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代打の神様  作者: 柚井 ユズル
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封印された力 3

駅からしばらく歩いて住宅街を抜けると、ちょっとした林があって、その奥にある古めかしい小さな祠で柏木は足を止めた。

「ここだな。覚悟が決まったら、その戸口に貼ってあるお札を剥がしてよ。中から出てくるから」

「ナニが?」

「さあ? 何かが」

小夏が思い切り不審そうな顔をするので、柏木はふーと溜息をついて説明をする。

「秋芳様が何の姿で具現化して封じ込めたのか知らないよ。あの人の発想次第なんだから。まあ、君に従わせるモノってつもりな筈だから、そんな変なモンにはしてないと思うけど。……多分札を剥がしたら即襲ってくるだろうからそれをなんとか桜小太刀を使ってねじ伏せる。君を主と認めさせるんだ。向こうが降伏したら、君に従える事が出来ると言う事だよ」

「え!? ちょっと待って、それとも戦わなきゃならないの!?」

「言ってなかったっけ?」

「聞いてない!」

「ああ、そりゃあゴメンね」

柏木はいかにもどうでもいいコトのようにさらっと謝る。

「結構……ていうか、かなり強いから気をつけて。出来る限りサポートはするから」

(何でそんな大事な事、最初に言ってくれないのよー!)

思ったものの、すぐに考え直す。

(いやあたしの事だから、言われてても来たかな……?)

柏木もいる事だし、と気楽に考えて。結局同じ結論に辿り着きそうだ。

(もうここまで来ちゃったんだし……電車代だってかかってるし。こうなりゃ勢いよね)

小夏は覚悟を決めて、その札に手をかける。

「早いな、覚悟」

柏木のそんな声が聞こえた瞬間、ビリ、と音がして札が剥がれた。瞬間、バンッと激しい音を立てて祠の観音式扉が自動的に開く。

ものすごい、圧力のような物に当たって、小夏は吹っ飛ばされて尻餅をついた。

「腰、大丈夫?佐藤さん」

柏木は小夏の横に来て、落ち着き払って声を掛けるが小夏はそれどころじゃない。

「腰はダイジョブだけど……アレ!」

指をさす先にいるのは一匹の獣。しなやかな体躯と鋭い牙を持つ___。

「ホワイトタイガー!?」

「せめて和風に白虎びゃっこって言ってやってよ。それにしても、秋芳様の発想力も貧困だな。四方を守らせるからって四神とは……しかも、ここ東だから方位間違ってるし。神のクセに」

柏木は暢気にそんな事を言うが、小夏にはそんな心の余裕はない。

目の前の獣は小夏より一回りは大きくて、白い輝くような毛並みと金色の瞳を持つ、紛れもない虎だ。それと、自分が戦えと?

(そんじょそこらの子犬とはワケが違うじゃん!)

間違いなく、噛まれたらそのまま食いちぎられる。

「なんで日本に虎がいるのよー!」

「大丈夫。秋芳様の作り物だから。天然のホワイトタイガーじゃないからワシントン条約には引っかからないよ」

「そんなコト、微塵も考えてなかったよ!」

そんな事を言っている間に、ホワイトタイガー改め白虎は低い唸り声を上げて小夏を威嚇してくる。

「とりあえず、ごちゃごちゃ言ってないで降伏させないと、君の命が危ないよ?」

「え!?」

「普通、こういうのは命がけだからねえ」

何かを言う暇もなく、ザッと、白虎が小夏目がけて駆け寄ってくる。逃げる間もなかった。足がすくんで、ただそれを見つめるだけ。

どんどん白虎の姿が近づく。なのに、体がぴくりとも動かせない。

突然、ぐい、と腕を引かれて、同時に視界が青い炎に遮られた。

「何やってるんだよ。あんなに自信満々だったのはどこの誰?」

柏木が小夏の手を引いて逃げながらそう言った。

小夏は今頃になって体が震えてくるのを感じる。

(だって、虎だし! あたし、動物と戦った事ないし!)

思いがけないスピードと迫力で、紛うことなく小夏を狩ろうとしていた動物。

心臓がバクバクと言っている。

(もしかして、あたし、とんでもない事しちゃったんじゃ……?)

とてもあの足の速くて凶暴そうな獣を自分が捕らえる事など出来ないと思うのだけど。

「柏木君」

小夏は自分の手を引っ張って駆ける柏木の後姿に声を掛ける。

「何」

「どうやって仕留めろって言うの!? あのスピード」

「知らないよ? 君がやるって言ったんだから君が考えなきゃ。とりあえず、僕の体力が持つ間に何か作戦練ってよね」

「何その人任せー!」

「人任せは君だろ?」

文句を言っても取り合ってもらえない。

「……一応聞くけど、アレ、元の場所に戻せないの?」

「お札を剥がしちゃった時点で無理」

にべもない言葉。

(とりあえず、柏木君が炎で足止めしててくれる間にどうにかしちゃった方がまだマシかも)

勇気を出して、小夏は足を止めて振り返る。

目の前の炎は、いつもの数倍高く燃え上がっている。そうでもしなければ、この獣を足止めできないという事が、獣のすごさを物語っていた。

「柏木君が炎で一歩も動けなくして、あたしがコレで刺すのが一番手っ取り早いのかなぁ?」

「佐藤さん。厄を倒す時と同じに傷つけるだけでいい、なんて考えちゃ駄目だよ。あいつら降伏させるにはそれなりに死ぬような目に遭わせなきゃ駄目だから。……致命傷でもどんと与えちゃってよ。どうせ本来は生き物じゃないんだから死にはしない」

小夏の顔がさっと青褪める。

「傷つけるだけじゃ、駄目なの?」

「残念ながら」

(えー!?)

今日は意外な事が多すぎる。

「柏木君! 職務怠慢だよ! ちゃんと教えといてよ」

「そりゃあゴメンね」

「悪いと思ってるように見えないー」

小夏は言いながらもぐっと刀の柄を握る。

(こうなれば、ヤケだ……)

「柏木君!」

「何」

「作戦考え付かないから、やみくもに突撃する! きちんと炎で足止めしといてねっ」

「え?」

柏木の返答を聞く余裕などなかった。言い切って直後、小夏は白虎に向かって駆け出す。

「ちょ、佐藤さん……」

呆れた柏木の引き止める声なんて聞いていられない。

相手が見えないうちに、突っ込んで行って、出会い頭に勢いだけで切りかかってしまえば、怯む事も我に返って冷静になって恐怖を感じる暇もないまま、白虎を前にする事が出来るだろう。

(それで失敗したら、きっと柏木君がなんとかしてくれる)

大した根拠もないけれど、小夏はそう思う。いつも柏木は小夏を守ってくれたから、そう信じられる。

青い炎が近づく。いつもより数倍大きい炎。魅入られそうな程透明で美しい、青い炎の壁。

だが、いつもは小夏が通るときにぱっくりとそこだけ道を開けるその炎が、今日に限っては違った。

道が開かれなかったのではない。開かれる前に、全て炎が消えうせたのだ。

「……へ?」

意表を疲れて、小夏は思わず足を止めてしまった。思わず空を見上げる。

先ほどまでは、確かに晴れていた。晴れていたはずなのに。

(なにこの土砂降り!?)

炎が消えた原因は降り注ぐ大量の雨だった。

「佐藤!」

柏木の声が飛んできて、小夏はハッとする。

隙を見せた小夏に、白虎は容赦なく向かってくる所だった。鋭い爪と牙が、目の前に現れる。

小夏は思わず目を瞑る。

だが、痛みを予想した体にそれは来ず、代わりに温かいものが小夏を包み込んで。同時に耳元で微かに「う」と呻く声がした。

小夏は恐る恐る瞳を開ける。それと同時にもう、小夏はまた腕をつかまれて走り出していた。

「柏木君! その手!」

小夏は目を開けて最初に目に入った光景に、思わず叫び声を上げる。

小夏の手を掴んでいるのと反対の腕、肩から腕にかけて大量の血が流れていたからだ。

「騒がないでよ。五月蝿いな。僕だったから片腕ですんだけど、君だったら頭ごと持ってかれてたとこなんだかね」

柏木は言いながら、ふ、と炎を背後に吹きかける。

小夏を庇うと同時に新たな炎の壁を作り出したのであろうが、その炎は激しい雨にすぐに威力を縮められてしまっているのだ。だから、柏木は何度も炎を吹きかけて、壁の威力を持続させなければならない。

(でも、これじゃあ、この前と同じだ)

この前も、柏木は炎を作りすぎて倒れた。きっと、持久戦には向いていないのだろう。

「それにしても、秋芳様、めちゃくちゃだな……」

柏木は苦虫を噛み潰したような顔でブツブツと呟く

「白虎であるならば、風の属性なのに、東に配属なんてするからしっかり属性は水だよ。ホントにいい加減なんだから、あの人は……」

いつものような憎まれ口。なのに、青褪めた顔。

コレは知っている。柏木が強がっている証拠だ。

「柏木君、ごめんね……」

小夏は俯いて、そう呟く。

「そんな殊勝な言葉を言ってる暇あったら、なんか勝つための努力して」

「うん、する」

(するよ!)

だってそうしなければ、また柏木が前のように無理をして倒れてしまうから。

(作戦なんてないけど)

今度は失敗しない。炎がなくなったって、この土砂降りの雨が邪魔をしたって。たとえ、目の前に虎の口が見えたって。恐くないわけないけど、もう、失敗出来ないのだ。

(だって、あたしが失敗すればするだけ、柏木君の傷が増えていくもん)

小夏は両手で柄を握りなおす。雨で滑ったりしないように。刺すときに取り落としたりしたら最低だから。

足を踏み出すとぴちゃりとぬかるんだ地面から泥が跳ねたが、そんなものは気にしない。気にしている余裕なんてない。

(行けーー!)

自分に心の中で掛け声をかけて、小夏は走り出す。柏木がギョッとした顔をしたが、気にしない。

雨のせいで薄らいだ炎の後ろに、白く輝く虎の姿が見える。金色の瞳が輝いて、しっかりと小夏を見つめていた。

小夏は刀を持った両手を思い切り振り上げる。

白虎が足に力を入れて、こちらに向かって走り出す気配を見せたのが、まるでスローモーションのように見えた。

(ひ、怯まない怯まない……)

自分に念じて、足を緩めないように。

その時、まるで、小夏が少し弱気になったのを見透かしたように、炎の色が濃くなった。白虎を足止めするように、小夏を助けるように。だから、小夏は勇気付けられる。

(頼む! 当たって!)

炎の割れた道を駆け抜けて、めいいっぱい振り下ろした刀。

ガキン、と思い振動が腕を駆けて___刀は白虎の鋭い牙に咥えられていた。

(失敗……?)

一瞬、小夏は絶望を感じた。

だけど、刀は完全に取られたわけじゃなくて、柄はしっかりと小夏の手の中にあって。だから、小夏はそれをさらに強く握る。握って、押し出す。

(自分の出来る限りの事は、やってみる)

諦めたりしない。

白虎は、大きな金色の瞳で瞬きもせずに小夏を見ていた。じっと、吸い込まれそうなほど透き通った瞳で。

ガツン、という感触がして、小夏はハッとする。手の中に摩擦の痛みが残って、柄がとうとう自分の手から離れたのを知った。

(今度こそ、失敗!)

小夏は覚悟して、目を閉じる。

(平凡な自分が、まさか虎に食われて一生を終えるなんて衝撃的な死に方をするとは思っていなかった___)

だけど。

待てども待てども、恐れた衝撃は小夏を襲わなかった。

「何やってんの?」

そんな呆れたような声が隣から聞こえて、小夏はようやく瞳を開ける。

いつの間にか雨は止んでいて、目の前には、一匹の白い虎。それが、小夏に向かって頭を地面につけていた。小夏と白虎の間には、刀がまるで小夏に差し出されるように置いてある。

「……え?」

事態が飲み込めずに呆然と呟く小夏に、柏木は呆れたような感心したような声を出す。

「まさか、ホントに手なずけちゃうなんてね。意外としか言いようがないよ」

そうして小夏に手を出すように言い、おずおずと差し出した小夏の掌を、白虎の額に置くようにする。一瞬、体の中に眩暈がするような衝撃が走って、それと同時に、目の前にいたはずの白虎は消えうせていた。

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