2:木山蓮
昼休み。周りの生徒が楽しそうにしている中、黒木は机の上のルーズリーフと睨めっこをしている。そこには木山と小さく記されており、そこから距離を離した場所に川野と記されている。お世辞にも明るい性格とは言えない木山が話したこともない川野に告白する動機。それを調べて欲しいという上月の依頼だが、やはりこの少ない情報では調べようがない。
結局上月が部室に来た日は情報が少なすぎるため一旦解散となり、永井が情報を集めることとなった。上月は立場としては依頼者なので無理に協力させるわけにはいかないが、上月本人も何かしら分かったら部室に行く、と話していた。
「黒木君、何か分かりました?」
ルーズリーフを見つめていると、永井が声をかけてくる。確か永井はB組に行って直接木山とコンタクトを取るとかなんとか言っていたが、戻ってきたということは何か掴んだということなのだろうか?
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話は数分遡り、2年B組。昼休みを告げるチャイムが鳴り響き、木山はいつものように鞄からコンビニで買ったコッペパンを取り出して袋を開ける。晴れて2年生になった木山だが、生活自体は1年の時とさほど変わってはいない。今日も高橋が絡みにくるのかと思って辺りを見渡すが、どうやら今日はグラウンドでサッカーらしく、高橋の姿は見当たらない。
高橋、とは高橋颯斗の事である。茶色がかった髪のイケメン。サッカー部の副キャプテンだ。要するに神様に贔屓されている人間だ。
何もともあれ、昼休みに木山の安息を邪魔する人間は基本的には高橋だけなので、高橋の姿が見当たらないという事は今日は安息が約束されている、という事である。しかし、今日はいつもとは別ベクトルからの刺客がやってきたらしい。
「すみません! 木山君っていますか?」
朱色のネクタイを付けた女子が教室の入り口から一歩だけ入って木山の名前を呼ぶ。面識はないので多分あちらも木山の事は知らないのだろう。ならばここは全力で影を薄くし、ただひたすらにコッペパンを食べ続けてここを凌ぐのが良いだろう。呼ばれた木山自身が返事をしないため、教室中に微妙な空気が漂い始める。
クラスメイトに木山の友達はいない。いたとしても高橋ぐらいだろう。その高橋がいないので、誰も木山に声を掛けることができず、しかも入ってきた女子も知り合いがいないらしく、誰も返事ができずにただ木山の方を向くばかりである。これで完璧だ。誰かは知らないが悪いな、と心の中で謝る。面倒事はごめんだ。ここはこのまま凌いでいつも通りの昼休みを満喫させてもらおう。
「君が木山君ですね!」
しかし現実はそう甘くない。気づけばネクタイをつけた女子は木山の目の前でしゃがみ込み、木山に目線を合わせる。流石にクラスの全員が木山の方を向いていたのでバレてしまったらしい。
「…あー、…もう分かった。俺が木山蓮だ」
流石の木山も観念して返事をする。その様子を見て問題ないと判断したのか、再び教室の中が賑やかになる。
そもそも誰なんだこいつは、とネクタイの女子の顔をまじまじと見つめながら考える。どこかで会ったことがあっただろうか。いや、それは無い。ならば一体何の用なのだろうか。
「ちょっと捜査に協力して欲しいんです」
「…は? 捜査? 俺なんかやったのかよ」
「まぁ捜査って感じでは無いんですけど、去年の冬の件の事を知りたいんですよ」
ネクタイの女子の言葉を聞くなり、木山は彼女から視線を外し、ライトノベルを取り出す。木山の川野に対する告白。冬休み直後は割と色々な人に色々聞かれてうんざりしていたが、最近ようやく落ち着いてきていた。…と思っていたらこれだ。はぁ、とため息を吐き、ネクタイの女子を睨めつけて言い放つ。
「単に川野に興味持ってダメ元で告白した。…それだけだ。その話はしないって決めてるんだ。分かったら帰ってくれ」
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「…というわけで、話は聞けませんでしたね。でも、何か怪しいと思いませんか?」
黒木に報告すると、これはますます事件の匂いですね、とテンションを上げる永井。しかし、黒木は持っていたペンを筆箱にしまい、ルーズリーフを机の中に仕舞い込んでしまう。
「妥当な反応だろ。自分が振られた事を掘り返されたんだ。気分も良くないだろ」
「まぁそうですよねぇ。あーあ、手がかりが途絶えてしまいました」
「まぁでもなんだ、本人がそう言ってるならそうなんじゃないのか」
「いや、絶対怪しいです! きっと何か裏がありますよ裏が!」
「裏って、ドラマとか漫画じゃないんだからなこれは」
突っ込みながらも、黒木自身もそう考えていた。確かに木山の告白は妙な点があるが、これはドラマでも漫画でもない。現実なのだ。念のためこの後部室でまとめてみようと思うが、やはり巧妙に練られた策とか、複雑極まりない人間関係なんて少なくともただの高校生活には存在しない。
結局昼休みの間では何も進展はなく、そのまま放課後になってしまう。今日は上月は来ていない。遅れて来る可能性も無くはないが、そのまま話を始める事にする。
「じゃあ、ここまでで分かった事をまとめましょう」
「川野と木山は事件までは赤の他人。これ以外に何かあるのか」
「ありません」
完全に行き詰まってしまった。やはりただ一目惚れしてなんとなく告白しただけ、というのが現実なのだ。ん、一目惚れ…? と引っかかる。一体誰が一目惚れだと決めつけたのだろうか。
「念のために、木山が川野に告白した時の状況を話してくれないか?」
「うーん、私も見てたわけじゃないので全然詳しくは分からないんですけど、振られた木山君がこの世の終わりみたいな顔をしながら廊下にもたれかかっていた、とは聞いてますね」
「そんな事聞いても何も分からないな」
やはり手詰まりだ。上月には素直に「ただの告白でした」と報告するしか無さそうだ。目の前に置かれた木山と川野の名前が書かれたルーズリーフを処分しようと手を伸ばしたところで一旦手を止める。そして顔を上げて永井に話しかける。
「いや待て、それっておかしくないか?」
「何か分かったんですね!」
それを聞いて永井の顔がぱぁ、と明るくなる。以前ノートを無くした生徒のノートを探していたときも、黒木は突然の閃きによって場所を割り出してしまったのだ。
「木山がそこまで落ち込む理由が無いだろ。なんとなくダメ元で告白したのだったら、なんでそこまで落ち込む必要があったんだ?」
「そうですか? 告白して振られたら落ち込むものだと思うんですけど」
「まぁ聞け。ダメ元で告白したのなら、多少は落ち込むかもしれないが、まぁ無理だったか、と気持ちを切り替えるのが普通だろ」
「でも、聞いた話では木山君はかなりショックを受けている様子だったらしいですよ」
「つまり、木山はショックを受けなくても良いところでショックを受けていた、と考えられないか?」
「どういう事ですか?」
「目的は告白じゃなかったって事だ。極端な感じで考えると、そうだな…、川野と話してみたかったので告白という形で呼び出してはみたが、思ったより話せなくてショックだった、とか」
「いやぁ、流石にそれは…」
「あくまで憶測の1つだ。だけど、多分木山が『ただ好きな気持ちを伝えるための告白』を行なった可能性は低いのかもしれない」
黒木の説明を聞き終わり、永井は思わずぱちぱちと拍手していた。何気なく話した一見なんの役にも立たなさそうな事だけでここまで考えを展開できるというのは素直に凄い事だと永井は思った。
「私、明日もっと情報を集めてみます!」
「俺も、今度は俺自身から木山にコンタクトを取ってみよう」
『ただの学校で起こった出来事』の中に隠された真実は、静かに静かに掘り返されようとしている。