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代打の神様  作者: 柚井 ユズル
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意地悪な狐青年 1

おはよう、おはよう、と朝の挨拶が交わされる。

眠たい目をこすって、小夏はいつもどおりに駅から学校への道を歩いていた。小夏の学校は家から少し遠いので電車通学なのだ。歩く小夏の横を、同じ制服を着た生徒たちが自転車でスーと抜かしていくのはいつもの光景。

「おはよう、小夏」

「おはよう」

「先、行ってるよ」

友人のそんな言葉に手を振りながら小夏は相変らずマイペースを崩さず歩き続ける。ゆっくり歩いても遅刻にはならないそんな時間。

「おはよう」

突然、聞きなれない声を聞いて、小夏は眠たげにしていた目をぱっちりと開いた。学校指定の真っ黒い学ランを来て、ズボンも髪も目も真っ黒。おまけに表情も特に楽しそうでもなさそうな顔をしているから本当に陰気に見える。そんな青年が目の前に立っていた。

「……おはよう。昨日は送ってくれてありがとう」

「どういたしまして。で、今日はどうする?」

自然な調子で小夏の横に並んで歩きながら、柏木は言う。

「どうするって?」

「だから、君が万が一厄に狙われた時のために僕が護衛しなきゃいけないんだろう? と、言う事は僕の今日の予定は君の予定によって決まってくるって事」

「柏木君の予定は?」

「僕はこれと言って……強いて言えばあんまり夜遅くなりすぎると家族が心配する」

その言葉に驚いて、小夏は少し目を瞬かせる。

「家族なんているんだ」

「なんで居ないとおもうの」

「だって……ご家族も狐?」

言った小夏に軽く冷たい瞳を向けて、柏木は吐き出すように言った。

「人間」

「……へえ」

これ以上はあまり詳しく聞けない雰囲気。柏木の冷たい無表情がその先を尋ねるのを拒否していたので小夏は慌てて話題を変える。

「護衛って、四六時中ずっと一緒に居なきゃいけないわけ?」

「いや。秋芳様を筆頭に他の神様方の指示で君の家には神社に張り巡らしてあるのとおなじ結界を貼ってあるから、家の中は安心だと思うよ。一応ね。君や家族が間違って家の中に自分から連れ込まない限り」

「ふーん。じゃあ、あたしが家に帰るまでは自由を拘束されるって事」

「そうだね。まあ、僕も特に予定があるわけじゃないし、余程僕が付いて行き難いところに行くのじゃなければ好きなところに行っていいよ。秋芳様にだって君がなるたけ普段と同じ生活を送れるようにって言われてるし。……で、今日は何時ごろに帰るの?」

それでも柏木がいつもついてくるんじゃなんとなく気が咎めて寄り道とかはできないではないか、と小夏は内心でちらりと考える。余り待たせておくのも悪いし……。

(本当は今日は部活のはずだけど)

「柏木君、何か部活やってるの?」

「いや、僕は帰宅部だけど」

「じゃあいいや。あたしも部活さぼって帰る」

その言葉に、柏木は眉を寄せる。

「別に、図書室で勉強している分には苦じゃないから出ればいいじゃないか」

「いいよ。どうせそこまで上手いってワケでもないし。ちょうど見たいドラマもあったからいい」

「サボりまくってれば上手くなれるもんもなれないよ」

「毎日きちんと出てても、上手い子はもっと上手くなるんだよ。あたしはそこまで下手じゃないけど、普通なんだよ」

柏木は少し不機嫌そうな顔をして小夏を見てから、一つ溜息を付く。

「ま、どうでもいいけど。どうせ君自身の事なんだから」

「別に、あたし、ひがんで言ってるわけじゃないんだよ? ただ、部活にそこまで情熱を燃やしてないって事」

ふうん、と言いながら、スタスタと歩いて、柏木は言う。

「じゃあ逆に尋ねるけど、君、何か他に情熱を燃やしてるモノ、あるの?」

一瞬、ドキリとしたのは、自分にそんなものがまるで見当たらなかったから。

そんな小夏の心の中を読んだみたいに、柏木は少しも楽しそうじゃないのに口元だけ笑みを作って言い放つ。

「つまらない女の子、だね」

何か、心臓に刃を刺された気になった。

「何よ、自分だって帰宅部のクセに!」

言い返した言葉は彼の心にはまるで届いてないように、彼は軽く鼻で笑った。

「そうだね。君の言うとおりだね。……そろそろ急ぎ足にならないと遅刻しそうなんだけど、吼えてる暇があったらさっさと足を動かしてくれない?」

まったく心のこもっていない相槌。

(嫌な男!)

昨日から、感じが悪い感じが悪いとは思ってたけど、コレほどまでとは……!

柏木に高評価を下していた千里たちへの非難を心の中で唱えながら、小夏は大急ぎで学校へと走り出した。



「小夏。あんた何柏木君と登校しちゃったりしてるわけ?」

HRが終わってすぐ。小夏の席に慌てて駆け寄ってきた千里の言葉がそれだった。二人で登校したのは、大分目撃者を生んでいたらしい。

「……のっぴきならない事情により」

「何それ?」

「ちーちゃんが思ってる程、甘い理由じゃないって事」

言うと、千里は安心したように笑う。

「良かった、小夏に先こされたかと思って焦った」

「友達がいがないねえ」

「女の友情なんてこんなもんよ」

開き直ってそんな事を言う千里に溜息をついて、小夏ふと、教室の隅のほうに人だかりができているのに気付いた。

「何アレ? どうしたの?」

「側で見てくれば?」

「あんな人だかりじゃめんどくさくて……」

言うと千里は溜息を付く。

「ホントものぐさねえ。……矢田君がさあ、子犬拾ってきたのよ。捨て犬」

「何それ。教室で飼うつもり?」

「いや、里親探すつもりらしいけど。それで、子犬の愛らしさはともかくあの矢田君が捨て犬を拾ってきたというベタな行動パターンに矢田評はうなぎ上り。犬の周りには自分がどれだけ動物を愛する優しい女の子らしい性格かを矢田君にアピールするために女の子大集合」

千里の呆れたような口調に、小夏は苦笑をする。

「酷い言い様……ちーちゃんも行かなくていいの?」

「あの子達、殺気立ってて恐いからなあ」

「同感。でも、あの矢田君が犬を拾うって。意外すぎるね」

あの恐そうな人が。

「そういうもんよ。……逆に優しそうな柏木君とかの方が実は腹黒かったりするんじゃない?」

その言葉に、小夏はぶっと噴き出した。

(さすが、ちーちゃんの人間観察眼は正確だなぁ)

思わずには居られない。確かに、柏木斎は性格が悪いのだから。


子犬はずっと教室に居たようだったが、授業中は教師に見つからないように掃除用具入れの中に隠され、放課後は女の子の集団に囲まれていて、どうあってもその姿を目にする事はできなかった。

拾ってきたという当の矢田はまるでそれには無関心という様相で、暇そうに机の上に脚を乗せたり、うつ伏せになったりして惰眠を貪ったり漫画を読んだり、いつものように好き勝手をしていた。その態度や派手に染められた髪の色から、教師の反感は一身に買っているであろうに、その成績の良さで文句を言わせない。

……彼は、小夏とは正反対の存在だった。地味に堅実に平凡に生活を送る小夏とは、正反対の人間だった。だから、小夏は彼には、彼に関係を持ちそうなものには極力近づかない。

だから、教室に一代センセーションを巻き起こしている子犬とも無関係に、またいつもの平凡な放課後が来て、小夏は荷物をまとめて立ち上がる。

「じゃあちーちゃん、みんなにに宜しく」

小夏が軽く手を上げると、同じ部活でもある千里は溜息を付いた。

「このサボリ魔め! 今度なんか奢ってよ」

「えー。考えときます」

軽口を叩く口調で言って小夏は教室を出る。

出るとき、僅かに耳鳴りを感じた気がした___。


「早いね、ホントに部活出なかったんだ」

小夏が柏木と待ち合わせた図書室に行くと、柏木は教科書やノートを広げて本当に勉強中だった。

「……ホントに勉強して待ってる気だったんだ」

感心と呆れの入り混じった小夏の声に、柏井は肩を竦める。

「家族に誉められたいからね」

そう言って荷物をまとめて立ち上がる。

「じゃあ、帰ろうか」

「いいけど、今朝のコトも早速噂になってるんで、これから毎日一緒に登下校と言うのもきついものがあるんじゃないですか?」

柏木について図書室を出ながら、小夏はその背中に声を掛ける。柏木はいかにもなんでもない事の様に答えた。

「別に僕は今特に意中の人はいないから困らないけど、君は? 誤解されて困るような人」

「……いないな」

「なら問題ないんじゃない? 禍厄を祓い終わった後に別れたって事にすれば万事解決でしょう? まあ、それまでにもし君に好きな人が出来たら対策を考えてあげるよ」

「それはどーも」

あまりにも色気の無い会話。これでも一応付き合っていることにして置こう、と言うのだから呆れてしまう。

「ところで、もう少し詳しく聞きたいんだけど」

小夏は廊下を歩きながら問いかける。

「厄って具体的にどんなものなの? 昨日はなんかへんな場所に迷い込んじゃったんだけど、あれも厄のせい?」

その言葉に、柏木はすたすたと歩いていた足の速度を緩めて小夏を見る。

「随分積極的に知りたがるね」

「自衛にはまず相手を知ることじゃないの?」

「なるほど」

頷いて柏木は少し考え込む。それから、少し眉根を寄せて難しい口調で話し出した。

「実に言い難い事なんだけどね。昨日のは僕の仕業」

「はい!?」

「あんな誰でも通るような道で仮にも女子高生が刀振り回してたらアホみたいだろ? だから厄の気配を感じたと共に君の周囲の空間を孤立させてみたんだよね」

小夏は唖然とする。あんなに恐ろしい思いをしたのに、それがまさか目の前の男のせいだったなんて。

「あの、あたし、すごい恐かったんですが。それに、見てたならなんですぐに助けに来てくれなかったの?」

「まず、お手並み拝見と思って。そしたら意外に本当に何にも出来ない凡人だったんだなぁと改めて実感して手を貸したんだけど」

「出来るはずないでしょ!?」

小夏は思わず怒鳴るように言う。それでも、柏木は一向に落ち着いた態度を崩さなかった。

「そうでもないよ。少なくとも、君みたいに闇雲に逃げ回らないでどっか他に出口を探したり、なにかあり合わせのもので戦って見せたり、そんな工夫でもするかなー、と思って。……秋芳様の力が入ってる子って言うから少しは期待してたんだけど、本当に普通の子なんだね」

それは、まるで小夏が悪いような言い方で。

「悪かったですね!」

不貞腐れて言ってみても、フォローなどはまるでなし。

「そうだね。……話を戻そうか。厄は具体的には災いを起すものだよ。本来目には見えないしそれ自体にも意志が宿ってるわけでもない。禍厄の欠片みたいなものなんだ。それは世界中に散らばっていて、そこらじゅうにあって、取り付かれた人が妙に運が悪かったり災難にあったりするようなもんだけど特にそこまで注意するようなものじゃない。だけど、禍厄を迎えるに当たって、それらは集合体を成し、意志を持つ。自分たちが禍厄にまた集合できるようにあれがここを通りやすいようにしなければ、あれが通れるためには邪魔な物を排除しなければ……そう考えるのか本能なのかしらないけど、それらは集まって集合体になり、何か体を欲しがる。取り付きやすい無機物が多いけど、そういうのに取り付いて唯一禍厄を祓う力を持つ秋芳の力を持つ者を襲え襲えと、命を奪え、と……もちろん、それらは元は禍厄と同じものなんだから、秋芳の力を持つ者には祓う事ができる。祓うって言うのはそれを消し去ってしまう事だね。それ以外の者には例え神の力を使える者でも散らすの精一杯。散らすって言うのは集合体になった厄をバラバラにする事だけど、また再生してしまう事を考えれば、一発で祓ってもらった方がありがたい」

長い説明を理解しようといっぱいいっぱいになりながら、小夏はなんとか質問する。

「祓うって言うのは、昨日やったみたいな事?」

「そう。まあ、あれは小さい依代に大量の厄が集まって膨れ上がりすぎてたから余計な厄は散らしてしまったけど。……何かに取り付いている厄は、取り付いているもの自体を君が桜小太刀で傷つけない限り祓えないからね」

「ふうん。……そういえば、昨日の刀はどうしたの?」

「隠してあるよ。必要になれば僕の使い魔にとって来させる。……それにしても、本当に積極的だね、実はすこし楽しんでる?」

柏木の言葉に小夏はうっと詰まる。

「図星なんだ?」

「……嫌な男。そりゃ、ちょっとワクワクしたりもするよ。あたしだけにしか出来ないこと、とか言われたら、必要とされた気になるでしょ。ヒーローになった気分に、少しくらい……」

「無い物ねだりなんだ、君」

冷たい声。一刀両断されたような気になって小夏は背筋がすっと寒くなった。冷たい、本当に冷たい柏木の瞳がそこにある。

「平凡な生活が嫌? そこから連れ出してくれる誰かを待ってたの? 勘違いしない方がいいよ。その力は、君の力ではない。秋芳様が預けてくれた力なんだから。君自身にはなんにも価値なんかありゃしないんだ」

足が竦む。歩こうとしても、一歩も歩けなかった。そんな小夏にあわせて、柏木も足を止める。

「何? 何か反論でも?」

「……」

小夏は唇を噛み締める。何か言い返してやりたい。だけど、言い返す言葉が何一つ見つからない。

そう。いつも思ってた。自分の生活はあまりに平凡で無価値だと。憧れるドラマや漫画のような展開は、自分には起こり得ないことだと。

小夏はくるりと踵を返す。そこに、柏木の目の前に立っていることが出来なかった。だから、そこから逃げ出したのだ。


『良いのですか?』

小夏の背中を黙って見送っていた柏木の耳に、不意にそんな言葉が聞こえた。柏木はさして驚くでもなく自然に答える。

「戻ってたんだ。……いいんだよ。僕、甘ったれは嫌いなんだ」

『しかし……』

「いいんだ。彼女なんかに好かれても、困るしね。このくらい嫌われててちょうど良い」

静かなその声に、相手は黙り込む。

「さあ、銀。お願いがあるんだ。ひとっ走り秋芳様の所に行って桜小太刀をとって来てくれ。なんだか嫌な予感がするんだ」

『……承知』

その言葉と共に、一陣の風が微かに廊下を吹き過ぎた。

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