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5 ルシアナ様を見送った私、同志の騎士と衛兵に会う

 公務に参加したルシアナ様を見送った私は、その足で、彼女が読み終わった本を蔵書室に戻しに向かった。


 私はルシアナ様の唯一の専属メイドであるため、他のメイドと仕事の種類や量が異なっていた。女性に耐性がない事を考慮されてもおり、自由に出来るような待機時間も多かった。飾り物もなく背中に流したままの髪も、ヘア・アイテムを使いこなせないのを見たルシアナ様が、そのままでいいと許可を与えてくれた結果だ。


 王族区を担当する年配の侍女長は、初め「一人だけ特別扱いはどうかと思います」と口にしていた。私も、メイドとして申し訳ないなぁと思い、仕事については当初、ルシアナ様の特別待遇にならないよう努力はした。


 しかし、私が侍女長に会うだけで身悶え、彼女に手を触れられるたびこらえきれず鼻血をこぼすのを見て、一週間もせずに侍女長は「……殿下に全てお任せ致しますわ」と、私を通常のメイドの管轄から外してしまったのだ。


 あのキリッとした感じで、細かいところまで教えてくれる優しさが素敵だったのに、そこは少し残念である。だから機会があれば、私はあの侍女長に会えないかと探すのだが、なかなか会わないという不思議が続いている。



 本を戻した後、王宮勤めの関係者が通る専用の廊下を進んだ私は、角に固まる五人の若い騎士と衛兵を見付けて、「なんだろう?」と首を捻った。剣術大会の際に言葉を交わすようになった面々であり、私に美少女情報を提供してくれる同士でもある。



 すると、そのうちの一人である騎士のリックが私に気付いて、良い所に来たと言わんばかりに手招きしてきた。騎士らしく鍛えられた二十代の彼は、薄いブラウンの癖のある短髪が、相変わらずふわふわと逆立っていた。


「何をしているんですか?」

「団長の娘さんが来てるんだけど、これがまた双子でさ」

「超可愛いんだよ。騎士団では、今激熱な話題の女の子なんだぜ」


 彼の隣にいた騎士のバーナードも、絶対見て損はないからと、過度に手を振って誘ってくる。


 手招きされるがまま私が歩み寄る間に、後ろから来た別の二人の男達も誘われて、新たなメンバーとして加わった。騎士と衛兵の全員が「天使な双子ちゃんだぜ」と推すので、好奇心から揃ってそちらを覗きこんだ私達は、途端に言葉が出なくなった。


 廊下の随分遠くに、マントを付けた大きな男がいた。彼の足元には、恐らく十歳頃だと思われる美少女がおり、二人とも同じ顔をして、澄んだ金色の髪に色違いのリボンをしていた。楽しげに笑う頬は薄らと赤く染まり、蕾のように小さな唇はふっくらとして愛らしい。


「何アレ。めちゃくちゃ癒される、両手に華の彼が羨ましい。あの子たち、手もさぞかし柔らかいんだろうなぁ」

「鋼の令嬢、その鼻息で後半の台詞は拙いぜ。そういうぶっ飛んだ妄想は、男としては口にしないのがルールだ」

「とはいえ、堂々と口に出来るところは、男としては大いに評価したいッ」

「それは同意だ。とりあえず鼻血は出すなよ? 見られたら泣かれるからな」


 騎士達が少女達の方を注視したまま、真面目な顔でそう言った。あの団長は娘を溺愛しているので、バレたら恐ろしい目に遭うのも確かなのだ、とリックが真剣な眼差しで説明する。


 記憶を思い返す限り、私はあの団長の顔に覚えはなかった。もしかしたら、この前に王宮であった剣術大会は不参加だったのだろう。勲章持ちといった一定の隊長格の男達は、トーナメントから除外されていたと聞いたような気もする。


 それならば剣を交えてみたいと思いつつも、私は「距離があるから、多分、大丈夫」と震える声で答えた。団長という男については、ほんの少ししか頭に入って来なくて、私の視点は双子の幼い美少女だけに絞られていた。


 すると、仕事上私と会う事が多い衛兵達が、「そこじゃないだろ」と我に返ったように突っ込んだ。


「そもそも、揃って覗きこんでる時点でアウトだよ」

「ガツガツした目を露骨に寄越し過ぎて、お前ら、騎士の威厳も地に沈む勢いだぞ」

「エミリアが一応女だって事は忘れるなよ、なんだか可哀そうになるから……」


 覗きこむのをやめた衛兵メンバーを、リックが肩越しに振り返った。


「この数ヶ月で、俺ら騎士団も、エミリア・バークスという令嬢をよく知ったわけだが――俺らは大会で副団長の剣が負かされた時点で、こいつは女ではないと判断した!」

「それ、お前らが崇拝してる人だからだろ!? やめろよッ、勝手に迷惑過ぎる結論に達するんじゃない!」


 後方で言い合いが始まったが、私は「声が大きい」と注意する余裕はなかった。


 双子の幼い彼女達のうちの一人を、団長という男が抱き上げるのを見た瞬間、その際の身体の柔らかい触り心地を妄想してしまったのだ。血が沸騰すると感じた時には、素早く鼻を押さえるしか方法がなかった。


「…………」

「…………」


 場が、一気に静まり返った。


 衛兵の男と向き合っていた騎士の一人であるバーナードが、「だから言ったろ」と言葉を続けた。


「こういう奴なんだって。大丈夫、もう慣れたからな、今更ドン引きはしないぜ」


 そう言いながら「返さなくていいぞ」と支給品のハンカチを手渡され、私は有り難く受け取った。騎士達が応急処置用として持たされているだけあって、血の吸収性は一番安心出来る使い心地である。


 その時、「どうしたの」という控えめな声量が後ろから上がって、私達は一斉に顔を向けた。そこにはオルティスがいて、同僚である衛兵の男が「休憩か?」と問うと、彼は「うん」と肯いた。


「またエミリアが鼻血を出したんだ」

「始めの頃みたいに、意識が飛ぶ回数が減ったのはすげぇよな」


 リックが言い、それは自分でも思ってた、と私は同意して頷き返していた。多い時は、一日に十回以上もラディッシュのクソ不味い『気付け薬』を飲まされていたのだ。副作用で死ぬんじゃないのと言ったら、平気な顔で「そんなものは作ってない」と返された。


 くそッ。思い出しらムカムカして、鼻血が止まらん気がしてきた。


 私は、血流を安静にすべく深呼吸した。状況を察したらしいオルティスが、心配そうに屈んでこちらを覗きこんでくる。


「大丈夫? ひとまず耳、塞いでおこうか?」


 有り難い提案をされて、私はハンカチを鼻に押さえつけたまま素早く肯いた。私の聴覚は、この事態になって更に敏感に、彼女達の愛らしい声を器用にも拾い続けていたのだ。


 そう提案したオルティスを見て、同僚が口笛を吹いた。


「最近一番の仲良しなだけあるな。さすが、オルティスはエミリアを分かってるぜ」

「そんな事はないと思うけど……声が聞こえたら、妄想が続くと言われたんだ」

「それ、俺もこの前知ったなぁ」


 飲み会に飛び入り参加した日を思い返して、バーナードが相槌を打った。


「飲み会に行く途中で『耳ッ、押さえてて!』って言われた時は、一体なんだろうなってたじろいだぜ」

「そういうのもあったな。遠慮なく要求してくるところも、実に(おとこ)らしい」


 途中から私と揃ってこの場に合流していた二人の騎士も、同意するように腕を組んでしみじみと肯き返した。


 それを見た衛兵の男達が、過去を振り返るような乾いた笑みを浮かべた。


「初めての時は、みんなそうなるって」

「あれだよな、男として全く意識されていないことを痛感する」

「多分さ、オルティスが馴染むの早すぎるんだよ。一番エミリアを知ってる男は、オルティスだろうな。気絶する前に、鼻血だけに留めた神業には脱帽した」


 衛兵達がそれらしい表情で、深く肯き合った。同じ年頃の妹を持っているせいじゃないかな、と私が思うそばで、オルティスの大きな手が両耳を塞いできた。


 オルティスはいつも妹の話をする。数年前まで、妹が雷を怖がって泣くたびに耳を塞いであげていたんだとは聞いており、妹を抱え上げて移動するのも、兄としてやっていた経験もあると語っていた。この前の飲み会で気絶しなかったのは、彼が担ぐという対応に出たのにびっくりしたせいでもある。


 オルティスは、一番大きな私の兄と、ほぼ同じぐらいの体格だった。担がれた瞬間、安心出来る長男が彷彿とされて、気持ちが一気に落ち着いたのも事実だ。妹がいるからかぁ、とすぐに分かって納得も出来た一件だった。


「もう大丈夫よ、ありがとう」


 鼻血が止まった気配を察してそう告げると、オルティスが、大丈夫かなという表情を浮かべてそっと手を離した。


 団長と娘達は、この騒ぎの間にいなくなってしまったらしい。彼以外の男達が廊下へ出て、残念なそう事を言い合っているのを見て、私はガックリと項垂れて「もっと見たかったわ……」と本音をこぼした。


 すると、そこにはなかったはずの美声が上がった。



「何が見たかったの」



 聞き慣れた声に振り返ると、白衣に身を包んだラディッシュがいた。片腕に数冊の本を抱えているので、必要な資料でも取りに行っていたのだろう。三割の男達が納得する表情をし、オルティを含む七割の男達が「誰だろうか?」というように首を捻る。


 ラディッシュは、揃って視線を向けられた先で、そっと顔を顰めた。私の手にあるハンカチを見ると、呆れたように息を吐いた。


「また鼻血なの、エミリア」

「大丈夫、止まった!」

「そこは威張るところじゃないよ。冷やさないと、また出る」


 そう言ったかと思うと、ラディッシュに手を取られた。


 気絶もしていないし、鼻血も止まっているのに、わざわざ手間を買って出られたのは初めての事である。足早に歩きだしてしまった彼に、私はびっくりして慌てて声を掛けた。


「平気よ、いつもの鼻血だもの」

「そうだろうね、見れば分かるよ。……僕の方が、君を知っている」


 彼がこちらも振り返らないまま、いつかの台詞を思い出して、繰り返すような口調でそう呟いた。


 掴んでいる手に、珍しくぎゅっと力が込められた。私は不思議に思って、いつの間にか随分と身長差が開いてしまった幼馴染の背中を見上げた。


 弱っちぃとはいえ彼は成人間近であるので、握力も自然と強くなっているのだろう。もしかしたら、放っておいて後で鼻血だけで呼び出される、という可能性を考えているのかもしれない。鼻血が止まらなかった際には、心配したルシアナ様や周りの人間が、婚約者である彼を呼び出す事も珍しくなかった。


 それならば仕方がない、付き合うか。


 相変わらず愛想もなく歩き続けるラディッシュに手を引かれ、私はチラリとオルティス達に目を向けて、別れを告げるべく小さく手を振った。

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