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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第五章【命の水 白き器】
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第八話【謁見】


 坂を上ってアンフィビアン卿の屋敷に向かうと、既に執事長のセガールが門の前で待っていた。


「族長殿、カズヒサ殿、お久しゅうございます。カースド大森林の開拓を成し遂げられたとのこと、心よりお慶び申し上げます」


「お久しぶりです、セガール殿。祝いの言葉感謝致します」


 人見知りのチノが固まってしまうのが目に見えていたので、代わりに挨拶を済ませる。


「我が主より、皆様をご案内するようにと命じられております。どうぞ、私の後に追続きください」


 広大な庭を分断する石畳の道を抜け、通されたのは兵士たちの修練場だった。


「納税月の間は警備を強化していますので使用されておりません。芝が痛みますので馬はこちらでお放しください。また、煮炊きもこちらでお願いします。あちらに井戸がございますので、飲み水や煮炊き用としてお使いください。夜は土が冷えますので天幕は、庭の芝の上に設営して頂いて構いません」


「何から何まで感謝いたします」


「いえいえ、我が主の大切なお客様ですので、おもてなしするのは当然でございます。本来であれば客室をご用意したいのですが、それが叶わず心苦しい限りです」


 この巨大な屋敷であれば六十名程度を宿泊させることは容易だろう。だが、領主にも世間体というものがある。領民にとって領主の屋敷に宿泊するということは、一生の語り草となる程に名誉なことだ。つまり、新参者のモングールが領主の屋敷に滞在したとなれば、不満に思う者たちも出てくることだろう。


「そんな、我々だけが特別な扱いを受けるわけにはいきません。それに、領主様の庭を開放して頂いただけでも、我々領民にとって大変名誉なことですから」


 微かに目を見開いたかと思うと、すぐにセガールは元の表情へ戻る。


「あなたは、我が主のおっしゃる通り聡明な方のようだ。これからも我が主を盛り立ててくださいますよう。では、私は正面玄関でお待ちしておりますので、支度が済みましたらお声をおかけください。クリス殿、お茶を用意してございますので参りましょう」


「あ、ありがとうございます・・・では、お二人とも僕はこれで。また後程お会いしましょう」


 そう言い残すとセガールとクリスは、この場を後にした。


 後続の者たち全員が修練場に着いたことで、一度集まって仕事を割り振る


「ハワルは何人か連れて馬に水と餌ばやって。ゾンは荷台から煉瓦ば降ろして、竈の組み立てばお願い。ナマルとウウゥルは薪運びと食事の準備ばしんしゃい。他んもんたちは、乗ってきた荷馬車から馬ば放して、自分たちのゲルば建てんしゃい」


 一年前の大移動の時は、ゲレルが指示出しをやることが多かったが、今回の遠征では、どことなく貫禄が出てきたチノが立派に果たしていた。


 人は成長するものなのだなぁと、感慨深くその横顔を見ていたらチノが戻ってきた。


「何ばボーってしよっと。急いでゲルば建てて、献上品ば持って領主様のとこに行くばい」


「あ、あぁ、そうだな。じゃあ、俺がゲルの組み立てをやるから、チノは献上品の準備を頼んで良いか?」


「うん。そいぎ、そっちは任せたばい」


 必要な物を荷車から降ろし、ゲルの設営を進める。久しぶりに組み立てをするが、慣れたもので、迷いもなく素早く終えることができた。


 寝床となる毛皮の敷物と毛布、あとは暖を取るための焼け石を入れるバケツを、木の板の上に置けば完成となる。


「こっちは終わったぞー。手伝うことはあるか?」


「ううん、こっちもこれで終わりばい・・・っと!」


 試作品のタイルやレンガ。絨毯などの各種の毛織物。そして、昨年は馬を献上したため、煌びやかな模様が刻印された鞍など、様々な品が台車に載せられている。


「さすがに絨毯が乗ってたら押しにくいだろ?」


 載せられてはいるが絨毯の幅が広いため、バランスを崩すと転げ落ちてしまうのが目に見えている。土汚れが付いては一大事であるため、これだけは持って運ぶことにした。


「うん、ありがと」


 正面玄関で待っているセガールと合流すると、すぐに数人の使用人が呼ばれ、俺たちが持ってきた献上品を、先にアンフィビアン卿と謁見する部屋へ運ぶ手配をしてくれた。


 クリスと合流して、前回も通された謁見の間に向かうのかと思っていたが、どうやら今回は違うらしい。謁見の間ではない理由が何となく分かってしまったため深くは聞かないでおくことにした。


 通されたのは中庭だった。中央へ向かうレンガで敷き詰められた道。その先は円形上の広場になっており、そこに置かれた長テーブルでシャツ姿のアンフィビアン卿と、クリスがお茶をしながら話をしていた。


 この寒い中をシャツで過ごせる筋肉に敬意を払おうとしたその時、冬の寒さが感じられないことに気が付いた。それどころか温かいまである。ふと、上を向くと空がガラスで覆われており、この中庭全体が温室になっていることに気が付いた。


「あら二人ともいらっしゃい。待っていたわ、さぁ座ってちょうだい」


 長机の上座に座るアンフィビアン卿と、その右隣にクリスが座っていたため、その正面に陣取って座ることにした。


 セガールに椅子を引いてもらい、席に着く。今回は音を立てることもなく着席することができた様子の隣を見ると、既に肩を高く上げてガチガチに緊張しているチノが居るわけなのだが、今回の謁見は俺の用事であるため、まぁ問題無いだろう。


「この子ったら、せっかくのお茶会なのに仕事の話しかしないのよ?ほんとになっちゃうわぁ」


「私はただ、領主様に決済業務を私に丸投げするのを、やめて頂きたいとお願いしているだけですよ」


 いつも通り冷静に返答はしつつも、珍しく困ったと言いたげな表情を見せるクリス。


「別に良いじゃない。あんただって、あたしが書類仕事苦手なの知ってるでしょ?」


「そんなの理由になりませんよ。私は帝都から届く書状の確認や報告、領内の貴族方とのやり取りで忙しいのです。これ以上、仕事を増やされては困ります」


「はぁ・・・まぁ、いいわ。チノちゃんと、カズヒサちゃんも来たことだし、本題に入りましょう。さっそく見せてもらうわ。セガール」


「はっ、ただいま」


 セガールは一礼し、白手はくてをはめた手を打って乾いた音を鳴らすと、それほど間を置くことなく、白い布が被せられた高級感のある台車の上に、献上品として持参したものが丁寧に並べられて仰々しく運ばれてきた。


 台車が違うだけでこうも見栄えが良くなるのかなどと考えていると、台車はアンフィビアン卿の手が届く位置で止まる。


「カズヒサちゃんが言っていたのはこれね」


 傍らに立つ従者に手で合図を送り、受け取ったのは磁器製のタイルだった。それをまじまじと目で観察した後、手に取ったティースプーンで軽く数度叩き、金属音のような高い音に耳を澄ませた。


 緊迫した時間が続く。音の次は光沢を、その次は手触りを。そして、とうとう断りもなくクッキーのように割って、その断面を確認する。


「確かに磁器製と言っていいんじゃないかしら・・・でも、大きな口を叩いていた割に品質が甘いようだけど?」


 アンフィビアン卿の問いを受けたとき、隣を見るまでもなく、青白い顔をしたチノがこちらを見つめているのが分かった。


 だが、この一連の流れや追及は想定していたため、特に問題は無い。


「アンフィビアン卿のご意見はもっともです。品質に関してですが、白磁器の製作には数週間単位の時間が必要となります。今回は急でしたので準備する時間が無く、あくまでも磁器と同質の物を作れることを証明するためにそちらをお持ちした次第です」


「そう。まぁ良いわ、私からの恩情を無視して全額納税をしたあなた達に免じて、不確定要素が残るけど信用しましょう。セガール、珪砂と鉛の手配をしておいてくれるかしら」


「かしこまりました」


 破片を従者が持ってきたナプキンの中に入れ、アンフィビアンは紅茶を口に含むと絨毯を指差して、従者に広げるように促す。


「まぁ、天虎ね。帝国の国獣だから式典で壁掛けとしても使えるわね」


 力強く羽を広げた二頭の天虎が、天へ向かって咆哮を上げる姿が織られた絨毯。素人目で見てもこの作品は素晴らしいと思う。それは、世界中の様々な品々を見てきたであろうアンフィビアン卿の目から見ても同じなようだった。


「それにしても見事だわ。本物と見間違えるほど天虎の毛並みとそっくりね、どんな染料を使っているのかしら?」


「外枠部分は羊毛ですが、天虎の部分は本物の毛です。今年の収穫期に天虎のつがいが村の付近に巣を作り、襲撃を受けたので仕留めました」


 そう説明したとき、チノは驚いた表情でこちらを向き、クリスの顔が強張ると同時に、アンフィビアン卿が纏う雰囲気が重圧に変化する。


「力の象徴である天虎を傷つけることは大罪であり、陛下に害を成すのと同義のなのだけれど、それは理解していたのかしら?」


「当然、大罪であることは理解しています。ですが、例えそれが尊き国獣であろうと、大罪であろうと、仲間の命を前にして、たかが獣一匹の命なんぞに天秤の針は振れません」


 臆することなくそう返答すると、中庭から張り詰めた重圧が消え去る。


「そう、覚悟はできているみたいね・・・ふふ、あっはっは! そう、天虎を倒したのねぇ。それはチノちゃんが?」


「いえ、チノの力は借りず、男衆全員の力を合わせて殺しました」


「あらまぁ、天虎の成獣を相手するなんて、帝国軍の数百の兵を相手にするのと変わらないでしょうに。そんな天虎と逃げずに戦うなんて、相変わらずモングールの男たちは勇猛果敢ねえ。それで、被害はどれくらい出たのかしら」


「被害は、牛が二頭だけで人的被害はありません。誘き出し、罠にかけて殺しました」


 アンフィビアン卿はそれを聞いて、感心したように頷く。


「一人の命も欠けることなく天虎を狩るだなんて、頼もしい限りだわ。陛下にこの件を報告しても処罰はないでしょう。でも、聖光教の者たちに知られたら厄介事になるのは目に見えてるから、この話は握り潰させてもらうわ。貴方たちも他言しないように。いいわね?」


「かしこまりました。寛大な処置、感謝いたします」


「良いのよ、私は益のない見せしめをする趣味は持ち合わせていないわ」


 これで天虎の話題は終わりと言わんばかりに、カップに残っていた紅茶を飲み干されたため、話題を変える。


「そういえば、以前お納め頂いた馬は元気にしてますでしょうか?」


「えぇ、それはもう。病気も怪我もしないし、健脚で賢く従順で文句なしの良馬だわ。今では私の息子のよき友であり、よき師となってくれているわよ」


 どうやら思っていた以上に献上した馬が良い働きをしてくれているらしい。持ってきた鞍を紹介するのに丁度良い。


「それは良かった。今回は、その馬に鞍を持ってきたのですが」


 モングール族に伝わる製法で作られた鞍には、矢避けのまじないが込められた刻印細工が施されていることを説明しようとした時だった。


「あら、懐かしいわ。私も昔ね、この鞍を作ってもらったことがあるのよ。今でも戦に出るときはその鞍を使っているわ」


 アンフィビアンは席を立ち、台車に載せられている鞍を鑑賞すると意味深に笑った。


「これ、チノちゃんが作ったでしょう?」


 突然声をかけられたチノは、耳をピンと立てて返事をする。


「は、はい、確かにうちが作ったとですけど、何でわからしたとですか?」


「ふふ、一目でわかったわ。だって、先代のボルテ・チノア・・・あなたのお母様と、チノちゃんの縫い目がそっくりだもの」


 その皮が厚く固くなった指先で愛おしそうに鞍の縫い目を撫でる。その目を細めたアンフィビアン卿の横顔はどこか悲し気に見えた。


「こんなに貰ってばかりじゃいられないわね。何か、お返しをさせてもらうわ」


「いえ、そんなつもりでは」


「そんなつれないこと言わないの。明日になったらお姫様と、あなた達の村でお世話になる騎士が帝国から帰ってくるから、紹介ついでに一緒に夕食をとりましょう」


 これ以上、チノに緊張感を味わわせるイベントは回避したいところだが、受け入れる住人の紹介とあっては無下に断われない。というか、それ以前に領主の誘いを断る度胸が俺にはない。


「では、お言葉に甘えさせて頂きます。私たちからもアンフィビアン卿に召し上がって頂きたい品があるのですが、お持ちしてもよろしいでしょうか?」


「・・・」


 返答がない。流石に帝国の重要人物だけあって、身分が低い俺たちがアンフィビアン卿が口にするものを出すのは不可能かと諦めかけたその時だった。


「・・・」


「あっ」


 その顔を見て全てを察した。というより呆れた。


「・・・アンちゃんに食べてほしいものがあるんですけど、持って来てもよろしいですか?」


 膝の上に置いてある掌が、関節の音を鳴らしながら拳に変わる。それと時を同じくしてアンちゃんの口角がつり上がる。


「えぇ、もちろん頂くわぁ! あなたたちが何を出してくるか楽しみにしてるわね!」


「はい、期待して頂いけたらと思います。必ずアンちゃんを驚かせてみせますよ」


「あら、えらく強気に出るじゃない? ふふ、面白いわ。世界中の食を知り尽くした私をあっと驚かせることができたなら、私の力が及ぶ範囲で二人が望むものを与えましょう」


 どうやら、アンちゃんは食への造詣が深いらしい。まぁ、よくよく考えると海運業で世界中の品が集まるのだから当然と言えば当然の話だ。


「今回は道化師を呼ぶような食事会じゃないから、丁度いい余興になるわね」


 余興にされるのはどうかと思ったが、お披露目という意味では悪くないのかもしれない。取りあえず俺が今やるべきことは、アンちゃんにおねだりする欲しい物を考えることだった。



新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

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[良い点] 明けましておめでとうございます。 本年も更新を楽しみに過ごさせていただきます。
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