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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第五章【命の水 白き器】
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第四話【求婚Ⅱ】


「あいは・・・おいが十の頃やけん、八年前になっとか。そん頃はまだ、草と羊ば追う暮らしばおい達はしよった。羊が草ばあらかた食うぎ移動ば繰り返すとばってん、その時は草原の南側におったけん、少しばっかい離れたとこに森があってな」



 ***



「おいエム。やっぱい、大人抜きで森ん中に入っとは危なかけんやめようで」


「もうハワル兄、ここまで来て怖気づかんでさ」


 嫌々といった様子のハワルは、一人馬上で周囲を見渡しながらそう提案するが、すぐに却下されてしまう。


「ったく、何で昨日のうちに皆で薬草ば採ってこんやったとさ?」


「だって見つけた時は、帰らんぎ日が暮れる頃やったし・・・一日中森の中ば歩き続けたけん皆も疲れとったちゃもん」


「おいハワル、そがんエムば責めてやんなさ。薬草が手に入るぎ薬ば作れて皆も助かる。それにオアシスに持っていくぎ金になる」


 先頭を歩くゾンがハワルに釘をさす。


「おいエム、かなり森の奥まで入ったばってん。まだ着かんとや?」


「もうすぐのはず・・・あ、あそこの二股になっとる木の裏! 茂みが邪魔で分かりにくいけど開けてるの」


 エムの言った通り、二股の木の裏は開けていて太陽の光が差していた。


「すげえな・・・おいエム、これ全部か?」


「いや、流石に他のも混じっとるばってん、これだけあれば売る分の薬も作れるよ」


「ハワル兄は傷薬になるこのギザギザした葉っぱば集めて。ゾン兄はこの黄色い花ば根っこから集めて、飲み薬になるけん」


 エムは実際に手に取って集める物を二人に示した。


「わかった。このギザギザの草ば集めるぎよかとにゃ」


「おう」


「いくらあっても困らんけんいっぱい集めてね。うちは細々生えとる他の薬草ば集めるけん」


 大人に内緒で来た手前、早く終わらせようと黙々と薬草を採集する。


「だいぶ集まったな。一回拠点まで運ぶか?」


 馬に詰めるだけの薬草を積んだハワルが二人にそう声をかけた。


「そうね、ばってん皆で往復するぎ時間のかかるけん、ハワル兄が馬に乗って戻ってきてくれん?」


「はぁ? 俺一人で行かすっつもりや?」


「俺より馬の扱い上手かっちゃけん、森ば抜けて戻ってくっとはお前の方が速かやろ」


「いや、おいもばってん・・・ここに残ったお前らが狼に襲われたらどがんすっとや。狼の出るぎ危なかけん皆で帰った方が良かって!」


 ハワルは酷く心配した様子でそういうが、その声を押し返したのはゾンではなく、エムだった。



「そいはうちも分かっとる、でも明日には出発すっけん少しでも多く持って帰りたか。お願いハワル兄!」


 ハワルは酷く嫌そうな顔をして助けを求める、ゾンは溜息を吐き出して諦めろと首を横に振った。


「ちっ、わかったよ。こいば森の入り口に放り投げたら引き返してくっけん、持って帰る薬草ばすぐに積めるごと一まとめにしとけよ!」


「ありがとう、ハワル兄!」


「そいぎ任せたぞ。何かあった時は狼煙ばぐっけん」


「わかった。じゃ、行ってくる」


 ハワルは一度頷いて馬に跨ると、振り返ることもせずに走り去っていった。


 この場所を探しながらとはいえ、ここまで徒歩で一刻半程かかっている。馬に乗っているとは言え森を走らねばならないことを考えて、帰ってくるまでに最低でも一刻はかかるだろう。


 ゾンがそのような思考をして半刻が経った時、そのフワフワとした耳が微かに跳ねた。


「・・・・おい、エム」

 

 少し離れた場所で黙々と薬草を摘んでいる少女の名を呼び、傍らに置いていた鉈を掴む。名前を呼んでも気付かないため、ゾンはゆっくりと平静を装ってエムとの距離を詰めた。


「あれ、どがんし―――ん、んぅー!」


「静かにしろ」


 エムの後ろに回り掌で口を押える。


「騒がんで落ち着いて聞けよ。おいたちは今、狼に囲まれとる」


「む、むぐぅ?」


「手ば放すばってん、声ば出すなよ?」


 エムは不安げな表情ではあるが、二度確かに頷いた。


「ぷはっ・・・ハワル兄ば一人にしたばってん大丈夫やろうか?」


「最初の言葉が人の心配や? まぁ、ハワルの方は大丈夫やろ。あいつは、馬の扱いだけはがばい上手かけんな・・・ばってん、あいが戻ってくる前に狼ば殺さんぎ食い殺されるやろうな」


 手元にあるのは、草払いのために持ってきた鉈と短刀のみ。この状況下で後手に回れば終わる。そう判断を下したゾンはエムの腰に手を回す。


「動くなよ!」


「きゃっ!」


 片手で抱きかかえ、周囲の木々の中で一際樹高がある椎の木を目指して駆け出す。


 それに呼応するかのように、木の陰で待ち構えていた一頭の狼が飛び出した。


「ふっ!」


 白い牙を光らせ、大口を開けて迫る狼に鉈を振るい、更に口を大きく開かせる。


 ゾンは大きく跳躍して太い椎木の枝を掴んで昇るとエムを枝に座らせた。


「ここやぎ、大丈夫やろ。何があっても絶対に降りるなよ・・・よかにゃ?」


「え、ゾン兄は?」


「ハワルが戻って来る前に、こいつらば片付けんぎいかん」


 すでに足下には狼たちが集まっており、。


「駄目! ゾン兄がいくら強かけんって、こがん数やぎ無理って!」


 エムは目を見開き、腕を掴んでを必死に止めるが、ゾンは笑っていた。まだ幼さが残るも皮が厚くなって固くなった掌がエムの柔らかい髪を撫でる。


「おいは守り手の息子やけん、ハワルが戻ってくるって分かっとって、戦わんとは恥ぞ」


 必死に掴んでいるエムの手を優しく剥し、木から飛び降りた。


 着地する前に食らいつこうと狼は大きな跳躍を見せ、ハワルの足を狙う。


「焦がんな・・・ってぇのっ!」


 ハワルは開脚し、狼を引き付けて鉈を振り下ろした。


『ギャウッ・・・!』


 枝を折ったような乾いた音と同時に、狼は短い悲鳴を上げる。


 狼たちは目を見開いて何が起きたのかといった表情を見せるも、瞬時に鼻筋に筋を浮かせて強烈な殺気を放った。


 仲間を殺されたとなれば、そこからは泥沼の報復あるのみ。それは人も狼も同じだ。


 狼たちが飢餓にさえ襲われていなければ、この一匹を殺した時点でこの争いは終わっていたかもしれない。しかし、そこに賭けて狼を屠ったゾンの願いは、場末の神にすら聞き届けられることはなかったようだ。


「まぁ・・・腹減っとらんぎ、得体の知れんおい達ば襲う訳なかよな」


 木を背に鉈を上段に構える。だが、後方左右には藪があるため油断はできない。


 そこから熾烈な攻防が始まった。狼たちは鉈の有効範囲を正確に測り距離を取るも、多方向から数匹で迫り、プレッシャーをかけてくる。


 一度でも飛び掛かるフェイントに乗って空振りしてしまえば、一斉に飛び掛かられてしまうだろう。そうなればただでは済まない。


 極度の緊張感が続く。このままでは精神が持たないということは、ゾンが最も理解していた。


「シッ!」


 右方から接近した狼に対して、左下から右上へ切り上げるが、寸でのところで狼は引き躱されてしまう。


 それを好機と見た中央の狼が白い牙を剥き出し、力強く唸り声をあげて正面から食らいかかる。


『ギャッ・・・!』


 本来であれば、一度振られた得物に加えられた力の方向が変わるのに、行動に移してからある程度のタイムラグが生じる。だが、力の加護があれば得物にかかる遠心力に筋肉が打ち勝つのだ。


 的確に頭蓋が砕かれ、痙攣とともに足下に狼が倒れる。


「はぁ・・・はぁ・・・」


 ハワルが戻るまで半刻を切っている。二匹殺したところで狼の目から闘争の色が消えないとなると、もはや防御姿勢では埒が明かない。


 喉笛を噛み砕かれるハワルの姿が脳裏をよぎる。間に合わなければ友が死ぬのだ。心臓の鼓動が打たれた次の瞬間、ゾンは前へ踏み出していた。


 文字通り四方八方から一斉に狼は喰らいかかってくる。それに対してゾンは、受け流し、弾き、受け止め応戦し、可能であれば殺す。


「ぐっぁ!」


 優先するは急所。下肢を噛む者は放置して一度に襲い来る狼の数を減らした。


 脚の力を抜けば確実に食いちぎられるだろう。そんな凄まじい激痛に耐えながらゾンは鉈を振るい続ける。防御が間に合わなければ腕に食らいつかせ、その狼を盾にする。もはやそれは攻防などと呼べる物ではなく、ただの捨て身でしかなかった。


 その牙が服を突き破り、肉に突き立てられようともゾンは倒れない。その足元には狼の骸が転がっている。

「ふーっ! ふーっ・・・」


 突き立てられた牙による傷は皮を破り、筋肉層にまで達していた。出血は酷かったが、どうにか痛みによって気を保つことができた。


 二十を超えていた狼は半数にまで数を減らしたところで、狼たちが距離を取り始めた。


 このまま逃げられれば、ハワルに標的が移る可能性がある。それだけは避けなければならない。


 一歩、また一歩と詰め寄るが、それと同じだけ狼たちも後ずさる。


「何ば引きよっとか! かかってこんかっ・・・!」


 ゾンが啖呵を切ったその時だった。


『ウォォォォォォォォォォォォォン!』


 大気が揺れを肌が感じとった途端、背中が冷汗でびっしょりと濡れる。背中が冷える感覚は、その姿を見た瞬間に血が凍る感覚へと変わってしまった。


 その者を一言で言い表すならば巨大。


 今まで相手をしてきた狼は成獣だった。それなのに一回り以上も大きい。白と灰の斑模様の狼たちとは違い、その狼は全身が赤黒い毛並みをしていた。


 同じ高さにある瞳は、確かな殺意を放ちながら徐々に距離を詰めてくる。この圧倒的な威圧感を前に臆せば死ぬ。それだけはゾンにも理解できた。


「お前が頭か。どおりでこいつらが引かんわけばい・あ・・お前ばハワルに会わせるわけには・・・いかん!」


 鉈を構え、全身の筋に力を籠める。出血が酷いこの状態で動き回るのは得策ではないと判断したゾンは、誘い受けに徹する。


 巨大な狼は唸り声をあげることすらしない。それは強者故の余裕からくるものであるのは明らかだった。


 緩やかだった歩みは、疾風のごとき速度へと変化し、突進をしかける。


「うおぉぉぉぉぉおらぁっ!」


 突進に合わせて、鉈を振り下ろすタイミングは完璧だった。


「なっ・・・!」

 

 爆ぜるような乾いた音。それは狼の頭蓋が砕ける音ではなく、鉈の柄が割れて砕け散る音だったのだ。


 頭蓋が固いと言っても限度がある。これまで幾度となく家畜を解体してきたゾンは経験則でそれを知っていた。どんなに頭蓋が固かろうが中身の詰まった木と違って、骨の中身はスカスカなのだ。


 会心の一撃が入った時、ゾンは勝利を確信した。大きいとはいえ狼は狼でしかないから。だが現実は違った。鉈がもろかったのではない、狼が固かったのだ。


 狼は隙だらけになった懐に潜りこみ、頭突きを繰り出す


「ぐぁっ!」


 鳩尾に強い衝撃と浮遊感。肺の空気が強制的に排出されて息ができない。


「ゾン兄ぃっ!」


 背中に強い衝撃を感じ、気が付くと樹上で泣きながら名前を叫んでいるエムの姿が見えたことで、自分が一瞬気を失っていたことを理解する。


「・・・っ!」


 すぐさま起き上がると噛み傷を押しのけて、右腋腹に激しい痛みを襲う。それでもゾンは構えを崩すことなく、残された短刀を握る。


 吹き飛ばされた時に打ちどころが悪かったのか、頭から流れる血が何度拭っても左目に流れ込んで視界を奪う。


「・・・来いっ!」


 踏み出す一歩は、足が鉛になったのかと錯覚するほどに重たい。短刀に至っては、これまで持ち上げてきた物の中で何よりも重く感じた。


 ただ単に痛みで加護を制御できないだけかもしれない。だが確かに、この時、この短刀の切っ先には二人の命が乗っていた。


 この命が耐えるその瞬間まで、ゾンは短刀から手を離さないと静かに誓う。



 大きな被害を出したことで、狼たちは獲物との距離を取っていたが、荒い息遣いや血の匂いによって警戒が弛み徐々にその距離を詰めてくる。


 巨大な狼が一度吠えると、ゾンを囲って唸っていた狼の壁が割れ悠然と歩みよる。威圧感は獲物を屠る殺意に変化した時、ゾンは差し違える覚悟を固めた。


「はぁ・・・お前さえ殺せば・・・ハワルが来ても逃げ切れるやろう」


 握る短刀を逆手に持ち替えると同時に、巨大な狼は身構えて飛び掛かる予備動作を見せる。双方の呼吸が合い、互いの命がぶつかり合おうとしたその瞬間だった。


 強烈な風がゾンを襲い、身体が後方へと吹き飛ばされる。


 目の痛みで無理矢理閉じさせられた瞼を再び開いた時、巨大な狼は、更に巨大な白銀の狼の前足の下敷きとなってもがいていた。


 何故かその白銀の狼の顎には、牛一頭が咥えられていた。


「ぞ、族長・・・様?」


 ゾンが白銀の狼にそう呼びかけた時、明らかに怒りの感情がこもった瞳で睨まれる。


 白銀の狼は身体と首を捻り、後方に居る狼の群れへと牛を投げ飛ばす。そして視線をもがいている狼に向けた。


『あんたは堅狼やね。魔物ば生かしとくわけにはいかんとよ』


 白銀の狼は、藻掻き続けている狼の首筋に牙を当て、一思いに噛み砕いた。


 その顎から鈍い音が発せられると同時に、荒かった鼻息や、唸り声、激しく動かしていた四肢はピタリと静止した。


『風よ、旅立つ者を安らかなる地へ運べ』


 顎から牙が抜かれると、狼の群れへと振り返る。


『うちのもんが、あんたたちの仲間ば多く殺した。そしておさも失った。喰う喰われるの世界ばってん、代償が大きすぎる。だけん、その牛ば詫びとして置いていくけん食べんしゃい』


 優しく声をかけられた狼たちは警戒して動かないが、唸り声はすんなりと止んだ。そして再度振り向いた時、その瞳には確かな迫力が宿っていた。


「あんたたちは、自分が何ばしたか分かっとるとね?」


 静かであるが、酷くドスの効いた声だった。


 白銀の狼は立ち尽くしているゾンを片目に、木に前足をかけて立ち上がり、葉に覆われた枝の中に鼻先を突っ込む。


『よかね、動かんとばい?』


『はい・・・っ!』


 鼻先を抜くと、その口にはエムが咥えられており、慎重に下される。地に足が付くと

同時に駆け出してゾンに飛びついた。


「ゾン兄ぃの馬鹿・・・っ! 何で、何で逃げんとさ! 死ぬとこやったとばいっ!」


 その二つの瞳からは止めどなく涙が零れ続け、ゾンの体温をその肌で確かめるかのように、血で汚れることなどお構いなしで傷だらけの身体を抱きしめる。


「逃げられるわけ・・・なかやろ。ハワルが死ぬとやぎ、おいも死なんぎ筋が通らん」


「そいでも・・・っ! ボロボロになってくゾン兄ぃの姿ば見せられる・・・うちの身にもなってさ・・・っ!」


 胸の中で泣きじゃくるエムの頭を撫でようとしたが、血で汚れた掌を見てそれを躊躇する。


「・・・」


「ゾン兄ぃが木から降りた時、もう会えんっちゃなかろうか・・・もう二度と声ば聞けんごとなるっちゃなかかって・・・怖かった」


「はぁ・・・そうだな、おいが悪かった。怖か思いばさせてごめんにゃ」


 ゾンは背中に手を回して、エムが落ち着くまで何度も何度も軽く叩く。その姿を見ていた白銀の狼は、思わずため息を吐く。


「あんたたちの姿ば見たら怒る気にもなれんばい。それでゾン、ケガの具合はどがんね?」


「こがんと・・・唾つけとけば・・・ふー、ふー・・・」


 ゾンは気丈に振舞おうとするが、危機が去り我に返ったことで全身に激痛が走り、頬や唇から血の気が引いていく。


「さ、寒・・・い」

 

「ゾン兄ぃ! ゾン兄ぃっ!」


 ゾンの容態が急変したことに気が付いたエムは、必死に名前を呼びかけ続けるが返事はない。


「エム! 血ば止めるけん、そこばどきんしゃい!」


「ゾン兄ぃ! 返事ばして! ゾン兄ぃ!」


 既に正気を失って離れようとしないエムを引き剥すために、咥えようとしたその時だった。眩い光がボルテ・チノアの視界に広がった。


「~♪」


 ゾンを強く抱きしめるエムの口から歌声が漏れ出す。


「こいは癒しの・・・加護」


 傷口が徐々に塞がり、血の気は戻らないものの、ゾンの呼吸が安定していく。


「はぁー・・・はぁ、エム?」


「ゾン兄ぃ・・・よかった・・・っ!」


「身体が氷んごと冷とうなって、石んごと固くなって・・・身動き一つとれんごとなってく。おいは、今まで死ぬことなんか怖くなかった。ばってん、おいは知らんやっただけやった」


 ゾンは手の甲で瞼を覆うも、涙が頬を伝った。


「何も見えん暗い沼の底に沈んでいくごた中で、おいば呼ぶお前の声がまだ生きとるって、教えてくれた・・・ありがとうな、エム」


 ゾンの手の甲に温かい雫が零れる。


「・・・もう、うちば置いていかんで。大人になっても、おじいちゃんになっても傍から離れんで。お願いやけん、約束して」


 ゾンはエムの頬に手を伸ばしてその指先で瞳から零れる涙を拭った。


「族長・・・すみませんでした」


「ほんなごてばい。あんたたちが、薬草ば探すために森に入ったとはハワルに聞いとる。まぁ、死にかけて痛い目も見たやろうし、次期ドーラフば目覚めさせた功績も考えて今回のことは不問にしてやる。ばってん、次はなかってことば肝に銘じときんしゃい」


 森の奥から蹄鉄の音が聞こえ、徐々に大きくなっていく。


「迎えが来たごたね。帰るばい」


 ボルテ・チノアは、遅れてきた者たちに薬草の回収を命じると、ゾンを口に咥え、エムをその背に乗せて帰路に着いた。


 拠点に戻ったゾンとエムは、族長から怒られることはなかったものの、両親、祖母からこっぴどく説教されたのだった。



***


「族長は、もう怒らんって言わいたばってん、家に帰ったぎ親父とお袋にボロクソに怒られてにゃあ。親父なんか死にかけのおいに拳骨くらわせらあたぞ」


 散々な目にあったという口ぶりではあるが、ゾンは照れくさそうに笑っていた。


「はは、そりゃ災難だったな」


「あぁ、ばってん・・・よう守った。お前は今日から守り手たいって、親父は最後に褒めてくいた。そん言葉は今でもおいの中で生きとる」


 ゾンはそう言うと、良く晴れた青空を仰いだ。


 エムとドーラフが住む家に着き、ゾンは戸を叩いた。


「何だい騒々しいねぇ?」


 そう言って出てきたのは、当代のドーラフだった。


「ふん、精霊がやけに騒がしかって思うたぎ、悪たれが原因かね。で、何のようね?」


「あんたの孫娘を貰いに来た」


 そう答えたゾンに対しドーラフは、クツクツと笑う。


「それが契りば申し込む格好かねぇ。その真意は何とする?」


 正装もせずに普段着のままで来たゾンに、その意味を問いかける。


「おいは守り手ぞ。一族を脅かす者がいつ襲い来るか分らんけんのぉ、着飾る気は無か」


「ふん、血生臭か答えやねえ。いずれ戦が起きた時、あんたは先陣ば切るやろう。いつ死ぬか分からん者に、孫娘ばやれってね?」


「そうだ。死んで築く礎が無かぎ、あんたもエムも死ぬ。ばってんおいは、矢で射られ刀傷ば受けようと、目が潰れて腕が無くなったとしても、這ってでんエムんとこに戻って血ば止めてもらう」


 俯いているドーラフは、皺の寄ったその手で握る杖を小刻みに震わせる。


「ふ、ふ、ふっはっはっは!」


 高笑いをするドーラフにゾンは動じることはなかった。


「エムば嫁に貰いたかっていう男はいくらか来たばってん、この婆の問いに逃げ出す者ばっかいでのぅ。まぁ、よかろう。エムはあんたが来るとばぞっと待っとらいたばい」


「ちょ、ちょっとお祖母ちゃん!」


 そう言って出てきたのは、顔を真っ赤にしたエムだった。ゾンを前にして恥ずかし気にその真直ぐに向けられた眼差しと目を合わせる。


「エム、おいの嫁になってくれ」


 それはとてもシンプルなプロポーズだった。


「はぁ、もうちょっと言い方があるやろうに・・・まぁ、ゾン兄ぃだしねぇ」


 エムは溜息を吐いてそう呟いたが、すぐにクスリと笑った。


「うん、良いよ。ばってん約束、破らんでね?」


「あぁ、もちろんだ」


 二人はどちらからともなく抱きしめ合う。こうして、また一組が結ばれたのだった。



遅くて申し訳ない。


必ず続きは書きます。

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