第十一話【寒い部屋の二人】
交易の拠点というだけあって、どこの宿も満室だった。ようやく見つけた宿も部屋は一つしか空いておらず、いつの間にか背中の上で眠ってしまったタランと一夜を同じ部屋で過ごすことになってしまった。
野宿というのも考えてみたが、この寒さで外で寝るのは危険だ。この世界で風邪をひいてみろ最悪命を取られかねない。
狭い上に暖炉も無く寒い部屋だ。当然、ベットは一つだけ。
金を出したのは俺だが仕方がない。タランをベットに寝かせ、追加で貰った毛布をに包まって床に転がる。
「うぅ寒ぃ・・・羽毛布団とは言わないが、せめて綿が入った掛布団が欲しいとこだな」
毛布の中を早く温めるために身体をくねらせて摩擦熱を発生させる。
「んぅ・・・ここは?」
「宿だっての。タランが泊まるって言ったんだろ」
「確かに・・・そんなことも言ったか・・・?」
しばらく沈黙が続き、寒さを感じつつも緩やかに眠りに落ちようとした時だった。
「・・・寒くはないか?」
「・・・寒い」
ベットが軋む音。それに続いて足音がして、水差しからグラスに水が注がれる音がする。
小さな吐息が漏れ、グラスが机に置かれる。
来ていたローブを脱いだのだろうか、布の擦れる音が耳を擽ると足音がベットに戻ってきた。
しかし、どうしたことかベットの軋む音が聞こえない。すぐそこで立ち止まったということは、俺の足元に立っているということだ。
その状況のまま再び沈黙が空間を支配する。寝たふりをして一分が経過した時、何か意を決したかのような短い溜息が吐き出される。
「・・・起きてるだろう?」
どうやら寝たふりは看破されていたらしい。きっと、これ以上の芝居を続けても意味がないだろう。
「まぁ・・・起きてるけど」
「そうか、なら動かないで」
「え?」
急に襲う浮遊感。気が付いた時にはベットの上だった。
「い、いきなり何すんだ?」
「振るえるほど床は寒いんだろう? 掛布団は一つしかないんだ。それに、お前の毛布も重ねれば十分に温かくなる」
「いや、流石に不味いだろ」
「凍えるより、私と同衾した方が幾分かマシではないか?」
そう言って掛布団を上にかけられると、有無を言わさずにベットへ潜りこんできた。
「ほら、温かい」
「・・・っ」
タランは俺の背中に抱きつくように腕を回すと、柔らかい物が背中に当たる。
それと同時に高速で思考が巡る、巡る。
で、でかい!その上、超柔らかい! え、さっきよりデカいんだけど。背負った時はさらし巻いてたってこと? ていうか、よく鎧の中にこれが入るな!
そして、思考は一つに集約していく。
お●ぱい! お●ぱい! お●ぱい! お●ぱい! お●ぱい! お●ぱい! お●ぱい!
「心臓が騒がしいな。やはり、亜人と床をともにするのは・・・怖ろしいか?」
なぜかそう問われた時、俺は悲しくなってしまった。俺の腹に回されたタランの手が震えているのは寒さのせいだろうかと考えてしまったからだ。
「俺は・・・これでも健全な男子なんだ。そんなデケー胸を当てられたら刺激が強すぎて心臓も騒ぐわ」
「そうか・・・亜人である私をお前は女として見てくれるんだな」
回されている手に力が籠められて強く抱きしめられる。
「お、おい・・・ったく、そんな卑屈にならなくてもいいだろ? 俺は、別に怖いなんざ思っちゃいない」
「ならば、お前の目には私がどう映っているというのだ?」
その問いはまるで、自分という存在が化け物にでも見えて居るかのようだった。
「どう映ってるか・・・そうだな、小さいくせに力が強いから全部自分で背負い込んじまう、大酒喰らいで赤毛の髪がキレイなのに自分に自信がない女の子。それがたった数時間で俺が知ったタランだ」
「・・・」
「自分は亜人だからって卑屈になるなよ。せっかく可愛い顔してんだから、笑えば良いんじゃねえかな。怖い顔で威圧したら相手だって怖い顔になるよ。だから、まずは笑おうぜ?」
「笑うか・・・難しいな。久しく笑うなんてことがなかったから、笑い方を忘れてしまった。また、お前のと飲む時までに練習しておこう」
壮絶な人生を歩んできたのだろう。きっと、俺なんかが笑えなんて簡単に言って良いはずがないのだ。だが、俺にはそれしか言えなかった。
「なぁ、頼みがあるんだ」
「どうした?」
タランは、一度深呼吸をして口を開く。
「カズヒサ・・・私を抱いてはくれないだろうか?」
「え? え、え、え、えーと、だ、だ、抱きしめるということでしょうか?」
「い、言わせるな。その、なんだ、私だって女・・・なんだぞ」
やばい、この誘惑は童貞には強すぎる。っていうか何だこの状況は? 冷静に考えてみてもおかしすぎるだろ。チノに何て言い訳すりゃ良いんだ? いや、なぜここでチノが出てくる?
既にというか、数分前から息子は元気さんになっている。つまり、息子が元気さんなのに俺はあんな聖人みたいなことを言っていたと考えると超恥ずかしい。どうしよう、罪悪感で死にたくなってきた。
寝返りをうってタランと向かい合ってみると、ローブ越しでは大人びた印象だった顔がどこか幼さが残る顔に見えた。
「・・・ごめん。俺はタランを抱くことはできない」
「そうか・・・無理を言ってすまなかったな」
タランの顔が曇り、落ち込んでいるのが手に取るように良く分かった。
「いや、違うんだ。本当は俺だってやれるもんならやりたい。俺の息子だって臨戦態勢に入ってる。だけど、どうしても裏切ることができない奴が居る。そいつは、いつも一人なんだ。望んでもねぇのに強い力を持っちまったせいで皆に畏れられてる。傲慢かもしんねえけど、俺が居なくなっちまったら、あいつは本当に独りぼっちになっちまう」
「・・・」
「まぁ、だいたい想像はついてるだろうけどさ、そいつも亜人なんだ。耳と尻尾がいつも動いててさ、そのせいで嘘も付けないんだぜ? すぐに顔に出るくせに、あの馬鹿の笑顔をみるのにはすげー苦労させられた・・・きっと俺は、卑屈で、意地っ張りで、頑固なチノのことが・・・好きなんだ」
きっとこんな臭い言葉は、今日初めて出会ったタランだから口に出せたんだと思う。
「そうか・・・それは、すまないことをしたな」
「ははっ。こんな聖人みたいなこと言ってっけど、美人のお誘いを断った後悔は半端ないんだぜ?」
「ふふっ・・・その言葉で私は救われた」
窓から月の光が差し込む。そこにあったのは笑顔とは言いきれないものの、初めてみたタランの穏やかな優しい顔だった。
「優しい顔もできんじゃねーか」
「そうか?まぁ確かに、こんな穏やかな気持ちになれたのは久しぶりかもしれないな」
そう言うとタランは再び苦々しい顔に戻る。
「確か、お前は記憶を失ったんだったな。私も記憶が失えば、お前のように笑えるだろうか? なんてな、気を悪くしたならすまない」
「思い出すのも辛いことくらい分かってる・・・でも、聞かせてくれないか。何がタランを苦しめているのかを・・・簡単に口にして良い言葉じゃねえけど、俺はタランの力になりたい」
少しだけ、タランは戸惑いの表情を見せた。
「・・・長い、長い話になる」
顔を伏せたまま、タランはポツリ、ポツリと言葉を紡ぎ始めた。




