第九話【乾杯】
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お茶会が終了し、セガールに屋敷の外まで見送られる際、門を自由に越えることがで
きる木札を渡された。
「通行許可証を二枚渡しておきます。衛兵に見せて頂ければ自由に行き来ができます。複数人で外出される際は人数を控えますので、全員揃ってお戻り下さい」
「わかりました。ありがとうございます」
玄関でセガールにお礼を言って訓練場へ戻ると、話し込んでしまったせいか昼食が終わっていた。
「もどったぞー」
「あ、おかえりー」
「おい、二人とも帰ってくっとの遅かけん、皆食い終わらいたぞ」
大鍋を洗っているナマルとウウゥルに声を駆けられる。
「悪いナマル、思った以上に話し込んじまった。まぁ、茶菓子食べたから俺たちは気にしなくて良いよ」
「えっ・・・」
微かな声が聞こえたため振り返ると、明らかにがっかりな表情を浮かべる少女が一人。
「う、うちも・・・お茶菓子食べとるけん、お腹空いとらん」
明らかに強がりな言葉。それ以前に、チノは緊張のあまり固まっていたため、茶菓子にほとんど手を付けていない。
「族長、ちゃんと飯は取っとうですけん、そがん顔せんでください!」
「お、おいチノ! 取ってあるってさ! あっちで一緒に食べよう」
「う・・・うちは別に」
「ほらカズヒサ、早うこいば持ってけ!」
大鍋を洗っていた手を止めて、別にされていた皿をウウゥルに渡される。
「お、おう! あんがとな! 残すのも悪いしあっちで食べようぜ!」
「う、うん・・・」
こうしてチノと遅めの昼食を取り、ここまで荷を引いてくれた馬の手入れや、ベスティメンタ商会に卸す毛織物の確認と荷車への積み込みを行っていたら日が暮れてしまった。
「うっし、あとは明日になったら馬を繋いで持っていくだけだな。」
食事班の方を見ると列ができていることから、どうやら晩飯はできているようだ。
「おいチノ、腹減ってるか?」
「え、うん。まぁ、もうすぐ夕食やし」
「じゃあ、俺の分も食べといてくれないか?」
大食か・・・食べ盛りのチノなら二人分くらい簡単に食べることができるだろう。
「えっ、どっか具合悪かと?」
「いんや、別にどこも悪くない。ただ、ちょっと外でやりたいことがあってな、遅くなるから先に寝ててくれ」
「そいぎ、うちも一緒に」
「いや、夜に皆だけを残していくわけに行かないからな、悪いけど残っててくれるか?」
まぁ、チノを連れて行けないのは別の理由があるわけなのだが、実際問題、夜間に責任者が居ないのはまずい。
「そ、そう。ばってん何ばしにいくと?」
「一年間も俗世と離れた生活してたからな、酒場を回って帝国とその周辺諸国の情報を集めにな」
今日のお茶会でアンフィビアン卿と世間話をしたが、領主目線と一般市民の目線では見えてくるものもちがうだろう。それに交流場である酒場に行けば行商人も居るだろうから、良い話も聞けるかもしれない。
「一人で危なくなか? 誰か連れて行ったほうがよかっちゃなか?」
「いや、酒を飲みなれてない奴を連れてっても酔いつぶれるのが目に見えてるからな、背負って帰るはめになりそうだし今回は一人で行くよ」
「そうね・・・そいぎ気を付けて行かんばよ?」
シュンと耳が垂れているが、子どもを酒場に連れて行くわけにもいかない。今回は残念ながらお留守番していてもらおう。
一応ハワルたちに事情を説明し、セガールに渡された証明書を衛兵に見せて外に出る。
夜の街へ繰り出す解放感を味わいつつ、衛兵に聞いた酒場が並ぶ通りへと向かう。
「にしても、飲みに行くなんて久しぶりだなぁ!」
情報収集を大義名分としているものの、実際は飲んでストレスを発散したいだけである。この世界に来て一年、人生において最も禁欲的な日々を過ごしてきた。そして、モングールの食糧問題を解決し、納税を完遂した今、これ以上に溜まりに溜まったガスを抜くタイミングがあるとは思えない!
金は自分で稼いだものが十分にある。皆には悪いが、今日は味の濃い物を食べて、美味い酒を飲んで楽しもう。いや、はっちゃけよう。
「おぉ、店はけっこうあんだな」
衛兵が飲み屋街というだけあって、かなりの数の飲み屋が立ち並んでいる。胸を躍らせながらその通りに入ると、一軒の店が目にとまった。
「どこも繁盛してっけど、あそこが客入りが多いな」
『酒の舞』と書かれた看板が掛けられているだけあって、中に入ると巨大な酒樽が出迎えてくれた。
「いらっしゃい!」
「一人なんだけど大丈夫?」
「かまいやしないよ! お一人さんは向こうで空いてる席に好きに座ってくんな!」
女将と思しき活気のある声に出迎えられ、言われたとおりに空いている席に向かう。かなり繁盛しているせいで、座れる席は店員に声が届きにくい壁際しか空いていなかった。
「あの、ここ座ってもいいですか?」
一応、正面に座っているフードを被った人物に一声かける。フードから角が出ていることから、亜人であることが推測できた。
「かまわない、好きに座るといい」
「ど、どうも」
ハスキーな声ではあるが、十中八九女性であることは間違いないだろう。
「あの、今日この町に来たばかりなんだけど何か」
「お前のことは知っている。たしか、モングール族のカズヒサといったか」
突然言葉を遮られ、俺の名前が呼ばれて身構えてしまう。
「え、何で俺のこと?」
「人が亜人と行動を共にしているのは珍しいからな」
「えーと、どちら様でしたっけ・・・?」
フードの中を覗くと、どこか見覚えのある顔があった。
「関所では愚弟が長話をして悪かったな」
「あぁ、あの時の隊長さんか」
目の前に座っていたのは、関所を越えるときに筋骨隆々な弟をボコっていた女隊長さんだった。鎧を脱いだせいか、小柄なだけでなく華奢な印象も加わる。
「えーと、弟さんはご無事で?」
「ふん、あれぐらいでどうにかなる程あの馬鹿はやわじゃない」
そう言って顔よりも大きなジョッキを傾けて、中身を一気に飲み干した。
「ふぅ・・・お前も飲みに来たんだろ、注文しないのか?」
「そ、そうですね・・・じゃあ、隊長さんのおすすめってあります? この辺の食物も酒も知らないんですよ」
この先、会話が生まれないと苦しくなりそうなため、当たり障りのないことで話かけてみることにする。
「・・・酒はまずエールを飲め。料理は肉も魚もうまい。だが、せっかく海の近くに来たんだ。魚を食べたらどうだ」
若干の沈黙があり、こちらを伺い見定めるような視線を向けられたものの、的確なアドバイスをもらうことができた。
「そうなんですね、じゃあ・・・おねえさーん! 注文お願いしまーす!」
「はーい! ただいまー!」
空になったジョッキを厨房へ運んでいたの若い猫耳の店員が横を通っていったので注文をお願いすると、すぐに戻ってきてくれた。
「お待たせしましたぁーっ! ご注文をお伺いしまーす!」
どうやらこの世界での猫耳娘は語尾にニャンとは付けないらしい。まぁ、チノたちもワンと言わないのだから当然と言えば当然か。
「えーっと、料理はクロダイの香草焼きと、エビの油煮。あと、ハマグリの酒蒸しをお願い」
「はーいっ! お飲み物はどうします?」
「そんじゃあ、エールをひと」
そこまで注文したところで目の前の空になったジョッキが目に入った。
「いや、やっぱ二つで。一つは大きいのを」
「エール二つ、一つは大ですね。ご注文は以上で?」
「とりあえずそれで」
「それでは少々お待ちくださーいっ!」
猫耳娘は、木の板に木炭で注文を書くとパタパタと厨房の方へ走っていった。
「何のつもりだ?」
「ただのお礼ですよ。だから、そう身構えないでください」
そう答えると隊長さんは怪訝そうに眉を顰める。
「礼だと?」
「えぇ、美味しい料理の情報料です。隊長さんが居なければハズレを引いてたかもしれません。それに、店で美人と会ったら一杯奢るのが礼儀だと祖父に言われてますからね」
「ふん、口が上手すぎるのも考え物だな。胡散臭すぎる」
鼻で笑い、悪態を吐いて顔を背けられる。
「よかった。席を立たれる程臭いはきつくないようですね」
「・・・はぁ」
怪訝そうな顔は呆れた表情に変わったが、どうにか主導権は握ることができたようだ。酒を奢るのも、軽口を叩くのも全てはこれのため。
「お待たせしましたーっ! 料理はもう少しお待ちくださーいっ!」
泡の帽子をかぶったジョッキが勢いよく卓上に置かれ、一筋の白い泡が垂れ落ちる。
「ほら隊長さん、飲み物が来ましたよ。さっそく飲んじゃいましょう」
「・・・君は私の部下ではない。だから私を隊長と呼ぶのはやめたまえ」
「では、何とお呼びすれば?」
少しだけ間をおいて俯き、その小さな唇が微かに開く。
「・・・私の名はタランテーズ。皆にはタランと呼ばれていた。だから君もそう呼ぶといい」
酒が回ってきたのだろうか。俯いて、机を見ているはずのその瞳はどこか違う遠い場所を見ているかのようだった。
「それじゃあタランさん、せっかく美味しそうな泡が立ってるんです、飲まないと勿体ないですよ?」
「それもそうだな。領主様のお気に入りのご厚意だ、無下にもできまい」
その小さな掌には似合わない巨大なジョッキが軽々と持ち上げられる。
「早く君も持ったらどうだ?」
「あぁ、すみません。では」
「「乾杯」」
木がぶつかり合う独特の鈍い音。白い筋が互いのジョッキに走り、数滴の雫が机に滴り落ちていく。
エールを口に含むと泡が弾けて麦の香りが鼻を抜けていく。夕日に照らされて黄金色に輝く麦畑に、風が通り抜けて麦の穂を揺らす情景がありありと目に浮かんだ。
皆さんはどんなお酒が好きですか?
味は嫌いじゃないですが、残念ながらほろよいですら肝臓が拒否してしまいます。
ビールはアサヒ、キリンよりサッポロが飲みやすい気がします。
18歳未満の方は成人したら参考にどうぞ。
ちなみに私はお猪口一杯で寝てしますが鍋島が好きです。ぜひ、飲んでみてあそばせ。




