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代打の神様  作者: 柚井 ユズル
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封印された力 1

「あのさあ、榊さんのやったみたいな修行? ってあたしにも出来ないの?」

小夏が言うと、柏木は意図がつかめないといった様子で眉根を寄せた。

「何? 急に」

「いやだって、榊さんって強いし。昨日みたいな目に遭った場合、あたしはただ見てるだけじゃない? なんかそういうの、嫌だなあって思って」

「なんで? 君を守るために僕は遣わされてるわけだし、君は僕の後ろに隠れてれば良いのに」

「嫌だよ。そういうのって、すごい悔しい。自分がすごく非力だって思い知らされてる感じがして、何にも出来ないくせに何かしなきゃいけない気分になるの」

「それで昨日の奇行か……」

柏木が大げさに溜息をついて言うので小夏はムッとする。

「何言ってるの。柏木君、昨日かなりヤバかったくせに」

「僕が? 何で」

「倒れたじゃん! 柏木君ってポーカーフェイスでカッコつけてるから分かり辛いけど、実は負けず嫌いでしょ。昨日だってあんな真っ青な顔してたのに逃げようって言っても反対するし」

柏木は気に触ったように眉間の皺を深くした。

「君にとやかく言われる事じゃないよ」

「言うよ! 賭かってんのあたしの命じゃん!大体ねえ、……痛っ」

文句を言いかけた小夏は手の甲に鋭い痛みを感じてそちらに視線を向ける。小夏の手の甲には細い赤い傷が3本。

「何コレ……」

「主人に余り無礼な口は聞いて欲しくないわね」

そんな声が足元からして、小夏は手の甲の傷の原因に気がついた。毛並みの良い灰色の猫がいつの間にか、取り澄ました様子で柏木の足元について歩いている。

「銀猫さん」

おもわず「さん」付けで呼んでしまうのは、その猫からそこはかとなくお姉さまの風格が漂ってくるからだ。

銀猫は小夏からツン、と顔を逸らすと甘えるように柏木に体を擦り寄せて言う。

「ご主人、このコが力を欲しているのなら、試しに封印を一つ開けさせてみれば宜しいじゃないですか。自分から言い出すからには、相応の覚悟があるんでしょうよ」

その言葉を聞いて、柏木の顔が一瞬曇ったように見えた。だが、それは本当にほんの一瞬。

「そうだね。その手があるね」

「何? 何の話?」

小夏が興味深げに話しに加わろうとすると、銀猫はまるで邪魔だと言わんばかりにフンと鼻を鳴らした。

柏木が気を取り直したように小夏に説明する。

「榊さんみたいな修行は君には無理だと思うし、榊さんは本当に小さい頃から何年も継続して続けてきたからこその力だよ。一朝一夕になし得る事じゃない。だけど、修行とかではなく君が力を得る方法ならあるんだ」

「ホント!?」

小夏は思わず身を乗り出す。柏木は鬱陶しそうに小夏を見遣ってから頷いた。

「そもそも、秋芳様から君に与えられた力は、本当に核の部分だけなんだ。君に力を移すときに、いっぺんに秋芳様の力を全て移してしまえば幼い君の体が逆に大きすぎる力に潰されて壊れてしまうからとそうしたんだけど。……でも、厄を祓うにはそれそれっぽっちの力じゃどうしようもないから、いつかは君が残りの力も手に入れなきゃならない。そこで、秋芳様は残った自分の力を4つに分けてこの街の四方に封印した。時期が来たら、それらを回収して君の中に入れる事になっている。それを、そろそろ回収し始めてもいい頃かもしれないからね」

ただし、と柏木は言葉を続ける。

「その封印はそれ自体が街の守りの役目を果たしている。その方位を守って、この街に外から流入してくる厄を減らしている役割を負っているんだ。つまり、それを回収すればその分その方面の守りが薄くなって厄の数自体は増えると思うよ」

その言葉に、小夏は困惑した顔をした。

「それって回収した方がいいのかしない方がいいのか分かんないよ。厄が多く入ってくれば、その分他の人にも迷惑なんじゃない?」

「どうせ入ってきた厄は一塊になって君に襲ってくるんだから君が大変な目に遭うだけで人の迷惑にはならないと思うけど。ただ、街の外でそれを押し留めているだけよりは、力を手にした君がさっさと祓っちゃった方が世のため人のためにはなるだろうね。その分この世から厄は減るんだから」

でもまあ、決めるのは君だし、回収をするのはそんなに急がなくても良いのだからと柏木は言った。


「佐藤は、何を浮かない顔してんだ?」

昼食時。目の前に座ってパンを食べていた矢田は小夏の顔を覗きこんでそう言った。

「あたしは矢田君がどうしてあたしたちに混じってお昼ごはんを食べてるのかがすごく不思議なんだけど」

「小夏……俺とお前の仲だろ。そんな冷たい事言うなよ」

芝居がかった口調で矢田が言うので、飲みかけていたパックのミルクティーを噴き出しそうになる。

「なんつー誤解を招く言い方を」

「誤解だなんて、寂しいよハニー」

「あたし、矢田君のイメージが最近どんどん変わってくわ」

やりとりを眺めていた千里が呆れたように横からそう言った。

「もっとこう、クールでシニカルで、って言うの想像してたんだけど」

「やだなあ笠原。人を見かけで判断すんなよ。……で、想像の俺と今の俺、どっちがいい?」

「想像の矢田君」

「うわひっでぇ!」

矢田は口ではそう言いながらも楽しそうに笑う。

その顔を見て、千里も顔を和ませた。

「でもまあ、アイドル性とか恋愛対象とかそういう視点を抜かして見ればホンモノの矢田君の方がいいわよね。感じ良いし付き合いやすいしお馬鹿だし」

「馬鹿ってお前、俺、成績いいぜ?」

「そのギャップがまたマニアにはたまらないのでは?」

すっかり溶け込んでいる矢田に小夏は呆れ半分感嘆半分の目を向けてしまう。矢田には独特の社交性があって、どんなところにも入りたいと思ったところにするりと入り込めてしまうのかもしれない。まるでそこに居るのが当たり前の様になって、楽しい輪の中にはいつもいて、いつも人気者。

(柏木君とは、逆だよね)

柏木はいつも人当たりが良くて、周囲から信頼されてるように見えて特定の親しい友人と言うのを持っていないように見える。それは、周囲がどうのというよりは、柏木自身がどこかしら、ある境界以上は絶対に相手を自分に近づけないようにしているように、時として見えるのだ。

(家族以外には、だよね)

柏木は周囲を信用していない。どこかで周囲の人間に壁を作っている。

(どうやったら、それを乗り越えられるんだろ……)

ぼうっとそんな事を考えていたら、にゅ、と矢田が小夏の顔を覗きこんできた。

「どうしたんだ? お前。ホントに変だぞ」

「恋煩いじゃないのー?」

千里がにやにやと笑いながらそんな事を言う。

「そうなのか? いやあ参ったな。俺。困るなー」

「なんで相手が矢田君なの?」

小夏が呆れて言うと、矢田はおもむろに手を伸ばして小夏の頭をぐしゃ、とかき混る。

「可愛くないぞ」

そう言いながらも、楽しそうに笑っていた。


「あのさあ、小夏。矢田君どう思う?」

矢田が去ってから、千里がそんな事を聞いてきたので小夏は怪訝に思って首をかしげた。

「何が?」

「何がって……あんた」

千里は呆れた顔をして、それでも僅かに真面目な色を残して小夏を見つめている。

「小夏、この前矢田君のファンに嫌がらせされたのに、あれっきりでしょ? 普通こんだけ矢田君が一緒に居たら目ぇつけられてる筈なのにアレ以来何にもないのってなんでだと思う?」

それを聞いてもいまだに疑問符を浮かべている小夏に、千里は本当に呆れたように息を吐く。

「矢田君が彼女たちにビシッと言ったらしいよ。こんど佐藤になんかしたらお前らも全く同じ目に遭わせてやるからなってタンカ切ったってもっぱらの噂」

小夏は大きく目を見開いた。

「って言うかちーちゃん、なんでそんな噂に詳しいの」

「アンタが疎いのよ……。あのさあ、あの矢田君がそういう面倒な事してまであんたと一緒に居たいって事はよ? もしかしてって事もあるって分かってる?」

ようやく千里の言いたいことに気付いて小夏はあははと笑う。

「それはないよ。ちーちゃん飛躍しすぎ。矢田君は少し事情があって、あたしを気遣ってくれてるだけだと思う。ちょっと今厄介なことに巻き込まれてて、なんかあった時に側に居た方が安全だから」

「なんか柏木君の時も似たようなこと言ってなかった?」

「うん、まあ柏木君も似たような事情で」

小夏が頷くと千里は釈然としない顔をしながらも頷く。

「まあ柏木君はそれで信じられるけどね。矢田君はちょっと違うんじゃないかなー? と思うよ。なんかね、小夏を見る目が優しいのよ。このあたしの洞察力は確かよ」

人差し指を突き立てて小夏に顔を近づけて、妙に熱弁を奮う千里に、小夏は呆れた顔をする。

「って言うかちーちゃん矢田君を狙ってたんじゃないの?」

「あたしはねえ、オトナな男が好きなのよ! 矢田君はほら、見た目があれだから期待してたんだけどねえ。確かに友達付き合いするにはすごい良いし、連れて歩くにもとても良い物件だけど、残念ながら好みじゃないのよねー」

頬に手を当ててわざとらしく溜息をつきながら千里は言う。

「まあとにかく、そんなワケであたしは矢田君とあんたの仲を面白おかしく見守らせて貰うから!」

千里はとても楽しそうにそう言った。

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