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代打の神様  作者: 柚井 ユズル
3/36

神様からのお願い 3

説明するから、と青年が案内した先は、小夏にとって驚きだった。

今、小夏の目の前には小さなおやしろがある。家の側の小さな神社の、とても小さな社殿。その中に入るための階段を、青年は躊躇なく昇って行った。

「ちょっと、そんなトコ入って良い訳?」

「大丈夫だから入ろうとしているんだけど」

「……可愛くない言い方」

「君に可愛いとか思われても僕にメリットとか、ないしね」

小夏はムッとして口をつぐむ。先ほどから思っていたのだけど、この青年の態度にはかなり険がある。特に口に出しはしないけれど、小夏を見下すような、馬鹿にするようなそんな態度。

千里が言っていた「人当たりが良い」とか「優しい」とか言う言葉からは想像もつかない。

「ねえ、あんた、柏木君って人?」

「そうだけど?」

試しに聞いてみたらあっさりと肯定されたから、やはり本人だろう。

がらり、と社殿の戸が開く。もちろん柏木が開けたものだ。

「いいの? 勝手に入っちゃって。それとも、ここは柏木君の家なの?」

「僕のじゃない。神様の家だよ」

「え?」

その言葉を聞き返そうとしながら社殿の内部に入った小夏は目を疑った。

「……何、コレ」

今日は驚く事が一杯だ。

入った事はないけれど、それでも仮にも神社の社殿の中がこのような内装ではおかしいと思わずにはいられない。真ん中にこたつがあって、その上には煎餅や饅頭などが乗っかっている。その向こう側では、TVがついていて、こてこての愛憎モノの恋愛ドラマが流れていた。そして、そのこたつに横になって片肘をついてTVを見ながら煎餅を食べている人の後ろ姿が一人。

秋芳アキヨシ様。佐藤小夏さんを連れてきました」

背後から柏木が声を掛けると、その人物はようやくこちらに気付いたように首を後に巡らせてこちらを見た。

特にコレと言って美形とか、頼りがいがありそう、とか頭が良さそうだとか。そういった特徴は一切感じられなかった。ただ本当に、フツーのお兄ちゃん、という印象。少し間延びした感じの表情できょとんとした顔をしているのでさらに間抜け度がアップしているように見える。その上、体格もひょろひょろとしていて、どうみても頼りなさそうな印象を受ける。

「おかえり、斎。で、誰だって?」

もぞもぞと横にしていた体を起き上がらせながら、その人は言う。

「佐藤さん」

「ああ、あの、美香子さんの娘さんかー」

のほほーん、と言って、合点したように笑顔になる。

(美香子……お母さんの名前……)

「いやー、大きくなったねぇ。いまいくつ?」

「あの、母とお知り合いですか?」

屈託のない調子の相手に少し気圧されながらも、小夏はそう尋ねてみた。

「ああうん。知り合いって言うか、神社にお参りに来てくれたことある人はねー。覚えてるよ。何せ私、神様だし?」

「はあ」

間の抜けた相槌を打ちながら小夏は内心で少し危機感を覚える。

(一見普通そうに見えるけど、ヤバイ人なのかな……)

柏木は二人の会話を特に気にする様子もなく、勝手にもぞもぞとこたつに入り込む。

「ああ、そうだ。佐藤さんもどうぞ? 小汚いところですが」

柏木の行動を見て初めて気付いたように、男性が小夏にもそれを勧めた。

「斎も。自分よりまずお客様だろ? それにほら、れでぃーふぁーすとだよ」

「横文字似合わないですよ。それに、いまいくつ? とか何聞いてるんですか。僕が何のために彼女をここに連れてきたと思ってるんです?」

気に留めていないようで実はちゃんと聞いていたらしい柏木は、しれっとそんな事を言って、テーブルの上の蜜柑を手に取る。

「それに、そろそろ春ですよ? こたつなんてそろそろ閉まったらどうです?」

「じゃあ入るなよ! ……たく、お前はいつも生意気なんだから。良いんだよ。私は冷え性なんだから。それより、なんだって? 何のために彼女を連れてきたって?」

小夏を強引にこたつに招きながら、男性は言う。

「彼女、道端で『厄』に襲われてましたよ。……雑魚ですけど」

なんでもないようにサラッと柏木が言った言葉に対して、男性はピクリと反応した。

「……へえ。もう、そんな時期なんだ」

「しかも、もう『見えてる』そうです」

「うえぇ。早いね。なかなか優秀なのかな」

顔をしかめて男性は言ってから、大きく溜息をつく。

「だから、説明するために連れてきたんだね。了解。私から話すよ」

「話が早くて助かります」

「えーと、じゃあ、話がちょっと長くなるからお茶がいるね」

男性がそう言うと、不意に小夏が入ってきたのと反対側にある襖戸が開いた。

カタカタと、お盆の上に乗ったお湯のみを小刻みに揺らして、入ってきたソレを見て、小夏は度肝を抜かれた。

「な、なにアレ……」

「え? 何って。……なんだろう」

男性が首を傾げる。

「何かと言われれば妖怪の一種というのが一番近いな」

斎が冷静にそんな事を言っている間にも、ソレは近づいてくる。

古ぼけた、無表情の日本人形。小さな両手を上げてお盆を掲げるようにして持ち、振袖を揺らしながらゆっくりと近づいてくる。

一瞬そういう仕掛けの人形かと思ったのだが、どう見ても普通に歩いているような動きだ。仕掛けがあるようにはとても見えない。

「あ、歩いてるよね……?」

恐る恐る側の柏木を見上げて言うけれど、柏木は面倒臭そうに小夏を一瞥しただけで、特に何も言わなかった。

「ああ、うん。そうだねえ。……なんというかねえ、物も長い間大切にされれば魂が宿っちゃうもんなんだよ。彼女は害はないから、そんな恐がらないでいいよ」

柏木の代わりに、苦笑して男性がそう説明する。

「そう、なんですか……?」

言っている間に日本人形はかたかたと歩いてきて、小夏の前で止まるとお盆を下に下ろした。

「粗茶です」

(うっわ。予想に反してすごいしっかりした発音)

そして、どうしてか野太いおっさんの声。

「……ども」

かたかたと元来た道を帰っていく日本人形の後姿を見つめながらぼーっとしていると、柏木が横から手を伸ばして、自分の分のお茶を取る。

「一々驚いてると身が持たないよ。どーせこの先、あんなのにはうじゃうじゃ遭遇するんだから」

その言葉に、小夏は眉根を寄せる。

「何? どう言う事?」

「その事は、これから私が話すよ」

にっこりと笑って、男性が話しに入ってきた。

「まず自己紹介ね。私は秋芳と言います。気軽に『お兄ちゃん』とか呼んでくれればいいと思うよ」

「えーと。遠慮しときます」

「……なかなかにハッキリと物を言う子だね。まあいいや。で、単刀直入に言うけど、佐藤さん、今日怪物みたいのに遭ったでしょう?」

「はい」

いよいよ本題に入ったのだと思って小夏は背筋を伸ばす。秋芳はへらへらと笑ったまま言った。

「それ、これからもちょくちょくあると思うからよろしく」

「……は?」

「いやねー。話すと長いことになると思うんだけどさ。私はこの地区全般の厄払いの神様なんだけど、この地区ちょっと変わっててさ。10年に一度『禍厄まがつやく)』ってのが通り過ぎるんだよ。そういう通り道になってるの。『厄』って言うのはさ、一般的に災いとかを呼ぶものなんだけど、この『禍厄』って言うのはひどいもんでさ、これが訪れた年は大きな災害が起こっちゃうんだよね。大地震とか途方もない事故とか……」

途方もない話に、小夏は取り残されそうになりながらもとにかくついていこうと頑張る。

「でもさー、別に10年ごとにこの地区が大きな災いにみまわれた、なんて話聞かないでしょう? それは、僕たち『秋芳』の神が10年ごとに祓ってるからなんだ。というか、正直、秋芳の神の仕事なんて禍厄払う以外の他は何にも無いんだけどねー。参拝してもご利益ほぼないし」

「え、ウソ」

(それってお賽銭ドロボーじゃ……)

小夏の母親などはこの神社をすごく信じていて、初詣なんかは必ずここに来ているのに、何のご利益もなかったとは……。

そんな小夏の考えなど気にもしないようにあっけらかんと秋芳は言う。

「ホントだよー? この神社はそのためだけに作られたものだもん。でも、逆を言えば、それ程までに禍厄の力は強いって事だよ。秋芳の神は特に優秀な者が任命されるんだ。それでも、大抵は禍厄を祓うだけで力の全てを使い尽くしてしまう。それから10年は力を蓄えて、また禍厄を祓う事で使い尽くす。大抵の秋芳の神は、だから寿命が早いよね。他の神々に比べて」

「……ちょっと待って。寿命って? 神様に寿命があるの?」

その質問に、秋芳は当たり前だという顔をして頷いた。

「人間よりは長いけど、あるよ? 前の神様が死ぬと後任が配属されてその地区の担当になるんだ。こう見えて、私は優秀だからね。前のジジイの跡を継げるのは私しか居ないと言う事で、禍厄の通過地点という重要地区を任されたわけだよ」

少々誇らしげにそう言って、意外なことに目をしばたかせる小夏に笑いかける。

「だから、私はまだ秋芳の神といっても新人なんだよ。その上、前の秋芳の神は予想外に早死にしちゃったから10年前、まだ少々未熟なままこの役職についたんだ」

だから、と秋芳は少々遠い目をした。一瞬だけ浮かんだ、何かに耐えるような表情。

「10年前、禍厄を祓うのに失敗してしまったんだ」

(……え?)

失敗?

「でも、10年前、特に大きな災害があったとか言う話は聞かないですけど」

「うん。そう。まるっきり失敗というわけじゃない。……10年前の私の力では完全には禍厄を祓えない事は、周囲も自分でも分かっていた事だった。だけど、秋芳の神を継げるのも、私しかいなかった。だから、私たちは多少の被害は甘んじて受ける事にした。本来なら、禍厄全てを祓い除けるはずなのだけど、力不足で祓いきれなかった厄を一つ所に集中させ、目的を達成させる……つまり、誰かが災厄に遭い、その一人に凶運を全て背負わせる事で、その厄を消そうとしたんだ。その誰か、が君だよ」

思いもかけないことを言われて、小夏は大きく目を見開いた。

「10年前、君は酷い病気をしただろ。君は覚えてないかもしれないけど、酷く苦しい、生死を彷徨うような病気。それが、逃れた厄の仕業だった。本当は、それで死ぬはずだったんだ」

「で、でも。あたし、死んでない……」

「秋芳様が甘い人だったからね」

唐突に、今まで静かだった柏木が口を挟んだ。

「そのまま君を殺しておけば、厄は消化され、次の年までには秋芳様の力は充分に蓄えられている筈だった。だけど、この人は、君が自分のせいで死にそうになっているって放っておけなかったんだ」

柏木はあくまでも、感情など交えない声で淡々と話す。だからだろうか、自分の事を死ぬ死なないと話されているのに、なんだか実感が沸かなかった。

「秋芳様は、死にそうな君に自分の持てる最後の力を授けることでその厄から君の命を守ったんだ。その最後の力、というのが自分の中に神の力を蓄える力、という働きをする核のようなもの。それがないと、いかに神様であろうと力を蓄えられない。そして逆説的に言えば、それを持っていれば人間であろうと神の力をその身に蓄える事ができる」

つまり、と柏木は静かな目で小夏を見据える。

「今、君の体の中には10年間分の神の力が蓄えられている事になる」

「へー」

突拍子も無い話に、どう答えて言いか分からずに、小夏はとりあえず相槌を打ってみる。柏木は小夏の反応などどうでもいいとでも言うように、先を続けた。

「そしてそうである以上、今年の禍厄は君が祓わなければならない」

「……へ?」

これ以上大きく開かないというところまで大きく目を見開いて、小夏は間抜けな声をだす。

「な、どういう……」

「言ったとおりの意味だけど?」

「なんだよ佐藤さん。ごめんねー?今の私は言ってみれば能無しって事なんだよ、いやもうまいったねー」

「……自分で言ってて悲しくなりません?」

「斎って冷たいよね。せめてここは笑ってよ」

軽口を叩き合う二人の横で、小夏は混乱する頭を整理しきれないで困っていた。

「え、ちょっと待って? あたしが? その、なんかすごい強そうなのを? 祓う?」

「なんかすごい頭悪そーな発言だね。佐藤さん」

「こら、斎! ごめんね佐藤さん。ホントならうら若き女の子にこんな事頼むのは酷なんだけどさ。禍厄は秋芳の神の力じゃないと祓えないんだよ。補佐兼護衛としてウチの斎もつけるからさ。お願いできないかな」

すごく嫌ーな顔をした柏木を笑顔で制して秋芳は小夏に詰め寄る。

「ね?」

「あの、それで、柏木君は何者なんですか?」

「あれ? 言ってなかったの、斎。駄目だなー。自己紹介しとかないとー」

秋芳は驚いた顔で言ってから柏木を小突く。

「コイツは狐だよ」

「キツネ?」

言われた意味が一瞬分からなくて首を傾げた小夏ににっこり笑って秋芳は言う。

「そ。コンコン、お狐様。神様のお使いの狐。私の護衛の片割れ。結構強いし、役立つよ?」

「か、柏木君人間じゃないの!?」

「……悪い?」

じろりと横目で睨まれて、何もいえなくなる。

「油揚げ与えれば機嫌良くなるよー」

「ほ、ホントに!?」

「嘘に決まってるだろ!」

柏木はいらいらと言って立ち上がる。

「ほら、話し込んでるうちにもう11時だよ。佐藤さん、家、大丈夫なの?」

「え!? あ、嘘! やばいやばい」

「佐藤さん」

慌てて立ち上がる小夏に、秋芳が呼びかける。

す、と表情が真剣になる。

「返事は?」

小夏は一瞬言葉に詰まる。それから、ふーと大きく息を吐いた。

「……だって、私、命を助けてもらってるんでしょう? だったら、断れないじゃないですか」

その言葉を聞くと、ふっと秋芳の表情が緩む。

「良かった。安心した」

「……秋芳様、肝心の話、してないですよ」

「肝心?」

小夏が首をかしげるのと、秋芳がああそうだ、と手をポン、と打つのは同時だった。

「どうにか『禍厄』を祓わせないようにしようと、雑魚の厄どもがそろそろ君の命を付け狙い始める頃だから、気をつけて!」

「へ!?」

「君が今日遭ったのもそれだよ。……普通厄は何かに取り付いて現れるものだから、今日は虫に取り付いてたみたいだけど。普通の人にはその姿でしか見れないはずなんだけど、君は神の力のせいかその厄の本当の姿を見てしまったんだろう。逆に結構厄介だな。標的を絞れなくて」

淡々と柏木は告げる。

「厄の中には巧妙に正体を隠して近づいてくるのも居るから気をつけてー!」

秋芳も補足するように言う。

「そ、そんなの聞いてない……」

「どっちにしろ、神の力が君の中にある以上同じだよ。……さ、帰らないと親御さんが心配するよ」

そう言って、柏木はスタスタと歩き始める。

「え!? あ、ちょっと……」

小夏は慌てて鞄を拾うとぺこり、と秋芳に頭を下げて部屋を出ようとした。

「佐藤さん」

靴を履いていた小夏の背中に改めてかかる、静かな声。

振り返ると、秋芳が真剣な顔をして小夏を見つめていた。いつの間にか、こたつから完全に出て小夏の方を向いて正座をしている。

(わ、こうして見ると、やっぱ神様なのかも……)

思ったのは先ほどからは想像できないような威厳のある表情から。

「よろしくおねがいします」

秋芳はそう言って、静かに、丁寧に、頭を下げた。

「わ。は、はい。頑張ります!」

思わずかしこまってしまった小夏にふ、っと元のように笑いかけて言う。

「ごめんね」

「? はい……じゃあえっと、さようなら」

「はい。さようなら」

にこりと笑って見送る秋芳は、小夏が去った後、その表情を翳らせた。

「……ごめんね」

もう一度、小さく呟く。

今の小夏にはまだ、この意味は分からないだろうけれど。


小夏が慌てて社殿を出て鳥居を抜けたところで、柏木が背を持たせかけていた鳥居から体を離した。

「遅くなったから、送っていくよ」

「え!? いいよ。悪いし」

「悪いと思うなら黙って送られて。もし君がまた厄に襲われたら、護衛を仰せつかった僕の責任なんだから」

「……あ、そう」

遠慮したのが馬鹿らしくなるようなその言葉。

「じゃあ、お願いします」

「はいはい」

何故か自分から言い出したのに嫌そうに溜息を付いて、柏木は歩き出す。

小夏は内心でそんな柏木に文句を言いながらも、少し胸が弾んでいるのを感じた。

自分には無縁だと思っていた映画や漫画の主人公のような境遇が突然ふって湧いたように訪れた。

(主人公になったみたい、かな?)

なんだかそれがくすぐったくて、とても嬉しかった。

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