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代打の神様  作者: 柚井 ユズル
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神様からのお願い 2

「……あなた」

呆然と口を開きかけた小夏に、青年はす、と何かを差し出した。

「持って」

「何、コレ……?」

渡されたそれはずしりと重い。細長い、長さは1メートル弱程だろうか。びっしりと装飾を施された美しいものであったが、受け取った小夏の声は上ずっていた……。

「コレ、刀に見えるんですが」

「そう。通称『桜小太刀』。鞘から抜いて」

さらりと涼しい顔で青年はのたまう。

「え、抜いてって? あたしが?」

「そうだよ。君がやるんだ」

「やるって何を?」

「アレ」

青年が指差したのは紛れもない、目の前の黒いもの。青い炎に囲まれながら、今もまだ大きく口を開いて耳をつんざく音を発しているそれだ。

(「やる」って「殺る」って事!?)

「あ、あたしにそんな事できるわけ……」

「君にしか、できないんだ」

青年は小夏の反論を遮って強く言う。

「僕には『散らす』事はできても完全に始末することはできない。止めを刺すことができるのは君だけだ。……このまま散らしてもいいが、それではまたすぐに集まって、君を狙いに来るよ」

「なんの話してるのか全然わかんないよ!」

「とりあえず、君がアレを倒したら詳しく説明するよ」

「倒すって……」

問いかけようとした時、青年がハッと顔を黒いものに向けた。つられて小夏も振り返る。そして、息を飲んだ。

視線の先、黒いものの口から長い舌が伸びて取り囲む炎を巻き取って飲み込んでいく。

「……厄介だな。」

青年は呟くと、掌をサッと目の前に出した。何をするのかと見守る小夏の前で、突然、白い掌の上に小さな青い炎がポッと灯った。驚いて目を見開く小夏の前で、青年はその炎をフウッと吹く。青い炎は黒いものに向かって飛んでいく中、ぐんぐんと大きくなって黒いものの周囲をまた、柵の様に取り囲んだ。

「あまり長くはもたない。……さっさとやるんだ」

「やるって何を!? どうやって!?」

混乱して叫ぶ小夏の手から刀に手を添えて、青年は鞘を外す。すらりとした銀色の刀身に、緊張が走る。

「あんなのは雑魚だ。刀を突き刺せば全て終わる」

「突き刺すって、アレに!?」

驚愕する小夏に、当然だと言う目を向けて、青年は言う。

「早くしろ」

決して怒鳴っているわけではないけれど、青年が苛立っているのが分かる。

(なんでこんな偉そうなの!? 大体なんの権利があってあたしに命令するわけ?)

内心で文句を言ってみるものの、実際問題今はぐだぐだやっている場合ではないし、なにより先ほど助けてもらった恩もある。

とはいえ、目の前の不気味なものに立ち向かっているのは少々勇気が必要だった。

「ほんとに、刺すだけで大丈夫?」

「ああ」

小夏は覚悟を決めてギュ、と柄を握る。ひんやりとした感触が掌に伝わってきて、汗ばんだ掌なのにしっかりと手に馴染む感触がした。

小夏が黒いものに近づいていくと、青い炎が小夏の前でだけ左右に割れる。

(通り道、って事……)

多分コレも、あの青年がやっているのだろう。

目の前の大きな口を見ていると竦みそうになる。なんとか目を瞑って、えい、と手を突き出した。

だが。

刺した筈なのに、何の手ごたえもない。恐る恐る目を開いて見てみると、刀は確かにその黒い皮膚と思われるものに刺さっているのに、黒いものはびくともしていなかった。

(嘘つきぃー!)

心の中で罵って、小夏は刀もそのままにして、ダッシュでそちらに背を向けて逃げる。

「馬鹿っ何をやってるんだ」

怒鳴る青年に駆け寄って、胸倉をつかんだ。

「何やってるって、あんたが先に嘘ついたからじゃん! 消えないよ! あの化け物!」

小夏の怒鳴り声に、青年はすこし目を見開く。

「化け物?」

「そう」

「……参ったな。もう『見える』ようになってたのか」

呟くように言って、溜息をつく。

「しょうがない。面倒くさいけど、散らすか。……君、よくアレを見てて、僕が合図したら今度こそ刺して」

抗議する小夏に謝りもしないで命令口調で言って、青年は黒いものに向き合う。

ふと気付けば、刀は突き刺された所からずぶずぶと、黒いものの体の中に取り込まれそうになっていた。

青年は「チ」と舌打ちして、黒いもののところまで駆けて行く。

「ちょっと、なにを……」

青年の行動には迷いがなかった。手を伸ばして、黒いものの体の中に手を突っ込んで行く。同時に、ジュワ、と音がしてその場所から妙な煙と嫌な匂いが立ち込めた。

小夏は背筋が寒くなる。

青年は一言も叫び声を漏らさない。ただ、歯を食いしばって、顔をしかめていた。そうして、しばらくはそこに手を突っ込んでいたが、やがてその手を思い切り引っこ抜く。

「受け取れ」

声と共に、刀が小夏の元に飛んで来る。

「ぎゃー!」

「何をしてるんだ!」

「あんたこそ、何するの!? 刃、剥き出……」

言いかけて小夏の言葉が止まったのは、青年の手を見てしまったから。そこだけ焼け焦げたようにずたずたになっている学生服と、真っ黒に染まっている腕。

「……余所見をするな」

言葉もなく硬直する小夏の耳に、静かな声が飛び込んできた。青年はまったく動じずに、黒いものに先ほどの青い炎をいくつも浴びせかけた。炎、炎、炎……。黒いものを覆い尽くして見えなくなる程の青い炎が燃えていた。凄まじい金切り声が響く。

「今だ」

青年がそう言った事で、ようやく我に帰った小夏は、地面に銀色の刃を突き立てた刀を握った。

青い炎がみるみるうちに引いていく。駆け寄った小夏は目を疑った。

そこにはあの、黒いものはどこにもいない。

(え……?)

動揺している小夏の耳に青年の声が届く。

「何をぼさっとしてるんだ。……アレだよ」

青年の示す方を見て、小夏はさらに唖然とする。そこには少し大きめのカナブンのような虫が一匹いるだけだった。

「これ?」

「そう。逃げられる前に早く」

虫を殺すのもあまり好きではないけれど、先ほどの黒いものに比べれば断然マシだ。小夏は今度こそ、と刀を突き立てる。

さく、と軽い感触が伝わったと思った瞬間、風景が溶け出した。

す、と視界がクリアになるような感覚に襲われて、我に帰ってみれば見慣れた住宅街。自宅の近くの道だった。

「どう、なってるの……?」

思わず、そう呟く。

「術が解けただけだ」

声に振り返ると、青年は相も変わらずそこにいた。

彼さえいなければ、今までの事は全て白昼夢だと思うことも出来たかもしれない。でも、彼はそこに立っていて、彼の右手は相変らず袖が燃えた様になくなっていて、黒く黒く染まっていて……。

「だ、大丈夫? その手」

思わずそちらに手を差し出すが、青年はサッとそれを避けてしまう。

「大丈夫。それより、桜小太刀を早く拾って」

青年が指し示す方を見れば、先ほどの刀が地面に突き刺さっている。その根元には、小さな虫が地面に縫い止められていた。

恐る恐るその柄を握ってそれを拾う小夏の後で、青年は至って静かな声で言う。

「さて、今日はこれから時間がある? それとも、説明は明日でいい?」

唐突な言い分に振り返った小夏の目を見て、青年は言う。

「君には、大切な役目がある。それについて、説明をしなきゃいけない」

呆然とする小夏の手の中の刀の先から、虫の死骸がポトリと落ちる。青年が鞘を差し出した。

「どうする?」

「……時間、ある。この後」

その言葉に、青年は頷いた。

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