二話 坊ちゃまと誓うメイド
一通り坊ちゃまを愛でて楽しんだ朝の時間が終わり、ここからは教師を呼んでの勉強が始まります。
「坊ちゃま、頑張ってください」
「うるさいっ」
朝食の時間に散々、揶揄ったからか、ギッと睨んだ坊ちゃまが荒々しく扉を閉めてしまいました。
「ああ……、怒った顔も可愛らしい」
たっぷりと朝から可愛らしい坊ちゃまを堪能できて大満足です。
ふうっと息を吐いたらメイドの仕事に戻りましょうか。
「どうぞ、坊ちゃま」
「……ほかにメイドはいないのか」
「ほかのメイドは忙しいのです」
嘘です。
というか雇い主は坊ちゃまの父親ですけれど。わたしは坊ちゃま付きのメイドなのですから、休憩のお茶をお持ちするのはわたしの役目です。
「先生もどうぞ。……今日は何を学んでいたのですか?」
「おい、なんでお前の分のカップがあってサラッと隣りに座るのだ」
「空いている椅子がここにあるからですよ、坊ちゃま」
「椅子は空いていてもカップは用意せねば増えないだろう」
「それで、先生。何を学んでいたのですか?」
「ええと……」
「聞けぇっ!」
坊ちゃまの言葉を無視して教師に尋ねたら、さすがに怒る坊ちゃまを気にしながらも、今まで使っていた教科書を開いて説明してくださいました。
「この国の歴史ですか」
「はい。魔王が倒され勇者アレクと共に封印されてから、およそ三百年が経ちます。その後に国を作り直し大陸をまとめたのが、勇者と共に魔王を倒し、封印の魔術を使った大魔導師 レイン様でございます」
この世界には、かつて魔王が君臨していた。
今から三百年前、一人の勇者が立ち上がって仲間と共に退治しに向かうまでの二百年。俗に言う、暗黒時代だ。
しかし強大な魔力と世界に干渉する影響力を持っていた魔王を完全には倒すと世界自体が壊れるということで、勇者と旅をしていた魔導士が魔術を使い、勇者と共に封印をして今の世界が保たれている。
「いつか勇者が命懸けで止めた魔王が復活するかもしれません。……しかしこの三百年、それはありませんでした。もちろんレイン様の子孫が、今も変わらずに王族としてお守りしていることも大きいかと思います」
「そうですね、三百年もなんて……。レインはよくやっていると思っています」
「え?」
懐かしい話を聞いてしまい、思わずメイドがぽつりと呟く。
けれどよく聴こえなくて首を傾げている先生には、ニコリと微笑みを向けて誤魔化すことにした。
言ってもきっと、信じてもらえないだろうからね。
教師が帰ってからも、部屋には相変わらずお茶を飲んでのんびりと寛ぐ二人が残っていた。
黒髪の少年がカップを置き、教科書を開いて片眉を上げる。
「……フン。あの時の魔力はほとんど残っていないのだから、復活してもせいぜいが領地の一つを管理する貴族になるくらいだ」
「それでも良いではないですか。……だって貴方が望んだことでしょう、魔王 リーデリッヒュ?」
かつての魔王は伯爵家の長男として生まれ変わっていて、御年七歳。
魔王がいた頃は魔法を使える人間もたくさんいたけれど。平和に慣れ過ぎて使わなくなり、今では国を守る一部の人間しか持たない物になってしまった。
「レインの子孫は頑張っているみたいだけど、ちょっと平和が長すぎてだらけてきていますよね」
「なんだ。国でも欲しくなったのか?」
「そんな大きい物はいりませんよ。わたしが欲しいものは三百年前から変わっていません」
「知っているでしょ?」と視線を下に移したら、黒い瞳の奥にかつての名残である、金の光がちらりと覗き見える。
「貴様が先に産まれたのが悪いのだ」
「同じ年代の近しい人間に生まれ変わったことを喜んでください」
「フンッ」
三百年経ったけど、やっとかつての関係じゃないことになったのに。
「……オレが魔王でなくなっても、伯爵家の人間では意味がないではないか」
「まあ、わたしはただの行儀見習いで来ているだけの田舎貴族ですからね。釣り合いが取れていないのは昔ほどではないですけど、今も今で面倒なものですよ」
昔はそれこそ二百歳以上の年の差と敵対関係、さらには種族も違うという、どうしようもできない問題しかなかった。
だからわたしたちは魔導士に頼んだ。
同じ種族として生まれ変われるようにと。
次こそは一緒になれるようにと。
「アレク……いやアリア。オレはすぐに追いついて、お前を今度こそ嫁にするからな」
黒い瞳が窓から入る光に反射して、かつて魔王が持っていた金の瞳を浮かび上がらせていった。
「……はい、リーデリッヒュ。待っております」
今はまだ七歳と十八歳だけど。伯爵家の長男と田舎の男爵家の次女だけれど。
「絶対にオレはお前を諦めない」
三百年前の約束を守るために、あの時と同じ誓いを立てるわたしたち。
「わたしも。……諦めません」
ちょっとだけ背伸びをしたリーデリッヒュが、わたしの額に額をつけていつもの合図をしていきます。
そうして少し離れたら、ニヤリといつかの微笑みを浮かべて呟きました。
「いざとなったら王族権限を使ってもらおうか」
「自分も一緒に転生するなんて、レインは何を考えているのでしょうね?」
今は王女となった、かつての仲間を浮かべたら小さな溜息が出た。