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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第五章【命の水 白き器】
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プロローグ【月夜を駆ける狼】


 運ばれてきた牛肉の赤ワイン煮に口を付けた途端、涙が頬を走って零れ落ちた。


「うっ・・・うまぁ・・・」


 塩の味だけじゃない。赤ワインの香り豊潤な香り、添加された砂糖の甘味、胡椒をはじめとした香辛料の刺激が脳を激しく揺さぶる。


 口に含んだ途端に筋繊維がホロリと崩れ、赤身との調和のとれた脂身は数回の咀嚼で溶けていく。ふだんから肉は食べているが、一度干し肉にしたものより当然生から調理した物の方が格段に美味しい。


「そうでしょう? うちの料理人は腕が良いのよ」


 赤ワインが注がれたグラスを片手に嬉しそうに顔を綻ばせるアンフィビアン卿は、平静を取り戻して普段通りの口調に戻っていた。


「それにしても、もっとゆっくりしていってくれれば良いのに」


「ご厚意感謝致します。ですが、村の者達が心配してますので食事を頂いたら、今回はこれで失礼しようと思います」


 唇を尖らせてグラスを置き、ふちを指でなぞる。

 

「残念だわぁ、せめてお風呂だけでも入っていったらどう?」


「実は昨日、村に浴場が完成したばかりなんです。一年近く湯舟と縁がなかったので、久しぶりの風呂は自分たちで作った物に入りたいなと思いまして」


「あらぁ、素敵ね。なら、交易品に質の良いシャボンと香油があるから持っていくと良いわ」


「え、よろしいんですか。ありがとうございます!」


 アンフィビアンは、執事であるセガールを呼ぶとすぐにシャボンと香油の手配をするように指示を出していた。


「ついでに他に何か欲しい物は無いかしら、すぐに手配させるわ」


 ここで遠慮しても無粋だと判断し、素直に欲しいものをねだることにした。



「それでは、砂糖を分けてくださると助かります。村の子供たちに菓子を作る約束をしてますので」


「砂糖ね、すぐに準備させるわ。他には?」


「いえ、申し訳ないので砂糖だけで大丈夫です・・・ですが、海運業を営まれているアンフィビアン卿にいくつか集めて頂きたい物がいくつかありまして、当然、諸経費はこちらが・・・って、アンフィビアン卿?」


 話している最中にも関わらず、頬杖を突いてそっぽを向いている。前もこのようなことがあったなと思い出し、溜息を我慢して茶番に付き合うことにした。


「あー、アンちゃん?」


「あらー! 何かしらカズヒサちゅわん!」


 ぶん殴りたい。素直にそう思ったがそんなことができるわけもない。鎧を脱いだ姿は初めて見たが、シャツに浮き出た筋肉が己との格の違いを示している。


「それ相応の対価を支払いますので、集めて頂きたいものがあるんです」


「あら、もしかしてこの私に商談を申し込んでいるのかしら?」


 そう問いかけた途端に、こちらへと向けられる目は険しくなり、場の空気が変わった。交易で莫大な富を築く才覚があるだけあって、自分のテリトリーにおいそれと踏み込まれるのは良しとしないだろう。また、俺の提案は懐の深さを見せつけようとしたアンフィビアン卿のプライドを傷つける行為に他ならない。


 今、己は取引するに相応しい者なのかを値踏みされている。だからこそ舐められるわけにはいかない、毅然とした態度を意識して答える。


「その通りです」


「それで、カズヒサちゃんは何をご所望なのかしら?」


「いくつかありますが、最初に欲しいのは数種類の鉄器ですね。形状や材質の説明は後程させていただきます。次に珪砂と鉛ですね」


「珪砂と鉛・・・ガラスの材料ね。ガラス細工の工房ならこの都にもあるわけだけど、モングール族がガラス製品の市場に参入した場合、顧客の取り合いになるわけよねぇ、鉛はまだしも珪砂なんていう二束三文の原料を売って、領民どうしが職を奪い合う状況を私が作るわけにはいかないのだけれど、その辺はどう考えてるのかしら?」


 卓上にあるフィンガーボールや、花瓶といったガラス製品に目配せしながらそう問われる。俺の居た世界とこの世界では人口や需要の量がそもそも違うのだから、この言い分はもっともだった。


「当然、心得ております。では、こう致しましょう。我々モングール族が作るガラス製品は、市場には出さずに村の中だけで消費する。これでいかがですか?」


「それでもまだ足りないわね。わざわざガラス製品を欲していて金を落とさせることができる相手をみすみす逃す理由がないわ」


 たった三百人の小さな村と言えどその消費の力を逃すつもりはないらしい。


「では、我々が購入する珪砂に税をかけてはいかがでしょう?」


「それも却下ね。うちに二束三文の税が入るよりも職人たちにお金が回る方がまだ有意義だわ」


 ここまでの交渉でアンフィビアンの主張は一貫していた。簡単に言うと、都で生産した物を消費させて金を市場で循環させたい。

 資本社会において消費と金の循環は非常に重要である。金が巡らなければ人も物も動かないのだからアンフィビアンも必死になるのは当然だ。


 だが、こちらは珪砂を始めとした材料が欲しい。ならばこちらから提案するのは一つしかない。


「そうですか・・・それにしてもガラス製品もさることながら、一つ一つの食器も素晴らしいですね。こちらの白磁器もレトリアの工房で?」


「ありがとう。でも、残念だけどそれは外国からの輸入品よ。でも流石カズヒサちゃんと言ったところかしら、あなたが今使っているお皿一枚で、五十シルはくだらないわ」


 隣で静かに料理を食べていたチノの動きが止まったが今は無視。一枚五十万。少し高めだったが予想の範囲内と言ったところだろうか。


 これで食いつかなければもう後は無いが、商売人のアンフィビアンならば十中八九乗ってくるだろう。


「なるほど。では、こうしましょう。珪砂の代金は白磁器でお支払いするというのはいかがでしょうか?」


 そう提案した瞬間、アンフィビアンの目が見開かれた。


「面白いこと言うじゃない。白磁器は清国でしか生産されていないものよ。もちろん製法が外へ持ち出されないように清国は厳格に管理している。それをカズヒサちゃんが作れると言っているのかしら?」


「はい、その通りです。我々にはそれを実現する技術も施設もあります。それを利用して莫大な富を築くか、それとも見過ごすかはアンフィビアン卿次第です。ですが、戦をするには途方もない額の金が必要ではありませんか?」


 アンフィビアンは俯く。そして肩を揺らしたかと思うと仰け反って笑い声をあげる。


「面白いわ。まんまとカズヒサちゃんの狙いに乗りましょう。で、白磁を貰うには私は何をすればいいのかしら。珪砂だけなんて虫のいい話ではないのでしょう?」


「話が早くて助かります。白磁で得られる利益の一部で、我々の村までの道づくりを行なって欲しいのです。道が悪いと食器が割れてしまいますからね。それに、これはアンフィビアン卿にとっても悪い話ではないはずです」


 俺の含みのある言葉の意味を理解したのか、ニヤリと口元を歪ませる。


「なるほどね・・・職人になろうと弟子入り目的で領都に来たはいいけど、それにあぶれた農村の次男三男坊に頭を悩ませていたところだから確かに助かるわ」


 これだけ大きな領都となると、職を求めて人が集まりあぶれたものが出るという予想は見事に的中した。


「道路の工事が終われば、彼らを行商人として働かせてはいかがですか? 馬と荷車を安く提供致しますよ」


「ふふ、その辺も織り込み済みってことね・・・あの守銭奴があなたを欲しがる理由が分かったわ。良いわ、それも私が買い取りましょう。このアンフィビアン・ドレーク・グレンの名において、あなた達の村までの道を作ることを約束するわ!」


「ありがとうございます。では、私が欲しいものは以上です」


「あら、そうなの? じゃあチノちゃんは欲しいものはないのかしら?」


 言質も取れたことでまずは一安心。焼き物を作って金が入る上に、面倒な道路工事を押し付けることができたのでまさに一石二鳥とはこのことだろう。ついでにウルスラ陣営もこれで金策に困ることは無いはずだ。


「ひゃ、ひゃい!」


 先ほどまでは威勢が良かったのだが、今更になって自分がしでかしたことの大きさに気付きチノは縮こまって食事を取っていた。


「う、うちに、そがん、気ば遣わっさんでよかです!」


「あらそう? その洋服似合ってるし、いくらか持っていったらどう?」


 チノが今身に着けているのは、若い貴族の娘が身に着けるようなフリフリな服だった。


「よ、よかです! こがん上等か服ば貰っても着る機会のなかですけん!」


「そーお? 勿体ないわぁ。せっかく似合ってるのに。じゃあ、輸入している商品の中に良いものがあるから入れとくわね」


 割と本気で残念がっているアンフィビアンにチノはタジタジといった様子だ。


 ウルスラも食卓に同席していたが、気まずさからか一言も言葉を発することは無かった。その辺はアンフィビアン卿も理解している様子で、無理に話題を振るということはない。当然、俺もだ。


 食事を終え、せめて一晩泊っていくように勧められたが、皆が心配しているだろうという理由ですぐに帰ることにした。


 鉄器の注文を済ませて、外に出るとセガールが土産の品の準備をしていた。


 使い物にならなくなったカーテンに砂糖の入った樽やシャボン、香油の瓶などが入った木箱が乗っており、それが丁寧に包まれていく。恐らく狼の姿になったチノの首に取り付けるのだろう、荷物が包まれたカーテンに太いロープが結ばれて準備が完了する。


 そうこうしている間に、さっき壊した建物からのそりと巨大な狼となったチノが出てきた。俺の目の前で姿勢を低くし、その背中に乗るように促してくる。


「カズヒサが引っ張るくらいじゃ痛くも痒くもなかけん早う乗りんしゃい」


「わかった」


 外側の毛は一本一本が太くしっかりしていて、内側の毛は綿毛のようにフワフワしていた。確かに強く握っても抜ける気配はない。苦労するかと思ったが、チノが体を傾けてくれたおかげで難なく背中に乗り込むことができた。


 渡されたロープをチノ首に結わい、荷物を固定する。


「苦しくないか?」


「大丈夫ばい」


 結構な重量があると思ったが、これだけの大きさなだけあって全然平気らしい。


「注文の品は納税に来る時までに準備しておくわ。また会える日を楽しみにしているわね」


「ありがとうございます。こちらこそ、アンちゃんに早く会えるよう準備しときますね!」


 見送りに来てくれたアンフィビアン卿にお礼を言って、村に帰ろうとした時だった。


「待つのじゃ!」


 出てこないと思っていたウルスラがチノの前に降り立って頭を下げた。


「・・・すまなかった! 妾は其方の正体を無理やり暴くという酷いことをした・・・どうか、許してはくれぬだろうか!」


「・・・うちは、姫様ば許す許さん言える身分じゃなか・・・ですけん。それに、酷か隠し事ばしとったとけカズヒサは許してくれた。そのカズヒサが姫様の手助けばするって言うとやけん、うちが許さんわけにはいかん。それに、ずっと言いたくても言い出せんやったことばちゃんと言えたけん・・・今は少しだけ有難かとも思っとる・・・です」


「そう言ってくれるか・・・ならば、妾の願いが成就した暁には必ず其方等が生きやすい世にすると約束しよう」


「なーにかしこまって話してんだ。もっと楽に話しゃ良いだろ。ウルスラが俺の友達ってことは、もうチノも友達同然だろ? 年も近いんだし仲良くしとけって」


 そう言ったとたんに二人は俯いてしまった。


「野暮ねえカズヒサちゃん。うちの第三王女は家臣との信頼関係を作るのは上手くても、あなた以外に友達なんて居ないんだから」


「あー、うちのチノも面倒見は良いんですけど、友達はいないんですねよねぇ」


「う、うるさいぞ、アンフィビアン卿!」


「黙っときんしゃいカズヒサ!」


 すぐに二人が釘をさすが、俺もアンフィビアンはクスクスと笑うだけだった。


「そのどうじゃ・・・妾の友達になってはくれぬか?」


「・・・わかりま・・・うん。そいぎ、今日から友達たい。よろしく頼むばい」


「よいのか! 本当にか?」


「よ、よかって言いよったい。恥ずかしかけん聞き返すとやめんしゃいさ」


 チノは照れくさそうにウルスラから顔を背ける。


「その、なんね・・・よかったら今度、うちらの村に遊びに来てくんしゃい。歓迎すっけん」


「うむ! 必ず行く。楽しみにしておるからな!」


「うん。じゃあ、うちらは行くけん・・・そいぎね」


 恥ずかしさが限界に来たのか、チノは言い残すと別れの言葉も聞かずに駆け出してしまった。


「今、何か言うぎ振り落とすけんね?」


「はいはい」


 割と本気のトーンだったため、茶化すのはやめておこう。


 あっという間に領都を抜けると、チノは刈り取られた麦畑の上を走り続ける。強い風を覚悟していたのだが、それ程風に煽られるということはなかった。


 月明りだけが照らす暗闇の中、ただ流れていく景色を見送ていた。俺はさっき感じた疑問をこの際だから聞いておこうと思った。


「なぁ、チノ。こんな力があったのに、何で帝都で暴れなかったんだ?」


 風で聞こえなかったのかと思ったその時、チノが口を開いた。


「・・・大きか力ばうち一人が持っとってもどがんもならん。一人、二人やったらよかばってん、皆ば守りながらやぎ本気も出せん。最後は人質ば取られて終わりたい。うちは一族の誰一人見捨てることはできん。四年前と同じことば繰り返したら、お父さんとお母さんに顔向けできんごとなる」


 チノはそう答えると、少しだけ走る速度を速める。


「じゃあ何で、今回は来てくれたんだ?」


「・・・もう一人になりとうなかった、おかえりって言ってくれる家族ば失くすとはもう嫌やった・・・うちから全部奪っていく帝国が憎くてしょうがなかった」


 そして、一呼吸おいてチノはこう付け加えた。


「そうけん、カズヒサに何かあった時には・・・帝国ば滅ぼしてやろうって思っとった」


「おいおい、流石に俺一人が居なくなっただけで話が飛躍しすぎだろ」


 少し茶化し気味に、笑いながらツッコミを入れるがチノは笑わない。


「うちは、カズヒサ一人ば守るためなら万人の人ば殺せるばい・・・あの森の中やったら皆ば守りながらでも帝国相手に一人で戦えるし、その覚悟も算段もあった」


 乾いた声でチノは笑う。


「カズヒサは、こがんことば考えるうちばどがん思う? 本当は怖かっちゃなかね?」


 それを思いつくだけの頭も、それを実行するだけの力も持ち合わせている。そんな少女がどこか自棄で、悲し気に問いかけてくる。


 どう答えて良いのか、何が正解なのかもわからない。だから、俺が思ったことを素直に答えることにした。


「くっだらね。別に良いんじゃねーのそれぐらい、十何年も生きてたら一人や二人殺したいと思う事なんて誰にだってあるだろ。実際にやってねーんだから怖いもくそもねーだろ」


「え?」


「俺だって、友達と遊びに行こうとして農作業やらされた日にゃ、祖父さんをどうやってぶっ殺してやろうかと考えたもんだよ。でも結局はやらないし、いつも最後はどうでもよくなって終わりだ。そんな俺と比べて、自己嫌悪に陥れるだけチノは上等な性格してるさ」


 徐々に速度を落とし、ゆっくりと立ち止まったチノに問われる。


「こがんうちでも・・・また、一緒におってくれる?」


「何言ってんだ、こっちが頼みたいくらいだ」


 そう答えてチノの首筋を撫でると、ばっさばっさと後方から音が聞こえた。振り向くとフワフワな尻尾が左右に激しく振られている。


「み、見らんで! 勝手に動くとやけんしょうがなかろうもん!」


「あっはっは! わかった、わかった」


「うー・・・バカズヒサ」


 笑ったことに怒っているのか、チノは小さく唸った。


「ひっでー言われようだな。そんじゃ、帰ろうぜ皆心配してるだろうからさ」


「うん、そいぎしっかり掴まっときんしゃいよ。振り落とされても知らんけんね」


「え?」


 さっきの仕返しのつもりだろうが、悪戯っぽく言ってはいるが洒落になってない。


「うわぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁ!」


 どうにかチノにしがみつくが、先程とは比べものにならない風に煽られる。


「あっははは!」


 俺の無様な叫び声がそんなに面白いのか、チノの笑い声が聞こえる。どうにか呼吸をするためにチノの背中に顔を埋めると、どこか風に凪ぐ草原を彷彿とさせる香りがした。


新章開始です。

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