終幕
空き地に設えられた祭壇。そこで、小夏は静かに立っていた。
自分の周囲では、黒々とした闇と、あの日、柏木を消滅させた眩い光がもつれ合うようにぐるぐると巡っている。
それを見ながら、小夏はもう半年も前になる柏木が消えた夜の事を思い出していた。
あれから、様々な事があった。
柏木の失踪はしばらく学校中の話題をかっさらい、柏木の家族は総出で捜索をしていた。小夏もよく学校の側などで柏木の家族の姿を見かけることがあって、その度に胸が痛かった。それに、小夏は何度か、神社にお参りをしている柏木の姉の姿も見つけたから……。
柏木を悼む人はたくさんいて、彼らは今でも柏木の帰りを待っている。
小夏はぎゅ、と拳を握り締めた。
もう半年も経つのに。思い出すとまた、涙が出そうになる。彼の残して行った胸の痛みはちょとやそっとでは消えなくて。
(しかもさ。最後の最後でキスしてくなんて、反則だよ!)
あれじゃあ、忘れられなくなって当然だ。
(あたしのコト、ふったくせにー!)
そんな事を考えていたら、ふと視界が揺らいだ。黒い闇がどんどん眩い光に押されて消えていく。それと共に、光のほうも薄くなって消えていく。お互い、交じり合いながら、空中に溶けていく___。
(綺麗だな……)
これが、黄龍の本来あるべき姿だったのだ。人を滅ぼすのではなく。
「お疲れ様。佐藤さん」
光と闇がすっかり消えると、柔らかな微笑を浮かべた秋芳が労ってくれた。
「そこまで疲れてないですよ。なんかこう、黄龍と禍厄が目の前で勝手にやり合ってくれた感じで」
「見も蓋もない言い方すんなよ」
矢田が横から呆れたようにツッコミを入れる。
「あはは。……で、秋芳の力ってどうやって返せばいいんですか?」
「それは、今日の夜にでも君が寝てるうちに回収するから大丈夫。それより、お疲れ様パーティーの用意が僕の部屋にしてあるからどうぞ」
「え? あの部屋で?」
「そう。お賽銭で買ってきたスナック菓子やらジュースやらが大量に」
「なんてバチ当たりな!」
秋芳は笑って小夏を秋芳神社の社殿に促した。
「さ。榊さんも銀猫も待ってるし早く行こう」
ささやかなパーティーも終わって。本当はもう禍厄を祓ったあとだから送り迎えなどいらないのに、秋芳が不意に小夏を送って帰ると言い出した。
「いつもはマサにやらせてたしね。最後くらい私が役得を……」
「なんか人聞き悪いですよ」
矢田がじとりと睨む中、秋芳は軽く笑って小夏の手を取ると外に出た。
「矢田君にも、なんかお礼しなきゃだな。柏木君がいなくなってから、ずっとお守りしてもらっちゃって」
参道を歩きながら小夏がそんな事を呟くと、秋芳は微笑む。
「いいんだよ。あの子は人に頼られるのが好きなんだから。それに、君になら尚更」
その言葉に、仄めかされた意味に小夏は曖昧に微笑んだだけだった。その微笑に差した微かな影に気がついたのか、秋芳は柔らかい口調で話題を変える。
「本当に、お疲れ様。佐藤さんがまた笑ってくれるようになって、こんな嬉しい事ってないよ」
「いえ。私の方こそ、色々経験させて貰って。お礼を言いたいなって思ってました」
小夏が言うと、秋芳は苦笑する。
「いい子だね。佐藤さん」
「そんな事ないですよー」
「いやいや、ホントにいい子だよ。……あんな事あったのに、へこたれないで最後までやり遂げて」
あんな事。
その言葉に小夏は僅かに身を硬くする。
なんとなく、柏木の事は暗黙の了解で、あれ以来話題にしない事にしていた。それくらい、気軽に口に出せることじゃなかった。口に出してしまうには、まだ痛すぎた。
「もうそろそろ斎の事、話してもいいかな。まだ痛いだろうけど、このままずっとしまい込んで行くのもなんだか違うから」
「……」
小夏は黙り込む。その態度を了承ととったのか、秋芳は静かに話し出す。
「私は、懺悔をしたいんだ。……そもそもの発端は全部きっと私のせいなんだ。私が、使い魔にするために生まれたばかりの斎を母狐から引き離して、力を与えてしまったから。いくらあの子の潜在能力が高くたって、そんな事すべきじゃなかった。母親を恋しがって逃げ出したあの子は、母親を探し回っている途中、人間界に落ちてしまった。……私は、マサに力を与える時、今度こそ斎のような悲惨な事にはならないようにと思った。なのに、なんでかなあ。私のやる事なすこと、全部裏目に働いたね」
秋芳は静かに語る。
「斎は本当に不憫な子だ。私は、あの子が不憫でならない」
しみじみとした口調。
小夏はただ、黙ってそれを聞いていた。
「あの子は、幸せになるべき子だ。愛する家族もいて、家族にも愛されて。君にもこんなに慕われて」
だから、と秋芳は足を止める。
「幸せに、してあげてね。佐藤さん。君ならできるから」
「え?」
言われた事の意味が分からなくて、小夏は首を傾げる。傾げて、その瞬間ある事に気付いて大きく目を見開いた。
「え……な、なん……」
言葉が上手く出ない。
赤い鳥居の下。軽く鳥居に背を持たせかけて、二人が下りてくるのを待っている人物。
「なん、で……?」
だって。そんな筈はない。
どんなに願った事だろう。そうであればと。だけど、小夏は実際に見ている。目の前で彼の消えていく姿を。
秋芳が促すように軽く小夏の背を押す。
小夏は戸惑いながら、それでもふらふらとその人影に近寄っていく。
(夢、かもしれない)
幻で、近寄っていって消えてしまったらどうしよう?
人影は、もたせかけていた背を起して、小夏の来るのを待っている。
「……ど、して?」
人影の目の前に立って、それだけ言うのが精一杯だった。
相手は少し困った顔で、小夏を見る。
「あーあ、またそんなに泣いて。君ってほんと、泣き虫だね」
言って、ポケットからハンカチを出して。
「秋芳様が、神様たちが人間界で使う入れ物をくれたんだ。妖怪じゃなくて人の体だから、もう術も使えないんだけど。……あの人、とんでもないよ。もしそれを寄越さないんだったら自分は秋芳の神を降りてやるって他の神々を脅したんだって」
小夏の涙を拭いながら、柏木はまるで他人事のようにそんな説明をする。
「なんの奇跡か知らないけど、辛うじて魂が食い尽くされないで残ってたらしくて。ぼろぼろになってた魂がようやく癒えたから、その体に入って、人間として一生暮らしなさいって。命令だって」
「そ、んなこと、ひとこともきいてない……」
鼻をすすり上げながら小夏は言う。
「成功するかかなり危険な賭けだったみたいだしね。無駄な期待させたくなかったんじゃないの?」
「だけど、その分あたし、無駄な涙たくさん流した!」
小夏は言って、柏木の胸倉をぐ、と掴む。
「柏木君、最後のアレ、どういう意味!?」
柏木は意表をつかれたように少し驚いた顔をして、それからくしゃりと破顔した。
ふわり、と小夏の体に手が回される。
「こーゆー意味」
耳元で囁かれる声。
「佐藤さんが好きだよ」
その言葉を聞いた瞬間、小夏は思い切り腕に力を込めて、ぎゅう、と柏木に抱きついた。
『左手薬指の絆創膏』先読んでた方はほんとすんません…。
時系列的に
代打の神様 → 決死の減量奮闘記 → 左手薬指の絆創膏 になります。
減量奮闘記の方には矢田が一瞬、左手薬指には斎と小夏が結構出てきます。




