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4 私と第二王女ルシアナ様

 第二王女ルシアナ様は、私と同年齢で今年十六歳になる、王族特有の漆黒の艶やかな髪を持った、同年代の少女よりも背の高い美少女である。


 騎士姫として知られており、男性服を盛り込まれたデザインがされたドレスは、異国の王族衣装を手本にズボンも着用するタイプのものとなっている。それでいて女性らしい煌びやかさを損なわず、男性然としてもいるという、ルシアナ様だけが着こなせるファッションだ。


 私がメイドとして従事するまで、彼女は多くの男性から求婚の希望が届けられていた。政略結婚なので父に任せるとしていたが、今年の春に勉学のため訪れた第三王子を見て、逆プロポーズを行い周りの者達を驚かせた。


 二言ほど言葉を交わしただけなのだが、惚れたのだとルシアナ様は言い切った。あれだけ「王族は政略結婚よ」とキッパリ口にしていたのに、恋って実に不思議だなと思う。

 

 ニヤリと不敵な表情で手紙をちらつかせて「我が婚約者殿は可愛いわよ?」と言った顔を見て、恋する時ってもっと違う表情するイメージがあったんだけど、と私は思わず首を捻ってしまったほどだ。


 ルシアナ様に初めてお声を掛けて頂いてから、私は、不思議と彼女に対しては取り乱す事もなくなっていた。こうして、二人で私室にいる今の時間だってそうである。


「本当は、十六では嫁ぎたいのだけれどね。彼は今、十五歳。向こうの国は十六でないと婚姻出来ないから待つ事にしたの」


 逆プロポーズから半年経っているが、相変わらずルシアナ様と隣国の第三王子の手紙は、数日に一回交わされている。婚姻予定として嫁ぐ事は可能なのだが、二人の間で「結婚出来る歳に婚姻する」と決められてからは、来年の出立までの長い準備期間として、こちらでもゆっくりと支度が進められていた。


「もう少しルシアナ様のおそばにいられるので、私としては、少し嬉しいと思ってしまいます」


 ルシアナ様は、私が家の外で初めて出来た、普通に話せる同性だった。仕える中で親愛も抱いており、最近は、週末に実家に戻って魔物退治に励みつつも「早くルシアナ様に会いたいなぁ」という想いが掠めるほどだ。


 私が思わず本音を吐露すると、椅子に腰かけていたルシアナ様が、手紙の返事を書く手を止めて振り返った。微笑んだ顔は、いつもの活気に満ちたものではなく、女性然として柔らかかった。


「私もよ。本当なら、あなたを連れて行きたいくらい」


 バークス伯爵家は、国の魔物討伐部隊の筆頭という特性もあって、一般の貴族が義務付けられている社交にも大幅に自由が与えられている。その変わり優先戦力人として、他国へ移住するという前例はなかった。


 私としても、そういった暗黙のルールに目を瞑ったとしても、自国は離れられないと思っていた。生まれながらにして国と、その民の生活を守るために、魔物を退治するという使命のもと育てられたせいだろう。それをルシアナ様は知っているからこそ、一緒に来てと私に直接は言わないのだとも察していた。彼女は、とても強い女性で――



 けれど一度だけ、来年嫁ぐ日程が決まった際に、父王のいる席で「連れていきたい気持ちはあるのです」と、珍しく取り繕わない口調で本音をこぼしていたという話を、私は後日、王宮から手紙を受け取った父に教えられた。


 それほどまでに大事にしてくれている人なのだから、彼女が嫁いでしまうまで、精一杯そばにいてあげなさいと、父や兄達は言ってくれた。私としても、そのつもりである。



 それくらいまでに、王宮に上がってから私とルシアナ様は仲が良くなっていた。もうずっと共に過ごしてきたのではないか、と時々錯覚してしまう。ルシアナ様も時々「もっと早くに出会えていたら良かったのに」と嬉しい事を言ってくれる。


 ルシアナ様が、話題を切り替えるようににっこりとした。


「私よりも、エミリアが先に十六歳になるものね。あなたの方がすぐに結婚してしまったら、どうしようかしら。王女の権限で、婚姻を先伸ばしにしてもらう手もあるわね?」

「あははは、私が先に結婚する事はないですよ。ラディッシュとの関係は、ルシアナ様もご存じでしょう?」


 私が促すと、ルシアナ様はしばし思い返すような表情で、手に持った羽ペンを回し「……それもそうね」と便箋へと向き直った。


「それにしても、エミリアは女性の耐性が中々つかないわねぇ。男女が揃う王宮で過ごせば、少しは自然に耐性がつくと思っていたのだけれど。軍人と馴染むのが圧倒的に早くて、そこには驚かされたわ」

「…………ここ一年で、ちょっとは成長したと思うんですよ」

「挙動不審の報告は少し減ってくれたけれど、茶会にお供させても一分も経たずに失神するし、どうしたものかしらね」


 ルシアナ様はペンを走らせながら、「私としてはね」と続けた。


「へたしたらあなた、女の子との恋に走るんじゃないかと不安にもなって」

「なんでそこを心配しちゃうんですか」


 恋も憧れも経験にはなく、今のところ結婚の予定もないとはいえ、私の恋愛対象は男性である。


 確かに幼い頃は、一生独身である未来を想像していた。社会に出て婚姻の話題を耳にするようになり、家族が増えた事を話す人を見掛け、勉強する中で女性としての二次成長を迎えてから「私も誰かと結婚するんだろうなぁ」とぼんやり思い始めた。


 ルシアナ様は、愛する人の子を産みたいとよく口にする。その話を聞いて、きっと一人は寂しいだろうなぁと考えたら、結婚とかそういうのも悪い気はしないなと感じるようになっていた。多分、いずれ私も、女として自分の子供が欲しくなる時が来るのかもしれない。


 するとルシアナ様が、悩ましげに片方の頬に手を添えた。


「私も女だから、あなたには女性として愛する男と恋して、結婚までして欲しいと思っているのよ。守ってくれる男がいれば心強いじゃないの」


 なんだか口の中で、本物の変態になってしまうのを阻止しておかないと、と呟かれたような気がする。


 恐らく聞き間違いだろう。何せ、私が変態でない事はルシアナ様も認めて下さっているし、私自身、自分は変態ではないという自覚がある。ルシアナ様はいつも良い匂いがするし、真珠みたいな肌も素敵で、美貌の横顔を見られる幸福を日々噛み締めているところだ。


 だから私は「ご安心下さい」と胸を張った。


「私、十分強いから大丈夫です!」

「そういう意味じゃないのよ」

「今のところ結婚願望もありません!」

「あなたの一族、そういうものは義務付けられていないものねぇ……あなたの婚約や婚姻に対するずれた思考って、そのせいじゃないのかしら?」


 ルシアナ様がチラリとこちらを見た。私はよく分からなくて、とりあえずにっこりと笑ってやり過ごした。

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