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代打の神様  作者: 柚井 ユズル
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想いの方向 5

目が覚めた時、斎はどこにいるのか分からずに飛び起きた。飛び起きて、その感触にびっくりする。

柔らかいベッド。温かい布団。

体の傷は全て手当てがされていて、包帯や絆創膏が至る所に巻かれていた。

呆然と目を見張る斎は、ドアがカチャリと開いた音に驚いて、飛び上がった。それから、慌ててベッドの下に隠れる。

「……」

ドアから入ってきた人物の足が、つかつかと近づいてくる。

「おい、助けてやった恩も忘れて何隠れてんだ、チビ」

首根っこを掴まれて、ベッドの下から引っ張り出される。首を竦めて震える斎をぼすん、と乱暴にベッドの上に下ろすと、相手はベッドに気負いなく腰掛けた。

「お前、元気だな。あんだけ怪我しててもうこれだけ動き回れるとは。しかも、なかなかに面白い格好をしている」

そう言って、斎の頭を指で示す。言われて頭を触って、初めて気付く。耳と、それと尻尾が出ている。

慌てて意識を集中してそれを消すと、相手はピュ、と口笛を吹いた。

「最初は飾りモンかと思ったけど、本物かよ。おもしれー」

どこまでも、楽しむような口調。

少なくとも、自分を追いかけ回して化け物と呼んだ人たちのような怖れの色は、相手の瞳の中には見られなかった。

相手はポケットに手を突っ込んで煙草を……当時はそれが何かわからなかったけれど、煙草だった。それを出して火をつけて煙を大きく吸い込んだ。

「で? お前、何? 家出少年?」

ふう、と息を吐き出すと共に、白い煙がその場に満ちる。

「くちゅんっ」

それを吸い込んでしまったら、鼻がむずむずとして、斎は思わずくしゃみをしてしまった。しかも、それは一度に留まらず、二度三度。

「おお、わりーわりー。意外に繊細だな」

相手はくく、と笑って、それを側にあった灰皿でもみ消す。

「お前、行くトコあんの? それとも、家なし?」

この男の意図が何が、まったく掴めない。だけど、少なくとも悪意は感じない。

だから、斎は小さくコクンと頷いた。

「家、ない」

帰れない。あの祠から落ちてしまったから。まだ未熟な自分では、あちらに帰る力は持たない。

「じゃあ、お前、俺の子供になる気ある?」

その言葉には、耳を疑った。大きく目を見張る斎を面白そうに見遣って、男は笑う。

「勿論タダってワケじゃない。ちゃんとそこそこの条件はつけるよ」

「なんで?」

呟くように尋ねると、男は言う。

「俺は今、人手が足りなくて困ってんだ。一人でも多く、信用できる人間が欲しい」

そうじゃなくて。聞きたいことはそんなことじゃなくて。

「なんで、ぼくなの?」

「何でって? お前面白いじゃん。結構気に入ったし。目がいいよ。擦れてなくて」

その上、あまり人間を信用してない感じがまたいいな、と男は笑う。

「どうだ? 俺の息子になる?」

どうして信じようかと思ったのか。もう人間は散々だと思っていたのに。

それでも、その男の声が温かくて、部屋の中もベッドの中も温かくて。

「うん」

頷くと、男は真っ直ぐに斎の顔を覗きこんだ。

「そうか。じゃあ、交換条件だけどな。お前がこれから行く家には女の子が一人住んでんだ。お前の姉さんになる。……ソイツを、何があっても守れ。その子の家族になってやって、いつも寂しい思いをしないように、楽しく暮らしていけるようにしてやってくれ」

それだけが条件だと、男は笑った。


薄っすらと瞳を明けると同時に、声が聞こえた。

「柏木君! 良かった! 目ぇ覚まして」

柏木は意識が急速に引き戻されて、今度こそはっきりと目を開けた。

佐藤小夏が自分の顔を覗き込んでいる。涙を瞳に浮かべて。

自分の背中は硬い道路。体の上には自分の学ランが掛けてあった。額には、濡らしたハンカチ。

「僕、どうしたの?」

「厄を倒すと同時に倒れちゃったんだよ!」

(泣いてるのに怒ってる)

不思議な感覚で、その顔を見上げる。小夏の顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。

「何で泣いてるの」

「そんなのもわかんないの?」

「……僕が倒れたから?」

「そうだよ!」

「そっか。ありがと……」

柏木が言うと、小夏はとても驚いた顔をして、それから困った顔をした。

「素直な柏木君なんて想定外過ぎて困るー」

「何だよそれ」

柏木は身を起して、それから自分の鞄に手を伸ばしてハンカチを取り出す。

「ほら。涙拭いて」

言うと、小夏は素直に頷いてそれを受け取った。


「あのさー。あたしね、この前矢田君にも言ったんだけど、周りの人のために戦おうとか思ったのね」

帰り道、ゆっくりと歩きながら、鼻をすすっていた小夏が鼻声でそう切り出した。

「何、急に」

「柏木君にとっては急でもあたしにとっては結構重大でね。例えばさ、柏木君に言われたとおり、あたしは街を守るとかよく分かんなくて、真剣になれなくて。だけど、あたしの知ってる人が怪我とかしないためだったらもうちょっと真面目になれるって気付いたのね。だからそういう相手は、ちーちゃんとか矢田君とかさ。もちろん柏木君もなんだよ」

「ふうん」

柏木の気のない相槌に、少し肩透かしを食わされながらも、小夏は続ける。

「だから! 柏木君が一人で無理してたりすると悔しいって言うか。あたしの決心とか努力とか、どうなるの? みたいな。結局柏木君が怪我しないように戦いたいと思ってるのにあたしのせいで柏木君が怪我しちゃうという嫌なループが生まれてきてですね」

「別に誰かのため、じゃなくて自分が生き残るために戦うって思えばいいのに」

「駄目なんだよ。それじゃあなんで私がこんな目にって思っちゃうんだよ。なんか、そういうのより大義名分が欲しいの。前向きに何かのためにって取り組めるような」

「僕も、それほど正義感に溢れてるわけじゃないよ」

柏木はどこか遠くを見る目をして、そんな事を言う。

「君よりは真剣だと思ったけど。僕は君が思ってるみたいに街を守りたい、とかそんな正義感に突き動かされてるわけじゃなくて。僕は家族がとても大事で。その家族を守るためには君が禍厄を追い払ってくれなきゃならないから、だから君を守ってる。僕の動機だって、そんなご立派なものじゃない。矢田だって、秋芳様のお役に立ちたいだけだと思うし、詳しくは知らないけど、きっと榊さんだってそんな大層な理想を掲げてるわけじゃないと思う。みんな、もっと身近で卑近な物のために戦ってる。高尚な理由なんてきっとそんなにないよ。……だから、僕は君が思うほど正しくない。僕に気を使わない方がいい。僕は、君のためになんて戦ってるわけじゃないんだから」

「そうなんだ」

小夏は驚いたように、そして妙に明るい声を出す。不審な顔をした柏木に、小夏は笑う。

「なら、あたしも別にそう考えることに後ろめたさとかは感じなくていいんだ。みんな同じなんだから」

「……君って時々意外な反応するよね」

柏木は少し呆れたように言う。

「でも、僕とかをそういう対象にするんなら、もっと身近な人にすればいいのに」

「身近な人?」

「家族とか」

柏木の言葉に、小夏は少しだけ難しい顔をする。

「そりゃあ、家族だって大切だよ。いつも一緒に暮らしてるし。お世話になってるし」

でもなんか、そういう実感が沸かないというか……。

小夏の言葉に、柏木は少し肩を竦める。

「君は身近にいすぎて、どんなにそれが大切なものか気付いてないんだよ。自分が、どんなに愛されてるのか」

「どういう事?」

小夏が不思議そうに尋ねると、柏木は溜息を落とす。

「昔の話をしようか。……といってもそんなにすごい昔ってわけでもない。たかだか10年程前の話。この街に禍厄が通って、女の子が瀕死になった時のはなし」

淡々とした落ち着いた声で、語りかけるように柏木は話す。

「女の子は突然大病にかかって、その夜が峠だと言われて居た。その子の母親は居ても立っても居られなくて、愛する娘が助かるのならなんでもしようと、神にでもすがろうと神社にやってきました。……ねえ、君、お百度参りって知ってる?」

「何それ」

「願い事をかなえてもらうために、神社の境内を百往復して参拝する一種の願掛け。それをね、女の子の母親は、真夜中に裸足で何度も何度も秋芳神社の境内を往復してね。そのたびに、お願いです、娘の命を助けてくださったら、あたしの命はいりません。お願いです……って」

小夏は大きく目を見開く。まさか、そんな事が……。

「始めは女の子の病気のことは仕方のないことだと割り切ろうとしていた神様も段々と絆されてね。何しろ神様はもとよりちょっとした罪悪感がおありだったからそれもまたひとしおで。とうとう母親の願いを聞き届け、女の子の命を助けました」

めでたしめでたし、と言葉を続けて、柏木は口を閉ざした。

「……うちのお母さんが?まさか」

「何でまさかなの? 母親ってそういうものじゃない?」

「でも……」

信じられなかった。なんだかとても、想像がつかなくて。

「だから、僕は君は贅沢だって言ってんだ。そんないいお母さんを持っていて、人の家族を羨むなんて」

柏木は、いかにも当たり前の様に、言う。

「僕なんて、家族とは血が繋がってないのに」

「え?」

驚いた顔の小夏の顔を見て、柏木は溜息をつく。

「当然だろ? だって僕は狐なんだよ。なんでその僕に人間の家族がいるんだよ。……でも、それでも僕は今の家族がとても大切なんだ。宝物なんだ」

「うん。大切そうに見える」

それはもう、否定しようのないくらい。

小夏が言うと、柏木は珍しいくらい素直に、笑顔を向ける。それはいつも見る作り物の笑顔と違って、本当に素直な感じで。

どきり、と心臓が一瞬大きく跳ねるのを感じた。


「ねえお母さん、あたしって小さい頃すごい病気したってホント?」

そう尋ねると、母親は目をぱちくりとさせた。

「あらやだ。誰に聞いたの」

「ちょっとした知り合いに」

「はあ?」

意味が分からないというように、母親は首をかしげる。

そんな母親に、小夏はもう一声。

「で、お母さんお百度参りしてくれたんだって?」

「なんでそれをアンタが知ってるのよ。誰も知らないはずなのに」

「あ、やっぱホントなんだ……」

「何それ。あんた今日変よ?」

不気味そうに小夏を見る母親に、小夏はへへへ、と笑いかけてみる。

「もう一つ質問。もし今あたしがそんな病気したら、やっぱりお百度参りしてくる?」

馬鹿なこと言ってないで、もう寝なさい! と言われると思ったのに。

「当たり前でしょう? あんたは大事な一人娘なんだから」

と言われてしまって小夏は目をぱちくりとさせた。

(ホントだ、あたし、側にいすぎてて気付いてなかったんだなあ)

自分が両親にどんなに愛されていたかと言うこと。いつも側にありすぎて、愛情に慣れすぎていて気付かなかった。

(あたし、馬鹿だなぁ)

今更ながらに、小夏はそう、思った。

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