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代打の神様  作者: 柚井 ユズル
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謎の美人と火を噴く亀 3

柏木が一端近くにある動物病院に銀猫を預けに行ったので、小夏は何もしないで亀と向き合っていた。

白虎の時と違って、亀はこちらから何か仕掛けない限りは、特にこちらに危害を加えようともしてこないらしい。

今も、のっそりと、いかにも平和な様子で草などをもさもさ食べている。

(こうして見ると、普通の亀なんだけどな)

まさかコレが火を噴くとは、どうしても見えない。

ふと見ると、亀の右腕のところに血が滲んでいる。

(あ、あたしがさっきやったところ……)

小夏は気付いて、後ろめたい気持ちになる。

(そりゃあ、亀も怒るよね。突然刀突き刺されたら)

「ごめんなさい」

思わず、そう呟く。亀は相変らずもさもさと草を食んでいたのだけれど、その言葉がまるで分かったように、口を止めて小夏を見た。じっと、小夏を見つめる。

そしてやがて、のそりのそりと歩いてきて、小夏の目の前で足を止めて、首を長く伸ばして地面に項垂れた。

「……え?」

事態が掴めずに怪訝な顔で呟く。その時、小夏の中で白虎が一声吼えた。何かを伝えようとでも言うように。

小夏はそれに促されるように手を差し出す。その手が亀の頭に触れたと思った瞬間、亀の姿は消え、小夏の中に何かが駆け抜けた___。


*




「銀猫さん。ごめんなさい……」

小夏が銀猫の好物だと言う鰯を持って預けられているという動物病院に見舞いに行くと、銀猫はツンと顔をそらした。

「アンタのためじゃなくて主人を助けようとしただけよ」

銀猫の美しい毛は焼け焦げて、無残な姿になってしまっている。それでも、命に別状がなかったというのだから安堵した。

「すごいね。銀猫さん、使い魔の鑑だね」

小夏の言葉に、銀猫は小夏の持って来た鰯を食べながら澄まして言う。

「別に、あの人が主人だから尽くしてるわけじゃないし。アタシは、あの人が好きだから少しでもあの人の力になりたいだけ」

「それって……」

朝見た光景が蘇る。

まさか、銀猫の方は本当に柏木の事を……。

小夏のそんな考えを呼んだように、銀猫は馬鹿にするように鼻を鳴らした。

「頭の軽い小娘は、なんだって色恋事にしか結びつけらんないんだね。アタシのはそんなんじゃないよ。……あの人は、恩人なんだ」

銀猫は火傷が痛むのか、顔をしかめて話をする。

「アタシは昔、人間の男に恋をしてね。もうとうに化け猫の年だったし、人に化けられるんだからって軽い気持ちで人間の女に化けて。……最初は、うまく行ったんだ。その人に取り入って、娶ってもらって。でも、生活してたんじゃ、当然正体がばれてさ。情けない事だけど、化け物だって、包丁で切りかかられて」

銀猫はぐるり、と体勢を変えて小夏に向かって腹を見せる。そこには、ひっつれた長い傷痕があった。

小夏が息を飲んだのを確認して、銀猫は体勢を元に戻す。

「怪我をして逃げ込んだ先が、あっちの世界の神様の庭でね。決まりごとでアタシたちのような低級な化け物はあそこに入ってはいけない事になってるから、これはもう殺されるって思ったのに。主人がアタシを見つけて……アタシは散々暴れて引っ掻いたのに気にもしないで手当てをしてくれて。殺せ殺せって喚いたアタシのやけっぱちの事情を聞いて、それで」

銀猫の目が遠くを見るように細くなる。

「頭を撫でて、それは辛かったねって言ってくれたんだ。あたしは好きだった男の豹変を見て、もう二度と人なんて信じるもんかって思ってたのに。その一言が、本当に嬉しくて」

だから、と銀猫は言う。

「アタシは主人の願う事ならどんな事でも叶えてやりたいんだ。主人のためならなんだってやる」

強い、強い瞳。決意を込めた瞳。

「だからアンタ、主人をあんまり危険な目に遭わせないでよ。アタシはしばらくお役に立てないんだから」

「努力します」

小夏が言うと、銀猫は一瞬、何か苦いものを飲み下すような、そんな顔をした。

「それと、もう一つ忠告しといてあげると」

銀猫はふい、と顔を逸らして言う。

「アンタ、主人の事を好きになるのは勝手だけど」

(バレてる!?)

小夏はカッと顔が赤くなるのを感じる。銀猫はそれがとても馬鹿臭いと言うように鼻を鳴らす。

「あの人は、そう簡単なもんじゃないよ。あの人も、アタシと似たような傷を抱えてて、だから人には容易に心を許さない。家族以外には」

(傷……?)

小夏の心には疑問が残るが、銀猫はそれ以上は話す気がないとでも言うように口をつぐんだ。

(同じ傷? 銀猫さんみたいに、誰かに裏切られたとか、そう言う事かな?)

小夏はそう考えて、ぐ、と拳を握る。

「あの、あたし、自信はとてもないんですが。それでも、柏木君を裏切るような事だけはしませんから」

それまでツンとしていた銀猫の瞳が大きく開かれる。意外な物を見るような、そんな瞳。

「じゃあ、失礼します」

小夏が出て行ってから、銀猫は苦々しい顔で上げていた顔を前足の上に伏せる。

「あの子、何も分かっちゃいないんだから」

とても苦々しい顔で、そう、小さく呟く。

『ごめんね。僕の事情で巻き込んで』

主人はとても苦しそうな顔でそう言った。

『出来るだけ早く、カタをつけるようにするよ』

その言葉の持つ意味を、主人の苦しそうな顔の意味を、銀猫は充分すぎるほど察していた___。


「話は終わったの?」

病室の外で待っていた柏木は、出てきた小夏にそう言った。

「うん。……ところでさ。さっきの『がめら』、取り入れたはいいんだけど、特にまだ厄の来襲がないわけなんだけど」

小夏が歩き出しながら言うと、柏木は不可解そうに顔をしかめる。

「何? がめら?」

「そう。さっきの亀の名前」

「なんで?」

「火を噴く亀だから。亀系の他の名前思いつかなくて」

柏木は何か……多分亀に対して、哀れむような顔をした。

「玄武って呼んであげればいいのに」

「え。そんな名前なの?」

「いや、火を噴く時点で違うっちゃあ違うんだけど。……まあ、君がもうそう名づけたんならいいんじゃない?」

柏木は言って、それから改めて話を戻す。

「で、厄の来襲がまだなのはその亀が抑えてるからじゃないかな。どうやらあの……がめら? は守りに強いみたいだし。でも、あそこから入ってくるものそのままにも出来ないから、明日にでも祓っちゃった方が賢明だと思うけどな」

「そーする」

柏木が敢えてがめらと言う名前で読んだのは嫌味なのかどうなのか、と考えながら小夏は頷いた。


*



翌日、学校帰りに柏木と小夏は少し離れた空き地に厄を祓いに来た。

「はい、桜小太刀。……銀がいないと持ち運ぶのも一苦労だよ」

柏木は溜息をつきながら、方に背負っていた竹刀を入れる袋を下ろす。

「柏木君て剣道やってたんだ」

小夏は刀を受け取りながら意外そうに言った。

「やってないよ。これは兄の」

「なんだ」

受け取って、深呼吸をして、がめらに命令をしようとしたその時、背後から声が聞こえた。

「ねえ、斎」

二人で振り返ると、そこには榊が立っていた。腕を組んで、睨みつける様に小夏を見て。

「あたし、あんたに話があるんだけど」

「話?」

柏木が怪訝そうな顔をする。

「そう。二人きりで話したいの。だけど、あんた、最近いつも佐藤さんと一緒だから。この後、ちょっと時間取れない?」

いつもと同じような口調。堂々とした、しっかりとした態度。

だけど、小夏がふと見た榊の握った拳が微かに震えていて。

(あ、榊さん、告白するんだ……)

小夏はそう直感した。

「佐藤さん送って行った後で良いなら時間は空くよ」

「それなら、待ってる」

榊は言って、空き地を囲む柵に身を寄りかからせた。

「手助けはしないけどね」

柏木は得にそれには返答しないで、小夏を見る。

「じゃあ、始めて。厄が現れたら空間を閉じるから」

小夏は頷いて、自分の中のがめらに念じる。

す、と亀の視線を感じていつの間にか閉じていた瞳を開けた瞬間、目の前に黒い物が集まっていた。

「げ」

と柏木が微かに呟く声を聞いて小夏は不審に思う。

「何? あれの正体何なの?」

「聞かないほうが幸せでいられると思うけど」

「聞かないで突然現れたら驚くじゃん」

それもそうか、と柏木は頷いて言う。

「じゃあ言うけど……ゴキブリ」

「げ!」

ぞわぞわ、と背筋に寒気が走る。

「早々に片付けよう!」

小夏は言って、白虎に呼びかける。白虎は小夏の影から浮かび上がってきて、黒い物を蹴散らす。

柏木が青い炎で道を作って、いつもの通り、小夏はそこを駆けて。現れた茶光りする昆虫にかなりの嫌悪感を感じながら、思い切り刀を突き刺した。

「はー良かった。飛ばれたらどうしようかと思った」

小夏は言って、嫌そうに刀の先についている虫を見る。

「柏木君、この刀洗った方が良いよ」

「秋芳様に言っとくよ」

小夏から刀を受け取りながら、柏木は言う。

そして、二人は振り返って、呆然とした榊の視線にようやく気付く。

「あんた……何? 今の。虎」

心底驚いたように、小夏を凝視している。

「あ、なんか、新しい力を手に入れたの。って言うか、元から秋芳さんの力だったみたいなんだけど、それがあたしを助けてくれるみたいで」

小夏の説明を聞いているのかいないのか、榊はただ、呆然とした顔をしていた。

「そう。そんな力があるなら、あたしなんかいらないよね。それだけで、充分だよね」

榊の声は、微かに震えていた。

「そんな事ないよ。榊さんが手伝ってくれるなら……」

小夏の言葉は、途中ですく、と立ち上がった榊の行動に遮られた。

「斎、今日はやっぱやめとく。また今度出直すから」

榊はそう言って、後ろも振り返らずに去って行く。

「一応、聞いてくるかな」

柏木はそう呟いて、榊を追いかけて走って行った。

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