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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第五章【命の水 白き器】
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第十八話【夜更けの密会】


 晩餐会が終わった後、俺とチノ、ウルスラ、アンフィビアン卿の四人で話し合いの場が設けられた。


 書斎はそれほど広いというわけではなく、屋敷の奥まった場所にひっそりとあった。他の部屋と比べてドアは分厚く、窓が高い位置にあるのは、ここが密会に用いられることが前提に作られたからだろう。


「バルよ、扉の前で見張りをしておれ」


「はっ、承知しました」


 座り心地の良いソファに腰かけると、執事のセガールが飲み物を運んできた。


「子供たちは眠ったかしら?」


「はい。ですが、レイモンド様は自室にて学習に励んでおられます」


 アンフィビアンは軽く頷き、やや目を細める。


「そう、あの子も熱心ね・・・飲み物ありがとう、下がって良いわ」


「はい」


 セガールが部屋を後にすると、書斎に残った俺たちは飲み物に口をつけた。


「夜も更けてしまうからのう、本題に入るとしよう。卿よ、米が上手くいったとして、どの程度戦える?」


「米が栽培できるようになるまでに5年。その頃の帝国は完全に教会勢力に掌握されていると考えて良いでしょう。周辺諸侯たちをどの程度こちら側に付けることができるかが鍵となるでしょう。幸運なのは、我が領地の背後には海があるのではさまれる心配をせずにすむことですね」


「うむ、問題は強力な個の脅威にどう対応するかじゃな・・・」


「個の脅威?」


 二人が会話中であったが、聞きなれない言葉が出てきたため聞いてみることにした。


「わからぬか? この帝国もちろんの内外に色々と厄介な存在がおるんじゃよ、たった一人の力で都市どころか、小国を滅ぼせる力を持った者たちがな。帝国に仕える聖騎士たち、教会側には七人の枢機卿に十二聖人司教か、身近なところじゃと、卿に妾自身もそうじゃな」


「それじゃあ、チノもその中に?」


「当然じゃ、チノアに宿る古き神は妾に匹敵する最高戦力じゃな」


 その時、締め切られた部屋であるはずなのに、風が頬を撫でる。そして、隣で縮こまって固まっていたチノが深くソファにもたれかかり、無作法に脚を組んだ。


「言うではないか小娘。ヌシのような童がワシに並ぶと?」


「え、チノ?」


 突然の変わり様にチノの顔を見ると、その瞳は紅く染まっていた。


「久方ぶりじゃな古き神よ。妾の力、試してみるか?」


「構わぬぞ、この都が塵芥になることを良しとするならばな」

 

 背筋が凍りそうな空気の中で二人が言葉を交わした途端に、扉が勢いよく開いた。


「殿下っ、ご無事ですか!」


「あぁ、すまんなバル。少しじゃれただけじゃ、持ち場に戻ってよいぞ」


「ですが・・・」


 まだあどけなさの残る少女の横顔には、確かな凄みがあった。


「妾は、戻れと言ったぞ」


「・・・失礼しました」


 バルサルクは不服そうな表情ではあるが、一礼して戻っていった。


「ふん・・・あの馬鹿に似ず、良い配下ではないか。もうちっと大事にしてやらんか」


「奴は妾のものじゃ、どう扱おうと妾の勝手じゃ」


 ボルテ・チノアの言葉に少し不機嫌そうなウルスラはそっけなく答えた。


「で、主らはワシとカズヒサに何をさせたいんじゃ?」


「それは私から説明させてもらっても良いかしら?」


「かまわん、手早く済ませよ」


 無礼なボルテ・チノアの態度に対して、アンフィビアン卿は特に気にしている様子もなく話し始めた。


「カズヒサちゃんには昨日言った通り、米の生産と、白磁器の量産ね。私の領内にある川と街道の詳細が乗っている地図を持ってこさせるから、どこに貯水池を作るべきか考えましょう」


「わかりました」


「ボルテ・チノア様には、この大陸に散らばる古き神たちと同盟の確約をとって頂きたいのです」


 それを聞いた途端、ボルテ・チノアは嫌だという感情をその顔面で表していた。


「こちらの勢力の中にいる古き神は、あなた様とバーサーカーの二柱のみです」


「いや、無理じゃろ。ワシらは、ほぼほぼ喧嘩別れじゃぞ?」


「そこで、カズヒサちゃんの出番なのよ。他の神たちもあなた様のように、遥か昔に人と交わり子をなして生活に根付いている。そして、現在はその子孫たちが帝国を隠れ蓑にした教会からの圧力に苦しんでいるわ」


「つまりヌシは、それをこの小僧と解決して和解の足掛けにせよと?」


「その通りよ。千年を越える昔の仲違いを、この時代で終わらせてくれないかしら?」


「・・・うーむ、わかった・・・考えてやらんでもない」


 そう言ってチノは立ち上がると、扉に向かって歩き始めた。


「お、おいチノ、どこに行くんだ?」


「ふっ」


 ボルテ・チノアは怪しい笑みを浮かべて扉を開けると、そこに立っていた男を軽く小突く。


「なーに、こやつと語らって来るだけじゃ。良いか、帝国の王女よ?」


「・・・かまわん」


「ほれ、主の許しが出たぞ」


 明らかに不服であると言いたげな表情でウルスラが了承すると、ボルテ・チノアはバルサルクの手を取るのを見せつけてドアを閉めた。


 閉められたドアからウルスラへ目線を向けると、明らかにその表情にはドス黒い殺意の感情が滲み出ていた。


 それからは、俺の持つ米生産の技術をどの程度モングール族に継承できるのか、白磁器の生産体制の詳細、そしてチノと大陸中の亜人族の地を回る時期について大まかに話を進めた。


 セガールに地図を持って来て貰い、どこに貯水池を形成するか、どこから稲作を開始するのか考えて居たところ、外から爆発音が轟いた。


 流石にアンフィビアン卿も顔色を変え、三人で慌てて外へ出る。すると、庭園の一部の芝が剥がれ、くるぶし程度に地面が抉れていた。その中に向き合った二人が仁王立ちで立っている。


「けっ、千年で腑抜けてるかと思えば案外変わんねえな」


「はっは、ヌシの方こそ馬鹿力ろ堅牢さは健在じゃな」


 何やら良い笑顔を向けあっているが、夜中に迷惑極まりない。


「いや、お前ら何やってんだ!」


「あ? 見りゃ分かんだろうが」


「何って、和解じゃが?」


 悪意も悪気もないと見て取れる、あっけらかんとした顔を向けられたらこれ以上、何も言う気になれなかった。


「あ、そう・・・ってお前、手から血が出てんじゃねえか!」


「ん? あぁ、これか?」


 ボルテ・チノアは自らの拳を見つめると傷から血が滴っているのに気が付いたようだ。


「こんなもの怪我の内にも入らんわ」


 ふっ、っと傷に息を吹きかけるとあっという間に、血が蒸発し開いていた傷が塞がっていった。


「ほれ、見事なもんじゃ、イヘヘッ!」


 自慢げに怪我を治したボルテ・チノアの頬を思いっきり引っ張った。 


「な、何をするか!」


「お前、その体はチノのだぞっ! 治せるからってやって悪いことがあるだろ! っていうか、喜ぶことをしてやれよ」


「はぁ・・・興が醒めたの。おい王女に領主よ、この馬鹿とは和解できた。他の戯けたちとも話ぐらいはしてやる」


「ということは、協力してくださると?」


「あぁ、何度も言わせるでないわ。その脳筋戦闘狂に任せては拗れるだけじゃからの」


 ボルテ・チノアは気怠そうに答えると、俺へ身体をもたれさせた。


「カズヒサよ、ワシの身体を支えよ」


「は? いきなり何だよ?」


「これは、ヌシの言うところのやって良いことじゃぞ? ワシはもう寝る、じゃあの・・・」


 カタンと電池が切れたように、チノの身体は伸張していた関節という関節から力が抜けて倒れ込んできた。


「うぉっ! あっぶね!」


 ギリギリのところでどうにか踏ん張り、チノを落とさずに済んだ。


「ったく、もう少しで俺の腰が砕けるとこだったぞ」


 態勢を整えてチノを抱きかかえると、この世界に来てすぐに抱きあげたことがあったが、以前より背も伸びて重たくなっているように感じた。


 あの時の幼い少女も・・・いや、今でも十分に幼いが、ちゃんと成長しているのだなと感慨深い気持ちになった。


「まぁ、大まかな話は決まったしのう、チノも眠ってしまったし、今日は解散するとしようか?」


「そうですね、異論はありませんわ」


 ウルスラの提案にアンフィビアンは頷くと、話し合いはお開きとなった。


 チノを抱いたまま、月明りを頼りに野営地へ戻ると皆はもう寝静まっているのか、とても静かだった。


 簡易的なゲルの入り口は狭いがどうにか中へ入り、チノを寝床に寝かせる。このまま寝てしまっても良かったが、料理をしているときに汗をかいてしまったため、寒いが身体を拭こうと井戸へ向かった。


「あー、冷めてぇ・・・」


 冷えた水で手拭を濡らし、固く絞って身体を拭く。


「明日は食料の買い付けに行って、帰る準備をそろそろやんねえとなぁ」


 そんなことを考えていると、後ろから一人分の足音が聞こえた。


「あ、悪い起こしちまったか?」


 チノを運び入れた時に音がしてしまったのだと考え、謝りながら振る変えると、そこには見覚えのない男の子が立っていた。


「あ、あの! カズヒサさんですよね?」


「え、あ、あぁ、そうだけど。君は?」


 問い返された男の子は、意を決したように唾を飲み込むと口を開いた。


「僕はレイモンド・・・レイモンド・アンフィビアン・グレンと申します」


「っていうことは、アンフィビアン卿の?」


「は、はい、そうです。あ、あの、お願いしたいことがあって屋敷を抜け出してきたのですが・・・その・・・」


 モジモジしてどうしたんだろ? あ、もしかして異世界人ということを卿から聞いてサインが欲しいのかな? 最近はこっちの言葉の読み書きができるようになってきたから、全然大丈夫だぞっ☆ などと、アホ満開なことを考えていると、ありえない言葉が俺の脳裏へと投げ込まれる。


「どうか僕を、モングールの村へ連れて行ってくれませんか?」


「・・・えっ?」


 突然の出会いと唐突な願いがぶつかって、俺の思考は一度完全に停止してしまった。

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― 新着の感想 ―
[一言] もう半年以上続編を待っています。早い執筆をお願いします。
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