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代打の神様  作者: 柚井 ユズル
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企みと真実と罸 2

しばらくは、沈黙がその場を支配していた。小夏は何と言って良いかも分かたなかったし、言いたくもなかった。どうしようもない事と分かっていても、なんだか目の前の秋芳がとても薄情な人間に思えてきて。秋芳自身も苦しい筈だと分かっていても、どうしようもなくて。

しかも柏木に殺されそうになったと言う事はやっぱりショックで。

(あたしが、好きだのなんだの言ってる間に、柏木君はあたしを殺す事、考えてたんだ……)

そう考えると更に気分が沈む。自分が好意を持っていた相手は、殺人対象としてしか自分を見ていなかったのだ。

(あたしを油断させるために、柏木君は優しくしてくれたのかな?)

だったら、たまらない。自分のお目出度さにも腹が立つし、それ以上にやっぱり落ち込む。

小夏がそんな事を考えて気分を沈ませていたら、重い沈黙の中、唐突に扉の外からその場に声が響いた。

「お取り込み中申し訳ないけど、ここを開けてくださらない? 妖怪の私には、この結界は入れないわ」

聞き覚えのある声に、小夏は顔を上げる。

「銀猫さん……」

「斎の使い魔か。よくのこのこと来れたものだな」

矢田が冷たい声でそう返答すると、扉の向こうで銀猫がふん、と鼻で笑ったのが聞こえた。

「主人の足元にも及ばないカラス風情が偉そうな事を」

「何だとっ」

「マサ、止めなさい」

秋芳は制止して、銀猫に向かっても声を掛ける。

「お前も、身をわきまえろ。カラスと言えども私の直属の使いだぞ。お前とは格が違う」

「……」

銀猫はしばし反抗的に押し黙った後、唐突に用件を切り出した。

「榊という女を運んできた」

言うと同時に、どさり、という音がして銀猫が何かをその場に横たえたのが分かった。

「榊さんを?」

「ま、まさか柏木、結子にまで……」

矢田の言葉を遮るように、銀猫の激しい声が怒鳴る。

「主人を侮辱するな!」

その声が、怒鳴っているのにとても悲しそうに聞こえて。とても、苦しそうに聞こえて。

小夏は、どうしてそうしたか分からないけど、思わず扉に駆け寄って、それを開けていた。

「佐藤さん!?」

「佐藤!?」

矢田と秋芳の声を背中に聞いたまま、注連縄越しに小夏は銀猫を見る。

金色の瞳が大きく見開かれて、小夏を驚いたように見つめていた。

「銀猫さん……」

言いたい事がたくさんあって、聞きたい事がたくさんあって。

だけど、なんだか心の中が色々な事で一杯で、何も言えない。何も言えないから、銀猫の驚いたような瞳と、その中に見える、いつも勝気な銀猫には信じられないくらい傷ついた、悲しそうな光を見つけて、思わず銀猫に手を伸ばす。

「ねえ、ホント? 柏木君があたしを……」

小夏は震える声でそう尋ねる。銀猫は、ただじっと、じっと小夏を見詰めて。それからふい、と目をそらす。

「本当。これはもう、主人があんたに近づくまえから決めてた事。主人はあたしだけに打ち明けてくれて、あたしはそれになんとしてでも協力するって決めた」

だから、と銀猫は続ける。

「本当は、こんな事言う資格はないんだ。だけど、頼みがある。……こんな事頼んだって知られたら主人に一生嫌われちゃうかもしれないけど、それでも」

銀猫は、その頭を深く深く垂れて、まるでお辞儀をするようにして、言う。

「助けて。主人を、助けて。……あの人は、死ぬつもりだ」

「どういう、こと?」

大きく目を見開く小夏の目の前で、銀猫の金色の瞳からぽろぽろと涙がこぼれる。

「あんたの代わりに龍に食われて死ぬつもりだ。始めは、あんたを殺すつもりだったのに。あの人は優しいから、あんたに情が移ったのか知らないけど。最近急に迷いだして。そうしたら突然、計画を変更するって言い出して」

呆然とする小夏の目の前で、銀猫は大きく肩を震わせて、叫ぶ。

「死んじゃうよう。あの人が死んじゃうよう。助けてえぇ」

「な、んで……?」

のどがからからになっていて、出した声は掠れていた。

「どうして? どうして柏木君が死ぬ事になるの?」

「斎も、秋芳の神の力を分け与えられた者だから。彼が死ねば、力は自動的に佐藤さんの中に吸収されるだろう。彼の力を受け取れば、佐藤さんでも充分禍厄を祓いきる事ができる」

背後から聞こえる、静かな、秋芳の声。

小夏がその声に振り返ると、秋芳が泣きそうな顔をして立っていた。

「今日の朝、斎が来て。それまで自分が考えていた佐藤さんの殺人計画を全て洗いざらし白状して、私に協力を求めた。……自分はこの計画を諦めるから、その代わりに私に協力をして欲しいと」

やるせなさそうに息を吐いて、秋芳は続ける。

「佐藤さんを安全な結界に閉じ込めて自分が食われるまで保護しておいて欲しい。その間、自分の計画を全てぶちまけて、佐藤さんやマサや榊さんが。この計画に関わった全ての人が一片の罪悪感を感じる事の無いようにしておいて欲しい。……自分が、馬鹿げた計画を企てて失敗して食われた間抜けな男になれば、誰も辛い思いはしないですむと。特に佐藤さんには僕をうんと憎ませとくといい」

最後の言葉を、秋芳は柏木の口ぶりを真似て言った。

(あたしが、悲しまないように……)

「銀のせいで、斎のたくらみの半分は失敗だな」

秋芳は優しい声でそう言って、銀猫を結界の内に引き入れ、抱き寄せた。

「斎は本当に、良い使い魔を持った」

小夏はしばし、動けなかった。喉の奥から、熱いかたまりがせり上がってきて。心臓がどくどくとすごい音で鳴っていた。

(柏木君……)

心の中ではただその人の名前を繰り返す。

今どこにいるのだろう?

一人ぼっちで、黄龍の来るのを待ち構えているのだろうか?

寂しくないのだろうか? 恐くないのだろうか?

(恐くないはずなんて、ない)

彼はいつもポーカーフェイスで、強がって表情を顔に出さないけれども。それは何にも感じていないのとは違う。

(恐いに、決まってる)

小夏はグッと拳を握る。

どうすれば良いか全く分からなかったけど。そんな事をして良いのか、分からなかったけど。衝動的に叫んでいた。

「銀猫さん」

手を伸ばして、秋芳の腕の中から銀猫をもぎ取って、結界の中から走り出る。

秋芳と矢田の驚いた声、制止の声が聞こえるが聞こえないふりをする。

「連れてって! 柏木君のところに、連れてって」

驚いたように金色の瞳で小夏を見つめていた銀猫は、その叫びを聴いた瞬間ぴくりと体を起した。

「あんたは、主人を許すのかい?」

「わかんないよ。わかんないけど、とにかく、今、柏木君に会いたい!」

(会いに行きたいよ)

矢田と秋芳が追ってくる。

銀猫はじっと小夏を見る。

「___分かった」

言ったと同時に、銀猫がタッと地面に下り立ち、人の形になったと思ったら、小夏を背負って空に駆け上り始めた___。


*



柏木はただそこに座って、待っていた。

空から押し寄せる圧迫感は大分近づいて来て、柏木の目には上空にかなり大きな激しいエネルギーの流れが見えている。あれが地上に、柏木の元に降りてくればそれでおしまいだ。術者が結界の中にいる以上、黄龍はその周囲の者で近い力の持ち主を探してその体をぶつけるだろうから。

特に、思い残す事がないと言えば嘘になる。自分が死ねば家族は悲しむだろうし、自分だってもっとあの家族と一緒にいたかった。あの居心地の良い場所に。

(だけど、まあ、しょうがないよね)

佐藤小夏を殺す事が出来ないと、自分で悟ってしまった以上、どうしようもない。まさか、自分がこんなに甘っちょろい人間だったなんて思いもしなかったけど。

(佐藤さんには、幸せになって欲しいし)

変に泣き虫で、妙に素直で、柏木が殺そうとしてることなんてまるで気付かずに、お人よしにも柏木の事をいつも気にかけていた人間。家族以外の人間なんて信用しないはずだったのに、いつの間にか、自分の心の内側まで入り込んでしまった人間。

殺すつもりだったから、必至に認めないようにしてたけど___。

(やっぱ、僕も、好きだったんだろうねえ)

こんな感情を、自分も持ち得たのだと驚くと同時に、認めてしまうと妙に気持ちが楽になる。

目を伏せると、小夏の様々な表情が浮かんできて、苦笑する。

(何やかんや言って、僕も結構幸せ者だったんじゃないか)

体が、自然に震える。膨大なエネルギーのかたまりが、近づいてくるのを察して。

恐くないはずがない。黄龍に食われれば、遺体が残る事も無い。全て、焼き尽くされる。

だけど、他に選択肢は無かったのだ。

だから、これは自分の罪の証だと、甘んじて受けよう。

(そういえば、元はといえばあの時、死にそうだったんだし)

ボロボロにやつれた体で、雨の中、へたり込んでいた。あそこで、野垂れ死にしていたっておかしくなかった。

一人で死んでいくのだと、あの時も覚悟していた筈だ。

あの時は、本当に一人ぼっちだった。一人で寂しくて、とても寂しくて恐かった。一人で死んでいくのはとても悲しいと思った。でも、あの時は父親が来てくれた。それで、柏木は救われたのだ。とても、救われた。

(結局、僕は一人で死ぬ運命なのかも)

それも、仕方ないと思う。自分が犯した罪を思えば。それこそが、自分に下された罸だと思えば。

(僕の弱点を知り尽くしている罸だな……)

一人は寂しい___。

瞼の裏が眩い光に包まれる。体に激痛が走る。

(熱い)

名残惜しい物がたくさんある。大切な物が、たくさんある。未練なんて、たくさんある___。

だけど、大切だからこそ、自分は消えよう。

意識が遠のきそうになったその時、柏木は何かに呼ばれた気がしてふっと閉じていた目を開けた。そして、大きく目を見開く。

輝く黄龍の体の向こう側、目に一杯に涙を溜めた小夏が、柏木を見つめていた。

(ああ、僕はもう、これで満足かもしれない)

もうこれで、一人ぼっちじゃない。見送ってくれる人がいる。しかも、とても大切な人が___。

柏木はそっと手を伸ばす。最後の力を振り絞って。

「ありがとう……」

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