第十二話【タランの願い】
「私とモクシはラドバルク領の片田舎にある人牛族の村に生まれた。先代の領主も中々に酷い政治する男だったが、私たち家族は貧しくも幸せに暮らすことはできていた。だが、その息子が継いでからは酷くなる一方だった。
増税に継ぐ増税によって亜人のみならず人々の生活すら困窮に瀕していた。
軍は容赦なく税を徴収していく。払えなければ強制的に労働を強いられ、拒めば見せしめに殺される。
後で知ったのだが強制労働で命を落とす者も多く居たらしい。農閑期が終われば帰ってきていた者たちも次第に帰ってこなくなった。
食べる物が無くて、あの頃はいつもひもじくて、周りでも弱い者たちから倒れ始めた。
私たちがこんな状況に陥っているのに、人の村で餓死した者が出なかったんだ。そのことが亜人たちを激怒させた。
村の大人たちが頻繁に集会を開くようになった。若くして村長を務めていた私の父は、最後まで蜂起することに反対していた。
そんな時、モクシが倒れた。私は一生忘れることはないだろう、弱々しく倒れるモクシを抱きかかえるあの日の父の顔を。
他の亜人族の村々と話は通じていて、あとは、人牛族が首を縦に振れば蜂起を開始する手筈だったらしい。
父は、春には戻るから、待っていてくれ。と言って男たちを引き連れて村を出ていった。これが父と交わした最後の言葉だ。
僅かな食料を私たちに分け与えていた母が倒れるまでに時間はかからなかった。
冬の野山に入って食べれる物を探す日々が続いた。だが、冬の野山に食べれる物など限られている。採り尽くすのは簡単だった。
狩れる動物も姿を見せなくなった。食べられる野草やキノコも無くなった。倒れた朽木の中に居る虫は不味かったけど、食べると飢え死にせずに済んだ。
母は食べれる物も食べれないほどに衰弱して、何も言い残すこともなく朝になったらこと切れていた。
母は、私が取ってきた物をちゃんと食べていると思っていた。でも、それを全てモクシに与えていたことを私は後で知った。
それで、私はモクシを口汚く罵ったことを覚えている。本当にすまないことをしたと今では思う。
動かない母に二人で縋って散々泣いたあと、飢えで取り返しのつかないことをしてしまう前に母を燃やした。
私は十一歳、モクシは九歳で親を失った。だけど、どこの家も同じような状況だった。助けを求めることなんてできない。
春は遠かった。でも、それでも春は来てくれた。
だけど遅すぎた。もう限界だったんだ。食べ物を取りに行く気力もなく、二人で毛布に包まって死ぬのを待っていた。その時、家の扉が開いた。
父が帰って来たのだと思った。だが、そこに立っていたのは父ではなく人だった。
動けない私たちを物のように荷車へ載せる時、一人の男が言った。
馬鹿な亜人どもは無謀な戦いを挑んで一人残らず無駄死にしたと。
涙も出なかった。ただ、早くこの心臓が止まることを祈ったよ。
そして私たちには食事が与えられた。今思えば食事と呼べるものではなかったが、たとえそれが家畜の餌に劣る物であったとしても、当時の私たちにとっては御馳走だった。
あれほど望んでいた食べ物が今更与えられて、望んだ死が取り上げられてしまった。それが悔しくて、悔しくてたまらなかった。
それから私たちは奴隷になった。相変わらず飢えていたが死なない程度に餌が与えられた。死のうと考えたがモクシを残しては死ねなかった。
港町に付くと、大きな船に載せられた。中は亜人だけでなく人の奴隷も多く載っていた。船に乗るとき、エルシアに奴隷として売り飛ばされたら辛い仕事をさせられ、二度と故郷の土を踏むこともなく死ぬと奴隷商に嘲笑れたのを覚えている。
暗い船室の中に押し込まれ身動きは取れなかったけど、船が大きく揺れて出港したのが分かった。
しばらくすると、外が騒がしくなって悲鳴が聞こえた。海賊に襲われたのだと狭い船内で大人たちが話していた。
外が静かになるまでにそれ程はかからなかった。固く閉ざされていた扉が開いた時、眩しくて何も見えなかった。
そして、一人の男が入ってきた。
「海賊じゃないから安心しなさい。辛かったでしょう? 奴隷商たちは皆殺しにしたわ。あなた達は自由よ」
それが私たちと領主さまの出会いだった。
その二年後にラドバルク家が滅ぼされた。その間、領主様の下で衛兵見習いをしていた私たちは、正式に衛兵として働くことになった。
形式上、元ラドバルク領は復興のために領主様が統治していることになっている。だが、実際は領主様の力が増すことを恐れた聖光教が、荒んだ領民の心を癒すという大義名分の下で統治という名の搾取を行っている。亜人を嫌う聖光教に実権を握られては、私たちは故郷に帰ることができない。
気がつけば、故郷での畑仕事より、衛兵として剣を振るった時の方が長くなってしまった。
この命があるのも、不自由なく食べることができているのも全て領主様のおかげだと分かっている。それでそれでも、私は故郷に帰りたいと思ってしまう。
領主様の統治のおかげで、表立った迫害を受けることは無い。だが、それでも私は息苦しくて辛いんだ」
話の半ばから嗚咽交じりに声を震わせていたタランは、深く深呼吸をすると顔を上げて、涙をこぼす瞳をこちらへと向ける。
「なぁ、カズヒサ・・・分不相応なことと知りながら、願い続ける私は・・・愚かだろうか?」
頬から滑り落ちた涙は、シーツに落ちて淡く滲んだ。




