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3 もう少しで十六歳になる私の日常

 正直言って、王宮勤めになったら可愛いメイドと仲良くなれて、あわよくば女友達が増えるかもと期待していた。


 私の家は王都からと遠い地にあるため、勤務のある週五日は、使用人用の宿泊部屋を使わせてもらえる事になった。つまり、泊まり込みの勤務である。これまであまり参加出来ていなかったパーティーにも、メイドとして仕事で同伴出来るため、高確率で女の子と触れ合える時間が増えるだろうと、私は希望に満ち溢れていた。



 しかし、現実は甘くなかった。女の子を目の保養に私の生活が充実したのは事実だが、言葉を交わして、うふふきゃっきゃっと触れ合うまでには至っていない。



 その行動を起こす前に、シャイすぎる私の乙女心が破裂するからだ。


 パーティー会場なんて、メイドとして足を踏み入れられたのは数える程度しかなく、数分後から記憶がプツリと途切れている。広い廊下で、随分距離が空いている先を歩く女性使用人にも、緊張して声が掛けられない日々が続いている。


 先程もまた倒れたばかりだったが、とはいえ今回、私の中に悔いはなかった。鼻血を噴き出したうえ、あっと言う間に意識を手放した事で、廊下に後頭部を強打したが構うものか。


「女の園と言われている、シャーリス様一行が見られて幸せでした……」


 私はタオルを鼻元に押し付けたまま、しみじみと呟いた。背中で波打つ焦げ茶色の長い髪が、シーツの上でパサリと音を立てた。


 ルシアナ様の部屋の近くを担当している衛兵に、以前から話は聞いていたが、あれほどレベルの高い美女が勢揃いした行進を見られて、私は最高の気分だった。成人した美しい女性達が、王妃様の茶会へ向かう姿は神々し過ぎた。


 当のルシアナ様は、既に王妃様と会場入りされていた。会場は近衛騎士が管轄するので、護衛の役割を一旦彼らに預けた私は、一度ルシアナ様の部屋に引き上げようとしていたのだが、――ハッと息を呑む男達の気配に振り返り、シャーリス様一行の行進現場に居合わせたのだ。


 私は当時の光景を思い返して、思わず噛みしめるように数回頷いた。


 その時、救護室にいたもう一人が「何言ってんの」と呆れたように言った。


「女の子が鼻血垂れ流しながら『幸せでした』とか、普通やらないから。そこはもっと恥じらいなよ。しかも一時間も経たずに二回目の失神とか、勘弁して欲しいところだね」


 私の回想に口を挟んできたのは、まだ私の婚約者であるラディッシュだった。相変わらず細身ではあるが、今年で十八歳を迎える彼は、すっかり立派な青年体躯となって身長も随分高くなっていた。


 やや長い銀色の前髪を、鬱陶しそうに後ろへ撫でつける姿もさまになる美青年である。私は、そんな婚約者を忌々しげに睨みつけた。


 先日、女の子に話し掛けるタイミングを逃された一件を、私は許していない。後宮付きの若いメイド三人組だったのだが、影から覗いていた私が「よしっ、お茶でもどうですかと誘うぞ!」と勇気を振り絞ったタイミングで、廊下の曲がり角から奴が現われて、彼女達の視線と話題を根こそぎ奪い去ってしまったのだ。


 なぜ無表情が通常仕様で、無愛想なうえ不機嫌面くらいしか表情の変化がない彼がモテるのか、心底不思議でならない。


 というか、顔面偏差値だけで女の子の人気を集められている幸福過ぎる男共が、憎い。心の距離を縮めるタイミングを窺い、全女性を応援し「愛らしい」と一心に見守り続けているだけだというのに、そんな私を不審者扱いした野郎共も、許さん。


 まだラディッシュは婚約破棄の行動を起こしておらず、今も私の婚約者のままだった。彼は今年で成人と認められる十八、私は結婚可能年齢である十六になるのだが、誕生日が来るまでには解消して欲しいものである。


 何故なら、私達の間に愛はない。王宮に上がって約一年、ほぼ毎日のように顔を会わせる事になって、私はそれを痛感してもいた。


「畜生ッ、毎回激不味の『気付け薬』を用意しやがって!」


 私は救護室のベッドに腰かけたまま、思わず枕を殴った。


 奴は年々遠慮がなくなってきて、その激不味の『気付け薬』を、私専用なのだと平気で言ってのけるまでになっていた。そのクソ不味さはレパートリーが豊富で、一つだって同じ味がないというのも、悪意しか感じない。


「エミリア、口が悪い」

「ラディッシュは腹の中が真っ黒じゃないの! よりによって、なんで二回目の『気付け薬』はご丁寧に辛みを付けてんのよ!?」

「二回目だから腹が立って、急きょそう仕上げた」

「あんたは性質が悪いッ」


 私は、辛い料理が大の苦手だった。風邪薬も、きっと甘くお願いするに違いない。


 風邪を引いた事はないから、他に薬を飲んだ経験はないけれど。


 とはいえ、『気付け薬』で平均的な療法薬の不味さは理解しているつもりだった。そもそも、体調を崩すのはラディッシュの方で、彼は鍛え方が足りないんだと思う。冬に少し外出したぐらいで熱が出る男なのだ。私なんて、兄と魔物の討伐の際に氷の川に落ちたけど、二人とも平気でピンピンしている。


「うぅ、女の子の友達が欲しい。私も、可愛い女の子に囲まれて茶会がしたい……」

「僕には理解出来ないね。ただ集まって、菓子やケーキを食いながら紅茶を飲む事の一体何が良いというんだ? 部屋で一人楽しめばいいじゃないか」


 これだからお前とは話が合わないんだよ。なんのために茶会をすると思っているのだ。


 私は、鼻血が止まった事を確認して、タオルを降ろした。


「ケーキや菓子を食べる女の子、超可愛いじゃない。たまらん」

「それ、男目線だよ、エミリア。君、自分が何を言っているのか分かってる?」


 やや顔を顰めて、ラディッシュがこちらを振り返った。心底呆れたという彼の視線を受け止めた私は、「何が?」と顰め面を返した。


「僕はまるで考えた事はないけどね、食べる姿が見たいっていう男の一般論くらいは知ってる。君、どうして男が女の子を『菓子やケーキでもどうですか?』って誘うか、知ってる?」

「そりゃ勿論、愛らしさを堪能して、愛でるためよ!」

「凄く良い顔で言い切ったね。多分違うよ」


 君はお子様だね、と言ってラディッシュが白衣を翻した。


 私は、その背中に向かって枕を投げつけてやった。しかし、すっかり慣れてしまったのか、彼はひらりとかわして救護室を出て行ってしまう。


 彼は弱いくせに、順応性だけは高い。私は「悔しいッ」と、発散の場がない怒りのままベッドを叩いた。


「いいのよ、私には話を分かってくれる理解者がいるんだから!」


 ルシアナ様の茶会が終わるまで時間がある。私は、話を聞いてくれる一人に会いに行くべく、ベッドを飛び降りた。


              ※※※


 救護室を出た私が目指したのは、王族の私室区にある警備室から続く、階段の先にある監視塔だった。


 当警備室に座っていた第二衛兵班長ベイマックが、私を見て「おや、メイドちゃん、また来たのか?」と愛想良く言った。四十代の彼は、悪戯が好きそうな垂れたブラウンの双眼に、僅かな無精髭を残した堅苦しくない男だ。


「オルティスさん、上にいる?」

「いるぜ。ちょうど一人当番の時間で、他の連中は休憩に入っちまってる。いちおう勤務中だから、手短にな」

「ありがとうございます!」


 それでも入るなと言わない気さくなベイマック班長に礼を言って、私は奥の階段を駆け上がった。


 窓もない狭く薄暗い階段を上りきると、そこは円錐屋根を持った、石と煉瓦で造られた手狭な監視席だ。外から王宮を見た際に、小さく見える尖った建物部分の一ヶ所である。


 そこには、熊のようなずんぐりとした大きな男が一人、塀に寄りかかるようにぼんやりと外を眺めていた。藍色交じりの短い髪に、角ばった大きな横顔。二十代後半といった風貌で、体格を見れば将軍風でもあるのだが、明るい鳶色の瞳は小動物のように穏やかだ。


「オルティスさん、こんにちは」


 声を掛けると、熊のような風格に大人しげな顔立ちをした衛兵――オルティスがこちらを振り返り、どこか申し訳なさそうに微笑んだ。別に何かしら謝る要素はなく、これが彼の通常仕様である。


 オルティスが、高過ぎる位置にある頭をやや屈めて「こんにちは」と返してきた。


「エミリアさん、今日は目的を達成出来た?」

「朝に二人のメイドと挨拶が交わせたし、シャーリス様一行を見られて満足よッ」


 擦れ違いざまさりげなく会釈した際には、鼻血も我慢する事が出来た。


 私は彼の隣に並びながら、その時の興奮を思い出して、鼻息荒く拳を握り締めて熱く語った。ここぞとばかりにその時の感動を教えると、オルティスは「それは良かったねぇ」と、のんびりと微笑ましげに相槌を打った。


 オルティスと出会ったのは、先々月の中頃だ。移動中にうっかり鼻血を出してしまった際、ハンカチを貸してもらったのが交流のきっかけだった。どこか打ったのか、と心底心配してくれた彼の優しい眼差しにいたたまれず、原因について告白したところ、すんなりと打ち解けて交流が始まった。


 なんとオルティスは、出会い頭だというのに、私の話に共感してくれたのである。彼には私と同じ年頃の妹がいて、つい年の近い少女達を兄のような気持ちで見守ってしまうのだという。そして、私と同じように、緊張してなかなか話しかけられないタイプだった。


 美女を見るという癒しを日々求めている男達から言わせると、オルティスは私達とはちょっと違う、というのだが、私としてはすごく話し易い人だと思う。嫌な顔一つせず、私の話を聞いてくれる友達は貴重だ。


「オルティスさんは、どう?」

「また怖がれてしまって……」


 現状、オルティスの悩みは、少女達に怖がられてしまうという事だった。随分と大きな身体をしているせいか、一目で怯えられてしまい、それもあって緊張して言葉が出なくなってしまうのだ。


 その点に関しては、他の男達も「一番優しいやつなのになぁ」とオルティスを応援していた。女性と仲良くなる事を掲げている私も、こちらの目標とは少し違うけれど、そんな彼の味方になりたいと考えて日頃話を聞き、出来るアドバイスはしてあげるよう心がけていた。


 オルティスは強い人だ。同じ武人として、その強さは経験から察せた。それでも自信家になったりせず、謙虚で女性を大事にするところにも好感が持てたし、これまでに出会った事がないタイプだった。


 私は武人として、これまでは戦闘能力の強さを基準に、男を評価していたところもあった。オルティスに出会ってから、「優しいから、迷いなく剣を向けられない」という弱さは、武人として弱いという訳ではないんだなぁ、という風に考え方も変わった。


 そういう強さの形もあるんだなと学んだ。訓練の様子を見る限り、オルティスは「どうして騎士じゃないんだろう」と不思議に思ってしまうくらい剣筋も良くて、是非とも剣を交えてみたいと最近は密かに思っているのだが――


 まぁ、多分無理だろうなとは分かっている。彼にとって、剣を嗜んでいるいないに関わらず、未成年の女の子は見守る対象なのだ。


「この前言ってた妹さん、婚約者とは上手く行ってるの?」

「とても仲がいいよ。来月には結婚してしまうから、寂しくなるなぁ」


 何も考えないまま、明るい話題に変えようとそう口にした私は、オルティスの瞳が潤むのを見て、それが話題の切り出しとしては、完全な選択ミスだと遅れて気付いた。


 妹の結婚があと少しのところまで迫っており、彼は涙脆くなっているのだ。


「彼と喧嘩しただとか、楽しかったとか、そういう話も聞けなくなってしまう……ぐすっ」

「うわぁぁぁあああオルティスさんごめんッ、悪気は全然なかったの!」


 二十八歳とは思えないほど、オルティスは涙腺が緩い。なんだか男らしくないけれど、それが親愛する大事な妹を思っての事だと分かっているので、私としては、なんだか弟分を見ているような気持ちにさせられる。


 すると、階段を上がって来た二人の衛兵が、背を屈めて両手で顔を覆う大男を見て、複雑そうな表情を私に向けた。第二衛兵班の中堅組で、オルティスの先輩にあたる三十歳のボルツとカインだった。


「…………エミリア、お前また……」

「…………やめてあげて。オルティスのハートは、戦闘伯爵家の【鋼の令嬢】に比べたら、繊細過ぎるガラス作りなんだからさ……」


 芝生頭のボルツが、露骨に額を押さえて天を仰ぐ隣で、カインが青い顔でそう述べた。


 第二王女ルシアナ様のメイドになってから、私は侵入した賊を叩き伏せ、彼女の希望で王宮内で行われた剣術大会にも出た。それらがあって、私が一般の令嬢らしくないという認識でも広がったのか、衛兵も騎士もフレンドリーに接してくれるようになっていた。


 メイド服を取った時は「エミリア嬢」と呼んでくれるけど、彼らは勝手に【鋼の令嬢】という呼び名も作っていた。由来はなんだと質問したら、「打たれ強さと容赦のなさ」「つまり女じゃない」と彼らは平気で口にするまでになっている。


 私の剣が彼らより強いのは、別に間違ってはいないのだけれど、彼らにとって、私と並べるとオルティスが乙女枠というのは釈然としない。


「こりゃまた、酒屋で慰めないといけないパターンだなぁ」

「ベイマック班長に頼むしかないよ……。オルティス、酒豪だからかなり飲むし」

「悲壮な空気感を漂わせながらこっちを見ないでッ。分かった、分かりました、私も参加して少しは出すから!」


 この国では、十五歳からは飲酒が認められている。私を完全に同士だと見ている彼らは、私がオルティスと出会ってから【彼を慰める男達の会】という妙な飲み会に私を巻き込んでいた。初めて参加した際、オルティスを上回る酒豪だと知って、面白がられている部分もある。


 魔物の毒素に対して耐性がある事に関係しているのか、私の一族は、揃って酒豪だ。使用人や領民の中にも、酒に弱いという人間は聞いた事がない。


 王宮に寝泊まりしている使用人や勤め人は、警備のために戸締りされるまでに戻れば問題なかった。勤務時間外については、そこまで厳しい拘束がないのは嬉しい限りだ。おかげで、貴族よりも庶民寄りの生活が馴染んでいる私は、王都の食事処も満喫出来ていた。


 といっても、酒がメインの場所は、ガッツリ食べられるメニューがないので、進んで自分から居座った事はない。


「甘いケーキを一緒に食べてくれる、女友達が欲しい……」


 思わず呟くと、オルティスの背中を叩くカインを見守っていたボルツが、「理想だよなぁ。俺も、一緒に飲んでくれるような女友達が欲しいぜ」としみじみと相槌を打った。


 私としては、奴らの中で、私が女枠ではないというのも解せないでいる。

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