後悔先に立たず 2
「そういえば柏木君、禍厄ってどうやって祓うの?」
柏木と一緒に、電車で残る一つの封印に向かっている。適度にすいた夕日の差し込む電車の中で、小夏は隣に座って黙り込む柏木に声を掛けた。柏木は先ほどから口数がかなり少なくて、やはり自分が告白なんかしたせいだろうかと小夏は不安になる。そんな不安を打ち消すべく、なんとか話題を見繕って声を掛けてみたのだ。
小夏の声に、どこかぼんやりと、窓の外の遠くを見ていた柏木の視線が小夏に向けられる。
「え? ……ああ。禍厄? あれは黄龍を呼び出すんだ」
「こうりゅう?」
小夏が首をかしげると、柏木は頷いて説明する。
「金色の龍だよ。……って言っても本当はそういう実体を持っているもんじゃなくて、禍厄に対抗できる陽のエネルギーの集合体なんだ。秋芳の力を持つ者の力を餌として、黄龍は呼び寄せる。秋芳の力が多ければ餌も多いから、より多くのエネルギーを呼び寄せられる。つまり、秋芳様は10年前、この餌となる力が足りなくて、禍厄を祓いつくせなかったわけ。……まあそれで、秋芳の力を持つ者は、その身に黄龍の力を全て宿して、襲ってくる禍厄と対峙する」
「へー」
呆気にとられたように小夏は言う。正直、スケールが大きすぎてなんとも実感が沸かなかった。
「他人事みたいな顔してないでよ。君がそれをやるんだから……でもまあ、これは秋芳様は隠してるみたいだけど、今の君には、正直四方の封印を全て解いて力を全て自分のものにしても、禍厄を祓いきれる力はないよ」
「え?」
思いがけない事を言われて、小夏はまばたきする。
「だって、あたしが禍厄を祓うんじゃないの?」
「そうだね。多くの禍厄は確かに君に祓ってもらう事になると思う。だけど、君の資質じゃ全て祓いきれるわけじゃないから、余った厄は全て10年前の君のように誰かに押し付けて消化させてしまおうというのが、神様たちの考えだ」
呆然と、小夏は瞳を見開く。
「なんで?」
つまり、小夏が祓いきれなかった分の厄は、誰かがその身に受けて、死ぬような不幸を負う事になるという事だ。
小夏の愕然とした様子をちらりと見て、それから柏木はやはり淡々と、説明する。
「器が、違うんだよ。秋芳様はあれで一応神様だから、力の使い方も引き出し方も分かってる。ずっと修行もされてるしね。だけど、君は全くのど素人だから、同じ量の力をその身に宿していても同じだけの規模の黄龍は呼び込む事ができない。……だけど、秋芳様は君にそれを教えれば、君が10年前の自分と同じように辛い思いをするだろうからと、君には黙っている事にした。そういうものは、自分が背負えばいいって」
「そんな……」
小夏は絶句する。
何故柏木はそんな話を今小夏にするのだろう。聞いてしまったら、小夏はもう、知らなかったでは済まされないと分かっているのに。自分のせいで誰かが死ぬ目に遭うかもしれないと知ってしまった。
柏木は小夏の考えを読んだように、説明をする。
「だから、先手を打とうと、僕は思ってるんだ」
「先手?」
小夏は首を傾げる。柏木は頷いた。
「そう。危険な方法だけど、ないことはないんだよ……君が早めに四方の封印を全部解ければの話だけど。だから、僕は急いでいるんだ」
急いで、封印を解こうと思ってるんだ。
柏木はとても真剣な顔でそう言った。
日は暮れかけていて、藍の空には星が瞬き始めていた。柏木に連れられて歩く道も薄暗くて、小夏は少し早足になる。
ついた先の祠は、闇の中微かに白く浮き上がっているように見えた。
「これで、最後の封印だね」
「出てくるのは、おっきな鳥?」
以前柏木が言った事を思い出して、小夏はそう尋ねる。
「きっとね。風を操るヤツだろう」
小夏は札に手をかける。
封印を解くのももう大分慣れた。柏木が刀を持って控えているのを確認して札を剥がそうとしたその瞬間。
「止めろ!」
大きな声が辺りに響く。小夏と柏木は弾かれた様に背後を見る。
背後の、上部。空中。
小夏は見慣れた姿の、意外な姿を見て大きく目を見開いた。
そこには矢田がいた。よく見慣れた矢田の姿。だけど、その矢田は普段の矢田とは違っていた。背中から、大きな漆黒の翼を生やして、宙に浮いている。
バサ、と大きく翼を羽ばたかせて、黒い羽を数枚撒き散らして矢田は下りてくる。
「その姿で来たのか? 人目を考えろ」
柏木の醒めた声がする。
「うるさい。……お前、どういうつもりだ!?」
矢田が下りてくると同時に、羽は小さく折り畳まれて見る間に見えなくなってしまた。呆気にとられている小夏を尻目に、矢田はツカツカと柏木の方に詰め寄る。
「ふざけんなよ!」
怒鳴り声。側にいただけの小夏が本気で恐怖するような。本気の矢田の怒鳴り声。
「何の事だ?」
対する柏木はビクリともしないで静かに矢田を見据える。
「とぼけるなっ」
それは、一瞬だった。矢田の拳が柏木の頬を打つ。嫌な音がして、柏木がどさりと地面に尻餅をついた。
「柏木君!」
小夏は咄嗟に駆け寄ろうとする。それを、矢田が腕を掴んで制止した。
「止まれ、佐藤! そいつは最低なヤツだぞ」
振り解こうとしてもそれが出来ないくらい、強い力。本気の矢田の力は、とても小夏には適わない。
「そいつは、お前を利用してんだ」
「……え?」
小夏は抵抗をやめて矢田を見る。矢田は苦々しい顔で微かに目をそらした。
「俺もお前も、秋芳様も騙してたんだ。自分の、姉を助けるために……」
「どういう、こと?」
小夏はゆっくりと、柏木を見る。柏木は殴られた頬を押さえもしないで、唇から血が出ているのを拭いもしないで、ただ子夏の方を見ていた。
「ホント?」
小夏は尋ねる。矢田にではない、柏木に。柏木の真意が聞きたかった。
柏木はとても静かな目をしていた。目をそらしもしないで、悪びれる様子もまったくなくて。
「ホントだよ」
と、とても落ち着いた声で言った。
「なんで?」
「……さっき、話したよね。君には厄が祓い切れないって。祓い切れないから誰かが残りの厄を被ってしまうって。10年前は君だったんだけど、その対象ってどうやって決めるか知ってる?」
尋ねておきながら、柏木は小夏がその答えを知るはずがないとでも言うように後を続ける。
「禍厄の訪れるその年その日その時、この町で一番強運な人を選ぶんだ。運勢的にね。神様たちが八卦……占いをして決めるんだ。それが、十年前は君だった。そして、今年は、僕の姉になる筈なんだよ」
小夏は大きく目を見開いた。言うべき言葉がなくて、何か言おうとした口はそのまま開いたままになって……。
「僕は姉を助けたいと思った。その為に、君を騙してホントはまだ解く筈ではない封印を解くことに決めた」
『危険な方法だけど、ないことはないんだよ』
電車の中での柏木の言葉がよぎる。
きっと危険な方法だから、秋芳や矢田は止めようとしているのだろう。だけど、柏木は姉を助けるためにそれをしたいのだ。
血は繋がっていないけど、宝物だと言い切った柏木。彼がどんなに家族を大切にしていたか。
小夏はぎゅ、と拳を握る。
(あたし、甘いなぁ)
騙されていたのに。利用されていたのに。
それでも、柏木の力になりたいと思う。
手を押さえる矢田の力は今は弱くなっている___。
「わかった」
小夏は言って、怪訝そうな顔をする柏木に頷いてみせる。
「じゃあ、お姉さん助けよう」
「え?」
柏木と矢田が不審な顔をしたのは同時。小夏はその時にはもう、矢田の手を振り解いて走り出していた。
「おい、佐藤!」
矢田の慌てた声を聞きながら、小夏は祠の札に手をかける。
「空間、閉めちゃえ! 柏木君」
小夏の声に、呆然としていた柏木がハッと我に帰った顔をした。その瞬間、風景が歪んで、矢田の姿もどこにも見えなくなっていた。
そして、目の前には燃える様な真紅の美しい大きな鳥____。
*
(やられた)
矢田は苛立たしげに、二人の消え去った空間を見つめていた。柏木の術は強い。とても、矢田がそれを解く事はできない。
(まさか、佐藤があんな行動をとるなんて……)
予想外の事に呆然として、対処が遅れてしまった。
(まだ、一番大事な事を話してなかったのに)
小夏が傷つくのを怖れて言うのを後にしてしまった自分の責任も多大にある。後悔してもしきれない。
(佐藤___)
どうにか、しなければならない。どうにか。
矢田は考えた末に携帯電話を取り出して、電話を掛ける。
数コールの鳴った所で相手が出た。
「もしもし? 何よマサ」
「結子、頼む。助けてくれ」
縋る様に、携帯電話に向けてそう怒鳴っていた。




