第十四話【マクベンからの言伝】
あの怖い怖い狼から逃げるように二度寝をして目を覚ますと、時計の長針が一周くるりと回っていた。
チノと顔を洗いに行き、炊事当番が作った朝食を食べに行く。今日は村の小麦で作ったパンと、野菜と燻製肉のスープだった。
相変わらず代り映えがしない献立だが、日本での朝食もほぼ毎日が米と味噌汁だったのだから大差ないか。
最初に来た頃は羊肉の臭みが鼻に突いたが、今では気にならなくなった。今日も今日とて飯がうまい。
スープを飲んでいる時、ボソリとチノが呟いた。
「ねぇカズヒサ、なんか今日のスープ薄くなか? あんま味のせんっちゃっけど・・・」
「うぐっ」
どうやら、あの素晴らしい神様は約束を違えなかったらしい。今後は、保育園で習った仏の教えと同格に扱っていこうと決心した。
まぁ、その教えはほとんど忘れてしまっているのだが。
「き、昨日は少し冷えたからなぁ。風邪でも引いたんじゃないか?」
「うーん、でも別に身体は怠くなかし、鼻も詰まっとらんとさいねぇ・・・」
その後も鼻をヒクヒクさせて料理の匂いを確かめては、チノは首をかしげるのだった。
「さーて飯も食ったことだし、今日やることを消化しないとなぁ」
今日はベスティメンタ商会に分割にした代金の受け取りと、毛織物を卸しに行かなくてはならないのだ。それが終われば市場に行って今日の会食で使う食材の調達だ。
「おーい、ハワルー!」
「おう、荷物の準備はできとる。馬ば繋げばいつでん出られっぞ」
今日荷車を引いてくれるのはハワルの馬で、ブラシをかけていた主人が背中を軽く叩くと、穏やかに鼻を鳴らして甘えるように頬ずりをする。
「そんじゃ俺は他の奴等を呼んでくっから、荷馬車を外に回しといてくれ」
「あいよー」
そう言って軽く手を振り、気が抜けた返事をしたハワルはブラッシングに戻ったのだった。
荷車の整備や、馬の手入れをしていた者たちの手を止めさせ、残りの作業を留守番する者たちに引き継がせて門の外に出ると、荷台に座るハワルが既に待っていた。
「悪いな、少し待たせたか?
「いんにゃ、おいも今ついたとこぞ。そいぎ行くか」
ハワルは背中を預けていた荷台から身体を起こすと、手綱を軽く振るって荷馬車を徒歩程度の速度で動かし始めた。
大金を運ぶということもあり、護衛の人数も当然増えてくる。いつもなら、腕っぷしの面で頼りにならないナマルとウウゥルも頭数のために連れてくるところだが、今回はお留守番である。
チノを連れてきてもよかったが、責任者不在というのも良くないので留守番組の監督者という名目で残ってもらった。まぁ、諸事情のためにあえて連れてこなかったというのが正解なのだが。
一番栄えている通りに店が構えられているおかげで荷馬車で混雑することもなく、二つ目の門を抜けて十分とかからずベスティメンタ商会のレトリア支店に到着した。
荷馬車を店の前に止めるとすぐに若い男から声をかけられた。
「お久しゅうございます。皆さまのご到着を心よりお待ちしておりました」
その顔に見覚えがあったが、一年前に一度しか聞いてない名前など思い出せるはずもない。
「えーっと、確か・・・」
「ははは、改めて自己紹介させて頂きます。私はエディ・マートンと申します。帝都本店に居りますマクベン・ベスティメンタより皆さまのご対応をと命を受けております」
「なるほど。では、さっそく商品を見て頂いても?」
「もちろんでございます。商品の検品は商会の者たちが行いますので、カズヒサ殿は私と応接室で手続きをお願いいたします」
「わかりました。ハワル、ゾン、荷卸しの手伝いを頼めるか?」
契約では五ゴルだが、それ以上の商品が荷車に満載されているため運ぶだけでも一苦労だ。見張らせるだけでも構わないが、これからも長い付き合いになるため、少しでも印象が良い方が良いだろう。
「おう、よかぞ」
「難しか事はわからんけん、そっちは任せる」
「そんじゃ、頼んだ。では、行きましょう」
荷下ろしを皆に任せ、俺とエディは応接室に向かった。
艶のある木のテーブルを挟んで、革張りのソファに腰かける。
「それにしても、沢山持ってこられましたねぇ。この商館の金庫の中身で足りると良いのですが」
「ははっ、その言い草では全て引き受ける気満々じゃないですか」
「おや、バレてしまいましたか」
軽い談笑の中で木箱に収められていた羊皮紙が取り出され、テーブルの上を滑らせて渡される。
それは空白の多い契約書だった。
「これは?」
「見ての通りです。モングール族によって持ち込まれた商品は言い値で買い取る。これが、我らの主の意向です」
その一文と、マクベンの記名、押印されただけの羊皮紙。
「では、この商館にある全ての資産といったらどうなるのでしょうか?」
「我々は主の意向に従うだけですから」
エディはニヤリと笑うと、インクと羽ペンを手渡してきた。
ここで無茶苦茶な要求をすれば今後の付き合いは無くなることだろう。マクベン氏もそれを織り込み済みなのだろう。
「では、こうしましょう」
羊皮紙の空白にペンを走らせて、エディに返す。
「ふふっ、ではこの契約書とお持ちいただいた商品を預からせて頂きましょう。こちらは、昨年の絨毯の代金百ゴル。こちらの五ゴルは、先ほど結んで頂いた契約に基づいて今回預けて頂く商品の保証金です」
大きく膨らんだ革袋と、小さな革袋が螺鈿の装飾が施された木のトレイに載せて渡される。
「両替とかってできますか?」
「すみません、今回は両替の準備ができておりません。この商館にある資金は今お渡しした代金の他には、平時の運営資金しか用意していないのです」
「やはり、今回の契約に落ち着くことをマクベン氏は読まれていたようですね」
「はい、でないと私のような若輩者がこのような大金が動く商談に使わされたりしません。主には学んで来いといって送り出されております」
どうやら俺は掌の上に居たようだ。
「では、本題に入りましょう」
「へぁ?」
唐突に訳の分からないことを言われたため、変な声が出てしまった。
「え、本題?」
「はい。必ずお伝えするようにと、マクベンより申し使っております」
にこやかな表情が変わらないということは、それほど重たい話ではないだろう。
「それで、どのような?」
「帝国税務官であらせられるフランツ殿が我が主を訪ねられました。その際に、カズヒサ殿に関する情報を伏せるようにとのことでした」
「俺に関しての?」
「はい。どうやら、王宮に最近雇われた女がカズヒサ殿を探しているとのことです」
まったく身に覚えがないだけに困惑してしまう。
「どうして俺なんかを?」
「私も人伝に聞いただけですので詳しいことは分かりかねますが、どうも王宮では医術師として雇われている女のようで、本来であれば王宮に仕える医術師であればそれ相応の報酬が約束されるのですが、それを受け取らずにある条件を出したようなのです。
「その条件ってのが?」
エディは頷き、すぐに言葉を続けた。
「カズヒサ殿の捜索です。フランツ殿はカズヒサ殿と関わりのある我々に口止めをしに来たようでした。先ほど軽口を叩きましたが、今回ここに来たのも帝国でカズヒサ殿を応対したのが私だったからです」
「なるほど・・・ちなみに、その女の外見ってわかりますか?」
「若い女で、カズヒサ殿と同じ黒髪だったようです。各地より多くの商人が出入りする帝都ですので珍しくはありませんが、黒髪が比較的多い東の方の者ではないかとのことでした」
嫌な予想をしたが、恐らくそれは流石に違うだろう。
「何はともあれ、お気を付けください」
「そうですね、気を付けます」
その後は、帝都の近況や物の相場について話してお開きとなった。
書く時間が無くて本当にすみません。




