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代打の神様  作者: 柚井 ユズル
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企みと真実と罸 3

小夏がそこに辿り着いた時、柏木は目が眩みそうなほどの光に包み込まれていた。

「柏木君」

小夏は叫んで近寄ろうとする。体の中で、がめらがそのエネルギーから小夏を守ってくれたのを感じながら、近づいて行く。光の滝のような洪水のような中、柏木は驚くほど穏やかな顔で目を閉じていた。

「柏木君!」

小夏はもういちど、柏木を呼ぶ。柏木は、ゆっくりと手を伸ばす。小夏に向かって。光の中から身を乗り出すようにして。

小夏はがめらが止めるすれすれの所までその光に近づいて行く。

「がめら、柏木君を助けられないの?」

その問いには、否という答え。

だけど、だけど___。

「やだ、助けて! 無理でも、助けて!!」

我が侭だと、無理な事だと分かっていても駄々をこねるようにして叫ばずにはいられない。がめらが呆れたような哀れむような瞳で小夏をみたように感じたけど、小夏は気にしていられなかった。

「お願い___」

無理だと分かっているのは小夏も同じで、がめらはそんな小夏に気付いたのか、形だけでも柏木に向かって防御の結界を張ってくれる。だけど、黄龍の圧倒的な光の前ではそんなの何の意味もなくて。

そうするうちに、さらに光は増して来て、柏木の体が霞むように薄くなって行く。

目を開けていられないほどの光の洪水____。

「柏木君、柏木君……!」

喉が張り裂ける程、小夏は叫ぶ。消えてしまう。いなくなってしまう。

(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)

柏木が、いなくなってしまう。とてもとても、大好きな人が。

光がまた、段々弱くなって行って。

小夏は呆然と、柏木の姿がどこにも見当たらなくなった光の中を見つめる。

「かし、わぎくん……?」

さっきまで、そこにいたのに。光の中で、たしかに小夏に手を伸ばして。

光が消える___。

と、小夏は大きく目を見開いた。

光の中、微かに淡く輝く残光の中に薄っすらと柏木の姿があって。

その柏木は、こちらに向かって微笑んでいて。暗い夜の中で、浮かび上がるように、目を奪われそうな程柔らかく、優しく。

「ありがとう……」

そうして淡い光の姿の柏木は、立ちすくむ小夏に近づいてくると、小夏の頬の涙を軽く拭い、そっと顔を寄せて、小夏の唇に自分のそれを重ねる。

瞬間、柏木の体はすっと消えうせた。


小夏は呆然とその場にへたり込んだ。

今度こそ、なんにもない。いなくなってしまった。本当に、いなくなってしまった。

「いやだ、よ……」

信じられない。信じたくない。

「ヤダよ。帰ってきてよ。柏木君」

小夏は呟く。

(ドラマチックなんかいらない。ヒーローなんかなれなくてもいい。そんなもの、いらないから、帰ってきて。柏木君が帰ってきてくれるんなら、平凡な毎日だってきっと嬉しい。それしかいらない。それが、欲しい……)

いくら呼んでも返事はなくて。馬鹿にした声も、呆れた声も聞こえなくて。涙を拭ってくれる優しい手もなくて。

ぼたぼたと涙が零れる。肩が震える。嗚咽が漏れる。

「柏木、君……柏木君……」


*



少々遅れて到着した秋芳と矢田は誰もいないその場所で、小夏が一人肩を震わせている姿を見て全てを悟った。

ゆっくりとその後姿に近寄っていくと、思いがけない小夏の声が響く。

「来ないで!」

涙混じりの、叫ぶようなその声に、二人はぴたりと足を止める。

「あたし、今、最悪の気持ちなの。どうしようもない気持ちとか、自己嫌悪とかがぐるぐるに渦巻いてて、誰でも彼でも酷いこと言っちゃいそうなの。だから、来ないで。近寄らないで!」

(あたしに、責める言葉を言わせないで。みんな、辛いって分かってても、責めたくなっちゃうから。あたしは、弱いから……)

その言葉に尚も近寄ろうとした矢田を、秋芳は腕を引いて制止した。

「望むようにしてあげよう。彼女も、自分の心と戦ってるんだから」

「だけど……」

「お願いだ。マサ」

秋芳の切実な声に、矢田は何も言えなくなる。

「じゃあ、少し離れたトコで見張ってます」

「うん。見守っていよう……」

二人が去っても、長い間小夏はそこでじっとしていた。

やがて、夜が明けて、日が差して。

「ニャア」

す、と小夏の足に触れた柔らかいもの。銀猫の前足。

「銀猫さん」

「ニャア」

銀猫は、ぺろりと小夏の手を舐める。それから、小夏の手の甲に、甘えるように頭を擦り付ける。

(そっか、柏木君がいなくなっちゃったから、人間の言葉を喋れなくなっちゃったんだ……)

それでも、言いたい事は分かる。金色の瞳が、雄弁に語ってくれる。

(ありがとうって言ってる。それで、もう帰ろうって、言ってる)

日が差してきて、辺りは眩しかった。小夏は冷たい地面から立ち上がる。

散々泣いたせいで、目が腫れぼったい。それでも、まだ歩けるのだ。

「柏木君が、せっかく見逃してくれた命だもんね」

だから、自分はこれからも一生懸命生きなければならない。柏木の分も、頑張って生きたと言えるくらい。

「しんどいけど、がんばらなきゃなー……」

まだ、禍厄だって祓っていない。小夏の人生はこれからも長い。

その中で、涙を落とす事だって一度や二度じゃないはずだ。だけど、絶対に挫けない。

(だから、見ててね)

どこかで、頑張る小夏を見守っていて欲しい。そう考えては駄目だろうか?

「銀猫さん、帰ろう」

小夏が言うと、銀猫はニャアと鳴いて素直についてくる。

「今度、柏木君のお姉さん、紹介してね。あたし、柏木君の事、たくさん聞いてみたいなあ」

彼の愛した家族と、彼の話をしてみたい。そしていつか、真実を話してあげたい。

彼がどんなに家族を愛していたか。大切に思っていたか。

「さ、行こう」

日が上ってすっかり明るくなった街を、小夏は歩き出した。

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