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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第一章 草原の月 狼の少女
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第八話【帝都での買い物Ⅲ ~空腹の少女~】

第八話【帝都での買い物Ⅲ ~空腹の少女~】



 ゲレル達と合流し、俺達は城壁をくぐって納税所に訪れていた。

 敷地内に入ると昨日と同じ荷下ろし場に案内されたため、監視をゲレルに任せて俺とチノはフランツの待つ執務室に向かった。


「これは、これは、お早いご到着でしたな。先程部下より、王立農場へ税の家畜が収められたという報告を受けております。さぁどうぞ、楽におかけください」


「はい、お心遣い感謝します」


 チノは部屋に入る前に脱いだ帽子を鞄にしまって、俺と一緒に応接用のソファに腰かける。

 それとほぼ同時に、忙しなく滑らせていた羽ペンを机の置いて羊皮紙に印を押すと、数枚の羊皮紙を手にフランツは座っていた椅子から立ち上がり、机を挿んだ正面のソファに腰を下ろした。


「お待たせしました。えー、こちらが今年度の納税完了証明書になります。どうぞ族長殿、こちらをお納めください」


「は、はいっ······!」


 チノは羊皮紙を受け取ると、鞄の中から木箱を取り出してその中へと納めた。


「では、こちらが来年納めて頂くことになる、納税品の一覧になります。来年度からは生産するものが変わりますので、納税の方法も点数制に変更させて頂いておりますので。ご確認ください」


 そう言って机の上で渡された羊皮紙を手に持ち、確認している体を装ってフランツに質問した。


「点数制というのはどんな制度なのですか?」


「羊皮紙に提示してある通りです。品目は自由、主に小麦、芋、野菜、家畜、などの食料品、他にも一定の水準さえ超えていれば酒類の嗜好品、需要があるであろう一部工芸品も税として納めることを許可しています」


「なるほど······納める品目ごとに点数が決まっていて、価値が低いものほど量が必要になってくるということですね」


「えぇ、その通りです。小麦は中樽一つで一点。大麦やライ麦などは大樽一つで一点。白芋などは大樽と中樽ぞれぞれ一つずつで一点としています。それを大人一人当たり五点、子供は一人につき二点を人数分納めて頂きます」


「丁寧なご説明ありがとうございます。品目はこちらの羊皮紙に書いてあるもの以外でも構わないのでしょうか?」


「それはできません。ただ、一度こちらに納めて頂いて、それが税として徴収するに値するか我々が判断し、次年度からの納税品一覧に追加した上で許可を出しています」


「分かりました。ありがとうございます。納税は王都の方へ?」


「いえ、納税はその地の領主に願います。カースド大森林は確か······グラン辺境伯の領地でしたね。領地内に入りましたら、こちらの書類をグラン辺境伯にお渡しください」


 差し出されたのは、封蝋で丸められた羊皮紙だった。


「お預かりします。そういえば、カースド大森林までの道案内をしてくださる方を紹介していただけるとの事でしたが······?」


「おぉ、そうでしたな。すぐにお呼びしましょう」


 フランクは一度立ち上がると、作業用の机の上に置いてある呼び鈴を数回鳴らした。

 すると、十秒と経たないうちにノックが鳴り、フランツの返答と同時にドアが開かれる。


「お呼びでございますか?」


「えぇ、待たせてある彼を呼んで来て貰えるかね?」


「かしこまりました」


 短い会話が終ると、入ってきた男は出て行ってしまった。

 数分後に再びノックの音が鼓膜を擽り、ドアは開かれた。


「失礼します」


 凛とした声と共に、部屋の中に入ってきたのは小柄な金髪の少年だった。


「ずいぶんと待たせてしまって悪かったね、クリストファー君」


「いえ、そんなことはございません。フランツ様」


「では、私の隣に座りなさい、君をお二人に紹介します」


「はい、かしこまりました」


 静かに歩き出した少年は一礼し、フランツの隣に腰かけた。


「彼は、クリストファー・クルス。帝国税務局の若きエースです。これまで各領地へ税の回収を担当しており、帝国内の道に精通しています······そちらに座られている女性が、モングール族の族長、ボルテ・チノア殿だ。クリストファー君、ご挨拶を」


 フランツからの目配せを受け取ったクリストファーは、笑顔を作ってチノと顔を合わせた。


「始めまして、クリストファー・クルスと申します。今回のカースド大森林までの案内をさせて頂くこととなりました。よろしくお願いします」


 爽やかな笑顔と、差し出される掌をまじまじと見て、チノはオズオズと手を握り返した。


「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 握手を終えたクリストファーは、俺の方を見てフランツに問いかける。


「えーと、隣の方は······?」


「あぁ、彼はカズヒサ殿と言って、訳あって記憶を無くして、助けて貰ったモングール族の方々と共に行動していらっしゃるんだ」


「そうだったんですね。カズヒサ殿、よろしくお願いします」


「どうも、よろしくお願いします」


 クリストファーから差し出された掌を握り返し、簡単な挨拶が終った。


「今後の予定についてなんですが、モングール族の皆さんは何日後に帝都を発つことが出来ますか?」


「それについては、僕が答えましょう。我々は帝都内で必要な物品を揃えてから出発する予定なので、三日後の朝に出発することができると考えています」


「かしこまりました。では、三日後の日の出前に皆さんが待機している城壁の外で合流するということで構いませんね?」


「えぇ、そうして頂けると助かります」


「では、その手筈で行きましょう。それでは、ボルテ・チノア殿、カズヒサ殿、三日後の朝に再びお会いしましょう。お互いに長旅の準備が必要でしょうし、僕からはこれくらいにしておきますね」


 そう言って話終えたクリストファーは、フランツの方を向いて一度だけ頷いた。


「それでは、この辺でお開きに致しましょうか。ボルテ・チノア殿、カズヒサ殿、またお会いできる日を楽しみにしております」


 白々しい言葉にチノは意外にも笑みを浮かべて頷き、落ち着いた声で答えた。


「はい、期待に応えられるごと努力しますけん、見とってください」


 その答えにフランツは一瞬呆けた顔になったが、すぐにいつも通りの笑みを浮かべていた。

 こうして提示された品目の全てを納め終えた俺達は、フランツとクリストファーに見送られて納税所を後にしたのだった。



 商店街に戻り、ある程度の金を持った俺とチノは、ゲレル達に荷馬車に残す金と大量の布の監視を任せて、再び商店街へと歩き出した。


 最初に用があるのは金物屋だ。一応モングール族にもやじりや武器を作る程度の製鉄技術はあるようだったが、一から炉を作る暇も、大量の鉄鉱石を運ぶスペースも無いため、仕方なく鉄器商人もしくは職人から買い付ける必要があった。


 行き交う人に道を尋ねてみると、露店街の通りを過ぎたところから鉄器職人の工房が立ち並んでるとのことだった。

 両側に所狭しと並ぶ、露店から発せられる誘惑に苦しみながら歩いていると、あることに気が付く。


「なぁチノ、昨日この辺を歩いた時に鎧を着た奴らなんて居たか?」


「いや、おらんやったと思うばってん······でもあれは帝国騎士やね。何かあったとやろうか?」


 チノが騎士と呼んだ者達は、商店街を歩いていると至る所で忙しなく動き回っている姿が目に着いた。


「面倒ごとに巻きまれるのは御免だ。帽子を取るんじゃねぇぞ」


「うん、気を付けるけん」


 俺の言葉にチノは、被っていた帽子を深く被り直したその時だった。


「ほうっ! そなたの銀色の髪は美しいのう!」


 不意に背後から聞こえた声に、俺とチノは同時に振り返る。するとそこには、金色の長い髪を赤いリボンで一つに纏めた少女の姿があった。


 背丈からして、チノの二、三歳ぐらい下といったところだろうか?


「服も見たことない物じゃ! ふむ、刺繍が凝っておって素晴らしいぞ!」


「えっ、ちょっ、いきなり何なすっとねっ? や、やめんしゃい!」


「そう嫌がるでない。ほほう、これは中々······」


「いやっ、本当に、やめっ!」


 少女は遠慮無しに、チノの長いスカートを掴んで刺繍を眺め、一方チノは状況が全く掴めないまま、捲れ上がりそうになるスカートを涙目になりながら必死に押さえつけていた。


「こ、これは······悪くないな」


 無邪気に戯れる少女と、時折見えるスラリと伸びた白い足のチラリズムに思わず息を飲んだ。


「ちょっと、カズヒサ! 黙って見とらんで······早う助けんしゃいさ!」


「えー、もう少し様子見しても······」


 返答に対して見せたチノの鋭い眼光に、俺は思わず口を噤んでしまった


「わ、分かったって! おいチビッ子、離れてくれ。チノが困っているだろ?」


「何じゃお主は? この娘の連れかの?」


「あ、あぁ。まぁ、そんな所だ。それでチビはどこの誰なんだ? 着てる服も見るからに上等そうだし、裕福な商人か貴族の娘か?」


 こちらを見つめている少女が身に纏う衣服は、町を歩いている人々とは違って、明らかに高価な物だった。


「そ、それは言えぬ。それよりお主! この妾にチビと言ったな!」


「いや、実際にお前はチビだろ?」


 チビと呼ばれた少女は怒りで顔を歪めながら喰らい付いてきた。


「ま、また言ったな! お主······良い度胸をしておるようじゃな」


「お、おい叩くな、わかったから、もうチビって呼ばねえから許せって!」


 少女は怪訝そうな表情で俺の顔を見つめると、疑り深い口調で問いかけてきた。


「その言葉は本心か?」


「そうだよ、だから許してくれって······あー、そのなんだ。何て呼んだら良いんだ?」


 唇を尖らせたままの少女は、少し悩んだ顔をして口を開く。


「ウルスラ······妾のことは、ウルスラと呼ぶが良い」


「それで、ウルスラちゃんは俺達に何の用があるんだ?」


「これ、ちゃん付けするでない。妾はただのウルスラじゃ······お主らには特に用は無かったのじゃが、そちらに居る娘の髪があまりに美しくてのう、思わず声をかけてしまったのじゃ」


「そうかい、それなら俺達はもう行くぞ。悪いけど急いでるんだ。気を付けて帰れよー」


 実際に急いでいるのもあるが、何よりも俺が持つトラブル感知センサーは、この少女に対して強い反応を示していた。


「何呆けてんだチノ? ほら、さっさと行くぞ」


「う、うん」


 俺は遠い目をしているチノの肩を叩いて声をかけると、間抜けな返事が返ってきた。


 そのままその背中を押して歩くように促し、この場を去ろうとした時だった。


「うっ······まだ何か用があるのか、ウルスラお嬢さん?」


 後ろからコートの裾を軽く引っ張られていると感じ、首だけで振り返って背後に居る少女に問いかける。


「······今日は、その、いつもより厳しくて······使ったことない道を通って来たから······それに」


『ぐうぅぅぅぅぅ······』


 みるみる内に真っ赤に染まっていく少女の顔。


「何だお前、腹減ってんのか?」


「違う! い、今のは決して妾のではない! 高貴な存在である妾がそんなはしたない音を立てる訳―――」


「いや、どう考えてもウルスラだっただろうが」


「だから違うと言っておるであろう!」


 お互いに引かぬ言い合いをしているその時だった。


『ぐぅぅぅうぅぅうぅ······』


 突然、鼓膜を擽った空腹の音色に、俺とウルスラは言葉を失い、キョトンとした顔で互いに見つめ合った。


「ほーら、やっぱりウルスラだったんじゃないか!」


「ち、違うぞ! 今のは妾ではない! 一度目と明らかに音の大きさが違ったではないか!」


「じゃあ誰だってん、だ······よ?」


 そうウルスラに言いながら俺は、ある可能性に気が付き、チノの方へと目を向ける。


「うぅ······」


 するとそこには、服の裾を握り締め、顔を赤らめながら俯くチノの姿があった。


「チ、チノ気にすんなっ······って、一度目はお前なんじゃねえか!」


「し、仕方ないであろう! 抜け出す時に金銭の類を一切持ち出せなかったんじゃ!」


 俺の言葉に激昂したウルスラは服に掴みかかって来たため、その手を引き剥がそうと少女の肩を押す。


 その時、俺は周囲の人々から冷たい視線を向けられていることに気が付いた。

 年の離れた男が、声を荒げて縋りつく幼気な少女を無理矢理に押し退けようとしているのだから当然である。


「わかった、わかったよ! 飯くらい食わしてやるから騒ぐなって!」


「本当であろうな! 男に二言は無しじゃからな?」


「二言無しだ! だから離れろうっとおしい!」


 ようやくウルスラを引き剥がすことに成功した俺は、若干息を荒げてチノの方へと顔を向ける。


「チノも腹減ってんだろ? その辺の露店で何か買って食おうぜ?」


「うちは別に······!」


『ぐぅぅぅぅぅ』


 否定の言葉と同時に、チノの腹から空腹の鐘の音が鳴り響く。


「一緒に飯食いに行くだろ?」


「············行く」


 酷く紅潮さた頬と、一文字に固く結んだ口。


 俯く少女は肩を震わせながら、か細い声で答えたのだった。

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