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2 婚約者同士になった私と彼について

 社交の場には、必ず婚約者のラディッシュがついて私をエスコートした。私達は互いに興味がないから、これといって進んで言葉を交わす事はなかったが――


 そんなにエスコートが嫌なら、今すぐ婚約を破棄してくれても良くない? 


 彼は相変わらずにこりともせず、むしろ初めて行った宮廷の茶会では、出会った頃よりもむっつりとした顔をされた。その表情さえ、美麗な人形のように彼を引き立てているのは解せない。


 というか、なぜ婚約したんだ、ラディッシュ君よ。


 私だって彼に全くこれっぽっちの興味もないし、魔物や屈強な戦士の殺気にも慣れているから、彼の冷ややかな無言の圧力くらい平気である。私としては、彼と並んで歩くと、女の子の視線が奴ばかりに向くのが悔しい。


 多分、すぐに婚約を解消するのは聞こえが悪いのだろう。しばらくすれば解消されても目立たずに済むだろうし、貴族としての格は若干彼の家の方が高いため、私は彼の出方をしばし待つ事にしていた。



 とはいえ、婚約者同伴での社交デビュー初日から、彼にはすごく世話になった。


 非常に申し訳ないのだが、私が女性にトキメいて倒れるたび、婚約者という名の彼が毎回ご指名されてしまうからだ。



 そもそも、お前が婚約者でなかったから上の兄と来てたよ、と私は彼の重い溜息を前に、いつも恨めし気に睨み返していた。女の子一人移動させる事もままならない男なぞ要らん。二つ上の兄だって、片腕一本で私を抱き上げられるんだぞ?


 ラディッシュは、十二歳で国立学院に入学すると、十三歳で薬剤の調合資格まで取ってしまう秀才ぶりを見せた。婚約から二年が経ったタイミングであったし、その間解消にするような動きがなかったから、私は学院の寮にいる彼に手っ取り早く手紙を送った。


『婚約破棄についてはどうっなっているのか?』


 すると、すぐに彼から手紙で返事があった。


『男らしいストレートな一文だね。心配せずとも、破棄する予定でいる』


 なんだ、ちゃんと考えていてくれているのかと思って、私は破棄のタイミングに関しては彼に任せる事にした。難しい事を考えるのは苦手だったし、いつ婚約が解消されても困らない状態だったからだ。


 私達の間には、婚約指輪すら存在していなかった。どうせ婚約破棄するのなら必要ないし、世間体を考えて用意したところで、それを形式にそってわざわざ送り返すのも面倒だと、私と彼の暗黙の意見は一致していた。



 ラディッシュは、いつもぶっ倒れて迷惑をかけているせいもあって、毎度うっかり殺意が湧いてくるぐらいに地味な反撃をしてくる。


 彼が薬を調合出来るようになって、私の『気付け薬』は彼が作る物を飲むようになったのだが、それがかなりの激不味なのだ。年々悪意を感じるぐらいに、一つの飲み薬に多大な刺激が投入されている。マジで勘弁して欲しい。



 私達の関係は、一言で言えば婚約者という名の幼馴染である。次第に遠慮なく物を言い合うようになり、腐れ縁みたいに『気付け薬』での地味な攻防戦が続いた。


 彼が学院生で、私は学院の入学待ちの間は、特にプライベートの交流はなかった。なにせ、私の方もかなり忙しかったのだ。仮にも婚約者という事もあって、伯爵夫人に相応しいようにと、学院へ進学する前にダンスや礼儀作法の教育も追加されて殺意も湧いた。


 十二歳になって貴族が通う通常の学院へ進学すると、淑女教育と勉強の傍ら、時間があれば馬で家まで戻って魔物を退治する日々が始まった。


 なぜか同じ年頃の男子生徒から「ドレスで早馬ってすごい」「さすが戦闘伯爵の令嬢、暴漢を一捻りとはッ」と羨望の眼差しを向けられた。近くの騎士学校の生徒からも「剣を教えて欲しい」と頼まれたが、そんな暇はないと断った。


 舎弟になりたいとも言われたが、いらん。私が欲しいのは、女友達である。


 私は頑張った。出来るだけ女の子に話しかけられるよう努力し続けた結果、学院に入学して二年後、不器用な私に「あなたと仲良くなりたいわ」と言ってくれる同性が現れたのだ!


 それは、この国の第二王女ルシアナ様だった。この剣は国のため、王族のため、そして民のためと教えられた私が話しかけるには畏れ多い人だったが、なんと向こうから御声が掛かったのである。


 ルシアナ様は、同年齢には見えない女性然とした雰囲気を持った美少女だった。彼女が学院を訪れていた際にうっかり私が気絶し、わざわざ介抱して、起きるまでそばで待っていてくれたのだ。


「あらあら、すごい鼻血。――大丈夫よ、ほら、私の目を真っ直ぐ見て? あなたはもう、私で緊張が爆発してしまう事はないわ」


 近くから目を合わされた私は、王族特有の漆黒の髪をしたルシアナ様の、鮮やかなエメラルドの瞳に、不思議と心が落ち着くのを感じた。


 相変わらずドキドキと胸は高なっていたが、守られるばかりではない彼女の強い眼差しのせいもあってか、緊張感は次第に鎮まっていった。私はその時になって初めて、ルシアナ様も『戦士』である事に気付いた。


「……ルシアナ様も、剣を嗜まれているのですか?」

「うふふ、よく気付いたわね。私、実は周りの護衛騎士共を常々鬱陶しく思っているの。だから貴女、私が十六歳で輿入れするまでで構わないから、ここを卒業したら専属でメイドをやってみない?」

「メイド、ですか?」

「見たところ、貴女は女の子に耐性がなくて、それをどうにかしたいと励んでもいるのでしょう? 私と一緒にいれば、女性と接せられる練習がもっと出来ると思うのよ」


 耐性がないからと逃げるのではなく、努力し続ける事は素晴らしいと思うわ、と続けて、彼女はにっこりと笑った。


 こんな風に女性と話せるのが嬉しくて、時間が来るまで相談を聞いてくれた彼女に深く感謝し、私は「卒業したら必ずおそばに行きますッ」と答えた。学院を卒業したら、ルシアナ様が嫁いでいってしまうまでの間、魔物退治のかたわら専属メイドとして頑張ろうと心に誓った。

 


 猛然と勉学と鍛錬に励んだ私は、その翌年に学院を卒業し、十五歳で第二王女ルシアナ様の専属メイドとして王宮に上がった。護衛強化の意味もあったから、ルシアナ様の計らいで、剣を所持出来るメイド服を用意して頂けた事も嬉しかった。


 とはいえ王宮には、先に学院を卒業した婚約者のラディッシュも勤めていた。



 つまり私は、これまでになく奴が作った激不味の『気付け薬』を飲まされる事となったのだ。

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