにその後の話は、氷川が高橋に告白して振られちゃって、高橋は気まずさから川野とちょっとばかり距離を置いてる、って感じだな」
「うわぁ、面倒そうだなそれは…」
「お前が全部解明しといてその言い方は無いだろ」
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あの後、しばらくどうでもいい話をしてから今回の話はここにいる人間だけの秘密だと約束し、解散となった。最近日が長くなってきた。しばらく前なら今ぐらいの時間だったら薄暗くなりつつあったというのに。そんな事を空を見上げて考えながら歩くすぐ後ろには永井の姿があった。帰る方向が同じだから付いてきているのだ。
「…すごいですね、黒木君は」
「別にすごくない。単に暇なだけだ」
「いや、やっぱりすごいですよ。私にその…、告白…した時。私がああやって返すって分かっててやったって事ですよね」
「あー、あれか。急に悪かったな。別に氷川でも良かったんだが、永井の方が信頼できたからな」
「全然悪くなんか思って無いですよ。だけどその…、私が100%ああやって返すって分かってたって事は、やっぱりその、黒木君は私が黒木君に対して何も思ってないって考えていて、黒木君も私の事は特になんとも思ってないって事ですよね…」
珍しく弱々しい声で話す永井に違和感を感じたのか、とっさに足を止めて振り返り、永井の方を見る。綺麗な紺色の髪をいじりながら、永井はこちらを見たり、目が合えば逸らしたりを繰り返す。明らかに様子がおかしい永井に、黒木は真剣な表情で問いかける。
「…何が言いたい」
「私、黒木君のこと尊敬してるんですよ。やたら勉強できたり、人の気持ちが簡単に分かったり、誰よりも冷静でい続けれてたり…」
「だ、だからなんだよ。なんかいつもと違って変だぞお前」
「さっきの黒木君の告白、私は断りましたが、あれはその、恥ずかしかっただけで、本心としては別に黒木君なら私全然受け入れられますよ…!」
夕日が差す中、再び空気が凍りつく。しかし、それも一瞬の内だけで、黒木はすぐに踵を返して再び歩き始める。
「冗談でもやめとけよ。俺はネクラマンサーだ。それに、俺はさっき振られたからな」
「……それは、いくらなんでもずる過ぎる気がします」
ぽつりと呟いて俯く永井だが、すぐにいつもの調子に戻って走って黒木を追いかける。
どうやら恋心とやらは永井の調子すら崩しかねないらしい。恋で人は変わるみたいな事を聞いた事があるが、あの木山でさえ、人が変わったりするのだろうか。もしかして、考察の中の木山が氷川にやたら優しかったのは、木山が氷川の事を…、いや、これ以上憶測で物を語るべきではない。
嫌いな春が終わり、夏が始まろうとしている。夏も好きでは無いが、まぁいつも通りだらだらと毎日を過ごさせて貰おう。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
前作の「やさぐれ男の越冬記」の続きとなる今作ですが、書いているうちに、というか書き始めた直後からミステリーに寄って行ってしまいました。もし続きを書くとしたら、今度はちゃんと越冬記のような恋愛ものを書きたいですね(笑)
では、また別の作品でお会いしましょう。
追記
「根暗男の迎春誌」の続きとなる「底辺男の向夏録」を投稿しています。よろしければそちらもご一読ください。