心の渦巻き、大喧嘩 1
それはまた、特に厄の来襲もなく、平和に登校してた時だった。最近厄の来襲がないのは、ひとえにがめらのお陰らしく、平穏な生活に小夏はぬくぬくと収まっていた。
「あ、なんだろ」
柏木が呟いたので、小夏はその示す方を見た。今はちょうど商店街に差し掛かったところ。程よく人通りのある道で、一人の男が、数人の大人に追われていた。
「ひったくりだよ! 誰か捕まえて」
大声で喚く人の声で、追われる男の事情に気がつく。
男はまさに、こちらの方向に向かって走ってきていて、小夏は身構える。
捕まえようとした方がいいのだろうか? だけど、体格差がありすぎて、すぐに振り払われてしまいそうだ。
(柏木君は?)
小夏はちらりと隣を歩く柏木の顔を見上げる。だが、柏木はまるで他人事だと言うように無関心な顔をしていた。悩んでいるうちに、小夏のすぐ側を男が駆け抜けようとする。
(あ……)
慌てて手を伸ばすけど、案の定振り払われて跳ね飛ばされそうになる。
(転ぶ)
と、思った瞬間には柏木の手が伸びていて、腕を持って支えられた。バランスを崩しながらなんとか立ち上がった小夏は、数メートル先で男が大人たちに囲まれて、ようやく捕まっているのを見た。
「……なんで捕まえようとしなかったのー?」
再び歩き出しながら、小夏は恨めしそうに柏木を見てそう言った。先ほど転びそうになった時に捻ったのか、足首が少し痛い。
「僕は君みたいに正義感に溢れてないですから……というのはまあ冗談として、出来ないようになってるんだよね」
「何が?」
「人間を傷つけたり害を与えたり? それがどんな悪人であっても。神様に仕える者はしちゃいけないってなってるんだ。だから、さっきみたいな場合、僕には手出しが出来ない」
「へー」
そういえば、柏木は普段厄に向かってガンガン炎を出しているが、人に危害を加えた所は見た事がないと、改めて思い出す」
「だから剣道も出来なかったんだよね。結構やりたかったのに」
「それは、勿体無いね」
「いやべつに、やってても上手かったかどうかはわからないし」
柏木が言うのに、小夏は首をふる。
「そうじゃなくて、やりたいって気持ちがせっかくあったのにそれを無駄にしちゃって勿体無かったねって事」
その言葉に、柏木はちょっと意外そうな顔をする。
「佐藤さん、成長したね」
「なんで」
「初めて会った時の君なら、そんな前向きな事、絶対言わなかっただろうなって思って」
柏木は言って、微かに笑う。
「嫌味!」
小夏はそう言ってはみたものの、微かに心が弾むのを感じた。
「ところで佐藤さん、どうする?」
「は? 何が?」
急に柏木が話題を変えたので、小夏はついていけずに目をぱちくりとさせる。
「封印の事。……ここまで来たら、残りの2つも早々に解いちゃっても良いと思うんだけど」
(別に、今は特に力が足りないとか、不自由していないけど)
厄に特に襲われる事もなくなって、充分なのだけど。
でも、先ほど柏木に前向きと言われたのが嬉しくて。
「うん、やる」
意気揚々と、そう答えていた。
「ねえ、あんた。やっぱりあたし、厄の退治手伝ってあげても良いよ」
唐突にそう、声をかけられて、小夏は顔を上げた。移動教室の前、いそいそと教科書を用意している時だった。
(榊さん……いつの間に)
気配も感じないまま目の前に立っている榊を見て、小夏は驚くが、すぐに言葉の内容に気付いてさらに驚く。
「でも、あたしの事気に食わないんじゃなかったの?」
「気に食わないよ」
それはもう、小夏が僅かに後ずさりするほどの即答っぷり。
「だけど、あんたは強くなってるみたいだし。その強さの原因を見極めたい。あんたなんかに負けてらんない」
(負けず嫌いな人なんだな)
榊の燃える瞳を見て、そう実感せずにいられない。
でも、この間柏木は榊と矢田が抜けると戦力ダウンだと嘆いていたわけで。もし榊だけでも戻って来てくれるのなら嬉しい事も確かだ。
「じゃあ、今週の日曜日ね。柏木君と一緒に行くところあるから、ついてきてくれる?」
小夏のこの言葉には、榊は頷く。
「いいよ」
「と、言うわけで榊さんも来てくれるって」
小夏が言うと、柏木はふうん、と興味なさ気に相槌を打つ。
「もうちょっと盛り上がらない?」
「この調子で矢田とも仲直りするんだね」
「……」
(意地悪だ……)
小夏は内心でぶつくさと呟く。
こういう事を言われて見ると、自分はどうしてこの男が好きなのかと甚だ疑問になるというものだ。
「まあ、じゃあ、今週は北でいい?」
柏木の言葉に、小夏は頷いたのだけど。
「きっとでっかい鳥か龍の二択だけど」
「龍!?」
とんでもない事を聞かされて、度肝を抜かれたのだった。
*
日曜が訪れて、小夏は非常に気まずい思いで榊と二人、待ち合わせの駅のホームに立っていた。
(柏木君、早く来て!)
榊は特に小夏に気を使う様子もなく、側のコンビニで買って来たうま○棒を朝食代わりとサクサク食べているけど、小夏は気を使う。
(って言うか、よく考えればあたし、この前ライバル宣言しちゃってるんだし)
榊が柏木の事を好きだと知った上で自分も柏木の事が好きだと言ったのだから、事実上恋敵として宣言したも同然だ。
(気まずいよー!)
「ねえ、あんたちょっと落ち着きなよ」
3本程うま○棒を食べ終えた榊は、呆れたようにそう言った。
「さっきから妙にそわそわしてさ。別にあんただってあたしと同じで望み薄ってわかってるから、あんたなんかにそんなライバル心燃やしてないよ。あの姉の方がまだ燃やしがいがあるし」
ずけずけとそんな事を言って、ゴミ箱に袋を捨てる。
「でもこの前怒ってたよね?」
小夏が恐る恐る聞くと、榊はふん、と鼻を鳴らす。
「それは、あんたの言い方が気に食わなかっただけ。なんであたしがあんたに謝られなきゃいけないっての。謝るくらいなら黙って身を引けよ。じゃなかったらもっと、自分も斎が好きなんだからって胸張って堂々としてればいいのに、なんか卑屈になってさ。あの場面で謝るって逆に嫌味に聞こえるよ」
小夏は思い返してカッと顔が赤くなる。
そうだ。よく考えてみたら、自分が柏木を好きで「ごめん」と言うのは、聞き様によっては「柏木君をゲットしちゃうから」という勝利宣言という風にとれなくもない。
小夏はそんなつもりもなく、ただ相手が怒っている様子だから口にしただけなのだけど。
「あたし。そんなつもりは……」
言いかけた小夏に、榊は渋い顔をして言う。
「謝罪の言葉ってなんとなく口にするもんじゃないよ。きちんと、自分のした事を考えて、悪いと思った事だけ謝りなよ。上辺だけの言葉で話すのって、相手の誠意馬鹿にしてる事になると思う」
その言葉に、小夏は不意に矢田の言葉を思い出す。
『よりによって、そんな言い訳かよ』
(ああ、そうか)
ようやく気がついた。矢田があんなに怒った理由。
(あたし、なんて勘違いしてたんだろう)
自分が矢田をふったから、矢田はあんなに怒ったんだなんて。違う、そうじゃない。小夏の言い方が問題だったのだ。そう思い返してみたら、羞恥に顔が熱くなる。自分は、傲慢なんじゃないだろうか。
(帰ったら、矢田君に謝りに行こう)
小夏は密かにそう、決意した。




