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第三幕 茂森の鬼退治

都の北東の門に、鬼が出た。その噂を聞き、茂森の心ははやった。蛇法師に授かった神弓の扱いにも大分慣れてきたところだ。茂森は門周辺を重点的に巡回するようになった。夜道を歩む茂森達の前に、水干姿の少年が、助けを求めながら夜道を駆けてきた。

「助けてください! 私の姉が鬼に攫われてしまったのです!」

「鬼はどっちに行ったのだ?!」

少年は門の方角を指す。茂森ら北面の武士は、各々の得物を握り直し、門に向かって走った。門の中は暗く、打ち捨てられた死骸がいくつも転がっている。茂森の部下が鼻を抑えながら呟く。

「何という、あさましいあり様じゃ…! 死人を弔うこともせず、打ち捨てておくとは」

別の部下が応えた。

「致し方あるまい。先だっての川の氾濫で多くの人間が死んだばかり。生きているものどもは、食っていくのに精一杯。弔いどころではない」

「だが、あまりにもあさましい。先の乱の後の都の荒廃は目に余る。せめて、シラカワ様がもう少し……」

「滅多なことを申すな! シラカワ様が宮中を掌握するためには、まだ時間が必要なのだ。帝はわれら平家の助けを必要としている」

囁き合う部下たちを茂森はたしなめる。

「無駄話をするな。気をひきしめよ!」

部下たちは口を噤んだ。悪臭の満ちる門内を、黙々と北面の武士たちは歩んだ。

やがて、すえた臭いに混ざって、門の二階からかすかに香の香りが漂ってくる。女物の香のようだ。

「あっちか?」

少年は頷いた。が、足がすくんで動けなくなってしまったとみえた。茂森は部下に声をかける。

「お主はこの少年を守って居てくれ。我々は二階を見てくる」

香の匂いを頼りに、茂森達が門の上に昇り切ったその時、階下から叫び声が聞こえた。ハッとした茂森に、部下が言う。

「私が様子を見てまいります。茂森様は急いで女をお助けください」

茂森は頷き、眼を凝らし女を探した。朱色の衣が見えた。女が倒れている。駆け寄って助け起こしたが、茂森は思わず眼を背けた。女には顔が無かったのだ。顔から喉にかけての肉が食い散らかされている。遺骸を床に置き、闇に眼を凝らす。

階下への梯の傍で控えていた部下が、駆け寄ってきた。

「茂森様! 鬼が! 鬼はあの水干の少年です!! 義隆が喰われました!!」

「なんだと?!」

梯を降りるのももどかしく、二階から茂森は飛び降りた。その眼前には、すさまじい光景が広がっていた。部下が背中から血を流し倒れている。鬼の爪に掻きむしられ、裂けた背肉が覗いていた。そのすぐ傍で、水干の少年があさましい鬼の本性を現し、死肉を貪っている。腕だったものがぼとりと紅い口から落ちた。千切れた水干からのぞく顔・手足はたくましく、完全に鬼のそれであった。額には角まで生えている。

茂森は気を引き締め、即座に大弓を手にとった。青く鉄が光り、弦がしなる。この弓のために特注した白羽が鳴った。狙い外さず、矢は鬼の左眼をぶすりと射抜いた。

「今だ! 是孝を抱えて逃げろ!!」

二人の部下が両側から是孝を助けおこし、走り出した。眼を射抜かれた怒りに燃える鬼は、手近の是孝の身体を裂こうとしていた。が、茂森は手を緩めず矢を射続ける。

長い爪の生えた手に一本。振り向いた胸の心臓めがけて一本。三本の矢を使って、鬼はようやく倒れた。起き上がる気配がないことを確認し近寄っていく。鬼が絶命していると判断したが、念には念を入れた。鬼を縛るよう茂森は部下に指示する。部下は手を震わせながら、捕縛用の荒縄で鬼の骸を縛った。こんなに間近で鬼を見たことがないのだから無理もない。

がんじがらめに鬼を縛り上げ、茂森はようやく、詰めていた長い息を吐いた。

「ふう。ホウイチ殿の錫杖は、鬼を塵と化してしまったが、私の矢ではそうはいかぬようだな」 

不意に、重い音がした。緊張に身を固めた茂森の横に、部下が一人倒れてきたのだ。茂森のすぐ横に女が、いや、女のような姿をした鬼が現れた。紅く血にまみれた口から腐臭を放っている。鬼の長く黄色い爪が茂森の首をつかんだ。茂森の首からぷつぷつと血が滲み始めた。鬼はしゃがれた耳障りな声で言う。

「おのれ、わが弟を殺しおったな」

姉が居ると、干の鬼が言った言葉は真実だったようだ。鬼の姉は、ものすごい握力で茂森の首を握りつぶそうとしている。観念しつつ、茂森は叫んだ。

「皆、逃げよ!! 人を寄せるな!! 山寺のホウイチ殿を呼べ!!」

「呼んだか?」

茂森は眼を見開く。金色の錫杖を携えたホウイチがそこにいた。ホウイチは間髪を入れず、鬼の腕を錫杖で打ち据える。豆腐を崩すように、鬼の腕がちぎれる。茂森を意に介さずホウイチは鬼に再度打ちかかった。

「痛みも恐れも!何も感じぬ!!」

ホウイチが読経するたび、その身体に書かれた経文は、その光る明度を上げていく。

ホウイチはすさまじい速さで錫杖を繰り出すが、守りに転じた鬼もすばしこい。最初の一撃以外、まだ錫杖をくらってはいない。

「俺は仏弟子だ!この世のことわりを知れ!!」

ホウイチが大きく錫杖を振る。鬼との間に少し距離ができた。ホウイチはにやりと笑い、素早く錫杖で地面に円陣を描き、そこに入る。円陣は紅く光りだす。そして錫杖を投げ捨て、手印を組んで唱えだした。

「生も死も幻、清濁は無意味、質量は一定、故に消えて失せる……」

得物を投げ出したホウイチに、鬼は一瞬驚いた様子だったが、好機と見てすぐに攻めに転ずる。

鬼の爪がホウイチに襲いかかるのを見て、茂森は助太刀しようと大弓を引き寄せた。しかし、鬼の腕がぶら下がっている首の周りが重くしびれ、呼吸がままならず立ち上がれない。自由になる目だけが、食い入るようにホウイチを見た。

茂森の心配をよそに、ホウイチの顔は喜色満面、薄い口角が裂けんばかりである。

「貴様の世界は無へと帰す。眼潰れ耳ちぎれ鼻もがれ舌抜かれ四肢壊れ脳腐る」

鬼の爪がホウイチの喉を掻ききるかと思われた時、地面に書かれた円陣が紅い閃光を放つ。打ち捨てられた錫杖が、空中にぽんと跳ね上がった。

「見えず聞こえず香らず味わえず触れず、無法の世界に堕ちよ!!」

錫杖は空中を滑るように、光の如き速さで鬼の頭上に向かっていく。錫杖は真っ赤に輝きながら、鬼の脳天を垂直に刺し貫いた。茂森とその部下達はただあっけにとられた。鬼の肉は炸裂し、塵と化していく。

部下の一人が我にかえり、茂森を助け起こしながら言う。

「茂森様が仰っていた、物凄い法力の法師様とはこの方なのですね…」

「そうだ、ホウイチ殿だ」

嬉しそうに茂森は呟き、気を失った。

    *   *   *

茂森が眼を覚ましたのは、見知らぬ部屋であった。

首周りに大量の布が巻かれていて息苦しい。解いていくと膏薬の匂いがする白い布に経文がびっしりと書き込まれている。状況がよく分からず、起き上がり人を探す。寺の境内のようだと思いながら廊下を歩いていると、背後から呼び止められた。

「おい、茂森。お前はまだ寝てろ」

ぞんざいな口調にもしやと思って振り向くとホウイチであった。

「ホウイチ殿!」

「馬鹿でかい声が出るなもう大丈夫だな。首に鬼の瘴気がまだ残ってるからもうちょい寝とけ」

「しかし、寝ているわけにはいきません。折角神弓を預かりながら、義隆の命を落とさせてしまった……」

ホウイチは舌打ちした。

「法力ない奴が鬼を殺そうなんてのが、無謀なんだよ。それを、お前、弓三本で無理やり仕留めやがって。もっと得意がってバカみてぇに笑っとけや」

茂森は破顔した。

「ホウイチ殿はお優しい。励まして下さるのですね……ホウイチ殿は、その強さをどのようにして身につけたのですか?」

「ホウイチの目が濁り、吐き捨てるように言った。

「お前は、俺が山で滝にでも打たれて、こんな力を得たと思ってるだろ?」

「滝に打たれると良いのですか?」

「あー、そうじゃねぇ。この力はな、そんな真っ当なもんじゃねぇってことだ。俺の力は俺の悪心故に得たもんだ。お前の弓を俺は引くこともできねぇ。俺の真似をお前が出来ねぇのは、力の縁起が違うからだ。要するにだ。俺のやり方じゃあ、お前の大弓は強くならん」

ホウイチは一気にまくし立て、踵を返した。茂森はホウイチの背に静かに語りかけた。

「ホウイチ殿と私の戦い方が違うのは、向き不向き、それだけです。馬で駆けるのが得手な者不得手な者が居るように、泳ぎの出来る者出来ぬ者がいるように。あなたの力が何に由来するものであろうと関係ありません」

振り向かぬまま、ホウイチは立ち去った。

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