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代打の神様  作者: 柚井 ユズル
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封印された力 4

「多分これで、君が必要とした時はさっきの白虎が助けてくれるはずだよ」

柏木の落ち着いた言葉に、小夏はようやく現実感を取り戻した。気が抜けると、今更のように体を震えが走る。

普段の自分では、絶対に考えられない。あんな大きな虎と戦うなんて。

「何。今頃震えてるの?」

柏木が呆れたように言って、腰が抜けてへたり込んでいる小夏の顔を覗きこんだ。

その顔を見たら、小夏は益々安堵が募って、それが何故だか考え付く間もなく、涙が溢れ出ていた。

「ちょ……何、君。なんでこのタイミングで泣くの!? 意味わからないんだけど」

柏木が微かに動揺して、慌ててポケットを探ってハンカチを取り出す。

小夏は差し出されたそれを受け取らず、柏木の腕をがしっと掴んだ。

「……よかった~、柏木君が死んじゃわないでー」

「は?」

不可解な顔をする柏木を気にせず、小夏は柏木の腕、血まみれの腕の袖をがっしりと掴む。

「あたしのせいで死んじゃったらどうしようかって思うじゃん。こんな大怪我してさー。あたしが迷惑かけ続けたら死んじゃうと思うでしょ?」

自分はまるで関係ないという顔をしている柏木がなんだか憎たらしくて、小夏は鼻水をすすり上げながら文句を言う。

「柏木君はもう、お願いだから自分をいたわってよ。あたしのせいで柏木君が怪我したりすると思うとすっごいヤダ。めちゃくちゃ嫌だ」

「別に、大したことじゃないし……」

「大したことあるでしょ!? 普通、こんな傷作ったら痛いもん! 当たり前だよ! なんですぐ痩せ我慢するの? 今日だって、真っ青な顔してたくせに。あの炎だって作りすぎると、辛いんでしょ?」

小夏がどうしても腕を放さないために、柏木は諦めたように溜息をついて、その場にしゃがみこむ。

「……あのさあ、怒るか泣くか、どっちかにしない?」

「ん」

小夏はずず、と鼻水をすすってようやく柏木の手からハンカチを受け取る。

「……ごめんねぇ、柏木君」

泣いたせいですっかり鼻声になってしまいながら小夏は言う。

「何が」

「あたしのせいで痛い思いして」

「別にホントに、それは君が気にしてるほど僕にとって重大な事じゃないんだけどな……」

柏木は呆れたように溜息をついてそう言う。

それから、ふっと声の調子が変わって。

「だけど、人の痛みを思いやれるって言うのはいいね。佐藤さんは、実は結構良い子だね」

信じられないくらい、優しい声。ふわりと、小夏の頭に柏木の手が乗せられる。

まるで小さい子供にするように、なでなでと小夏の頭を、まるで宥めるかのように。

(あたし、そんなガキじゃないのに……)

と一瞬思ったけれど、それが思いの外心地良くって、小夏は敢えて口に出さないでされるがままにされていた。

そして、その時、ようやく今まで頑なに認めたくなかった事実を認めようと決めた。

(うん。あたし、柏木君が好きなんだなー)


「そう言えば、大量の厄が来るって言ってなかった? まだ出てきてないみたいだけど」

ようやく涙が収まって、小夏ははたと気がついて柏木に問いかける。

「うん。君が落ち着くまでは空間を隔離させておいたから。……もう大丈夫なら元に戻すけど、大丈夫?」

柏木の声に、小夏は大きく頷く。

「大丈夫。柏木君、無理しないで見てて。さっきの白虎がね、あたしの中でうずうずしてるみたいなの」

だから、あたしがやるよと言って小夏は立ち上がる。

風景がぐにゃりと歪んで、元に戻った時には目の前に、黒い大きな四角い物が蠢いていた。

「何だろ、アレ」

「あー……さっきの祠を依代にしちゃったみたいだね」

柏木の言葉に、小夏はふうん、と頷く。

す、と小夏の中から獣が出てくる気配がする。小夏の影から半透明の虎の姿が現れて、地上に出ると共に存在感が出てそこには白虎が先ほどと同じようにして立っていた。

ただし、向かう方向は違う。小夏の横に立って、小夏と同じ視線の先を見ている。

タッと、白虎は走り出す。

黒い塊に、一目散に駆けて行く。

白虎の鋭い爪が黒い物を引っ掛けて、それをぶち壊す。

(……と、まだ足りないか)

黒い物の半分は四散したものの、残りはまだこびりついたままで。

(やば、白虎の力、過信しすぎちゃったかな)

思った瞬間、青い炎が視界に広がり、目の前の黒い物を一掃してくれた。

「ありがと」

小夏は声に出してそう言って、祠に駆け寄り、刀をそれに突き刺した。


*



柏木の怪我を見せるために帰りに病院に寄って、そこで家族に連絡だなんだという大事になってしまったので、小夏は携帯電話で柏木が呼び出した矢田に送ってもらって帰ることになった。

(うー。空気が重い)

小夏は矢田と二人、ひしひしと感じる険悪な空気に内心で冷や汗をかいていた。

(そりゃあそうだよね。矢田君には日曜は家にいる、なんて言ってて実際には外出してたんだから)

バレてしまうのならあんな嘘つかないで、事情を説明した方が良かった。そうしたら、こんな気まずい思いをしないで済んだのに。

かといって、今更今日の事を説明するのもなんだかわざとらしい。それに、厄関係の話であるならば、それこそなんで最初に聞かれた時に矢田に教えなかったのかと言う話なのだ。

『白虎の封印を解いた事、カラスには言わない方がいいわよ』

病院で会った銀猫の言葉が頭に旋回する。

『あのガキは、ただでさえ力が少ないってのに、あんたまで力が増えたって聞いたらまたいじけるから』

ちりん、と首の鈴を鳴らして楽しそうに、銀猫はそう言ったのだ。

だから、今日の事は柏木と一緒にいたところ、厄に遭遇したという事になっているのだけれど。

(大体、矢田君がせっかく今週の日曜はつきあってくれるって言ってたのにそれを断ってわざわざ柏木君といっしょにいたって言ったら矢田君、いい気はしないだろうし)

小夏が考え込んでいると、黙りこくっていた矢田が突然口を開いた。

「あのなー、佐藤」

「なんでしょう」

小夏はぎくりと体を強張らせながら、返事をする。

「俺さ。今日お前ん家行ったんだよ」

「な、なんで?」

矢田は小夏をじっと見下ろして、それからふいっとそっぽを向いた。

「お前が家に一人でいるって言うから、遊びにでも連れて行ってやろうかと思って」

小夏は驚いて矢田を見上げる。

矢田は、眉間に皺を寄せて小難しい顔をしていた。それなのに、頬が微かに赤らんでいるように見える。

(……照れ隠し?)

小夏は意外に思って新鮮な気持ちで矢田を見る。矢田はくしゃくしゃ、と自分の髪をかき混ぜて苛立たしそうに言う。

「だけどな。一日中家にいるって言ってたお前は朝から外出だと言われ、近所のカラスに聞いても一向に帰って来る気配は見えない。それで、俺はお前に謀られたと知ってだな、とても腹をたててるんだ」

しかも、と矢田は今度は本当に苦い顔をして続ける。

「お前は今日一日、柏木とデートだったと来た。コレには俺はもう腹が立ったなんてもんじゃないね。もう、腹が走り出したね」

(歩くを通り越して走ったと来たか……)

言ってる事は冗談めかしているけど、口調はかなり真剣で、矢田が本気だと言う事がわかる。だから小夏はあえて茶々を入れないで続きを待った。

「だけどさ、俺にはそこに腹を立てる資格はないんだよ。とりあえずさ。とりあえず、俺が腹を立てる権利があるのは、お前が俺に嘘をついたことに対してだけだ」

いよいよ本題に入ったと、小夏は身構える。

矢田は小夏を見下ろして、嘘なんてつかせないぞと言わんばかりにじっと見つめて、実に率直に問いかける。

「なんであんな嘘ついた?」

「えーと……」

「嘘に嘘を重ねると後で収拾のつかないことになるから、懺悔できるうちにしといた方が佐藤のためだと思うけどな」

これ以上嘘をつくな、という牽制の言葉。

(無理だ。誤魔化せる気が全くしない……)

小夏は観念して口を開く。

「あの、言ったら絶対笑われると思うんだけどね、できたら笑わないで欲しいんだけど」

「そんな笑える話なのか?」

「いや、どっちかっつーと嘲笑う系」

意味が分からんという矢田に、小夏は溜息をついてから話し出す。

「だからね。ちーちゃん情報だと最近あたし、矢田君とも少なからず噂がたっているらしいのね。で、今の状況は柏木君と矢田君の二股、みたいな? なんかそれってまったく事実と違うのに恥ずかしいでしょ? オマケに、禍厄を祓い終わったらあたし、噂で二人に同時に捨てられた事になるんだよ!? そんなの惨めすぎじゃん! だから、とりあえずそういうのを予防するように矢田君とは距離を置こうと……」

矢田は呆れたようなぽかんとした顔で小夏の話を聞いていた。

「マジで? そんなアホ臭い理由で?」

「アホ臭いってもね。これからも学校生活が続いてくにあたっては、けっこー重要な事なんだよ」

小夏の言葉に、矢田は掌を額にあててはー、と息を吐く。

「馬鹿くせー」

「ひどい言い方」

小夏が言うと、矢田はふっと苦笑して、小夏の頭をかきまぜる。

「ちげーよ。今のは、俺の事だ。嘘つかれたって知って、勝手に色々勘繰ってイライラしてたから」

意味が分からずに小夏が首をかしげると、矢田は真似して小夏と同じ方向に首を傾げてに、と笑う。

「うっし。ちょっと浮上したから、ついでにもう一つの方の腹を立てる権利も貰っとこうかな」

「もう一つ?」

「おう。つまり、俺もきちんと立候補しようと」

述語がないから何を言いたいのかさっぱり分からない。

そんな小夏に気付いて、矢田は妙に上機嫌で言う。

「つまり、俺、お前が好きなんだよ」

「は?」

あまりにあっけなく言われて、小夏は目が点になる。

矢田ははは、と笑って、でもいつものようにおちゃらけた顔じゃなくて、小夏の知る限りでもかなり真剣な部類の瞳で小夏を見下ろして言う。

「禍厄が終わったら捨てられるとか気にしてんじゃねーよ。もしお前が望むなら、柏木の代わりに俺が守ってやる。お前がそう望むんだったら、禍厄が去っても、俺はお前から離れない」

真剣な言葉が、頭上から降ってくる。

目を逸らせないくらい真剣な瞳が、小夏の返答を待っている。

(どうしよう……)

矢田はとっても良い人で。

クラスでも大人気で、見た目がとてもカッコよくて、成績も運動神経も良くて。

でもそんなことよりも、話していたら気さくで、明るくて、一緒にいると楽しくなって。

なのに。

ついさっき、本当に今日、小夏の中にも自覚してしまった想いがあって。それがどんなに不毛な物かは重々承知しているのに、それでも、その人の顔が小夏の脳裏にこびりついて離れない。

だから。

「あたしは、矢田君には釣り合わないよ」

真っ直ぐな瞳を見返すのが恐ろしくて、小夏は目を伏せる。矢田の顔を見なくてすむように。

「あたしは平凡で普通だから、矢田君みたいな人はきっとつまらなくな……」

言いかけた言葉は、ガン、というとても大きな音で遮られた。

空気をぴりりとした振動が伝わる。矢田が、側の塀を殴った音。

「何だよソレ!」

その声は怒りに燃えていて。

「よりによって、そんな言い訳かよ」

苦々しい声。騒々しく遠ざかる足音。。

(怒らせちゃった……)

小夏は俯いて、しばらくその場に立ち尽くしていた。

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