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代打の神様  作者: 柚井 ユズル
33/36

企みと真実と罸 1

風景がゆらいだと思ったら、目の前に矢田と榊が立っていた。

険しい顔をした矢田は予想通りだったけど、巫女さんの格好をした榊には少なからず驚く。

「わ、榊さん。どうし……」

言い終わる前に、小夏はガシリと駆け寄ってきた矢田に腕をつかまれていた。

「結子!」

「分かってる」

矢田の声に、榊は小夏の額に札のような物を貼る。

「な、何コレ!? キョンシー」

「黙ってて」

鋭く言って、榊は何かを素早く唱える。途端、体の中を何かが駆け抜けた気がした。

「良し、出来た」

「じゃあ、戻るぞ。結子、掴まれ」

「先行って! 一人で運んだ方が早いでしょ」

榊が叫ぶと、矢田は頷いてばさり、と黒い翼を広げた。そして、そのまま小夏を小脇に抱えて飛び去る。

榊は上空を仰いでそれを見届けると、残る一人の人物に目を落とした。

「それで? あんたはどうしてこんな事をしたの?」

相手は、柏木はまるで動じる様子も悪びれるようすも見えない。ただ、いつもと同じ顔で首を微かに傾けただけ。

「こんな事?」

「どうして封印を解いたの? 4つの封印を解いたら……」

声が震えてその先は言えなかった。

ずっと恋していた相手だ。初めて会ったのは小学生の高学年くらいの時。

新顔の妙に落ち着いた少年に、始め榊は妙に反発を覚えた。自分と仲の良かった矢田よりもすごい力を持っている少年。もちろん、自分よりも、だ。でも何度も喧嘩を売った榊に、柏木はいつも穏やかに、妙に大人びた対応をした。榊を馬鹿にしたような、まるで相手にしないような。それでいて、時々ふとした拍子に気遣うような優しさが見られて___。

気付いたら、好きになっていた。それからずっと好きだった。

だから、信じたくない。彼がそんな事をしようとしているだなんて。

(ホントは優しい人間だって、思ってた)

いや、過去形じゃない。今もそう信じている。

柏木はまるで榊の言いたい事など言われなくても気付いているといったような、見透かしたような、少し哀れむような目をして榊を見ていた。

「榊さん、理想に添えなくてごめんね。せっかく僕なんかに好意を持ってくれたのにね」

そっと、足を踏み出して、榊に近寄る。榊はびくりと体を強張らせた。

(足が、動かない___)

「僕は、君が思うよりもずっと冷酷で罪深いんだ。君や、佐藤さんが思うよりもずっと」

ごめんね、ともう一度柏木の口が動いたと思ったら、榊は鳩尾に鋭い衝撃を感じていた。意識が遠のく。目を伏せる直前に見た柏木の顔は、とても悲しそうな顔をしていた。


「銀」

柏木が呼ぶと、どこからともなく銀猫が姿を現した。

「お呼びですか?」

「うん」

柏木はしゃがみこんで銀猫と視線を合わせる。

「榊さんを秋芳神社に運んでくれない? 手数をかけるけど。……それから後の事は昨日話した手筈通りに」

「……」

銀猫はその金の瞳でじっと柏木の顔を見つめる。柏木の顔には、ただ穏やかなものが漂っているだけだった。

「しかし、主人っ……」

「いいんだよ。銀」

何かを言いかけた銀猫を穏やかな言葉で遮って、柏木は続ける。

「僕の罪深い計画に巻き込んでしまって、申し訳ない。付き合ってくれて有り難う。君には最後まで迷惑をかけるけど」

柏木はゆっくりと立ち上がり、上空を仰いだ。視線の先、暗い夜空の向こうの方から、普通の人間には感じられない微かだが圧倒的な気配を感じる。

「僕の、最後の我が侭だ。頼んだ」

銀猫は何かを言いたげに柏木を仰いだが、その視線がもうこちらに向かない事を悟って項垂れた。

とぼとぼと、榊の元へ歩いて行って、人の女の形に変化する。そうして榊をその背に背負うと、タン、と足を軽く踏み出して、風に乗るように空中を駆け出した___。


*



矢田に抱えられて不思議な気分のまま街を見下ろし、遥か上空を飛んで、小夏が連れて行かれた場所は秋芳神社だった。飛んでいる間、矢田はずっと無言だった。無言で、とても険しい顔をしていたから、小夏は何も言えなくなってしまった。

秋芳神社には、参道の両脇に炎が焚かれていて、赤い鳥居が浮かび上がっているように見えた。

(大晦日とかでもないのに、珍しい)

そんな事をぼうっと考える小夏を尻目に、矢田はただぐいぐい小夏の手を引いて、参道の奥の社殿へと入って行った。

いつもの古ぼけた扉をくぐる。

(あ、秋芳さんの部屋に行くんだ)

そう思っていた小夏は、現れた部屋に度肝を抜かれた。

そこは、確かにいつもの社殿だった。普段は戸を開けると秋芳がこたつにはいってのんびりと寛いでいる筈の。それが、今日はどうした事だろう。見たこともないような部屋になっていた。広い、見渡す限りの板の間の周囲にはびっちりと注連縄しめなわが貼ってあり、所々にお札のような物が下がっている。そして、部屋の四隅には、それぞれ一人ずつ、神主と巫女の格好をした二組の男女が座って、何か呪文のような物を唱えていた。

「早く入れ」

呆然と入り口で立ちすくんでいた小夏は、その言葉にハッとしてようやく足を踏み出す。

入り口にも巡らされた注連縄の下を通ると、何か澄んだ、妙に鋭い研ぎ澄まされたような空気を感じた。

「いらっしゃい、佐藤さん」

そんな言葉に小夏は再度驚く。

外から覗いた時には、部屋の中心には誰もいなかったはずなのに。いつの間にか、そこには秋芳が座っていた。しかも、秋芳も何だか立派な着物のような物を着ている。

「秋芳さん……」

妙にかしこまった秋芳の姿に、小夏がなんとなく戸惑っていると、秋芳はにこりと笑いかけて小夏を部屋の中心へと導いた。そこには、小さな台が置いてあり、両脇に榊の木、中心に鏡が置いてあった。

「ここは秋芳神社の方が総出で作ってくださった結界だよ」

「結界……」

いまいち状況を掴めないで怪訝そうな顔をする小夏に、秋芳は悲しそうに微笑む。

「そう。君の命を守るための」

「どう言う事ですか?」

「だから、お前は柏木に騙されてたんだよ!」

苛立たしそうに、横から矢田が怒鳴るように言った。

「マサ」

秋芳が穏やかに、だが厳しく諌めるように声を上げる。

「私から説明する」

「……」

矢田はその言葉に、不貞腐れたようにそっぽを向く。

部屋には四方から聞こえる小さな呪文の声が絶えず響いていた。その中で、秋芳は眉根に皺を寄せて、とても、苦しそうな顔をしていた。

「あなたが斎になんと言ってそそのかされたのかは知らないけど、四方の封印は、あなたが自らの力で解くべきものでは決してなかった。あれは、時が満ちれば私が呼び戻し、貴方の体へと移し変える予定であそこに封じていたもの。時が満ちる、というのは、禍厄が通る時なんだ」

「つまり、私はしなくてもいい苦労をしたって事ですか」

小夏の言葉に、秋芳は微かに視線を伏せる。

「いや、してはいけない事を。……あの封印は、力を分散させると同時に、黄龍を呼び出すための術式の役割もしていたから。簡単に言えば、アレを全て解き放ってしまったら、私が仕掛けておいた術が作動して黄龍を自動的に呼び出す仕組みになっていた。つまり、朱雀が君の中に入った時点で、既に今現在、黄龍は呼び出されようとしているんだよ」

小夏はいまいち事態が掴めなくて首を傾げた。

「でも、黄龍って禍厄をやっつける良い物なんでしょう? それなら、別にそんなに深刻になる事ないんじゃないですか?」

その言葉に、秋芳は首を横に振る。

「たとえ陽の気でも、大量すぎるエネルギーに危険な事は変わりない。本来なら大量の負のエネルギーである禍厄に大量の陽の気である黄龍をぶつけてそれらを相殺する筈のものなんだ。それが、その場に陽のエネルギーしかなかった場合、そのエネルギーは行き場を無くす。そして、行き場を無くしたそのエネルギーが向かう先は、自分を呼び出した術者本人。……つまり、佐藤さん、君だ」

「言ってる事がよく……」

いまだにいまいち、二人がどうしてこんなに深刻な顔をしているのかが良く分からない。

小夏のその表情を見て、秋芳はとても悲しそうな、大きな溜息をついた。

「つまり、呼び出された黄龍は行き場をなして君を殺してしまう、という事だ」

(……え?)

小夏は大きく目を見開く。思いもかけない事を聞いた。思いがけない事過ぎて、すぐには理解できない。

「そして、君が殺されれば君の中にある秋芳の力は自動的に私の中に戻ってくる。私が今年禍厄祓いをすれば、厄を祓い損ねて彼の姉に被害が及ぶような事にはならないから。斎は、それを狙ったのだと思われる」

秋芳は、こんないやな事は一気に言ってしまおうとでも言うように、少し早口にそうまくし立てた。

「嘘……」

ようやく、その言葉で二人のこの態度の意味に気付いて、小夏は呆然と呟いた。

「呼び出された黄龍は術者を殺せばその衝動で四散する。負のエネルギーをぶつけたわけではないから特に消滅する事も無く、その地に留まり続ける。特に他の人が被害に遭う事もないし、禍厄を祓うために何かの支障を来たすわけではない。……その上、この度の禍厄祓いの為に新に被害者を出すくらいならどうせ死ぬはずだった君を殺して力を取り返せという神たちは非常に多かったから、斎が神たちに罰される事もないし、黄龍に食われてしまえば死体も残らないから証拠も残らず人間界の法に触れる可能性も低い。その上、人を殺してはいけない神の使いが直接手を下さずに相手を殺せる方法___まったくあの子は、腹立たしいくらい計算が上手いな」

呟くように、秋芳は淡々と述べていく。

「秋芳様、言いすぎです」

話を聞くうちにどんどんと青褪めていく小夏の顔を見て、とうとう矢田がそう諌めた。

「これ以上は佐藤が可哀相だ」

「だけど、ここまで聞かされたら佐藤さんだってもう、同情する余裕はないだろう?」

秋芳は静かに、厳しい口調で続ける。

「他の神が罰せずとも、私はもう斎を許さない。私たちを欺き続けて、佐藤さんを殺そうとして。……私は、10年前佐藤さんを生かすことに決めたのだから。佐藤さんは守ってみせるよ。とりあえず、今他の神々に連絡をとってあの黄龍をどうにかして撃破する方法を探している。それまではこの結界の中にいて、黄龍を防いでおくんだ」

秋芳の言葉は頼もしい。絶対に小夏を守ると言ってくれている。

でも、その人は同時に10年前、苦悩の末にでも小夏を殺そうと決意した人で。

柏木が自分を殺そうとしたと言う事はとてつもなくショックで、目の前が真っ暗になるほど辛くて。

だけど。

「でも、じゃあ、あたしは生かしてくれるのは嬉しいけど……あたしの代わりに死ぬ人は? その人は、助からないんですか?」

小夏は、震える体を気にしないようにしながら、ようやくそう口を開く。

「その人に、10年前のあたしみたいにお百度参りしてくれる人が居ないから。その人は、秋芳さんの知り合いじゃないから。……だから、それが柏木君にとってどんなに大切な人でも、死んでもいいんですか?」

小夏の言葉に、秋芳は言葉を呑んだ。

「佐藤、お前も流石に言いすぎだ」

「いいよ、マサ」

小夏を宥めようと身を乗り出した矢田を制止して、秋芳を睨みつける小夏に向かって、秋芳は恐ろしい程真剣な瞳で、小夏に言う。

「じゃあ佐藤さん。あなたは代わりに自分が死ぬって言うの?」

その言葉に、小夏はグッと詰まる。

(それは、嫌だ……)

「結局そういうことなんだよ。もう、10年前のような抜け道は使えない。誰かが犠牲にならなければならない」

そういう、事なんだ。と秋芳はもう一度繰り返した。

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