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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第五章【命の水 白き器】
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第七話【税務官クリス】~やるべきこと、やりたいこと~



 この世界での辺境伯とは貴族の中でも最高位の爵位で、どちらかと言えば王に近い権限を持つ。その帝王より与えられた広大な領地の中で、配下の貴族に土地を振り分けて運営させ、上納金を受け取っている。


 レトリアは交易が盛んな港町であり、それら一切を取り仕切っているのが領主であるアンフィビアン・ドレーク・グレン辺境伯だ。


 元々、領都はもっと内陸にある別の都だったらしいのだが、海に面した土地の中で大陸側に凹んでおり、内湾で波の穏やかなこの地を海運業の中心地とするべく、ただの漁師町であったこのレトリアへ遷都したらしい。


 関所を抜けると、大型の馬車が何台も横並びで走れる程太い道が通っていて、立派な商館が建ち並ぶ街中へと続いている。その中には、帝都でお世話になったベスティメンタの看板もあった。さらに真直ぐ進むと、その終点にアンフィビアン卿の屋敷を囲う壁と、衛兵が守る関所とぶつかる。


 税を納めるのはこの関を越えた中にある倉庫街。この関所は外敵からの防衛という役割もあるが、どちらかと言えば中からの窃盗の防衛という側面の方が大きい。


 衛兵とまた同じようなやり取りをして中に入ると、やはり幅の広い整備された道が通っており、上りと下りで道が分かれていた。


 緩やかな坂道を上ると、海に面した高台に建つアンフィビアン卿の屋敷へ。下りの道を進むと倉庫街がある。


 今回は用事は無いが、さらに進むと港ががあり下り坂にさしかかると海が見え、数十隻の交易船がズラリと停泊しているのが見えた。


 荷下ろし場に到着し、村役場で作成した名簿を税務官に渡して納税の手順を聞き、指導の下で荷卸しの作業に取り掛かろうとした時、聞き覚えのある声に呼びかけられる。


「お久しぶりですね。チノさん、カズヒサさん」


「あ、クリスさん! ご無沙汰しとるです。元気にしとらしたですか?」


 去年の印象が素晴らしく良かったのか、帝国人とはまともに話すことができないチノが、めずらしく違和感なく会話が成立している。


「お心遣い痛み入ります。見ての通り、元気に仕事に励ませて頂いています。チノさんも、ご健勝のようで何よりです」


 手で胸を押さえてクリスはチノに一礼する。顔を上げた時のニコリとはにかむ穏やかな笑顔は、俺の中にあるイケメン測定器を意図も容易く振り切らせる。


 だが、奴は女だっ!と、心の中で叫び、心の平穏を取り戻す。


 男である俺が、微かに嫉妬心を抱く程にはイケメンであるクリスが女であるという秘密は、俺と恐らくアンフィビアン卿しか知らないことだ。


「カズヒサさんもご健勝のようで」


 にこやかな顔ではあるものの、何らかの威圧感を感じずにはいられない。 


「あ、あぁ。そちらもお変わりないようで何よりです」


 向けられるイケメンスマイルに、こちらも笑顔で返すが俺の顔が引きつっていたのは間違いないだろう。


「持ってこられた税の荷卸しですね。では、検品をお手伝いしましょう」


「そ、そんなクリス様のお手を煩わせるわけには、検品なら我々が・・・」


 担当してくれていた若い男性税務官が、オドオドとした様子でクリスに声をかける。 


「気にしないでください。書類仕事が一段落したので気分転換です。量も多いので手分けしてやりましょう?」


「は、はいっ! では、私は後列から検品してまいります」


 そう言って、男性税務官は走って荷馬車の列の後方へと走って行った。


 何となく・・・いや、ただ何となくなのだが、嫌な予感がしたため、念のために確認することにした。


「おい、クリス」


「なんだい?」

 

 他の税務官が近くに居ないため、敬語も使わずに声をかけると、ラフな返事が返ってきた。


「もしかしてだけど、偉かったりする?」


「ははは、そんな大したことはいよ。ただ、ここの最高責任者ってだけさ」


「・・・は?」


 結果を言うと、めちゃくちゃ出世していた。


 クリスの話によれば、俺が帝国の最高位の税務官であるフランツから預かった手紙の中身は、先日アンフィビアン卿が説明してくれたモングール族の秘密裡な取り扱いと、クリスの待遇についてのものであったようだ。


 端的に言うならば、各辺境伯たちが帝国に収めるべき税をちょろまかさないよう、帝国は監査官を送ることを決めた。そのため、アンフィビアン卿とは古い友人であるフランツが、クリスを最高責任者に据えたら都合が良いだろう? という趣旨が書かれていたらしい。


 そんな重要な手紙をフランツがクリスではなく俺に持たせた理由は単純だった。進退が

記載されている手紙を本人が持っていくと、偽造を怪しまれるからだそうだ。と、クリスは冗談っぽく笑っていた。


 検品が済んだ物から倉庫の中へと運び入れること二時間。荷役人が手伝ってくれたおかげで手早く終えることができた。


「品質も問題なく、不足分もありません。お疲れさまでした」


「良かったぁ。ばってん、足りんぎんたどがんなっとですか?」


「領主様が直接統治されてらっしゃるレトリア周辺の領民は、村に戻って不足分を納めるか、多少の割り増しで来年納めます。レトリアから離れた地域は、領主様の配下である貴族様方が統治してます。集めた税収の一部を現物又は金品で納めるのですが、不正が発覚すれば領地は取り上げですし、それに納税時には税務官が派遣されるので間違いは起こりませんよ」


 何とも的確な解答。既にその話し方にも貫禄というものが出始めている。


「それではチノさん、向こうの部屋で証明書を発行してますので、その控えをモングール族の代表として担当者と一緒に受け取ってきて頂けますか?」


「わ、わかりました!」


「カルロさん、付き添いを」


「かしこまりました。族長殿、ご一緒致します」


「は、はい! お、お、お願いします!」


 クリス以外の人に話しかけられたことにより、チノの耳がピンッと張る。これは、チノが緊張しているサインの一つだ。まぁ、こんなところを見なくても、ぎこちない話し方と、歩き方を見れば誰でも分かることだろう。


「その様子だと、無事みたいだな」


「えぇ、おかげさまで。それにしても、まさか本当に減免を受けずに納付を完遂するとはね」


 感心している風ではあるが、どうもこれは呆れている様子である


「今年は土地の力があったからな、大変なのは来年からだ。あ、なぁクリス」


「何ですか?」


「いや悪いんだけどさ、アンフィビアン卿に取り次いで貰えねえかなぁ。この間、白磁器の試作品を見てもらう約束はしたんだが、日取りを決めてなくてさ」


「良いですよ。それでは今から参りましょうか?」


 頼んでみると、クリスは頷いて快諾してくれた。


「よかった、じゃあ頼む・・・は、今から?」


「はい、今からです。領主様よりモングール族の納税手続きが終わりしだい、族長殿とカズヒサ殿をお連れするようにと言われてます。各地から届く納税証明の決済で糞忙しいってのに僕がここに派遣されたのは、検品作業が早いからっていう理由だそうですよ」


 その爽やかな笑顔の奥に、冷たいのに触れたら火傷をしてしまうような憤怒を感じ取り、かなり厚着しているはずなのに背中から冷汗が出る。よく見ると、笑顔で気が付かなかったが、よく見ると目の下にうっすらとクマができていた。


「な、なんか悪かったな」


「いえいえ。悪いのは全て、あのカマ領主ですから」


 誰も聞いてないとは言え、恐れを知らない女である。いや、その度胸があるからこそ男に扮して今の地位に付いているのだろう。


「もらって来たばい!」


 緊張から解放されたせいか、それとも苦手なことを達成したからか、若干テンションが高くなっているチノが戻ってきた。


 チノの腕の中で大事そうに抱きかかえられているのは羊皮紙ではなく、コピー用紙くらいの大きさに切られた木の板だった。


「羊皮紙じゃねえんだな」


「羊皮紙は金がかかりますからね、各村に一枚しか持って帰らないものですので板で十分なんですよ」


「ふーん、そがんったいねぇ・・・これでよしっと」


 証明の大事さをしっているため、チノはすぐに布でくるんで木箱の中へしまう。


「チノさん、これから領主様に面会して頂きたいのですが荷車を置く場所や宿は、もうお決めですか?」


「え、今から会うとですかっ? いやぁ、何も決めとらんとですけど」


 予定では、数台の荷馬車を残し、市壁の外へ出て野営をする予定だった。宿に泊まる金は十分あるのだが、人がやっている宿を利用するのに抵抗があるようだった。


「でしたら、領主様が屋敷の庭を使って構わないとおっしゃられてますが、どうなさいますか?」


「そいは助かるとですけど・・・ばってん、ご迷惑になるぎいかんけんですねぇ」


 チノにとって渡りに船の嬉しい提案なのだが、この大所帯でアンフィビアン卿の屋敷に押し掛けるのは流石に気が咎める様子だった。


「いえ、馴染みの宿もないだろうからと領主様は心配なされてました。井戸もあるので馬も休めるだろうとのことです。ここは、民を思う領主様のお気持ちを汲んで頂けませんか?」


「そ、そいぎんた、お言葉に甘えてもよかですか?」


「もちろんです。ではご案内しますので、お連れの方々にもお話しして頂けますか?」


「わかりました。すぐ言ってくるですけん、ちょっと待っとってください!」


 話がまとまると、申し訳なさそうではあるものの、今日の野営地の問題が解決したため、チノは軽やかな足取りで皆の方へ駆けて行った。それを見送ったクリスは遠慮することなく御者台に腰かける。


「ふぅ、ここに座るのも少し懐かしいですね」


 チノが断らないことを分かっているのだろう。むしろ、チノに断りを入れて座ると余計に気を遣わせると考えての行動に思えた。


「子どもの頃は、こんな風に荷馬車に乗って行商がしたかったんですよ。色んな村や町を巡って、色んな人に会って。色んなものが見たかった」


 そう語る口ぶりはどこか寂し気で、遠くを見ているようだった。なぜかその横顔から目が離せなくて、その儚さを思わせる瞳が胸を苦しくさせた。


「やりゃあ良いじゃねえか。なに簡単に諦めたみたいに話してんだよ」


 クリスの隣に座って雑に脚を組む。


「やるべきこと全部片づけたらお前は自由だろ? お前が作る新しい世界で、やりたいことをやりゃあ良いのさ。俺なんて手がかり零で元の世界に帰らないと行けないんだぞ? そう考えりゃ、諦めるのはもったいなくならねえか?」


 こちらを向くクリスは、目を点にして驚いた様子だったが、すぐにクスクスと笑った。


「ふふ、帝国の高級職を捨てて行商人ですか・・・まぁ、悪くないですね。その時は馬を一頭買わせてもらいます」


「ははっ、そん時は御贔屓に頼むわ。おっ、きたきた」


 パタパタと小走りの足音が聞こえる。


「お待たせして申し訳なかったね。そいで、話し込んどったごたばってん、何の話ばしよったと?」


 チノは俺たちが笑っているのを見て、話の内容が気になったようだった。


「あぁ、未来の話をしてたんだ。クリスが馬を欲しいらしくてな、自分の屋敷を建てたら、うちから買ってくれるらしいぞ」


「えー! ほんなごて? そいぎ、いつでん見に来てくんしゃってよかですけんね!」


「はい、その時はお世話になります」


 突然振られた話にも動揺することなく、にこやかに返すところがまた憎たらしいことこの上ない。


 二人が何てことのない話をして笑っているのを見ると、帝都からここまでの道のりを思い出す。ふと見上げた空は青く澄んでいて、薄い雲が遠くに浮かんでいる。それは、あの頃に見た冬の空と同じだった。



何が起きた?

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