十二話 坊ちゃまの婚約者
目の前で王女が倒れたことにより、そのままお茶会は中止になった。
原因となった二人は、行きと同じく首を傾げながら馬車に揺られて帰路に着く。
「レインは昔から心配性で神経質だったから、あれこれ抱えすぎるのよねえ」
「オレがお前と封印される前に、残った魔物たちの処理と世界の影響についてまで訊いてくるヤツだからな」
「それにしても急に倒れるなんて……。見た目幼女なんだから無理しなければいいのに」
「ファルマン公爵関係はすでにほとんど終わっているはずだ。問題ないだろう」
「なんで急に倒れたんだろうね?」と、主な元凶二人は怪訝な顔をしてお互いを見やった。
誘拐劇も忘れ去られようとしていた頃、今度は父親宛に城から手紙が届いた。
「手紙ってゆーか釣書ってゆーか」
「つまり王女様と婚約しない?っていう打診のお手紙みたいですね、あなた」
「国を滅ぼしたいのかなあ?」
まったくわからないという顔で、伯爵夫妻は手紙を摘まんだ。
「は?」
朝食の時間に突然言われた坊ちゃまは、先ほどの夫妻と同じくちっともわからないという顔をして固まった。
「私が嫁にしたい者は、ただ一人だと知っているはずですが?」
「うん。でもさすがに全員に正体は知られていないだろう?まあ茶系が多い国で珍しい黒髪だから、もしやって思ってる人はいるかもしれないけどね」
この国は一部を除いて大体茶色の髪に茶色の瞳を持っている。
大魔導師 レインの血を引く王家の一部では金の髪を持って産まれる場合もあるが、それでも一握りだ。
「歳もちょうどいいもんねえ。それにほら、よくお茶もしてるでしょ?」
「レインに呼ばれているのは主にアリアで、オレはおまけなんだがな」
「普通はメイドがおまけだからね」
話しに出たメイドは坊ちゃまの口元についていた卵の欠片を綺麗に拭き、坊ちゃまが気が付いたと同時に傍らに控えていった。
静かすぎるメイドをチラチラと気にしながら、この家の主人が打診の手紙をテーブルに置いていく。
「君たちの正体を知らなくてウチと仲のいい公爵家からだから、そう簡単に握りつぶすわけにもいかなくてね。悪いんだけど、三日後のお茶会に行ってくれない?……もちろん、シアもついていっていいから」
「仕方がありませんね。こちらから破談にしてきても良いのですよね、父上?」
「いいよー。王家と親戚なんて面倒しかないもん」
「王女とその公爵家を細切れにしてきても良いでしょうか、旦那様?」
「あ、それはしないで」
ニコリと微笑んだメイドの口から物騒な言葉が出たけれど、両手を挙げて宥めるように「細切れはいかん」と言っていく。
「……」
「……」
もっと笑顔を深めたメイドの細められた瞳は笑っていない。チラリと覗いた瞳が金色に輝いていることからも、今すぐ叩き斬りに行きたい衝動を抑えていることがわかる。
「なんだ、シア。オレを信用していないのか?」
「いいえ、坊ちゃま。けれどこういうことは最初が肝心だと言うでしょう?……誰のモノに声を掛けてしまったのか、その身に叩き込まなければ何度も繰り返すかもしれないではありませんか」
「うん。やめてね?」
さらに微笑みを深めたメイドは何を言っているのかわかっているのだろうか。
……わかってんだろうなあ。ついでに実行できる力を持っているところも厄介だ。
「とにかく。ウチとしても向こうとしても、お断り一択って決まってるんだから大丈夫でしょ」
なんとかその場を収めて、相手の立場と命は尊重するようにと言って旦那様は逃げた。
―――その頃。同じことを聞かされていた王女は力の限り暴れていた。
「落ち、落ち着いて!魔力暴走してるから!国の結界にヒビ入るぅぅぅ!!」
国王付きに王女付きの騎士団たちが、たかだか六歳の幼女の癇癪に振り回されているように見えることだろう。
けれどそうでないことは真っ青になっている表情と、なんとかしなければ国が滅びると焦って言う台詞でわかるはずだ。
けれどそんなことは、死刑宣告にも近いことを言われた王女の耳には届いていない。
金の髪を魔力と共に振り乱し、およそ六歳児に見えない形相で全員を睨みつけながら怒鳴っていく。
「お前ら知らないからそう言うんだ!アイツは魔王よりもタチ悪いんだぞ!?そのアイツから魔王を取ったらどうなるかなんてわかってんだろ、俺を殺す気か!?そうかそうか、お前らは俺に死ねって言ってるんだなぁぁぁッッッ!?」
「魔力が漏れている!全員、結界を強化せよ!」
「うるっせぇぇぇ!!!」
ピシャーンッ
「ぎゃあぁぁぁっ!なんか落ちたなんか落ちたぁぁっ!!」
その日、国の上空では原因不明の雷鳴が轟いていた。
三百年前を知っている人が見たのなら、魔王が降臨したのかと勘違いするかもしれない。
「誰が化け物を嫁にしたがる魔王と結婚などするかぁッ!!!」
国一番の魔力を持つ王女様のご乱心は、瞬く間に城中を駆け巡った。




