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代打の神様  作者: 柚井 ユズル
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想いの方向 3

「昨日のあの人、お姉さんなんだってね。すごい美人だね、いいなぁ」

登校時。小夏が言うと柏木はとても嫌そうな顔をした。

「美人かそうじゃないか、なんて関係ないし」

「まあ、それはそうだけど。でもやっぱ美人がお姉さんだと嬉しくない? 自慢できるって言うか。それに柏木君のお姉さんって頭もすごくいいんでしょ?」

「誰から聞いてくんの? そういうの」

柏木は呆れたように溜息をつく。

「そういうのって全部、単なる飾り物じゃないか。姉さんが美人だって頭良くたって腕っ節がつよくて合気道で黒帯でも」

「すご……お姉さん、強いの」

「強いけどね。アレで」

一見そうは見えないすらりとした体格だったのに。

「昔誘拐されそうになった事があって、それ以来父親が護身のために習わせたらめきめき強くなったって話だよ」

「へえー」

まるで自分の知らない世界のようだ。誘拐とか、そんなのはドラマなどのフィクションの中でしかお目にかかった事がない気がする。

「でも、そういう事は関係ないよ。どうせ僕がシスコンとかいいたいんだろうけど……って言うか、榊さんによく言われるけど、別に姉さんが美人じゃなくたって馬鹿だって、関係なく僕はシスコンだよ」

(自分で言い切った!)

唖然とする小夏を気にする事もなく、柏木は言う。

「父親に関しても、同じこと」

「でもやっぱ、それは元から持ってる人の言える事だよー」

小夏は少しもやもやとして、そんな事を言う。

自分はそういう風に言い切れない。

自分の母親がドラマに出てくる女優さんみたいに美人だったらどんなにいいかって思う。父親だってそうだ。

理想的な、作り物の中にあるような素敵な家族だったら、旅行に行くのだって参観日だって、親と歩くのがきっと楽しくなる。

「あたしだってあんな家族欲しいもん。あんな家族なら、あたしだって柏木君みたいに大好きになるよ。柏木君も含めて、ルックスもよくて、みんな素敵で。そんな家で暮らしてみたいよ」

柏木は小夏を振り向く。その瞳が、あまりにも冷え冷えとしていて。

小夏は思わず足を止めた。

「僕の大切な家族を誉めていただいて有り難う。……だけど、君って本当に腹が立つ。いつも、人のものばっかり欲しがって、大切なものは何も見やしない」

「ごめ……」

その冷たい怒りがあまりに恐ろしくて、小夏は反射的に謝りかける。それを、柏木は顔を逸らして遮った。

「中身の伴わない謝罪の言葉なんて聞きたくない」

すたすたと歩き出す背中。どんな言葉も受け付けない様な、その背中。

柏木の後について項垂れて歩きながら、小夏はそれでも心の中で僅かな不満も感じていた。


(だってさ、柏木君はカッコイイし、存在がすでにドラマチックだし。私は柏木君の苦悩とかわからないけど、柏木君だって平凡な私の平凡すぎる悩みなんてわからないじゃん)

いつもそういうものは、軽く肩を竦めて一蹴されてしまう。

分かっている。自分が愚かな事を考えている事も。愚かな悩みだと言う事も。

でも、自分にとっては切実だ。自分だって、ただ平凡なだけじゃなくて何かがある人間だと思いたい。

(だけど、その『何か』がこの力ってわけでもないんだよね)

それは違う、それはあくまでも秋芳から預かっただけのものだ、と今ではきちんと混同しないで気付けるようになった。それは、柏木斎のあのキツイ言葉の数々のお陰であるとも分かってる。

(きついけど、結局あたしのためになる事を言ってくれるんだよなー)

それもホントで、だから小夏は結局柏木を批判できないし、ああして怒られれば自分が悪いんじゃないかと思ってしまう。

(何か、あたしが見落としてることがあるのかな……)

何か大切な物が、見えていないのだろうか?

「小夏、何凹んでんの?」

千里が机に突っ伏していた小夏の顔を覗きこんで、そんな事を尋ねる。

「んー……ちょっと」

「じゃあそろそろ起きなよ。センセー来るよ」

「んー」

もそもそと小夏は身を起して、そして気だるく机に頬杖をつく。

「もー元気ないなぁ」

千里が呆れた声で言って、小夏の手の中に一つ飴玉を握らせて、すぐに前を向いた。

(ちーちゃんやさしー)

小夏は思いながらそっと包装を向いて、先生に見つからないように口の中に入れた。


*


雨が降っていた。薄い服を纏っただけの自分には、その雨がとても冷たかった。

体中の擦り傷や打ち身がひりひりと痛んで火照っていたのに、それでも雨は冷たくて痛かった。指先が凍えて、歯が噛み合わない。がちがちと震えながら、薄暗い路地裏に縮こまる。体を出来るだけ小さく縮めて。見つからないように。もうこれ以上、誰かに危害を加えられることがないように。体を丸めて、できるだけ小さく___。

体中がだるかった。頭に霞がかかったようだった。

心の中を占めるのは恐怖、猜疑心、警戒。

誰かの足音が聞こえたなら、見つかる前に逃げなければならない。毛を逆立てる獣のように、意識を周囲に集中して警戒をする。それでも、体がだるくて思うように動かせないのもまた事実だった。

足音、話し声には注意。次に人間に見つかったら、確実に殺される。嬲られて、傷つけられて、殺される。

そう思っている筈なのに、手足が重くて動かない。

足音が、するのに。耳は確かにそれを拾っているのに。

「おい、どこ行くんだよ?」

「いや、なんかこの辺で物音がしたから。お前、先行って車こっちに回せって。こんな雨ン中、駐車場まで歩くの俺は嫌だよ」

「我が侭だな!」

「何言ってんだ。俺は社長だぞ?」

「この程度の会社で社長とか胸張ってたら恥ずかしいぞ」

「うっせー!お前早く車まわしやがれ」

話し声が途絶える。足音が一つ去る。でも、もう一つはそのままこちらに向かってくる。

警報。警告。頭の中で鳴り響く。

逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ___。

力を振り絞って立ち上がる。駆け出すと、体がぐらりと揺れた。

「おっと……」

倒れそうになった首根っこを誰かに掴まれて、支えられる。でも、心の中は恐怖しかなくて。

支えてくれたその腕に思い切り噛み付く。なんとか逃れようとするように。

「いってー! お前、何すんだ」

ばり、と体を引き離して、相手は顔を覗きこむ。

「……お前。珍しいカッコしてんな。新手のお洒落?」

頭が朦朧とする。目の前の男の顔も、ゆらゆら揺れる。

「っておい、なんだよ。顔赤いな。っつーかその傷はなんだ!? お前、家出少年か?」

ひやり、と火照った額に冷たい手。

「チッ……しょーがねーな」

ふわりと、体が浮いたのを感じ取るかとらないか。そんな瞬間に、斎は意識を失った___。


「柏木君?」

声が聞こえて柏木はハッと我に返った。いつの間にか、思い出に浸ってしまっていたらしい。目の前には、佐藤小夏が少し不安そうな表情で柏木の顔を覗き込んでる。

「あの、さ。今朝のこと……」

言い辛そうに、小夏はもごもごと言う。

「あたし、柏木君の言いたい事、いまいちよくわかんなくて。なんで怒ってるのかとか。……だから、とりあえず保留にしてくれない?」

「保留?」

意味がよく取れないで柏木が眉を顰めると、それを怒りと勘違いしたのか小夏がわたわたと慌てる。

その仕草が、内心で少し面白く感じた。

(前から思ってたけど、うちの清と行動パターンが似てるよね)

自分の弟も、よく自分に怒られてはこうやって顔色を伺いに来る。すぐ泣くところや、変なところで素直なのも。少し似ていると思う。だからだろうか、少し放っておけない感じを受けるのは。

そんな事を考えていたら、思わずくすりと笑みが漏れてしまった。

「え! なんで笑ってるの!? もしかしてもう怒ってないとか」

「僕に怒られる事なんか気にしなきゃいいのに。別に僕は教師でも君のご両親でもないんだから。君を裁く権利なんてないんだから」

「そーゆー問題じゃなくて、怒られてたらなんか嫌じゃん! 気ぃ使うじゃん! あーでも怒ってなかったなんてなんか謝り損だよ」

「じゃあ、怒ってようか?」

「……怒ってない方がイイです」

「じゃあとっとと帰ろう」

柏木が立ち上がると、小夏はパッと表情を輝かせる。

(やっぱ、似てる……)

そう思って、慌てて内心でそれを否定する。

(情が湧いたのかな? あまり好ましくない事態だ)

秋芳の神の代打を勤める娘に気を許すのは、あまり、自分には好ましくない。


小夏はとりあえず安心して、柏木の隣を歩いていた。

(よかった、怒ってなかったよ)

今朝の柏木の態度は、いつもの数倍きつかったから、このままあの態度のまますごされたらどうしようかと気が気じゃなかったのに。

(柏木君と家族の話はタブー、と)

小夏は心の中に刻み付ける。

これ以上、柏木に嫌われたくないと強く主張する自分がいて、それがただ嫌われているのは後味が良くないから、とか、そういう理由だけなのかそうでないのかは、自分の中で保留にしている事項だ。

そんな事をつらつらと考えていたら、突然柏木に腕を引っ張られて抱き寄せられた。

(えー!?何!? 何が起きたの!?)

混乱する小夏をよそに、柏木はとても冷静に、小夏をすぐに引き離す。

「……厄だ」

言われて振り返れば小夏の今まで立っていた場所には、黒い鞭のようなものが飛び交っていた。

「何、アレ……」

胸の鼓動が早いのをおさまれ、おさまれ、と自分に念じながら、小夏は冷静を装って尋ねる。

「木。あれ、木の枝」

「そっか」 

風景が変わるのを感じる。柏木が空間を変えたのだ。

「今、銀に桜小太刀を取りに行かせたから。それまでなんとか時間を稼ごう」

柏木がそう言って、小夏の前に立ちはだかった。

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