封印された力 2
(まさか、そんな事はあるわけないよねー)
アレだけ嫌われていたのが、最近ではすっかり仲良く話を出来ることは大変好ましい事とは思うけど、矢田は誰に対してもあんな感じだ。
(ちーちゃんの言う事真に受けて、一人で勘違いしてても恥ずかしいし)
とは言え、ああ言う事を言われてしまえば少しだけ、ほんの少しだけ期待してしまうのが人情というものだ。
(わー! 駄目だ。あたし! 自惚れは身を滅ぼす! 笑いものになる!!)
ちらりと頭をもたげた考えを慌てて振り払って、小夏は考え込む。
(柏木君との噂があるってのにちーちゃんの言うとおりに矢田君との噂なんて出てきたら、なんかあたしすっごい悪女だし)
その両方が本当ならばまだしも、噂のとおりのような色気のある事情ではまったくない、というのが情けない。
(濡れ衣で他の女の子達からはジェラシー買って、いい事無しじゃん!)
しかも、禍厄が過ぎ去ってしまえばその二人ともから事実上ふられたことになって周囲から嘲笑われるのは流石に惨めすぎる。
(よし! 矢田君とはしばらく距離を置こう)
小夏が厄に遭っても大丈夫なように見守ってくれているのはありがたいけど、背に腹は変えられない。こうするしか他にないのだ、と小夏は自分に言い聞かせた。
「で、その封印って言うのはどこにあるの?」
いつも通りの帰り道。小夏が尋ねると柏木はわざとらしく意外そうな顔をした。
「君にしては珍しい記憶力だね。朝言ったことをまだ覚えてたなんて」
「何そのチキン脳扱い! 覚えてるよ、流石に」
言ってしまってから、小夏はハッとしてきょろきょろと周囲を見回す。
「何やってんの?」
「銀猫さん、いないよね?」
「いないけど。なんで?」
「あたし、なんか知らないけど嫌われてるんだもん。柏木君に対してなんか文句言ったら必ず睨まれるし、時には引っかかれるし。ちょっとでも触ろうとしようもんならまるで汚らわしいとでも言うような目で睨まれて体を逸らされるし」
そうなのだ。これまでに何度か銀猫が登校や下校の時について来た事はあるのだけれど、その度に小夏は自分があからさまに銀猫に嫌われている事を実感していた。
「彼女も好き嫌いが激しいからね」
柏木はフォローもしないでそんな事を言う。
「酷っ。柏木君、ご主人様なんだからちょっとどうにかならないか言ってよ」
「感情を強制するのはしたくないな。銀は僕にはとても良く尽くしてくれる忠実な使い魔だし、僕は彼女を大切に扱おうと決めているから」
その言葉に、小夏は少し口を尖らせる。
「別に強制しろって言ってるんじゃなくて、ちょっと宥めてみてくれないかって言ってるだけなのに」
「銀は僕の言う事を生真面目に何でも実行しようとするから、余り必要以上の命令は出さないようにしているんだ」
「……わかりましたー。もおいいや、話戻そう。封印の事だよ」
小夏は気を取り直して話を続ける。
「あたし、やっぱそれやってみたい。守ってもらって後ろで震えてるだけよりは、大変でも自分でどうにかできる様になりたいし」
「それで大きな厄を呼び込んでしまっても?」
その言葉に、小夏はうーんと唸る。
「でもさ、あたしはその時なんかちょっとパワーアップしてるワケでしょ? しかも柏木君だっていてくれるわけだし。だったらなんか、大丈夫な気がする」
「何その根拠のない自信」
柏木が冷たく水を差すが、小夏は敢えて明るく言う。
「だって、柏木君が持ちかけたって事は、柏木君もある程度あたしがダイジョブだって勝算があるって事でしょ? 柏木君は慎重なタイプだし、あまりにも無謀な事だったら多分提案しないと思うから。だから、根拠がないってわけじゃないよ。柏木君への信頼が根拠」
柏木は一瞬とても驚いたように、何がそんなに意外だったのかとちょっと小夏も驚くくらい大きく目を見開いて、それから苦々しい顔をする。
「そんなに頼られてもちょっとプレッシャーなんだけど……」
出てきたのがそんないつもの通りの憎まれ口だったので、拍子抜けしつつ、小夏は少し安心する。
「柏木君みたいなあんま感情の起伏がなさそうな人が感じるプレッシャーなんて見てみたいもんだよ」
「酷いな。僕、結構繊細なのに」
「傷ついてるんならそれっぽい顔してくれないと信憑性ゼロだよ」
小夏の言葉に柏木は馬鹿らしいという顔をして言う。
「分かったよ。君の自信のお手並みを拝見させてもらおうかな。……今週の日曜は予定空けておいてくれる?」
「うん」
小夏は大きく頷いた。
「佐藤、今週の日曜はあいてるのか?」
矢田にそんな事を聞かれて、小夏は内心でぎくりとした。
距離を置こうと決意したものの、千里は楽しんで毎日お昼をご一緒する事を推奨するし、小夏も矢田に対してあまりあからさまに避ける事は出来ないので結局昼食は一緒に食べている。
「お、ナニナニ? デートのお誘い?」
茶化すように千里が言う。
「もーやめろよ笠原。照れるから」
全然照れていない口調でそんな事を言いながら、矢田は「で?」と小夏に答えを促す。
(拙い。封印をときにいく、なんて矢田君に知られたら、確実に自分もついて行く、とか言われるんじゃないだろうか)
距離を置こうと考えた矢先にそれは非常に宜しくない。小夏は頭の中で咄嗟に言い訳を考える。
「日曜は、家でじっとしてる予定だよ。それはもう大人しく。レンタルショップで映画借りてきたばっかりだから一日中それを見てようかなーと考え中」
「へえ……って言うかなんでお前そんな熱い口調で引きこもる気満々なコトを力説してんだ? 日曜くらい俺が柏木に代わってどっか行きたいトコあんなら付き合ってやってもいいかと思ってたのに」
拳を握って熱演した小夏を呆れたように見て、矢田はそう言う。
「ちょっと矢田君、何その面白そうな発言。柏木君に代わってってどう言う事よ? 公認二股!?」
千里が目をギラギラと輝かせて会話に首を突っ込んでくる。小夏はぎょっとしたものの、矢田は顔色一つ変えないで説明をしだした。
「楽しそうだな笠原。……こいつさ、どうも変なストーカーに狙われてるみたいなんだよ。それで、柏木と俺の共通の知り合いがコイツの親に頼まれてさ。誰かコイツを護衛してくれるヤツはいないかって。大体は柏木がやる事になってんだけど、時々俺がピンチヒッターで交代するわけ。クラスも同じで都合も良いしな」
(すごい……何この詐欺師)
すらすらと捏造事情を説明する矢田を目の前に、小夏は内心で舌をまいていた。なんの躊躇もなしにここまでぺらぺらとでまかせを話せるというのはもはや才能としか思えない。
(本当に、神聖な神様の使い魔か?)
そんな事を思う小夏の視線に気付いたように、矢田は小夏を見てにやりと笑う。
「な? 佐藤。大変だなお前も。あんな2次元オタクのストーカーに追い掛け回されてな。着てくださいってメイド服が送られてきたりネコミミが送られてきたり、佐藤を主人公にした自作漫画が送られてきたり、パンチラ写真撮られたりな」
(なんか変な設定が妙に細かいんですけど!)
小夏の内心のツッコミなど誰も知る由もなく、千里は同情の目を小夏に向けてくる。
「なによー小夏、そんなコトがあったなら言ってくれなきゃ。あたしたち、友達でしょ?」
「ちーちゃん、目が好奇心で輝いてます」
「あらやだバレた?」
千里はおほほほとわざとらしく笑ってみせる。
「まあでもそんな事情があったんなら、あんたが急に柏木君や矢田君と仲良くなった事情が分かったという物だわ」
千里は本当にそれで納得したと言う顔をした。
*
日曜になって、小夏は朝から家に迎えに来た柏木と共に家を出た。
駅に向かいながらあくびをくりかえす小夏に、柏木は呆れた視線を向ける。
「何でそんな眠そうなの? 寝不足?」
「寝不足って言うか……ちょっと昨日夜更かししちゃって」
こんな事、本人の前では口が裂けても言えないけれど、今日着て行く服に迷って迷って迷いつくして、色々試着してみるうちに、気付けば深夜だったのだ。
(だって、考えてみたら柏木君と一緒に私服でどっか行く、とか初めてだし)
厄と戦うのなら動きやすい格好が良いだろう。かといって、余りに素っ気無さ過ぎるのも、なんとなく避けたい。動きやすくて可愛くて、自分に似合うもの___。そんな事を考えて悩みながら、たんすの中をひっくりかえしていた。
「そんな体調で大丈夫なの? 今日、厄と戦うんだろ」
小夏の気持ちなんか微塵も知らないで、柏木は冷たい言葉を寄越す。
悩んだ挙句選んだ私服はデニムのパンツに買ったばっかりのカーディガンとレースのついたキャミソール。
特に柏木が何かをコメントするとは考えて居なかったけれど、少しだけ落胆する。
「大丈夫。電車の中で寝たら回復する」
「……そう」
柏木はもう一度呆れたように溜息を落とした。
休日の朝の電車はすいていて、小夏は椅子に座るなりすぐに目を閉じた。
電車の動くゴトン、ゴトンという振動が体に心地良い。気温もちょうど良くて、すぐに眠りに飲み込まれていった。
「___さん。佐藤さん」
(なんだろ、なんかすごく気持ち良い)
小夏は呼ばれて渋々目を開く。とても良い気持で眠っているのに、誰だろう邪魔をするのは?
「佐藤さん。もうすぐ着くから起きてよ」
頭のすぐ右上からする声。呆れたような、耳に馴染みの良い声。
(……って右上!?)
まともに隣に座ってるだけならば、ちょっと近すぎると感じる位置。
ようやくきちんと覚醒して、小夏はぱっちりと目を開けた。
「やっと起きた」
声はやっぱりごく近くから聞こえる。そして小夏は、自分の今の今までとっていた体勢に気付いてガバッと慌てて身を起した。
「うわっ! ごめん」
「全くだよ。肩凝りそうだ」
小夏はよりにもよって柏木の肩に頭をもたせかけて爆睡してしまったようだった。柏木は小夏が頭を上げたことで肩をゴキゴキと鳴らす。
「よく電車の中であそこまで熟睡できるね。ちょっと感心した」
(やばい。あたし、間抜けな顔して寝てなかったよね)
大口を開いていたとか、よもやよだれを垂らしていた、なんてことはないだろうか?
冷や汗をかく小夏を急かして、柏木は電車を下りるように指示をする。
下りた駅はこの街で一番東に当たる場所だった。




