第十六話【買い付け】
宝飾店から出たその足で俺たちはすぐに市場へと向かった。
人で賑わう食料品を扱う市場に正午を過ぎていた。立ち並ぶ屋台からは肉の脂の焼ける良い匂いがこれみよがしに放たれており、俺たちの胃袋を激しく誘惑してくる。
「なぁ、カズヒサ・・・あそこん屋台ん飯、がばい美味そうっちゃけど・・・」
ゾンが指差した屋台は肉の串を売る屋台だった。
「もう昼時だしな、それじゃ俺とハワルで買い出しと、帰りの分の食糧の発注しに行ってくるから、皆で屋敷に残ってる奴等の分も買って帰ってくれ。先に食ってていいからな」
「え、おいだけ飯選べんとや?」
先程から通り過ぎる屋台に目を奪われていたハワルが抗議をする素振りを見せるが、面倒なため無視をする。
「ほい、これが金な。ちょろまかされんなよー」
「おう、まかしとけ」
「はぁ、お前らぁ・・・あーくそ、わかったさ。ばってん、せめてあの屋台の鶏のあぶり焼きば買っとってくいろ。いや、ほんなごて頼んだけんな!」
数枚の銀貨と通行証をゾンに渡し、半ばあきらめた様子のハワルを連れて職人街へと向かった。
一年も俗世から離れていると、購入しなくてはならない物がたくさん出てきてしまう。無理な開墾をしたせいで道具もへたってきてしまっているため、その手入れに必要な用具や、壊れてしまった分の補充。そして、成長して働けるようになった子供たちのために道具を買い足さなくてはならない。
「で、どの工房から入るとや? 役場から買ってこいって言われとるやつの沢山あるやろ?早う回らんぎ店ん閉まっばい」
「いや、今日は工房には行かないんだ。少量なら工房でも良いんだが、今回は大量の注文だろ?工房じゃなくて組合に直接買い付けに行くんだ」
「ふーん、そいぎ行こう。早う行こう。ばってん・・・組合ってなんや?」
色々な都市や町を巡る流浪の民であれば知っていると思っていたが、どうやらモングールは組合との取引は行っていなかったようだ。いや、帝国に組合の制度があるだけで他の国にはないのか、それともハワルが買い出しを担当していなかっただけなのか、まぁどうでもいいか。
「あーそうだなぁ、鍛冶屋っつても剣、槍、斧とかの武器を作るところもあれば、鉄鍋とか包丁とかの調理器具作ってたり、釘とか金槌もそうだ。これを一つの工房で作ってたら効率が悪いだろ?」
「おー、確かにそがんやな」
「だから、鍛冶屋ごとに作ってるものが違う。職人たちはそれで良いかもしれないが、客はそういうわけにもいかない。この都の住人なら歩いて鍛冶屋を回れば良いが、大量に買い付けを行う上に荷馬車で動き回る行商人だとそうもいかないだろ? だから、鍛冶屋を取りまとめて、客からの注文を一手に引き受ける組合ってのがあるんだ。まぁ、生産調整とか色々あるんだろうけど、その辺は考えなくていい」
途中からハワルがアホな顔になってきたため、説明を打ち切ることにした。
「おい、しっかりしろハワル。さっさと終わらせて飯食うんだろ」
「あ、そうやった」
一年前とは違い、文字が読めるようになったおかげですぐに鍛冶屋の組合を見つけることができた。というより、職人街の入り口に組合の建物があった。
「レトリア鍛冶商工組合・・・まんまだな」
やはり帝都と都市の規模が違うため、職人たちが立ち上げた団体ではないようだ。アンフィビアン卿の名の下に運営されている組合と考えた方が良いだろう。
簡素ではあるが天虎の装飾が施されている手触りの良い真鍮性の取っ手を引き、建物の中に入ると筋骨隆々のおっさんではなく、上品とまではいかないものの、清潔感のある白いワイシャツを着たおじ様が、普段は飲み食いしているであろう机の上に書類を広げて忙しなく羽ペンを動かしていた。
「おや、いらっしゃい」
こちらに気が付いたおじ様が羽ペンをインク壷へ戻し、椅子から立ち上がって歩み寄ってくる。
「ははは、領主様からの急な依頼があってね、ここ最近は下男の子たちが職人の元に出払ってるんだ。ろくなもてなしもできず、すまなないね」
「い、いえ、突然お邪魔したのはこちらですから」
「今、お茶を用意しますので好きな場所におかけになってお待ちください」
俺とハワルは窓際にある机に座って待っていると、お茶の良い香りとともにおじ様が戻ってきた。
「口に合うと良いんですが」
そう言って出されたお茶は澄んだ琥珀色をしていて、純白のティーカップに良く映えている。空いたトレイを近くの机に置き、俺たちの正面に座った。
「改めて、私はレトリア鍛冶商工組合の組合長を務めさせて頂いております。ゴダート・ヒルドブランドと申します。お二人は当組合をご利用されるのは初めてですね?」
「はい。我々は昨年カースド大森林へ移住したモングール族の者です。私はカズヒサ、隣の者はハワルと申します。以後、お見知りおきを」
「これはこれは、ご丁寧なご挨拶を。いやはや、普段は粗暴な職人たちの相手をしているため、慣れませんな。それでは、今回はどのような商品をお求めですかな?」
穏やかで紳士的な語り口調でとても話しやすく、細身な体格も相まって威圧感を感じさせない雰囲気だ。だが、よく見るとシャツの袖の下にはうっすらと筋が張っていて、その拳にはいくつもの古傷が刻まれ手の皮は厚い。まさに職人の手という様相だった。
「我々が住む土地は人里から遠く離れており行商も来ないため物資の補給が困難です。なので、購入したい品目が多いので目録を持参しました、目を通して頂けますか?」
「もちろんです。拝見します」
「用意することが難しい品があればおっしゃってください」
「お心遣い感謝いたします。失礼、見積を出すためにこちらの商品目録と紙とペンを用意します」
そう言ってゴダートは作業をしていた机から、取り扱っている商品の目録と思われる分厚い本、そして紙とペンを持ってくる。すると、本をめくりながら白紙の羊皮紙にペンを走らせ始めた。しばらく退屈な時間が続きそうなため、紅茶に手を伸ばすと、紅茶の香りが鼻腔を擽り、口に含むと蜂蜜とレモンの風味が口に広がった。
「これは美味しいですね」
「はは、普段は妻が淹れているのでもっと美味しいんですが、あいにくアンフィー・・・失礼、領主様が突然言い出した仕事ので職人たちが昼夜関係なく動いているものですから、一人身の者たちは家に帰っても食事がありませんので、夕食の買い出しに出ているのです・・・」
じっと見つめているのもなんなので、俺たちは見積もりが出るまで店内に飾ってある職人達の作品を見て回ることにした。壁一面に展示されている商品からするに釘から鎧まで何でも揃うといった雰囲気だ。
「おいカズヒサ、あがんとどがん奴が振り回すっちゃろうか?」
「俺なら持った瞬間、肩が脱臼するだろうな」
カウンターの上に固定されている大剣は、側面から見ると見たこともない分厚さで、明らかに数十キロはあるであろう重量感は威圧感へと変質している。。
「ははは、実はその剣は片手剣なんだよ」
「「え?」」
普通、どんなに重くとも剣と言えば五キロを越えることはまずない。これを片手で使う者がこの世に存在するという事実に、笑っているゴダートと大剣を何度も視線がいどうする。
「良い反応をしてくれますね。その大剣を作ったのは私なんですよ。自画自賛ですが、見栄えが良いでしょう?だから当商会の名物にしようという話が出ましてね。発注者は予備だというし、しばらく使う予定が無いなら整備してやるから置かせてくれと頼んだんですよ」
そんな話をしているうちに見積りが出たようだった。
「大変お待たせいたしました。ご所望の品は全て当組合で揃えることができます。金額ですが二十ゴルを越えております。お客様は初めてのご利用ですので一括でのお支払いとなりますが、よろしいでしょうか?」
「えぇ、問題ありません」
「二日程で商品を揃えることができます。受け取りはどうなさいますか? 運賃が必用となりますがお運びすることもできます。お代はレトリアの中であれば下男の給金と荷馬車代で五シル程です」
今は懐に余裕があるため、金で時間を買うことにした。
「では、領主様の屋敷まで運んでい頂けますでしょうか? 我々は納税月の間、庭をお借りして寝泊りをしているのです」
「なるほど、そうだったのですね。ではそのように手配致します」
「高額な取引ですが、保証金はどうしましょうか?」
「領主様が信頼されていらっしゃるようですので構いませんよ。今後ともレトリア鍛冶商工組合を御贔屓ください」
その後、少しの談笑を交えてお開きとなった。
そして、食料品店を数件と薬屋を回って俺たちは、食材が入った麻袋を抱えて領主の屋敷へと戻った。
「お、待っててくれたのか」
「こいが無かぎ、お前ら入られんやろうもん」
通行証を持っていない俺たちのために、ゾンは衛兵が立つ門の側で待っていてくれたようだ。
「チノが二人ば待てって言うたけん、皆は飯ば食わんで待っとる。急いで戻っぞ」
「はは、チノらしかにゃあ。皆に悪かけん走れカズヒサ」
「自分の飯が残ってると分かった途端これかよ。走んのは良いけどそれ、姫様と領主様が食うやつだから落とすなよ?」
そう言った瞬間にハワルは全身の毛を逆立ててピタリと動きを止めた。
「お、おい! そがんことはもっと早う言えさ!」
「日頃から食材はもっと丁寧に扱えば良い話だろ。ほら行くぞ」
こうして俺たちは遅い昼食にありつくことができたのだった。
教員採用落ちたので
ボチボチ復帰します。




