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代打の神様  作者: 柚井 ユズル
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心の渦巻き、大喧嘩 3

「矢田君、ちょっとお話があるのですが」

昼休みになっても机に突っ伏して眠っていた矢田に小夏がそう言うと、矢田は腕の中から顔をあげる。なのに、前のように眠たそうな顔は全くしていなくて、もしかしたら寝ているフリだったのかもしれないと、小夏は密かに思ったのだけど。

「何?」

「少し時間を頂いてもいい?」

小夏の言葉に矢田はとても不機嫌そうに眉根を寄せながらも、頷いて身を起す。

「いいぜ。屋上行こう」

がたん、とイスをどけて歩き出す矢田の後姿を見ながら、小夏は緊張に拳を強く握った。


「で? 話って?」

「えーと、大変言い難いのですが、この前の話を蒸し返させてもらおうと」

「この前の話?」

矢田が聞き返すので小夏は詰まる。

(ワザとだ。ワザと言わそうとしてる)

だけど、言わない事には会話が進展しないのだ。

「この前、その、矢田君があたしに告白してくれた時の事、です」

「ふーん。で?」

矢田はただ冷たい目で小夏を見下ろす。

「謝ろうと思って。あたし、変な言い方したから。もう一度、やり直しさせて欲しいの」

不審気な矢田に向かって、小夏は勢いづけて言う。

「えっと、あたし、好きな人がいて。だから、矢田君の気持ちはすごい嬉しいんだけど、頷く事ができないんだよ」

小夏は言い切って矢田を見る。矢田はただ小夏を見下ろすだけ。

(うわぁぁ、沈黙が痛い)

小夏も覚悟している。これで怒られたらもう、どうしようもないと。

「……お前、すげー顔な」

不意に、矢田はそんな事を言った。

「結子も同じくらい腫らしてたし。何? 殴り合いの喧嘩でもしたわけ?」

「え? あ、ちょっと平手の打ち合いを」

唐突に関係のない話題を振られて戸惑いながらも、小夏は答える。

「女の喧嘩って男のよりなんか恐えーな。怨念こもってそうで」

「そう?」

言った瞬間、矢田はぐ、と小夏の頭に拳をあて、そのままぐりぐりと回した。

「痛っ! いたたたたた……」

小夏は思わず叫ぶ。だが、矢田はそれを気にも掛けないように尚も続ける。

「おまえはよー。ちょっと期待しちまっただろ。どっちにしろふられんのかよ、俺」

「ごめっ……」

「謝んな!」

ようやく手を止めて、矢田は言う。

「まだ、謝るな」

矢田の真剣な瞳が、小夏を見下ろしている。

「お前がそいつと成就するって決まったわけじゃないんだし、略奪って手もあんだし、俺はまだ諦めねーよ。だから、お前はまだ謝るな」

「えぇ!? 何それ」

「文句あんのかよ!」

「文句っていうか、それってなんか、矢田君損だよ?」

小夏の言葉に、矢田はふん、と鼻を鳴らす。

「なんだ? お前、自分がソイツに相手にされる自信あるわけ?」

「いや、それはないけれども……」

「じゃあそんなに損でもないだろ。どうせお前の容姿ならば、相手にもよるが、勝率は五分五分だ」

「ひどっ」

小夏が叫ぶと、矢田は手を伸ばしてぐい、と小夏の鼻をつまむ。

「らりふんの!?」

「ひでーのはお前だっての。自分がふる理由を相手に押し付けようとしやがって。……まあ、反省したみたいだから許してやるけどよ」

まあそんなわけで、と矢田は小夏の鼻を放して言う。

「で、今週の日曜は暇か?」

「ごめん、暇じゃない」

「なんでだよ」

矢田は不満そうに顔をしかめる。

「柏木君とちょっと出かけるんだけど。矢田君も来る?」

「死んでもヤダね」

(即答かい)

「どうせ佐藤の好きなヤツってのはあいつの事だろ? 一緒に居たくもない。だったら家で大人しく略奪計画でもたててるよ」

(バレてる!)

小夏が赤くなったのを面白くなさそうに見て、矢田は小夏の額を弾く。

「お前、覚悟してろよな……さ、メシメシ。笠原んトコ行ってメシ食うぞ」


矢田と連れ立って千里の所へ行くと、千里は満面の笑みを浮かべて「仲直りオメデトー」と言った。


*



日曜になり、柏木と連れ立って祠に行くと、祠の前で榊が待っていた。

「なんか殴りあったら馬鹿らしくなったし……すっきりしたから手伝ってあげるよ」

榊はそう言って、ふん、と髪をかき上げた。

「言いたい事いいきって、スッキリしたって事?」

小夏が言うと、がつ、と蹴りが跳んでくる。

「痛っ」

「生意気!」

「ひっどーい」

小夏の抗議の声を無視して、榊はびり、と札を剥がす。

「あ! 心の準備もしないまま!」

小夏の非難は掻き消され、中から飛び出してきたのは本当に龍で。

「何アレ……?」

榊が怯むのを見て、小夏は慌てて刀をきちんと握りしめる。

だが、飛んで来るかと構えた小夏の予想を裏切り、龍はずるずると這い出てくると、そのまま地面にごぼごぼと潜っていった。

「え?」

戸惑う小夏に、柏木は落ち着いた声で言う。

「地面だよ。土の中」

見れば、微かに振動が伝わって、土の下で何かが動いている気配がする。

「え、これ。どうやっておびき寄せる……」

言いかけた時、小夏は足に妙な感触を感じて叫び声を上げた。ずるずると、足が地面にのめりこむ。

「やだ、飲み込まれる」

柏木が腕を伸ばして小夏を引っ張り上げる。小夏の体が離れたと同時に、青い炎を吹きかけた。

「なかなか厄介そうだね」

榊が言って、ポケットから数枚の札を取り出した。適当な棒を地面から拾って、自分たちを囲むくらいの四角を描く。

そうして、その四方に札を貼った。

「これでとりあえずこの中は大丈夫」

「何コレ」

「即席の結界」

「すごい。……ありがと」

小夏は言って、地面を睨む。

「で、どうやって倒したらいいと思う?」

「あたしに聞かないでよ」

「ホント、毎度毎度厄介だなあ」

小夏は文句を言いながらも、考え込む。

「炎で地面かぴかぴにしちゃうってのも無理?」

「無理だと思うよ」

柏木の即答。

「えーと、じゃあ、とりあえず引っ張られて土の中に入ってみて戦うとか」

「生きてられるとおもってんの?」

「えー、じゃあ……」

はあ、と榊の呆れたような溜息が響いた。

「あんたが囮になるんなら、この前の女子トイレの時みたいな方法でおびき出してやっても良いよ」

「ホント!?」

小夏が食いつくと、榊は少し意外そうな顔をする。

「やるの? 囮。意外に根性あるね」

「うん、そろそろ慣れた」

「しかもあたしがまたあんたを殺そうとするかもしれないのに?」

「え!?」

仰け反る小夏に、榊ははあ、ともう一度溜息をつく。

「冗談。まあ、あんたが信用できないなら別の方法考えた方が良いけど」

「冗談なら、信用する」

小夏は言うと共に、パッと結界の外に出る。

「よろしく! 榊さん」

「あ……」

小夏の素早い行動に、呆気にとられたように榊は一瞬呆けて、それから慌てて自分も小夏の後を追いかけた。


ずぶ、ずぶ、と足が土に沈む。

(思ったより、速度が速いな)

小夏は思いながら、徐々に目線に近づいてくる地面を見つめた。既に土は太もものあたりまで来ている。榊が少し離れた場所で小夏の周囲を水のようなものを水筒から零しながら四角く囲っている。

(信じなきゃ。間に合う、榊さんは間に合う……)

地面が近づく。腰を超えて、胸を目指して。地面に埋まった体は、塗り固められたようにピクリとも動かない。

榊が四方に札を貼り付ける。

地面に肩まで埋まる。

ずぶずぶと沈みこむ。顎、に次いで、口___。

不意に、榊の鋭い声が響いた。体中に鐘を鳴らすような振動が起こる。

次の瞬間、小夏の体は竜の体ごと宙に放り出されていた。

ばたん、と着地の衝動を腰に受けながらも、小夏は慌てて側に待機していた柏木から刀を受け取る。

龍はまだ地面に倒れている。

(チャンスだ)

駆け寄ると、龍の赤い瞳が、射竦めるように小夏を睨んだ。

(ひ、怯まない!)

恐くないといえば嘘になるけど、榊のしてくれた事を無駄には出来ない。

小夏は刀を振り上げて、龍の首元に振り下ろし____切る直前で止めた。

「降伏して。痛いのは嫌でしょ」

がめらだって、切られたら暴れたのだ。柏木は、斬って大丈夫だといったけど、痛みはきっとあるはずなのだ。だったら、それをしないですむのなら越した事はない。

龍は一声大きく吼える。背筋に震えが走るような恐ろしい声。威嚇の声だ。

(脅しになんか、負けない!)

小夏は手に力を込める。硬い皮膚に、刀が当たる感触がする。

「どうするの!?」

龍は、とても、とても不満そうに大きく鼻を鳴らして。そして地面に頭を垂れた。



*



「あーあ、泥だらけになっちゃって」

小夏を送って帰りながら、柏木が言うので小夏は少し楽しげに切り返す。

「名誉の負傷だよ」

「傷負ってるワケじゃないし」

文句を言いながらも、柏木は自分の鞄をごそごそと漁って、中からスポーツタオルを取り出して小夏に差し出す。

「うわ。用意良いね、柏木君」

「まあ、ある程度は泥だらけになるかもとは予想してたからね。ここまで酷いとは思わなかったけど」

なんやかんや文句を言いながら面倒見の良い柏木に笑ってしまう。

「そういえば、柏木君、お兄さんなんだっけ」

「何?」

「弟さんの面倒、結構見てるんじゃないかなーって」

ああ、と柏木は頷いて、微かにだが、柔らかく微笑む。

「可愛いよ。うちの弟は」

その微笑みが、いつも学校の他の生徒たちにしているような愛想だけの微笑とは違って、目元を和ませて本当に優しく笑うから。とても、いとおしそうな顔をするから。

心臓が高鳴って、少しだけ、ほんの少しだけ柏木の弟が妬ましくなる。

(いいなぁ)

自分も、あの視線の中に入りたい。あんな優しい表情で笑いかけてもらえるようになりたい。

衝動的に、どうしようもなくそう思って。思ったらもう、止められなくて。

小夏は気がつけばがしりと柏木の胸元を掴んでいた。

「……何?」

怪訝そうな顔をする柏木の顔を見上げて、多分顔は真っ赤になっていたと思うのだけど、そんなのも気にならないほど必至に、小夏は言う。

「あ、あたし! 柏木君が好きなの!!」

「は?」

ぽかんと呆気に取られたような柏木の顔。こんな顔、普段は滅多に見れるものじゃないのだから貴重なのだけど、そんなのに気をとられている余裕なんて小夏にはない。心臓がばくばくいっていて、耳元で鳴ってるんじゃないかという程だった。顔全体が熱くて、期待とか不安とか恥ずかしさとかが入り混じって気が変になりそうで……。

柏木は本当に思いもかけなかったというような顔をしていて、小夏はそんな柏木の顔を見ていられなくて顔を俯ける。握り締めた手のひらまで熱を持っていた。

小夏にとってはかなり長い時間に感じられた沈黙の後。柏木の静かな声が、耳に入る。

「最近はね、佐藤さん、可愛いと思うよ。守ってあげたくなる」

思いがけない言葉。信じられない、柏木の口からそんな言葉を聞くなんて。

小夏は弾かれたように顔を上げようとした。その瞬間、柏木の声が続く。

「……妹ができたみたいだと思った」

(妹……)

それはつまり、小夏が抱いている想いとは別の感情と言う事で。

「ごめんね、佐藤さん」

その言葉が耳に入ると同時に、小夏は踵を返して駆け出していた____。


ばたばたと駆け去った小夏の後姿が見えなくなるまでそこに立ちすくんでいた柏木は、小夏が取り落として行ったタオルを拾うと、無造作にそれを鞄に詰める。

冷静に、落ち着いて。感情的になっては何かし損なう。

それは、いつも念頭に置いている事。それなのに、今は酷く感情を掻き乱されて、むしゃくしゃする。普段ならば決してそんな事はないのに。

「___くそっ!」

柏木は乱暴に呟いて、側にあったフェンスを蹴り付けた。

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