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妹とのひと時

4時間かかりました……

 家に着いた俺は、手を洗った後、里奈を居間の床に正座させていた。そして、微妙に怒りのこもった声で里奈に尋ねる。


「佐々木冬音さんて分かるか?」


 里奈はビクッと肩を震わせ、気まずそうに答えた。


「……まぁ、一応……」

「俺が言いたいこと分かるよな?」

「冬音先輩にお兄ちゃんの私生活について話したこと……です」


「です」を言う頃には完全に顔をそらしていた。

こいつ……。

 俺は大きな声で強めに言った。


「なんで佐々木に俺の私生活話したんだよ!」

「ちょっ、お兄ちゃんしー!隣の人から苦情来ちゃうよ!」


 里奈は人差し指を唇に添えながら、小声で必死に訴えてきた。


 まぁ一理ある。

 築数十年はある二階建ての古いアパートで壁が薄く、静かにしていれば隣の部屋の生活音がうっすらと聞こえるほどだ。大きな声で話していたら近所迷惑になることこの上ない。


 俺と里奈は、そんなアパートの一階の一番右端の部屋で二人で生活している。


 両親は里奈が生まれてすぐに交通事故で亡くなった。写真で容姿は確認していたが、俺も里奈も物心つく前だったので性格などは一切分からない。


 両親が亡くなったあと俺たちは親戚の家で預かられていたが、これ以上迷惑をかけたくなかったので、この春、俺が高校に進学するのと同時に近くの安いアパートを借りた。バイトの金と親の遺産を切り崩してなんとか生活費を賄っているほどだが……。


 親戚からは野菜や果物がたまに送られてくる。正直嬉しいが、まだ心配させていることと何も言わずに食料をもらうことに後ろめたさを感じているので、たまに親戚の家へ手作りの煮物や漬物を持って行ったりしている。


 ちなみにバイクの免許を取るお金は親戚が出してくれた。最初は断ろうとしていたが、親戚に「遠出するときに必要でしょ?今までみたいに車で送ってあげられないからねぇ」と言われて結局、厚意に甘えることにしたのだ。

 バイク持ってないけど。


「いや、お前のせいだろうが」


 本題はこいつだ。苦情なんて知らん。後でいくらでも謝ってやる。そんなことより、佐々木に俺の私生活を漏らしていたことの言い訳を聞いてやろう。


「で……なんで俺のことを話した?」


 里奈がおとなしく話し始める。


「えと、私が冬音先輩と初めて話したのは中一の夏だった気がする。ちょうどその時はお兄ちゃんも冬音先輩も中三だったし、まだ中等部の校舎にいたじゃん?まぁ、その時期に冬音さんに話かけられたの。「あなたのお兄さんカッコイイですね」って。私も最初は何だこの人って思ってたよ?でも、お兄ちゃんがカッコイイのは当然だから「当然です」って答えたの。そしたらこの間お兄ちゃんにプールで助けられたって言ってきたの。だから「私に言っても意味ないですよ?なんでお兄ちゃんに直接言わないんですか?」って聞いてみたら、急にもじもじし始めてね…その……お兄ちゃんを好きになったって言ってきた……お兄ちゃんは私のだからあげる気はないけど、お兄ちゃんのことを好いてくれる人だから悪い人じゃないと思って、それ以来ちょくちょく話すようになったの。話してるときにお兄ちゃんの話題が出ると、毎回お兄ちゃんの授業中と休み時間の様子とか言ってくるから、私のほうがお兄ちゃんのこと知ってるって示したくて……その…………言っちゃいました」

「そ、そうか」


 なにその可愛い理由、ほんとにそろそろ兄離れしてくれよ。あと俺のこと話すときに微妙に頬を赤らめるのをやめてほしい。妹でも心臓に悪い、ほんとに。しかもこんなこと言われたら怒るに怒れない。


(妹に甘いのか……?)


 両親がいない分俺が甘やかすべきなのかもしれない。親のぬくもりや愛情、そんなものを知らずに育ってきた。

 もちろん親戚からは愛情をもって育ててもらった。でも、それは本物の親の愛情とは何かが違うのかもしれない。いや、違うと思う。


 もしも、ただの親戚じゃなくて親だったなら、そんな考えが頭に浮かぶ。


 物心ついた頃にはすでに、親ではなく親戚だと理解していたので、親戚であることから色々なことが遠慮がちになってしまっていた。


 例えば、友達が持っているゲーム機が欲しくなってしまったとする。でも、親戚には普段からお世話になりっぱなしだし、子供二人の生活費だけでかなりのお金を出してもらっているのに、そんな状態でゲーム機が欲しいなんて言えるはずもない。


 だが、親ならどうだろう。どんな軽口をたたいても、どんなわがままを言ったとしても、ともに笑いあえる存在。時には叱られるかもしれないし、迷惑をかけるかもしれない。あれが欲しいと言えば、我が子のためにと買ってくれるかもしれない。こんなスポーツがしたいと言えば、将来のためにとスポーツクラブにでも通わせてくれるかもしれない。


 親戚にも、ゲーム機は言えば無理してでも買ってくれたと思う。それでも先に罪悪感が来てしまうだろう。


 妹も、亡くなった母の昔来ていた服などを着て小さいころから生活していた。妹も友達のように新しい服が欲しかったかもしれない。


 でも遠慮していたのだろう。養ってもらっている側の人間がわがままを言えるはずがない。今まで俺は、里奈に我慢ばかりさせていた。


(このままじゃだめだよな……)


 里奈の幸せのためにも……。


 こんなことで里奈に怒っても意味がない。里奈のためなら俺の平穏が多少損なわれても我慢はできる。

こんなことを考えてしまうあたり、俺もまだ妹離れができてないのかもしれないが。


「里奈、すまんな」

「へ?」


 唐突に謝罪してきた俺に困惑しているように見える。


 無理もない。過去のことを頭の中で思い出し、俺が勝手に里奈を憐れんでいただけなのだから。


 しかし、里奈はそんな俺を見て察したのか、どこか悲しげな表情で言葉を返す。


「お兄ちゃんが謝ることないよ、私が悪いんだし。……お兄ちゃん、お兄ちゃんのこと勝手に話してごめんなさい」


 その言葉には、互いに好きでいるからこそ伝わる、確かな愛情が含まれていた。互いに信じ、理解しているからこそ伝わるものもあるのかもしれない。先ほどの里奈の悲しげな表情も、俺と同じ過去を思い出していたからだろう。そう思うと、余計に心が締め付けられるのを感じる。


 心なしか、体が締め付けられているようにも感じる……いや、本当に締め付けられていた。「ごめんなさい」と言い終えた後、里奈が俺に抱き着いてきたのだ。抱き着いてきた里奈の表情にはどこか落ち着いた雰囲気を感じた。


 年相応のあどけなさをまとった里奈は、思わず愛でてしまいたくなるほどにはかわいらしい。絶対にこんな表情の里奈を他の人には見せたくないなんて思ってしまうあたり、俺はシスコンなのかもしれない。


 それもそのはず、兄の俺が言うのもなんだが、里奈はかなりの美少女だ。


 肩まで伸びるきれいな茶髪は、常時シャンプーの甘い香りを放っており、白人とまではいかないが日本人にしては白く美しい肌、身長は低めだがほっそりとしていてとても華奢であり、目はぱっちりとしていて口の下の右側にある小さいほくろが大人の雰囲気を漂わせる。ほんとに俺と兄妹なのかと疑ってしまうしまうほどには美少女と言ってもいいだろう。


 なぜだか俺が悲しい気持ちになるけど。


 そんな里奈を見て思う、


(こいつ、彼氏いんのかな……)


 いつも家にいるときにしか会話をしないので、学校での様子はあまり知らない。そもそも中等部と高等部の校舎は別々なので、顔を合わせる機会すらないのだ。


「なぁ、お前彼氏いんの?」


 うん、普通に聞いちゃった。それとなく聞こうと思ったのに……。


 すると、抱き着いてきていた華奢な体が離れ、ゆっくりとこちらを見上げる。その顔を見て思わずドキッとしてしまった。頬は淡いピンク色に染まり、上目遣いに見つめてくるその瞳はバッチリと俺の目をつかんでいた。


 しばらく見つめあい、里奈の口が開かれる。


「……い、いない」


 良かった。どうやら俺は里奈のクラスメイトの男子を殴らずに済みそうだ。しかし、そんな安堵もつかの間であった。


 ……ヤバい、萌え死にそう。


 どうやら里奈の瞳は俺の心までつかもうとしているらしい。

 我が妹ながら恐ろしい。


 いまだに見つめあっていたことに気づき、お互いに慌てて目をそらす。


(なんでこんなにかわいいんだよ……)


 聞いたのは俺なのにすごい恥ずかしい。とりあえずこの状況から抜け出したいと思い、今思い付いた風呂に入るという神が与えてくれた言葉を里奈に伝えようとした。


 しかし、その時丁度同じタイミングで、里奈も口を開く。


「「風呂入ってくる」」


 まさかのタイミングで見事にそろう。一瞬脳がフリーズした。


 俺たちはそのまま数秒見つめあった後、大声で笑いあった。クスクス笑いから始まった笑いが腹痛を訴えるほどの笑いに切り替わる。

 狙ってただろ。


 もちろんその後、兄妹そろって他の住人に謝りに行ったことは言うまでもない。

Thank you for reading.

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