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代打の神様  作者: 柚井 ユズル
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謎の美人と火を噴く亀 2

その週は特にこれと言った事件も起こらず、日曜日になり、小夏は柏木と待ち合わせていた駅に向かっていた。

(ちょっと早くついちゃったな……)

腕時計を見ながら小夏は考える。

結局、矢田や榊との事はどうしようもないまま日曜日になってしまった。昼食をぴたりと一緒にとらなくなった矢田に、千里は何かを感づいているのだろうに、何も言わずにいてくれたのが小夏には有り難かった。

駅のホームで待ちながら、ぼうっとそんな事を考えていた時、数メートル先の道に柏木を見つけて小夏は少しだけ嬉しくなる。

(あー……何この乙女モード)

自分でそんな自分が恥ずかしくなって気を引き締めようと思った時、目に入った物に、小夏はどきりとした。

柏木の隣に女性がいる。それは、以前見た柏木の姉ではない。長い黒髪の艶かしい、という印象の美人。そんな女性が、柏木の腕を取り、体を密着させるようにして歩いている。

(誰? あの人……)

やはり柏木は年上好みだったのだろうか。

気持ちがとても落ち込むのを感じる。柏木の表情は穏やかで、学校にいるときとは何だか違って、本当にリラックスしているように見えて___。

(もしかして、恋人かな)

考えるうちに、柏木は改札を通って駅に入ってくる。

(っていうか何!? もしかして連れてくるの?)

それはとても気まずい気がするのだけど。主に自分が。

と混乱している間に、柏木は小夏の姿を見つけて近寄ってくる。勿論、隣の女性も一緒だ。

「おはよう。早いね」

「前回の二の舞はしないようにすっごい早く寝たから」

言いながら小夏の視線はどうしても隣の女性に行ってしまう。

(美人だし、胸おっきーし……)

もう、負けたとか言うのも馬鹿らしいレベルで。

女性は小夏よりも身長が高くて、小夏を見下ろしてふふん、と笑うけれどとてもそれが似合っていて……。

(って言うかあたし、笑われた!?)

なんで!? と思う間もなく女性は口を開いてその理由を言う。

「ガキっぽい格好」

一瞬ムッとした物の、その声にはどこか聞き覚えがあって、それと同時にたしなめる様な柏木の声が聞こえる。

「こら、銀。そろそろ戻って」

(銀て……えぇ!?)

小夏が驚く前で、女性は少し残念そうな顔をして、それでも渋々といった様子で周囲を見渡して、見ている人間がいない事を確認してからスッと目を閉じる。まばたきをするくらいの一瞬の間に、女性の姿は掻き消えていて、目の前には灰色の毛並みの猫が一匹。

「じゃあ、あたしは電車に乗らないので先に行ってるわ」

声は先ほどの女性と全く同じ声。

呆然とする小夏の返答など元より聞く事もなく、銀猫は滑らかな動作で駆け去ってしまった。


「銀猫さんの正体は人間だったの?」

電車の中で、小夏の問いかけに、柏木は首を振る。

「猫だよ。ただ、人間にも化けられるだけ」

「あの姿は、柏木君のシュミ?」

「何でだよ」

「いや、柏木君、自分でシスコンって宣言してたし……」

「それとこれとは話が別だろ」

柏木は呆れたように言う。

「銀が自分で選んだ姿だよ」

「なんだー」

小夏が言うと、柏木は理解できないと言うような口調で言う。

「なんでそんな事思うかなあ」

「だって、柏木君。銀猫さんに対しては優しいからさ。もしかしたら恋人かなって思ったんだよ」

「……君の発想って時々とても独創過ぎてついていけないよ」

心底呆れたような柏木の口調に、小夏は実は少し安心したのだった。


*



今回の祠は南にあった。札の貼られた祠を前にして、小夏は柏木に問いかける。

「今回も、前と同じ感じ?」

「そうだけど、今回も白虎は使えないよ?」

「え!? なんで?」

小夏の驚いた声に、柏木は呆れた声で答える。

「戦って勝てば良いってもんじゃないからね……というか、君の場合、前だって勝ってたわけじゃないし。相手は君の資質を見てるんだよ。自分を従えられるだけの度量を持つ、主人に値する人物かって。だから、それを見極めるために戦う。白虎は自分の同胞がそれを見極める事に余計な手出しはしないんだろ」

柏木の説明に、小夏はげんなりする。

「この前だって大変だったのに。今回もまた似たような思いしなきゃいけないの」

「そう言う事だね」

今度は白虎がいるから楽かもしれないと、密かに思っていたのに甘かった。

小夏の考えを読んだ様に、柏木が言う。

「まあ、せいぜい頑張って。今日は僕と、あと銀が協力してくれるみたいだから」

「え」

小夏が少し仰け反ったのは、はっきりと自分が銀猫に嫌われているという自覚があったからだ。

「何か文句あるのかしら?」

いつの間にか側に来ていた銀猫が、じろりと地面から睨んでそう言った。

「全然ないです。むしろ感謝です!」

小夏は慌てて言って、祠の札に手をかける。

「じゃあ、行きます!」

覚悟を決めて、びりりと引き剥がした___。


「……で、どうしようか。コレ」

小夏は隣の柏木を振り返るが、柏木は面倒くさそうに首を横に振って「さあ」と言うだけだった。

目の前には大きな黒い亀がいる。いるのはいいが、その亀は甲羅の中に手足頭を全部入れてしまってまったく出てくる気配を見せない。

「これってどうやったらやっつけた事になるの?」

とりあえずガンガンと甲羅を刀で叩いてみても、びくともしない。

「こう来ると思ってなかったなあ」

小夏はしゃがみこんで亀を覗き込む。見えるのは、甲羅だけ。どうしようもない。

「そうだ。柏木君の炎で炙ったら、熱くて出てくるんじゃない?」

小夏の提案に、柏木は首を傾げる。

「佐藤さん、意外残酷な事考えるね。……やってみてもいいけど、前の例から予測するに多分こいつ、火の属性だから効かないかも知れないよ」

言いながらも、柏木はふっと炎を吹きかける。

青い炎が亀の周囲を囲む。だけど、柏木の言ったとおりまったく効果は見受けられなかった。

「どうしよっか……」

銀猫は既に飽きてしまったようで、大きく欠伸をしたり身繕いなどをしている。

「えい」

ふと思いついて、小夏は亀の甲羅の、腕が引っ込む場所に刀を差し込んでみた。特にどうにかなるとは思っていなかったのだけど、なんとなく……。

だけど、意外に、小夏が思うよりもずっとそれは効果があったらしい。

「佐藤さん!」

柏木の声と共に、小夏は腕を引っ張られてその場を離れる。

ぼう、と柏木の青い炎に重なって、赤い炎が周囲を包んだ。いつも柏木が敵相手にそうするように、小夏たちの周囲にぐるりと炎の壁ができる。

「な、何が起こったの……?」

一瞬の事でまるで把握できなかった。呆然とする小夏に、柏木は言う。

「亀が顔を出して、口から火を吐いたんだよ」

熱い炎に炙られる。熱気で、髪が舞い上がる。

「ちょっと貸して」

柏木はふいに小夏の手から刀を奪って炎に突っ込んで行くと、ザッと刀を地面すれすれに切りつけ、炎の根元に生えている草を刈り始めた。

「何やってるの?」

「気休め」

周囲の草を刈ってしまうと、少し火力が弱くなったように感じた。

(燃える物を、減らしたんだ……)

柏木は小夏に刀を返すとそのまま、炎の壁の一箇所に向けて、自分の炎を吹き付ける。ザッと、赤い炎を裂いて青い炎の道が出来て。

「行くよ! 佐藤さん」

柏木が小夏の手を引っ張って、そこを走り出した。


炎の壁から抜け出した物の、事態は変わってはいない。亀はスピードこそないけれど、すごい勢いで周囲に火を放っている。

「完全に怒らせたね。痛かったのかな」

柏木が亀を見ながら言う。

「眠ってるところだったのかもね」

銀猫が暢気な声でそんな相槌を打った。

「でも、今がチャンスだよね。甲羅から出てるから」

小夏が言うと、柏木は呆れたように小夏を見る。

「最近妙な度胸がついたね。佐藤さん」

「うん。ついたよ」

小夏が刀を握るので、柏木が渋々という感じで亀の方に向けて炎を飛ばそうとした。

その瞬間。

大きい、今までと比べ物にならないくらい大きい炎を、亀が噴き出した。

距離は充分とっていたはずだった。そこにいれば、炎は当たらないだろうと思われるくらいに。だけど、それが油断の元になったのかもしれない。

小夏は大きく目を見開く。真っ赤な炎が、小夏に向かって___。

勢い欲小夏を押しのけたのは柏木。

(あ、駄目。柏木君が……)

怪我をさせたくないのに。このままじゃ大火傷を負わせてしまう。

突き飛ばされた瞬間、考えたのはそんな事。

だけど、小夏の予想通りにはならなくて。ドサドサ、と小夏が倒れたすぐ上に、折り重なるようにして柏木も倒れる。

倒れた衝撃で打った肩が痛かったけど、それでも柏木が無事な事を瞬時に判断して安堵する。だが、その瞬間、柏木はがばりと身を起して今まさに跳ね飛ばされた場所まで書け戻っていく。

(柏木君!?)

何が起こったのか把握できない小夏の耳に、柏木の悲鳴のような声が届いた。

「銀!」

言われて、初めて気付いた。

真っ赤にめらめら燃える炎に晒された、すらりとした女の姿。黒い髪が焼け焦げて、美しい顔や肌に赤い炎の舌が___。

柏木が慌てて銀猫を炎から引きずり出す。

「銀! しっかりしろ!」

小夏は呆然と、その光景を見詰める。猫に戻った銀猫の、ぴくりとも動かない姿。

ひどく取り乱した柏木。

あの、銀猫が、ひどくぐったりとした姿で地面に横になっている。綺麗な毛並みが萌えて、黒くなっていて爛れかけている。そして、目を開かない。

「白虎!」

小夏は思わず叫んでいた。

「お願い。力を借りちゃいけないって分かってるけど、本当にお願い。別にあの亀を倒せって言ってるんじゃないんだよ。ただ、雨を降らして欲しいの。あんたならできるんでしょ!? 銀猫さんの体を冷やして」

大声で叫ぶ。喉が張り裂けるくらい、大声で。そうしたら、聞こえるかもしれない。耳をふさいで無視を決め込んでいる自分の中の獣に。

「お願い! ねえ」

賢そうな金色の瞳を、白く輝く毛並みを思い起こす。

出て来い出て来い出て来い___。

ぴちゃり、と音がしたのはその時。

小夏はハッとして上空を見上げる。いつの間にか、空には重苦しい雨雲が垂れ込めていて。

バタバタバタバタ、と音がするくらい激しく、雨が降り始めた。


亀が、まるで何かを思案するようなのっそりとした動きで首を伸ばして天空を見上げた。

それから、漆黒の瞳で小夏を見る。

炎は消えて、亀の周りを蓋うものは何もない。しかも、亀は甲羅から体を出していて。

だけど。

(倒すために白虎の力を借りたわけじゃないから)

小夏は刀を鞘に収めて、ただ、雨が止むのを待っていた。

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