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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第五章【命の水 白き器】
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第五話【出発】


【出発】



 夜明けと同時に、一族総出で荷車に満載された積荷の最終確認が行われ、馬が繋がれる。


「そいぎ、村のことは頼んだばい」


 村の守護のために残るゲレルと、出発前にチノは言葉を交わす。


「ほんなごて付いて行かんでよかとや?」


「うん、村で何か起きてもゲレルがるぎ大丈夫やろうしね。それに、あと五年もすればうちの守り手筆頭も年寄りの仲間入りやろ? そろそろ若っかもんたちに経験ば積ませんぎいかんけんね」


 チノはお茶目に笑ってそう答えると、ゲレルは一瞬きょとんとした表情を見せたがすぐに豪快に笑った。


「わっはっは! とうとう、お前がおいの心配ばできっごとなったか!」


「いつまでも子供んごと頼ってばっかりじゃおれんよ。そいぎ、任せたばい」


「おう、任せとけ!」


 そう言って拳で胸を二回叩くと、後方の荷馬車に乗る者たちに檄を飛ばしに行った。


「レンガ良し、サンプルのタイルも・・・良し」


木くずを緩衝材にしてはいるものの、アンフィビアン卿に献上するまでは油断することはできない。昨日の夜も確認してはいるが出発前に最後の確認をする。


「カズヒサ! こがんとけったか!」


「うぉっ、あっぶねぇー! おどかすなよなぁ、蓋を落とすところだっただろ」


「おぉ、そいはすまんやったな」


 荷車から降りてゲレルと向き合うと、相変わらず筋骨隆々という感想を持った。今回はゲレルが付いてきてくれないことに不安がないと言えば嘘になるが、この世界に来た当時とは違ってある程度の文字は読めるようになったし、取引相手も信用できるため、まぁ大丈夫だろう。


「おいは村ば守らんばけん今回は付いて行けん・・・そうけん、お前がチノば守れ」


「なーに言ってんだ。あいつは俺なんか」


 俺の言葉をゲレルが途中で遮ぎる。


「確かにチノは強か。おいたち守り手が束になっても勝てん。あれば相手にすっとは天災と戦うのと同義やけんな。ばってん、あれが強かわけじゃなかってことくらい、お前にもわかるやろ」


「・・・そうだな、肝に銘じておくよ」


「おう、頼んだぞ」


 そう言ってゲレルは立ち去るゲレルを見送ろうとしたが、その足がピタリと止まってこちらへ振り向くとニヤケ面で口を開いた。


「あと、次の族長の顔ば早く見せてくいろにゃ」


「さっさと行けっ!」


 ゲレルを追い払い、御者台に戻るとチノが朝食の準備をしてくれていた。すでに御者台の傍らでは主人を待たずに朝食にありついているコロ丸の姿があった。


 今日の朝食は、固焼きのパンと薄く削られた干し肉。


「朝飯あんがとな」


「んーん。あ、もうすぐ汁物しるもんば配ってくれるらしかばい」


「そりゃ、ありがてぇ。明け方は冷えるからなぁ」


 小麦を収穫して朝食にパンが食べられるようになったのは、とても大きな進歩だ。米が主食である環境に長らく居た身には、毎日、毎日、蒸かした芋が食卓に並ぶのは気が滅入るっていうもんである。


 炊事班のオバちゃんがカボチャと乳のスープを持って来た。それにパンを浸しながら食べることが俺の中で最近ブームになっている。


「ふぅ。さーて、今日はどこまで進めるかねえ」


「うーん、結構な数で移動せんぎいかんけん、とりあえず今日は慣らしが必要かし、海沿い辺りまで出られればよかっちゃなかかな」


 塩作りの時は少数での移動だったため、スムーズに移動することができたが、今回は三十四台の荷馬車を引き連れ、これに荷車を引く馬がケガした時のための交換用の馬や、それに乗る守り手たちを含めると、総勢六三人での移動となる。


「まぁ、初日だからな。張り切ってもしょうがねえよ」


「うん、無理ばして怪我してもしょうがなかけんね」


 昨年までは流浪の民として生きてきたのだから、むしろこっちが本分といったところだろう。ぶっちゃければ、心配はしていないどころか長距離の移動でこれ程頼りになる存在がモングール族の他に、帝国内にどれほど居るかが疑問である。


「もうすぐ日の出だ。皆に声はかけなくて良いのか?」


「よかよか。一月も家族と離れるもんばっかりやけん、水ば差すごた無粋なことはせんちゃよかさ」


 後続に続く荷馬車には、御者台に乗る者の家族が見送りに来ていた。ちらほらチノや俺に声をかけに来るものは居るが、長居はせずに家族の元へ戻っていく。


 それを口にするわけでも、表情に出すわけでもないが、チノの横顔はどこか寂し気に思えた。


 今はまだ見えないが、山脈の向こう側に太陽が昇ったのだろう、西の空に浮かぶ雲が明るく照らされる。


 空を見上げていたチノは、背もたれにしている木箱の中かから、ドゥンカルと呼ばれる物を取り出した。それは、法螺貝ほらがいによく似たというより、金と銀に装飾された法螺貝そのものだった。


 それをチノは唇に触れさせると、息を大きく吸い込む。その時、柔らかい風が頬を撫でると、長い髪がたなびく。


 響き渡るドゥンカルの重低音。それが何故だかは分からない。だが、俺にはその姿があまりにも美しい光景に思えたのだった。


 木箱の中にドゥンカルを納め、チノは手綱を振るう。馬はゆっくりと歩き出し、荷車が軋む音と同時に進みだす。


「はぁーあ。こっから一ヵ月は自分の寝床で寝れねえのかぁ・・・」


「そうさいねぇ。家ば持つ人の気持ちば分かる日が来るとは思わんやったばい」


 元々、モングール族は流浪の民。定住という概念を持っていないのだからチノの言葉には納得だった。


「あー、生まれてから移動しながらの生活してたもんな。でも、一軒家に住むってのもなかなか良いもんだろ?」


「うん、ゲルば一々畳まんでよかとは大きかね」


「はは、やっぱチノもあれは面倒に思ってたんだな」


 ゲルを畳む作業を思い出し、二人で御者台に座ってここに来るまでの移動の日々を思いだす。その時、違和感を感じてあることに気が付いた。


「そういえばチノ、ここ一年でだいぶ背が伸びたよな」


 去年の今頃、隣に座っていたチノとの目線の高さが大きく変化していた。


「え、ほんなごて?」


「あぁ。でもまぁ、自分じゃ背丈が伸びたなんて気が付かねえもんさ」


 一日を重ねるごとに少しずつ積み重なっていく物がある。幼かった少女は成長し、俺は大学の単位を落とした。それどころかまだ在学扱いなのかすら謎である。


 そんな俺は御者台の揺れに身を任せながら、大学に籍が残っていることを祈ることしかできなかったのだった。


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