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11 デートの翌日の、「まさか」の

 昨日は、婚約者であるラディッシュに誘われてケーキを食べる、という出来事の他は変わった事もなく一日を過ごせた。失神もなかったし、鼻血が四回ほどあったくらいだろうか。


 なんでケーキだったのか、については謎のままである。


 私としては、誕生日が迫っている時期であるので、周りから煩く言われている可能性くらいしか浮かばないでいる。


「というか、婚約についてもう少し勉強すれば良かったわ……婚約指輪を贈られたら、どれくらいの期間を空けないと婚約破棄出来ないのかも分からないのよねぇ」


 今週内に動きがないようなら、週末実家に戻った際に、父か兄達か執事のバレッド辺りにでも尋ねてみよう。そう考えて、私はひとまずの問題を置いておく事にした。


 王宮では月に一回、王妃様主催の、未婚の令嬢を集めた大きなガーデン・パーティーが行われる。同じ年頃の少女達の交流会が目的のようで、まだ嫁いでいない第二王女ルシアナ様を中心にしたそのパーティーは、本日が開催日だった。


 今回は、留学に訪れている隣国の第三王女も招待されており、王宮内は朝から普段より活気付いていた。会場には、既に多くの令嬢が入場を始めており、表玄関から会場までのルートには、煌びやかなドレスに身を包んだ少女達がよく見られる――らしい。



 残念ながら、私はその様子をこの目で確認出来てはいない。ルシアナ様を送り届けた際、うっかり一番乗りでやって来た公爵令嬢一行と遭遇し、危うく失神し掛けたからだ。



 少しは強化されている私のハートと、先に気付いた護衛騎士が「前方から来ますッ」と直前に心構えをさせてくれた事。そして、彼女達との間に距離があったのが幸いしたのだろう。


 シャーリス様という絶世の大人の美女軍団と、騎士団長の双子の幼い美少女を、先日に見たばかりであるおかげでもあるのかもしれない。妄想も爆発寸前でとまってくれて、ルシアナ様と合流した彼女達が通り過ぎるまでは、どうにか笑顔で耐えられた。


 直後に鼻血が起こった時、護衛騎士が壁になって、彼女達の視線から隠してくれたのもナイスフォローだったと思う。流血は普段より大量だったけど、私は自分の足で歩ける余裕もあった。


 部屋でしばらく休むはめにはなったが、ちょうど先程鼻血も止まり、血だらけのタオルを片付けてきたところだ。ガーデン・パーティーの間は、自室で待機して良いとの事だったので、来た道を引き返している。


 なので私は今、裏玄関から入った人のない通路を歩いていた。


 午前の落ち着いた時間であるので、それぞれの使用人達も仕事に入っており、悠長に移動しているのは、贅沢な待遇でもってルシアナ様専属にあてられている私くらいなものだろう。


「うふふふ、なんだか今日は、失神せずに済みそうな気がするわ」


 あの激不味な『気付け薬』の世話にだけはなるまい。今のところ、あの悪意の固まりの薬から完全に解放される事が目標である。



 使用人通路から二階回廊へと抜けると、そちらも珍しく静まり返っていた。大きなガーデン・パーティーであるので、普段は鍛錬と通常業務の他は暇をしている騎士も、中堅と最も若手の班の衛兵達も、警備に駆り出されているのだろう。



 昨日会ったベイマック班長の話が確かならば、王族私室区の警備が中心のベイマックの第二衛兵班と、固定警備に勤める軍人だけが、のんびりと通常勤務にあたっているといった感じだろうか。


 焦げ茶色の髪が、歩くリズムに合わせて背中で柔らかく揺れるのを感じながら、私はゆっくりと先へ進んだ。


 その時、私は前方から複数の驚いた声が聞こえて、「ん?」と足を止めた。気のせいでなければ、「まさかこんなところで本人に会えるなんて」「え、どうするの」「こっちに向かってきますわよッ?」と、可愛らしい囁き声が飛び交っている気がする。


 私は随分と距離のある、回廊の曲がり角に目を凝らした。すると、そこには四人分の可愛らしい顔が、小動物のような戸惑いと内気っぷりを醸し出しながら、こちらを揃って覗きこんでいたのだ。


 やべぇ、超可愛いんだけど。


 思わず、私は反射的に口を押さえていた。


 女の子達は、身体を回廊の先の曲がり角に隠すような姿勢で、真っ直ぐこちらを見ていた。長い髪を花飾りなどでとめており、恐らく一、二歳年下かと思われる令嬢達だろうとは察した。


 目を引くような美貌ではないが、なんとも可愛らしい顔立ちをした随分華奢な女の子達である。怖々とこちらを見据えていたが、彼女達がどうにか意気込むように少し目をつりあげたのを見た時、私は、ついでに鼻まで押さえていた。


 頑張ろうとする女の子の表情の変化って、最高だと思う。


 まだ幼さの残る白い頬が、緊張で薄らと上気する様子に、その肌の柔らかさを想像して震えた。これ以上の妄想を止めるべく、私は左手を背中に回して、自分の脇腹をつねって懸命に意識をそらした。


 どうやら、女の子達はこれ以上の距離を縮めるつもりはないらしい。私としては助かるけれど、それはそれで少し残念な気も――


「あのッ、エミリア・バークス様でしょうかッ?」


 ピンポイントで名前を呼ばれ、私は、だらしなく眉尻が下がるのを感じだ。どうにか「そうですけれど」と冷静を装って答えたのだが、自分が思っている以上に緊張感が緩みまくったひどい声が出た。


 とはいえ、その返答が柔らかいものだったおかげか、女の子達はもう少しだけ勇気が湧いたらしい。回廊の壁から半分ほど身を乗り出して、次々に話を切り出した。


「この距離で失礼します! わ、わわわたくし達は、ラディッシュ・カスター様のファンクラブの者ですわッ」

「バークス様とカスター様のお噂は、かねがね聞いております」

「その、お噂で、バークス様が個人的にお付き合いをされるかもしれない軍人の方々と、楽しく過ごされている事も……」

「ですから、カスター様に少しの想いもないのでしたら、今すぐ縁を切って欲しい、と思いまして……」


 彼女達は委縮しつつも、それぞれ必死に言葉を振り絞っていた。


 その可愛らしい様子が脳を直撃して、私は、話の内容が全く頭に入ってこないでいた。オウム返しのように「ファンクラブなのねぇ」「私は楽しく過ごしているわねぇ」とそれらしい言葉で相槌を打ちながら、鼻血が出そうな予感に、とうとう両手で鼻を押さえていた。


 そんな緩みまくった表情で鼻と口許を手で覆う私を見て、なんと思ったのか、幼さの残る令嬢達が、おどおどと慌てた様子で言葉を続けた。


「ずっと縁を切って頂くとか、そういうのではないのですわッ」

「お二人が幼馴染として仲が良い事は、見ていて存じておりますから!」

「ただ、結婚への想いがないのも、お噂で聞いておりまして……」


 三人の令嬢が、頼るように一人の令嬢へと目を向けた。緊張しつつも、しっかりとした性格を示すような淡いエメラルドの瞳をした少女が、隠れる事をやめて一歩を踏み出した。



「カスター様に想いがないのでしたら、婚約を解消して頂いて、少し距離を置いて欲しいのです」



 真摯に訴える令嬢の眼差しを受け止め、そこで私はようやく「縁を切る」といった言葉が認識出来た。数分の間に聞かされた話に含まれているキーワードが、徐々に思考へ浸透し初めて――ハッとした。


 というか待って、ファンクラブ? 奴にはファンクラブまであるの!?


 なんと羨ましい。学院生時代には私にもファンらしき人がいたけれど、全員が後輩の男子生徒で「舎弟にして下さいッ」という暑苦しい筋肉メンバーだった。応援して見守るでもなく、剣を教えて欲しいと日々勝負を挑んできた筋肉野郎共である。


 まず、舎弟ってなんだよ、と常々思っていた。チクショーこの差は一体――


 って違う、今はそこじゃない。


 私は、彼女達から言われた言葉を再度確認すべく、記憶を手繰り寄せた。デレデレしすぎてすっかり理解力が萎んでしまっていたが、思い返すと、これはかなり真剣に耳を傾けなければならない内容のような気がする。ラディッシュの誕生日が迫っているのに、婚約が続いているから彼女達は私に――


 しかし、私の冷静さはそこで途切れた。向こうにいる四人の女の子達の瞳が唐突に潤んで、頭の中で形になり始めていた話への理解把握が、ほぼ九割壊滅する勢いで吹き飛んだのだ。


「でもッ、バークス様はいつもまっすぐで、剣も強い恰好良いお方でッ」

「実をいうと私達、学生時代からずっと隠れファンをやっておりましてッ」

「幸せになって欲しくて応援してもいるのに『愛がない婚約』だからッ」

「「「「ただの噂だから勘違いだったらすごく失礼だしッ、……だから婚約破棄してとも強く言えないのも事実なんですぅううううう!」」」」


 令嬢達は突然ぶわりと泣き出し、走り去っていった。



 私は事態が呑み込めず、しばし茫然としていた。動きの悪くなった思考の中で、「婚約破棄」「解消」「ファンクラブ」「縁を切る」「距離を置く」という言葉がぐるぐると渦を巻く。



 どうにか話を整理しようとしたが、そこで私の思考回路が限界を超えて、プツリと焼き切れた。だって、どうであれ私は今、「女の子を泣かせてしまった」のだ。


 ラディッシュとは婚約破棄だけでなく、縁も切らないといけない、……らしい。


 怒涛のように混乱が押し寄せて、訳も分からず涙腺が緩んだ。とても今すぐに一人で解決出来る問題ではなくて、咄嗟に浮かんだのは、この時間をゆっくりと過ごしている同士達の存在で――


 私はこぼれ出す涙にも気付かないまま、猛然と駆け出していた。

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