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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ルキフェルの挽歌

作者: 風藤 R 亮次

原案:友人の作品を、大幅に改変して書き上げた物語です。

物足りないかも知れません。

純文学の分野にしようか迷いましたが、私が、純文学作家ではない、という認識から、純文学にはしませんでした。

 黒澤 雫は、白いブラウスにボウタイを締め、制服のスカートを着た服装で、カツカツと早足に、この札幌市立K高校の廊下を、制服の上着を左手に握って、歩いていた。

 目指す先は、職員室。着くとノックをして扉を開き、「失礼します」と、大したボリュームではないのに、何故か迫力があって、職員室の先生方に聞きやすい声でそう言った。

 雫は見渡して、目的の先生を探す。

 ……いた。

 担任の吉田 光陰先生の下へ向かい、椅子に座った吉田先生と、身長148cmの雫は向き合った。3月生まれのため、学年の中では身長は低い方だ。心持ち、吉田先生の顔が赤い。

 ……結局は、男か。

 雫は内心、吉田先生を見下した。

 雫の見かけは、身長こそ低いものの、色白の涼やかな面立ちで、目鼻は比較的整っていて、黒いストレートの髪を肩にかかる位で切り揃え、均整の取れたバランスの良い肢体。

 30代と思われる吉田先生から見ても、相当に魅力的な女性に見えるぐらいの自信は、雫も持っていた。まして、今や、高校生どころか中学生でも、テレビなどの様々なメディアでアイドルとして活躍し、吉田先生ぐらいの年齢なら、追っかけをしている相手でもいてもおかしくない位に、今、女子高生は、女性としての魅力を、高く評価される時代だ。

 ――ただ、惜しむらくは、雫は非常に性格が暗く、眼鏡こそかけてはいないが、目の下に隈が濃く、いつも俯き加減だ。


「どうした、黒澤?」


 吉田先生は、雫が悩みでも相談しに来てくれたのかと、内心、嬉しくてたまらなかった。

 今まで、生徒に頼られた経験は、あまり無い。年齢が、先生としては若いが故の、頼り無さが原因であった。

 だから、相談に来たのが誰でも嬉しかったであろうが、吉田先生も、一人の男。可愛い女の子に頼られて、嬉しくない訳が無かった。


「これ」


 雫は制服の上着を吉田先生に突きつける。

 見やすい位置に、ガムが引っ付いていた。否、そのガムが見やすくなるように制服を持って歩いて来たのだろう。

 恐らくは、椅子に座るか何かの時に、潰してしまったのだろう。素人には、取るのが難しい状態になっている。


「ああ、クリーニングに出せば、恐らく取れるぞ」

「確か、この高校、許可をいただけば、私服で通っても良いという校則になっていたと思いますが」

「ああ。正当な理由があれば、という建前でな。

 ……だが、大抵は、『制服を買うお金があるなら、塾に通わせる費用の足しにしたい』とかいう適当な理由で通用するから、条件は適当で構わない。

 事実上、有名無実の校則になっているからな。それを目当てにする生徒の学力が理由で、ランクの高い高校にもなっている。だから、私服にすることでの問題も起こったことが無い。

 ……これが届出用紙だ。名目は、思いつかなかったら、先生が何とかしてやる」

「いえ。自分で書けます」


 自分の名前や住所、電話番号等を書いた後、雫は理由の欄に、悩む様子すら見せずに、すらすらとこう書いた。


『イジメによるガムの貼り付けで、クリーニング代の捻出が家計の都合で用意するのが困難な為』


 雫は、何一つ偽ることなく、正々堂々とその理由を書いて、吉田先生に差し出した。

 それに対する吉田先生の最初の反応が、「ホワァッ!?」という、教師としてあるまじき、意味不明な反応だった。


「く、黒澤。

 流石にこの理由は……。

 ――事実なら、先生たちが全力で対処してやる。

 だが、この理由を隠蔽したら、社会問題になることも理解してくれ」

「介入されると、アイツラのイジメがエスカレートするので、一切干渉しないで下さい」

「そういうわけにも――」

「迷惑だ!!!!」


 今度は、雫のフルボリュームだった。少なくとも吉田先生はビビるほどの迫力だった。


「……というわけで、よろしくお願い致します」


 吉田先生は、届出用紙を持ったまま、雫が職員室を出る際にお辞儀をするまで、呼吸すら止めるぐらい、一切の動き・反応を取れなかった。


「……えらいこった……」


 吉田先生は、運の悪いことに、正義感の強い面も持つ教師だった。

 だから、この一件を放置するという選択肢は、彼の頭の中には無かった。

 だが、吉田先生の悪の面が、とりあえず、雫の届出用紙を新しい届出用紙に書き直し、その理由も、無難なものに書き換えて、手続きだけは無難に済ませてしまった。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 経済的に苦しい家に生まれ、どれほどの苦労をして、親が制服を買ってくれたのかを雫は知っている。

 私服の数が少なすぎて、制服でなければ、悪目立ちして、また学校でイジメられることを考えて、私服で通う生徒が多いが故に、逆に制服で通うのは、それこそ悪目立ちすることに気付かず、親は親なりの最善の努力の結果、制服と言う選択肢になったことも、雫には予想がついている。

 それでもイジメられた。それを親に言うべきではないが、いずれその耳に入るであろうことに、雫は嘆息する。

 教室に戻って、机の上に置かれた、ノートの1ページを破って書いた、雫の似顔絵――否、全身がデフォルメして描かれている――を見て、また雫は嘆息した。昼休みに、クラスのほとんどが順々に、その絵を見て、それから雫を見て、笑い者にしているのを、気付いていたけれど視線を一度も向けることなく、気付いていないフリをしていた結果、その絵が、雫の目の下の隈を強烈なほど強調し、右側に雫の絵の身長と同じ長さの線を書いて、「148mm」と書き、紙の上部には、「美人のつもり」と書いて、その下に下向きの矢印を書いてあって、そりゃ、笑うだろうよと雫は納得した。


 鞄はある。

 中身は、全て消えていた。……探す気も失せた。だが、一応ゴミ箱を確認して全て発見し、鞄の中に綺麗に整理して収めた。


 帰りの靴箱で、外靴が無かった。

 探した結果、埃のたっぷり溜まった排水溝に両方突っ込まれていたので、出来るだけ埃を払って、靴を履き替えて、少し迷った後、上靴を靴箱に入れ、『バイバイ』をするように右手を振ってから、帰宅することにした。


 校門のところで、白井 聖が、中学生の時と同じように待っていた。


 聖は、優しい。だけど、雫にはその優しさが痛い。

 だから、必死になって、ガムの跡に気付かれないよう、そして、それが不自然でないように演技して、聖にしかほとんど見せることの無い笑顔で話しながら、2人は帰った。


 次の日から、雫は引き篭もった。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「学校に通わず、高卒の資格を得たい」


 雫はまず、そう言い訳した。


「勉強のための参考書を買う為に、バイトしたい」


 その2つの要求を、雫の両親は涙を堪えて了承した。


 バイトは、人と接することの少ない新聞配達。本来なら学校の許可が必要だが、雫の母親が吉田先生に相談に行った結果、在学すると、費用がかかるという点を指摘され、自主退学、という形で、学校の許可すら必要無く、認められた。


 市内で一番と言われる高校。そこに合格した雫の記憶力は、半端では無かった。

 自転車での配達も、そのレベルの高校となると、体育の成績まで優秀である方がかなり有利であるから、雫は、その点でも優秀だったため、徐々に任される新聞の部数が増え、料金の回収も、「ご主人様はいらっしゃいますか?」と言って家の父親が出てくれば、雫の外見を見て、支払いを躊躇われることすらほとんどなかった。そのため、すぐに販売店で一番の成績を弾き出し、給料もそれ相応にもらえた。

 雫にとって、学校よりも社会のアルバイトの方が、成績を直結で利益になる形で評価してくれるのは、心地良かった。忙しさが故に、イジメも無い。但し、自分も含めて、新聞配達をバイトに選ぶ人間は、クズだなと最初の一週間で感じた。バイトの男全員から、一度ならず口説かれて、断ると、口汚い言葉で罵られた。雫にとって、その程度はイジメの範疇にも入らない。理解は出来る。だけど、一度断られたら、二度と誘うなよとは思った。


 収入も安定してきてから、雫は、「聖に勧められた」という便利な言い訳を利用して、少し高くて、フィルムタイプの古いモデルのカメラを購入した。参考書も買っているが、それはカモフラージュで、様々な書籍を購入していた。そして、写真の現像のために暗室が必要で、一瞬でも強い光が入ると写真が台無しになるという事実を伝え、自室の鍵と、暗室を確保した。


 両親は、それでも、雫の表情が中学生の頃に比べると暗くないと、安心してくれた。


 だが。雫が最も嵌まっていた本。

 それは、黒魔術を研究する書物だった。


 主に、古本屋で集めた。むしろ、新品で買える新しい書物よりも、古びた古本屋で、プレミアがついて定価より高い本の方が信じられると、そういう本を参考書に交えて買っていた。


 カモフラージュに、少しの代金を支払ってテストを受けて好成績を出すと、雫の両親は、雫を一片も疑うことなく、これなら高卒の資格も、学校に通わなくても得られると、せめて大学ではキャンパスライフを満喫し、楽しい大学時代を過ごして欲しいものだと、期待する気持ちが、雫の心にナイフのように刺さって苦しめ、より一層黒魔術に染まっていっていることにまでは気付いていない。


 写真も、「雲の写真に嵌まった」と、様々な美しい空や雲の光景を撮影してアルバムを作成し、両親に見せていた。「聖くんは、良い趣味を教えてくれたものだね」と、雫のカモフラージュは完璧だった。聖が、自宅までは押し寄せて来ないし、電話もかけてこないことは知っている。中学生の時に、徹底的に拒絶した結果、聖がそういう行動を辞めることで、しばらく後に、雫が「ありがとう。おかげで心穏やかに過ごせて感謝している」と心にも無い――いや、少しは本気で思っていた言葉を述べると、その後、二度とそのような行動をして来なくなってくれたのも、今の雫にとっては大変助かっている。


 新聞配達は、ただ収入のために行っているのではない。

 担当しているS新聞、記事の書き方が独特で面白いと、新聞というより読み物の側面としての人気が高く、他誌と同時に購読している者も多く、新しい新聞社なのに、北海道内では三番の購読率。この販売店の販売範囲内は、特に異常に高く、90%以上の購読率を誇る。

 だから……。

 雫は、復讐すべき対象者の家を、不自然に思われることも無く突き止めることが出来た。

 一度覚えれば、帰宅してから地図に記して行けば良い。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 そして、計画を実行に移すべき時が来た。

 夏の足音が届く頃。

 雫の黒いストレートの髪が、大分伸びて前髪だけ自分で散髪専用の鋏を買って切り、少し痩身になった頃。


 全ての準備が整っていて、電波時計で秒単位まで正確な時間を計る。

 深夜二十六時二十二分。

 この後に、新聞配達のバイトは入っていない。そのように、休みを調節してあった。

 日付は記せない。全く同じ行動をされては、万が一の制御の失敗の場合、世界に壊滅的なダメージを与えかねないが故に。


 整っている準備とは、悪魔を召喚する儀式の準備であり、時刻になった瞬間から、正確な順番で部屋に描いた魔方陣を照らすための蝋燭に火を灯してゆく。

 ……これだけのイジメを、徹底的に許さないという覚悟でやってくるのならば、神よ、貴様は私をあの時に死に至らしめているべきであったのに。


 雫がイジメられ始めたきっかけは、告白してきて振られた男子が、単に自殺した。それだけである。

 それから、初期のイジメは、「黒澤さん、僕と、付き合って下さい!……もしも付き合ってくれなかったら、自殺しちゃおうかなぁ~」とふざけて言ってくるというものであった。当時の雫はイジメられ慣れていなく、その男子の自殺というのは、精神的にキツかった。故に、そんな単純な軽度のイジメも、当時の雫にはとてもツラかった。当然、誰一人とも付き合わなかったが、言わなくても分かるぐらいに雫に惚れ、そして非常に正義感が強く、慈悲の強い聖が、そういうイジメに気付いた時には、退けてくれた。聖は空手も齧り、喧嘩もとても強いのは評判だった。

 聖については、『生意気だ』という理由で上級生複数が中学校の時の新入学生のうちの不良と言われる全員と、ついでに聖をトイレへ呼び出し、聖以外はトイレでボコボコにされ、新聞にも載るほどの事件となった。……聖以外というのは、言わずもがな、呼び出した上級生たち全員も含めて、である。

 なので、聖は非常にモテるのだが、雫を好いているという一点において、『反聖派』というのも意外なほど多い。当然、『反雫派』というのは、お話にならないほど多い。実は、『雫派』というのも少数居るのだが、誰も自分からは言い出せずにいる。そういう連中が、『聖派』をどう思っているのかというと……好ましく思っている。聖ほどの強さを持っていなければ、雫を救うことは出来ないと思っているからだ。だから……『雫派』とは、聖と一緒の時の笑顔の雫を偶然にでも一瞬でも見たことのある、気の弱い生徒ばかりだ。


 雫は、そのほとんどに気付いていながら、それでも、悪魔を召喚して復讐しようと思っていた。

 ……地獄?そんなものが実在するとは証明できないし、イジメをした程度の者が落ちるとは限らないし、そもそも、雫の望むような罰を与えてくれる存在であるとは思えない。


 だから、手を出した、黒魔法。

 本日を以って、最早、雫は引き返すことの出来ない道を進むことになる。


 それによって、雫が地獄に落ちようとも、雫は後悔しないぐらいの覚悟だった。実在を疑っていながらも、自分を苦しめるためだけに、地獄は存在すると、矛盾を孕んだ考えを雫は信じざるを得なかった。ただ死ぬだけで、苦しみから解放されるなどという甘い考えを持ち得なかったが故に。


 儀式は恙無く進行し、最後に呪文を口にする。


「✠✡✶✢✫✴✥✻✜……」


 その文字の、魔界での読み方を正確に知るのに、どれだけの努力をしたか……。

 小規模な、実害の無い方法で、近似した音の表記をしている本を参考に、必要な『図形文字』とも『魔界文字』とも言えるであろうその言語を、ようやく必要な文字全ての読み方を見つけ出した時。

 雫は、静かに狂喜した。


 あとは、本当にその読みが合っているかどうか……。


 ――魔方陣の中心に、風が巡った。

 それは徐々に強くなり、つむじ風になり、まるで竜巻のようにもなり……。

 そして、それが収まった時、そこには、黒い影が浮かんでいた。


 蝋燭の火は、既に全て消えている。雫は慌てて、部屋の明かりを灯した。


 黒い影は、やがて人型と成り、人間で言えば瞳の辺りに、不気味な赤い光が揺れていた。


「我が名は尽。そなたは?」


 影が名を名乗り、雫に名を訊ねて来た。


「黒澤 雫」


 名前だけを答えた。


「そうか……。

 我が役目は、召喚者たる者に、三度、尽くす事。

 望みを言うが良い」


「……三度?」


 雫は、ありがちだとは思いながら、その回数の少なさに、愕然とした。

 あの悪魔召喚の儀式は、一人の人生で一度しか成功しないとの記述があったからだ。


「そうだ。三度、丁度三度のみだ。

 それで、我が役目は果たせる」

「……役目を果たしたら、どうなるの?」

「……罪を、減刑され、それ相応に受ける罰も軽度になる」


 おかしなことを言うものだ。

 雫はそう思った。


「悪魔ならば、罪を犯すことそのものこそが役目でしょうに」

「……それを、未来永劫と思えるほど繰り返し、それ以外の一切の行動が許されないということが、どれほど苦しいか、貴様には分かるまい」

「……減刑とそれ相応の罰の軽度って、どの程度?」

「……昔、ある例で、人を1万年、殺し続ける輪廻を、1億回繰り返す予定だった者が、殺される側である人間に対して、話しかけることを許可された例がある。ソイツのアバターが、『尽』として、大昔に召喚され、三度尽くして、減刑されたのはその程度だ。罰の軽度は……。

 同じ者を例に出すのは、理解してもらうには相応しくないが、他の例を思いつかない。

 殺した相手である運命の女性が、女性の方から求められたが故に、恐らく1万回などでは済まない程の輪廻を繰り返した後、ようやく一度のみ、本当の『改心』をしたことを認められて、その褒美として望みを聞かれたが、最初は『何も望みません!』と言ったそうだ。だが直後、その女性と出逢い、5分だけ話すことを、魂の望みがそれで良いのか訊ねられて、それでもいいと言って話した結果、その2人は、1億回でも1兆回でも輪廻で罪の償いをし続けることで、また再び、ひょっとしたら一度きりかも知れないが、幸せな人生を一度歩むことを目指すことをお互いに誓うと、閻魔大王様が、100万回の輪廻でその願いを叶えてやることを、本気で検討してくれたことがある、という例が、我が知る限り、唯一の例だ。

 我が知る限りで唯一ということで、どれだけ珍しいケースなのかを想像していただけると理解もしていただけると思われる」


 聞いていて、これは面白い話を聞けたと、雫は喜んだ。

 雫は、入学式の新入生の代表として挨拶をした。つまり、入試では一番の成績。市で一番の公立校で新入生代表ということは、市の同じ年代の中で、一番に近い位に頭が良いことに近似する。


「ならば、イジメが罪で受ける罰とは、どの程度のもの?」

「……イジメの程度にもよりますが。

 極端に酷い者の例で言います。


 少なくとも1000年、まずはイジメのみによって、イジメられて死ぬことだけが役目であり、それ以外に於いては幸せな人生を次世で約束された者を、イジメに耐えられず自殺するまで、イジメ続けなければならないことになるでしょう。

 そして、恐らく1000年ほど、それが続けば、イジメられた者が復讐をしてその罪を負った者を殺すという結果で一度目の罰は終わり、現世――つまりこの世で、イジメることだけを楽しみにして生き、或いは、それ以上の罪を背負う楽しみを持てば、イジメの罪を償い終えた後にその次の償いの罪を背負ってしまいますが、恐らく本人は気付かぬでしょう。ですので、その時には、少なくとも心が折れるほどの絶望を感じます。


 そして、肝心のイジメの罪に対する罰ですが、恐らく、5000年ほどで、心が折れますが、役目はゆっくりでも果たし続けなければなりません。その時点では、イジメを苦痛に感じているでしょうから、ゆっくりなのは構いませんが、休むことは許されず、休もうとしたならば、閻魔大王様の命令によって強制的に動かされ、そして、1万年ほどで、ようやく、前回の魔界でイジメを苦に殺してくれる人物に出逢い、恐らく、イジメなくても殺してくれるだろうと、『殺してくれ』とまず頼むでしょうが、イジメを苦に殺す役目の者が、相手を殺すほどのツラいイジメを受けるまでは殺されることも無く、もしも、イジメに耐性がついて、イジメる者が殺さなければ殺してくれないほどの耐性を持っていた場合、……我が単純計算で、計10万年ほどの後でありましょうな。ようやく、違う、イジメを苦に殺してくれる者が現れるまで、人間の想像を絶する苦しみに耐えながら、やっと、その魔界から現世に輪廻して、そして、イジメという選択肢は全て避けるでしょうが、それ以外に罪となる楽しみを見つけてしまった例を挙げましたな、そのような楽しみを見出す者は、罪と罰の輪廻から、たった一度の幸せな人生を送るだけの『改心』を行うことすら、凄まじき難易度で、恐らく一介の人間には成し遂げられますまい。


 ならば、魔界での地位を上げるために、罰を受けながらも、この世での罪も、罪を犯した者をイジメるという手段などで、徐々に地位を上げて、アバターで減刑・罰の軽減を叶えてもらうための存在が我だ。


 決して、代償に魂など求めはせぬ。安心せよ」


 想像力も豊富な雫は、こう思った。


「なら、私も、魔界でイジメられるだけのために罰を受けるの?」

「ええ。ですが、その前に償わなければならぬほどの罪を犯しているようですが……」


 雫には、すぐに想像がついたのだが。


「それを罪と言うのならば、私はどんなに嫌な相手とでも、男女の付き合いをしなければならないの?」

「いえ。その罪は、相手にも罪があり、しかも相手の方が罪が重い。

 ……何度か、醜い容貌でイジメを受ける人生を輪廻する程度で済む、かなり軽い罪だとは思われますが」


 雫の脳裏に、あの絵が浮かんだ。雫の姿をデフォルメした、あの絵を。

 あの絵の処分は、結局、掲示板のど真ん中に、画鋲で止めておいたのだが。


「『イジメられる』、というのは、原因が自分の罪に無い限り、ただの役割で御座います。

 その役割が必要である限り、イジメは受けるでしょうが、全く平気になって、罪の全てを償い終えていれば、恨むほどのイジメを受けることなく、人生を幸せに終えられるでしょう。

 その場合、望めば、魔界ではなく、天界へ死後、行く道もありますがな」

「天界とは、どのような場所?」

「さて……魔界より上の次元なので、覗いたことは御座いませぬが、聞いた話では、魔界で地位の高い者と同じく、現世の安定と見守りのため、役目を果たす場所で、魔界とは違い、罰は受けぬ場所とは伺いますが……」

「……なら、天界にも行きたくない」

「ならば、神々の1柱にでもなるしか御座いませんな」


 フムと、雫は考えた。


「神に成れば、地上に罰を下せるの?」

「ルールの範囲内で御座いますれば」

「……自由自在では無いの?」

「人間が死後成る可能性のある、この国で言う『八百万の神々』の上の次元には、八百万の神々の行動すら制限する、人間には成る事が不可能な、所謂『唯一神』が存在し、ルールを定めております故にありますれば……」

「それでも、神に成るのは面白そうね……」


 尽は、少し逡巡した後、雫にこう言った。


「……恐らくは、貴女であれば、所謂『魔王』の一角になるのではないかと」

「……神と魔王は同格なの?」

「恐らく。魔界に魔王は存在して居りませぬ故、悪性を持った神が、魔王や邪神と呼ばれる存在であると噂されて居りまする」

「フフフ……。やはり、私は神々から見ても、『悪』なのね……」


 雫は自虐的に笑うのだが、尽は笑みを浮かべてこう言った。


「ご安心を。人間が勝手に名付け、区別しているだけで、役目が違いまするものの、対立したり、まして、魔王に成られたからと言って、神々からイジメられることはありますまい」

「……何故、そんなことが分かるの?」

「全部ひっくるめて、『神々』と例えて申しますが、悪性の神々と善性の神々が、現世にアバターを持ちましても、それらが対立することは、却って珍しいことであります故、神々のアバターのご役目までは我々、存じて居りませぬが、神々のアバターに『お導き』を与えることを命じられる事が有ります故」

「ならば、魔王に成らせて。

 一つ目の願いは、それにするわ」

「出来ませぬ」


 尽は答えた。はっきりと。


「何故!?」

「我が能力を超えた願いであります故」

「……それは道理ね」


 雫は少し考えた後、こう考えた。


「私をイジメた者全てに罰を下すことは出来る?」

「出来る・出来ないで言えば、出来まする。

 しかし、我が役目を考えれば行いませぬ」

「……何故」

「貴女を魔界の苦しさに貶めぬために御座いますれば」


 そのセリフを、雫はフンッと笑い飛ばした。


「私は地獄に堕ちるに決まっている」

「そうとは限りませぬ!」

「どうせ、神も私をイジメたいに決まっている!!」

「そのようなことは御座いませぬ!!」


 言い合う声の迫力で、雫は圧し負けた。

 ……そういえば。

 こんな大声を出されれば、流石に親が気付くだろうと思ったのだが。

 ――ふと、目に留まった時計。その秒針が、止まっていた。


「……今、時間は止まっているの?」

「虚数方向に動いておりまする。現実では、この時間軸を感じ取れる者は居りますまい」

「時間を止められるの?」

「必要に応じて」


「まぁ、いいわ。

 貴方、私に生涯尽くしなさい」

「……三度、尽くせば私はこの現世から消え失せますが」

「いいから、次に、最大限、私に尽くしなさい」

「勿論で御座います」

「ならば、今の私の記憶を残したまま、私に告白し自殺したあの男の死ぬ前の時間に私を戻しなさい」

「……時は、遡れませぬ。

 ですが、転生した貴女に、貴女の記憶の一部を引き継ぐ事は可能で御座います」

「……今の私は、救われないのね……。

 そして、私は貴方に三つ、尽くして貰った。

 貴方は、消えるのね」

「――最期に一言」


 尽は消えかけた身で、こうとだけ言い残した。


「復讐を諦めて下さいませ。

 さすれば、貴女は幸せになれまする」


 ――尽が消えてしばし。

 雫は、泣き崩れ、そして、叫び続けた。


「ああああああああああああああああーーーー!!!!」


 両親は、救急車と警察を呼び、錠の掛かった扉を無理矢理に開け、雫を病院に運び、強制的に入院させた。

 雫は、保護室に閉じ込められることとなった。


 3ヵ月後、強制的に退院させられた雫は、しばらく、整理整頓された自室のベッドの上で、ただぼんやりしたり眠ったりするだけの生活を続けた。例外は、食事とトイレ、お風呂位のものであった。


 両親が話し掛けても反応する事は無く、仕方なく、呼び出されたのが聖だった。


 聖は、一度目は花束を、二度目からは、古本屋で仕入れた古本を雫に渡して、返事が無くとも、二言・三言話し掛けて、反応が無いのを見て、帰ることを繰り返した。


 不思議と、雫は、聖の持ち込んだ本を、ある程度は読んでいるようであった。本の話題をすると、内容を少し喋るのだ。だが、活字の本は、ほとんどが途中で読むのを辞めていることも、聖は知る。

 未だ、読む力が戻っていないのかと、聖は漫画も選ぶようになった。これが、効果があった。

 読破した漫画は、続きを要求してきた。聖は空手をサボらない程度にバイトして、最新刊まで買うようになった。学校の許可を取り付けるのは、聖にとっては簡単であった。雫の居ない学年で、成績で聖に敵う者は居なかった。それだけの成績を出しながら、進学は、空手の道を進める学校への、出来れば推薦入学を希望というのだから、いざとなったら、入試を受けて、独力で進学が可能だった。バイトは、聖の師匠のコネで、幼い弟子の指導を、給料は最低賃金になるがやってみないかと言われ、古本代を捻出するだけなら十分だし、一石二鳥だと、引き受けた。それ以後、全国大会で優勝経験もある聖の指導を受けられるならと、弟子が増えて、師匠にも感謝されたりした。


 その内、以前の活字の本を雫が読み返したりして、続刊があれば、求められることもあった。

 徐々に、求められる本が漫画と小説等の活字の本が半々位になり、読み終えた本の一部の処分を求められたりもするようになった。古本を売る代価は求めずに。

 幸か不幸か、本棚は雫が部屋の壁一面を埋め尽くす程まで自分のバイトで備えていた為、そんなに頻繁ではないが、一度に大量の漫画を売る事を求められた時は、聖は雫の両親に相談し、大型古本屋チェーンに纏めて引き取ってもらいに来て貰う事もした。代金は、三人で相談し、雫の郵貯の口座に振り込んでもらうことにした。


 聖の大学推薦入試が決まった頃、雫はこんなことを言い出した。


「パソコンとWordが欲しい」


 聞けば、執筆活動をしてみたいとの事。勉強机と椅子はあったし、聖は貯金から幾許かの纏まった金額を支払い、ノートパソコンを激安ショップで購入して、雫の両親と相談してインターネットにも繋ぎ、無料でダウンロード出来るウィルス対策ソフトとオフィス機能を備えたソフトをそのパソコンにセッティングした。


 この頃になると、雫は、比較的自然体で過ごせるようになっていた。大人しさは以前にも増しての様子だったが、暗さより穏やかさを感じさせる、痩身の魅力的な女子となっていた。髪も、切りに行きたがらないので、母親が昔取った杵柄で、切らずとも編んで、少なくとも視野を邪魔しない髪型から、徐々に腕を上げて、魅力的な髪型に整えていた。見た目だけなら、水商売でも通用しそうなレベルだった。

 洗髪も、雫は長くなってきてからサボりがちになっていたので、お風呂の時には母親がまず髪を洗ってから、入らせていた。身体を洗うのは、負担として変化が無い為か、自分でちゃんと洗っている様子であった。

 目の下の隈も、いつの間にか薄れてほぼ無くなった雫は、これ以上無いほど彼女の中で美しさのピークを迎えていた。

 雫の両親は、これならば、最悪でも聖君ならば、雫を貰ってくれると安心をしていた。


 とにかく、両親と聖は雫を過保護なまでに護っていた。


 保護室に居た時の話は、三人とも知っていた。眠っている時以外、隙を見付けては叫び声を上げているような状況だった。退院の時も、規則で退院せねばならなかったが、転院を勧められ、父親が断った。母親は、当時は諦めの境地。聖は、心配半分、会う為の負担が減る嬉しさが半分といった様子だったが、退院してからは、前述の通り、大人しいものだったのだ。


 それが、どうして自主的に何かを始めようとしたのか、両親は不安に思ったものの、聖は、雫が受身だけでなく行動を起こそうとしていることに、喜びを感じ、嬉々としてパソコンを用意した。


 雫は、流石に伊達に学力が高かったわけではなかった。ネットに幾つかの文筆作品を掲載するだけでなく、いつの間にか、ボカロで、一曲だけ、作詞・作曲も行っていた。

 そして、それを聖に何度も聴かせ、そして、一度だけ、「歌って」と言った。そして、カラオケバージョンのその曲を流した。


 聖は、当然、音楽の成績も高かった。雫もそうであったので、昔は、雫の母親と三人で、カラオケに行って、平均点以上は軽く出していたので、一度の歌唱で、見事に雫の曲を歌い上げた。


「この曲が、どうかしたのか?」


 聖は、その歌詞を想って、気になって雫に訊ねた。


「この曲、『ルキフェルの挽歌』と名付けたの。

 それで、身近でルキフェルに近しい人物を、聖以外に思いつかなかった。

 ……彼に、成仏して下さい、って、お願いする歌だったの。

 だから……。

 ……成仏して、くれたかなぁ、って――」


 聖は、少し考え込んだ後、「もう一度、歌っていいか?」と聞いて、再度、その曲の想いを込めて歌い上げた。


 その歌声は、物悲しく響き渡った。

この後、雫は快方に向かっていくというのは、書かなくても伝わるかと思って省略致しました。

駄作ですが、読んで下さり、ありがとうございます。

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