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代打の神様  作者: 柚井 ユズル
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カラスと巫女さん 2

日を追うごとに、周囲の不審な事は明らかに危機感を覚えるところまでエスカレートし始めた。

「小夏ー。最近あんたイジメに遭ってるの?」

千里が聞くので小夏は目をぱちくりと瞬かせた。

「何それ。初耳。あたしいじめられてんの?」

「いや、だって最近アンタのものよくなくなるし。変なイタズラされてるし……」

「いや多分それは別件で」

「そう? でも、最近結構小夏の影口聞くよ?」

「えぇー」

身に覚えが無いわけではないが、やっぱり陰口を叩かれたと思えば良い気はしない。小夏は大きく顔をしかめる。

「ほら。最近妙に柏木君とも矢田君とも仲いいじゃない? そりゃ、ねたむ人も多いわよね」

「だよねー。分かってはいるんだけどね」

「あ、そうなの。まあ女の妬みなんて勲章だと思って甘受するのも一つの手だと思うけど、被害額が増えすぎないように注意しときなね」

千里はあっけらかんといいながら千里の背中の辺りを指差す。

「何?」

「いいから。触ってみな」

言われて小夏は不審な顔をしながら千里の指す自分の背中の上の方を手探りで触ってみる。

小夏の髪は長めのセミロングヘア。そこそこ頑張って伸ばして来た代物なのだけど。

「……あれ?」

「ようやく気付いた?」

首の真ん中の辺りから唐突に、髪の毛の感触がなくなっている。それはもう、ばっさりと。

「明らかに美容院で切った感じじゃないザンバラ感だし、誰かに呼び出し食らってばっさりやられたのかなーと思ってたんだけど、それにしちゃあアンタ、いつも通りのほほんとしてるし。どうしたもんかと思ったけどさ」

あまりの事に呆然となる小夏の前で、千里は飄々と言葉を続ける。

「しかし、髪切られて気付かないって、あんたも相当間抜けだねえ」

「ちょっとちーちゃん! もっと同情してよ!」

「だったらもっと被害者ぶった顔してよ。いいじゃない、気にしてないなら」

「気にしてるよ! すごいショックだよ」

髪を切られると言う行為はとても悪意を感じる。

(……ってそうだよね。厄は命を狙ってるんだもんね)

今更そんな事を実感する。それをするほど、まだ自分には現実感を伴っていなかった事実だったわけだけど。

(本当に早いトコ、諸悪の根源をとっつかまえなきゃ)


「うわ、何その髪」

休み時間、小夏を見た柏木斎の第一声はそれだった。

「誰のせいだと思ってるの」

「厄、もしくは秋芳様のせいかな。君の命を救った秋芳様の」

「嫌味!」

小夏が顔をしかめるが、柏木はどこ吹く風だ。

「で、どうするの?」

「何がよ」

「その髪」

「どうしようもない。……今日帰ったら美容院行くよ」

「それがいいね」

言いながら、柏木はおもむろに立ち上がった。

「どこ行くの?」

「ちょっと待ってて」

本格的に厄対策をしようと相談に来たので、今は空き教室にいる。こっそりと相談しようと思ったのだけど、なんだか密会みたいだ……そんな事を考えて、そんな馬鹿な事を考えた自分に、小夏は呆れた。

(あの男に限ってそんなロマンティックなもの、持ち合わせちゃいないよ)

少し待つうち、柏木は戻ってきた。手に持っている物を見て、小夏は仰け反る。

「何それ……」

「見れば分かると思うけど」

「分かるけど」

それは、鋏だ。よく切れそうな、裁縫などに使う大型の。

「何する気?」

「そのまま今日一日学校にいる気?」

言いながら、柏木は近寄ってきて小夏の背後に立つ。

「美容院のようには切れないけど、今よりマシなようにするくらい出来るよ。慣れてるし」

「なんでよ」

「弟の髪とか僕が切ってたし。……昔は失敗してよく泣かれたけどね。慣れだよ」

「男の子と女の子って根本的に違うと思うんだけど!」

「まあそれはご愛嬌だね。どうする?」

小夏はうっと詰まる。柏木に任せるのは不安だけど、この髪型で一日学校にいるのもどうかと思う。

「……お願いします」

小夏が言うと、柏木が「はいはい」と返事をして直後、背後でさく、という音がする。

なんとなく、小夏は緊張して身を硬くした。

集中しているのか、柏木は何も話さない。小夏はその沈黙のせいで、さらに緊張する。視線が注がれているのを感じる。少し、動悸が早くなる。息を詰めて、ただ終わるのをまつ。

学校の薄汚れた木の床に、小夏の髪がぱさりぱさりと積もる___。

「はい、終了」

声がして柏木が小夏の背後を離れた途端、小夏はほーっと息を吐いた。

「何緊張してるの?」

鋏をしまいながら、馬鹿にした口調で柏木が言う。それは、いつもの通り、変わらない声。だから、小夏もすぐに反応する事が出来た。

「どんな髪型にされるか、気が気じゃないでしょ」

「……もっと面白い髪型にしてやればよかった」

小夏は会話をしながら肩の辺りを触ってみる。綺麗に切りそろえられた髪……。

「結構上手いねー」

「努力したからね」

「努力?」

「僕、基本的に不器用だから」

特に恥じる様子も隠す様子もなくそんな事を言う。

(へえ、意外……)

柏木斎はいつも涼しい顔をして、なんでもやってのけてしまうイメージがあったのに。

興味が出て、もう少し聞いてみたいと思った矢先に、柏木は話題を変える。ごく自然な様子で、それにしか興味がないとでもいうように。

「で、厄の話。どうするの?」

少々拍子抜けしながらも、小夏は本来の用件を思い出して慌てて頭を切り替えた。

「その事なんだけど……」



「あら。小夏、髪の毛揃えて来たの? 結構似合うじゃない」

「ありがと」

教室に戻るなり、小夏は大きく深呼吸をした。目指す席は居心地の良い千里の側の席ではなく、窓際の席で腕を枕に突っ伏している目立つ男だ。

(まず、どうにかして化けの皮を剥いでやらなきゃ)

「矢田君!」

声を掛けると矢田はもぞもぞと身動きして、眠気にか半分座った瞳で腕の間から顔を上げた。

「……ナニ? 佐藤。授業始まっても親切に起してくれなくていいよ」

「まだ授業始まってないし。親切に起す気も無いから安心していいよ」

「じゃあどうしたんだ?」

ようやくもぞもぞと体を起して、大きく両手を上げて伸びをする。

「今日の放課後、ちょっと付き合って欲しいの。二人だけで話、できる?」

小夏が言うと、矢田は眠そうだった目をぱっちりと見開いて、意外そうに小夏を顔を見直した。

「へー。……いいよ。じゃあ放課後、屋上とかでいい?」


『お届けに参りました』

そう声が聞こえて、柏木は少し顔を伏せた。

(いつもの場所に隠しておいて。後で取りに行く)

『承知しました。……ですが、あの小娘が言った計画と言うので本当に上手く行くんですか?』

その言葉に、柏木は微かに苦笑を浮かべる。

(計画も何も、ただ自分が囮になっておびき出すから僕は足止めしとけ、なんて。まあ、僕には言わないだけで彼女は厄が取り付いてる先の見当はついてるみたいだから、いいんじゃないの? やりたいようにやらせておけば)

『何か、不安が残りますけどね』

(不安、ね。彼女が見当違いをしていたら? 何かそれによって被害を蒙ったら? その隙を厄につかれたら?……たくさんありすぎて、考えるのも予防するのも面倒だよ。何かあったら、その時に対処する)

『それだけ仮定されているなら、まあ……』

声の主は呆れたように言う。それと同時に、気配が消えたので、柏木は相手がその場を去ったのを知った。

(さて、そろそろ向かうかな)

柏木は溜息をついてから屋上に向かって歩き出した。だが、しばらく歩いて、屋上に向かう階段で、前方を歩く人影を見て足を留めた。

(あいつは……)

相手も柏木の出現に気付いたようで、足を止めて振り返った。

「よお、柏木クン。久しぶり、とでも言っておく?」

返答せずに不審気な顔をしてその顔を仰いだ柏木に、矢田は口の端を上げて笑った。

「俺、今から屋上に行って佐藤と密会なんだ。でもその前に、お前ともちょっと話したいな。少し時間貰える? あの子、佐藤サンがどういう感じか聞きたいんだけど」


放課後になるのは早かった。小夏は憂鬱な気分で屋上のフェンスにもたれて眼下に広がる町並みを眺めていた。

(なんて言って矢田君に聞こうかなー)

もし間違っていた場合、一番当たり障りがないのはどんな言い方だろう。

(いっそ二人っきりになった途端、襲ってきてくれれば手っ取り早いのに)

柏木にはあらかじめ放課後に屋上で、と伝えてある。どこかから、隠れて見ていてくれているはずだ。小夏がたてた計画はただそれだけなのだけど。

ガチャン、と背後で重い鉄のドアの開く音がした。矢田がついに現れた、そう思って小夏は覚悟を決めて背後を振り向く。

(……え?)

だが、てっきりいると想定した人物はそこにはおらず、代わりに現れたのは派手な格好をした校内でも目立つ部類に入ると思われる女子生徒数名だった。矢田と同じように派手な髪の色。きらびやかな程派手な爪。短いスカート。少々きつめに施されたメイクを差し引いても充分美人の部類に入る子もいるのだけど。

(あたしは、この人たちは恐くて苦手だなあ)

と、少し引き気味になってしまう。

そんな事を思っている間に彼女たちはつかつかと小夏の目の前まで歩いてくる。小夏は場所を変えようかと少々躊躇ったのだけど、彼女たちの視線や態度が、どう考えても小夏を目指しているとしか思えなかったので逃げるのを諦めてその場に立ち竦んでいた。

「あんた、どういうつもり?」

小夏の目の前に仁王立ちするなり、開口一番そう言ったのは、矢田の事を「マサ」と呼んでいる矢田のとりまきの一人だ。この数人は大抵いつもつるんでいる……みんな矢田に好意を持っている人達だから、そういう事情なのだろうと小夏は悟らざるを得ない。

(拙い事になったなー)

きっと、小夏が矢田に話しかけたとき、聞かれていたのだろう。

「マサをこんなトコに呼び出してなんのつもりよ」

「別に……ちょっと聞きたい事があって」

「聞きたいこと? そんなの、いつもみたいに教室で聞けばいいじゃない。いつも、あんた、マサにまとわりついて媚びてるくせに」

(どっちがだ!)

思わずつっこみたくなったものの、そんな事をすれば確実に無事では済まされないとわかっているので小夏は黙っていることにした。

「大体あんたさ、柏木と付き合ってるクセによくもマサにも手ぇ出そうとか考えられるよね。しかもその顔で。大人しいフリしてるくせにやるわよねえ」

(特に大人しいフリはしてないよ!)

ただ、目立たないように、なるべくこういう連中とは関わりあわないようにしていただけで。

「いい気になりすぎてない?」

相手が手を振り上げたと思ったら、次の瞬間、小夏の頬にはジンとした痛みが広がっていた。そこを手で触ってみると、くっきりと爪の跡までついている。微かに、血も滲んでいた。

呆然としているうちに、今度は腹に痛みを感じる。女の子の短いスカートから覗く足。小夏と同じ上履きを履いた足が小夏の腹に向かって迷わず伸ばされている。

「ゴホ……」

咳き込んでしゃがみこむ小夏の周囲を彼女たちが囲むのを感じる。

(やばい……)

もしかして、厄がついてたのは矢田じゃなくて彼女たちだったのだろうか。それとも今までの変な事は全て厄のせいではなく彼女たちがやったことだったのだろうか。何故柏木は助けに来てくれないのだろう。

いくつかの疑問が頭の中をよぎるが今はそれどころじゃない。

(逃げなきゃ……!)

床を這って、痛みに耐えながら女子生徒の一人に体当たりする。足元を狙われて、その一人がバランスを崩したので、無我夢中になってそこから駆け出した。小夏の後を、女子生徒たちが追う足音と怒号が響く。

(逃げるトコ……逃げるトコ……)

階段を下りながら小夏は周囲に目を配る。放課後で、人の少なくなった廊下はがらんとしている。

(このまま追いかけっこしてても捕まるだけだし……どっか、隠れなきゃ)

目に付くのはいくつかの教室と、階段と、トイレ……。

小夏は階段を下りてすぐ、廊下に飛び出して彼女たちから死角を作ると、いくつかの教室のドアを派手に開け放した。それから、自分はその教室には入らず、トイレに飛び込む。

(どうか、バレませんように)

個室に飛び込んで、小夏は真っ暗な気持ちで大きく息を吐く。

何が何だか、まったく意味が分からない。どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないのだろう?

「痛っ……」

そっと頬に触れば、生々しい傷がこれが夢ではないと教えてくれる。

女子生徒たちの荒々しい声が、足音が、廊下から聞こえてくる。小夏の名前を呼んで周囲を駆けずり回っている。

「ここにもいないよ」

「掃除用具入れン中とか探してみろよー」

「どっか隠れてんじゃないの」

小夏は縮み上がって来ないで来ないでと心の中で唱える。

苛立たしそうに机が蹴られる音、掃除用具入れが乱暴に開かれる音。

「おい、誰か。おトイレ見たー?」

「あ、まだ見てねー」

「あ、いそういそう。お似合いだよな」

そんな言葉がとうとう耳に入ってきて、小夏は背筋が凍る気がした。

(どうしよう、どうしよう……)

大きな声で話しながら、声がどんどん近づいてくる。

「見てみなよ。一つだけ使用中」

「ビンゴだな。おい、佐藤、出て来いよ」

ガン、と個室のドアが蹴られる音。

「中で震えてんじゃん?」

「ありうるありうる」

「どうする? ここはやっぱ、水でもぶっかけるのがいいのかな?」

「なんだよそれ、ドラマとか見すぎ」

「でもよくねー?」

楽しそうな笑い声。同意の、笑い声。

「誰かバケツ持って来いよ」

聞いていたくなくて、耳をふさぐ。悪意のある笑い声。楽しそうにドアを蹴る音。

(誰か助けて……)

ザバッと音がして、次の瞬間、小夏は頭から水浸しになった。

びしょ濡れで棒立ちになる小夏の耳には、楽しそうな笑い声が遠ざかっていくのが聞こえていた___。

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