第七話【帝都での買い物Ⅱ ~金足りぬ 売らねば。~】
今回は資金を獲得するお話です。
楽しんで頂けたら幸いです。
第七話【帝都での買い物Ⅱ ~金足りぬ 売らねば。~】
建物が密集している帝都の中心街とは思えぬほど広い広場の中心には、穢れを許さない純白の建築物が威風堂々と聳え立っていた。
すれ違う人々に何度も道を尋ね、ようやく俺達は教会広場に辿り着くことができた。
「うお、すっげぇー、これが教会か······」
広場に通じる道を歩いていたときから分かってはいたが、広場に脚を踏み入れたことで、その大きさと権威による威圧感がより一層伝わってくる。
総石造りの白い壁には、教会のシンボルマークと思われる、円に囲まれたアスタリスクが掲げられていた。
「石灰岩建築か······? よく見ると所々浸食が見れなくも······」
そんなことを考えながら、ふと、隣を見ると、複雑な表情で教会を見つめるチノの姿があった。
「······」
その時、自分が大きな過ちを犯していることに気が付く。
「悪い! お前の両親は······」
「ううん······カズヒサは何も悪くなかけん、気にせんで良かとよ」
チノは憂いの瞳で教会を眺め続けている。
「でも俺、チノから話を聞いてたのに······」
「もうそれは三年も前のことやけん······数え切らんほど、復讐しようって考えた······でも、うちは族長やけん、皆ば危険に晒すわけにはいかんって重々理解しとる」
チノはこちらを向いて手を伸ばすと、優しく俺の頬を撫でた。
「取り乱したりせんけん、そがん心配せんでよか。うちは、カズヒサが思うとるほど、弱くはなかとよ?」
「ごめん······でも、ここにモングールの族長が居るって知れたら······」
「それも心配いらん」
そう言ってチノは、自らの首元に手を伸ばし、銀色の細いチェーンを服の中から引きずり上げた。
「うちらモングールは、百年前の戦で帝国に負けた時に、聖光教に洗礼を受けて改宗しとるとよ」
その手に持つチェーンの先端には、教会の壁に掲げられているシンボルと同じ形状をした、銀色のペンダントトップが下げられていた。
チェーンを服の中に直したチノは、つま先立ちをして俺の頭をクシャクシャと撫でてきた。
「もう、何でカズヒサがそがん顔ばする必要のあっとね?」
「だってよ······」
優しく微笑む少女の中に、見え隠れする悲しみと怒り。だがそれは諦めに塗り固められてしまったような儚さを持ち合わせていて、またしても生きてきた世界と、背負ってきた物の違いを見せつけられているようで胸が締め付けられる。
「うちのために、ありがとうね。でも、カズヒサは思い詰めた顔なんて似合わんばい?」
こんな穏やかな表情を作れるようになるまで、どれほどの時間が必要だったのだろうかと考えると、無意識に歯を強く食いしばっている自分が居た。
「······これじゃ、いつもと逆だな」
「ふふっ、言われてみれば本当やね。でも、カズヒサはうちの事ば泣き虫と思っとるとやろうけど、初めてハルツァガ山の麓で会ったあの日まで、うちは何年も泣いとらんやったとよ?」
「そうか······頑張ってたんだな」
「ほんなごてばい、帝国には散々酷か目に合わされたばってん、今年は本当に酷くて、駄目かと思ったばい」
はぁ、と、演技染みた溜息を一つ吐いたチノは、クスクスと笑い、俺と目を合わせる。
「でも、今は違う。カズヒサと一緒なら、どんなことだって乗り越えられるって思えるとよ」
「······高評価なのは嬉しい限りなんだが。まぁ、今目の前にある困難を乗り越えるには、まず金が必要だ」
「うん······でも本当にうちらが作った物が売れるっちゃろうか······?」
「確信は無いが、勝機はある。だから、そんな顔すんなって」
先程とは打って変わって、心配そうな表情を浮かべるチノの額に、デコピンを食らわせた。
「うー、いきなり何ばすっとさ。ビックリするたいね······」
額を抑えて抗議するチノを見て、思わず吹き出してしまいそうになる。
「笑う門には福来る、俺の居た世界の言葉だ。暗い顔している奴の所に幸運の女神は舞い降りねえ。だから、とりあえず笑っとけってこった」
「よう分からんばってん、笑っとけば幸せになれるってこと?」
「まぁ、そこはかとなく順序が逆のような気もするがそういうことだ。第一、暗い顔している奴が物を売りに来て買ってくれると思うか?」
「いや、それじゃ怪しくて誰も買わんやろ」
「だろ、だからそんな感じで考えてくれれば良い」
「わかった。うちもなるべく笑うごとするけん······あ、ねえ、カズヒサ。さっきから探しよった店ってあれじゃなか?」
そんなに深い意味で言ったつもりは無かったが、何か固い決意をした様子のチノは不意に遠くを見つめて指差した。
そちらの方を向くと、そこには大きな看板が掛けた立派な建物があった。
「あの看板には何と書いてあるんだ?」
「総合衣類ベスティメンタ商会って書いてある」
チノの口から出てきたのは、先程の主人から教えて貰った商館と同じ名前だった。
流石、人通りの絶えない教会広場に店を構えるだけあって、市場通りに出ている小さな商店とは違い、店先に商品を並べるようなことはしていない。
金属細工をあしらった豪華ながらも、落ち着いた雰囲気の扉。
緊張で汗が滲む掌で、真鍮の装飾が施されたドアハンドルを握り締める。
扉が開けば、運命の歯車の回転は一気に加速する。上手く噛み合わずに外れてしまえば、そこで俺達の運命は終わりを意味するのだ。
これまで俺は何か大切な物を背負って、全てを賭けた博打に出たことなど一度もない。
祖父さんや、親父だったらあるのだろうなと、ふと二人の背中が脳裏に過る。
どんな農作業一つ取っても、その年の作物の出来に大きな影響を与える。しっかりとやったからとしても、確実に報われる保証はどこにもないのも事実だ。
だからこそ、あの二人は手を抜くことなく誠実に、農業と向き合っていた。
祖父さんと親父の背中には、明確に守るべきものが背負われていた。
当然その中には俺も居て、母さんと妹の生活を守る二人に俺は憧れていたんだ。
たった一つの家族を守るために、灼熱の暑さの中、手の悴む寒さの中で身を粉にして働いていた二人を知っている。
何も背負ったことも無かった俺の隣に居るのは、モングール一族三百人の命を、たった一人で背負う少女。
そして、今の俺には、チノを含めたモングールの全てが重圧としてのし掛かってくる。
こんな重圧の中で一人、チノは耐えてきたのかと思うと足が竦みそうになる。
高鳴る心臓の音。
心拍は時計の秒針の速度を遥かに超えて鼓動を刻み続ける。
「上等だ······」
自分でも分かるほど引き攣っていた顔を、口角を無理矢理上げて笑顔に作った。
「行くぞ、チノ」
「うん······!」
命を助けて貰ったから恩を返すなんて、殊勝な考えなど持ち合わせていない。
この世界に居る間は、チノ笑った顔を見ていたいから俺は戦うんだ。
覚悟を決めてドアハンドルを引くと、思いのほか力を入れずとも重厚感のある扉は滑らかに開いた。
開かれた扉の先には、展示されている絢爛豪華なドレスの数々が並んでいる。
「いらっしゃいませ、本日は当館にどのようなご用件でしょうか?」
中に入った次の瞬間、俺とそんなに年が変わらないと思われる男に声をかけえられた。
内装を見た時に、正装でないと相手をしてくれないのかと冷や汗をかいたが、意外にもしっかりと対応してくれるようだ。
「探し物があるんだが、事前に約束をしてないんだが、少しだけ時間を貰えるだろうか?」
「もちろんです。では本日は仕入れという事でよろしいでしょうか?」
「まぁ、そんなところだ」
「かしこまりました。当商会での取引のご経験は?」
「無い、初めてだ。差し支えがあるだろうか?」
「いえ、とんでもない。人であろうと、亜人族であろうと、我々ベスティメンタ商会にとって、商品を購入される方はすべて、お客様でございます」
ピンと伸ばされた背は僅かに傾けられ、その言葉と共に一礼され、その一つ一つの立ち居振る舞いからは、一流の商館に勤めるだけあって品の良さが窺えた。
だが、取り繕ってはいるものの、微かにその表情からは俺達の身なりに対して印象は良くないという反応が伝わってくる。
「こんな所で立ち話も何ですし、奥の部屋へご案内致します。どうぞこちらへ」
「丁寧なご対応、感謝します」
通されたのは、木製のテーブルと椅子が置いてあるシンプルな部屋。
おそらくこの部屋は、ドレスを着る本来の客相手ではなく、仕入れや出荷時に商人相手を対象として準備された部屋なのだろう。
「どうぞ、楽におかけください」
若い男は、椅子を引いて座るように促してくる。
こんな対応をされるのは従姉の結婚式以来であり、座るタイミングを誤り変な音を出して赤面した思い出が蘇る。
「あぁ、ありがとう」
微かに音はしたものの、これは許される範囲内だと自分を肯定する作業を行っていると、隣で座ろうとしたチノが盛大に椅子の脚と床を擦らせる音を出した。
だが、習慣の違いで恥ずかしいと感じていないのだろうか、チノは平然とした顔で座っている。
流石族長だなと思い始めた時、チノの顔が徐々に紅く染まり始めた。どうやらこの羞恥心は、どこの世界でも共通の物らしい。
机を挿んで正面に座る男は、早速と言わんばかりに口を開いてきた。
「申し遅れました、私はベスティメンタ商会に所属するエディ・マートンと申します。私が本日のご商談を担当させて頂ますので、どうぞよろしくお願い致します」
挨拶を終えると同時に差し出される掌。それを躊躇無く握り返し、俺も手短に挨拶を返す。
「カズヒサだ。隣に居るのは共に行動しているチノ。今日は実りある日にしたい。こちらこそ、よろしくお願いする」
お互いに牽制である挨拶を終え、本題に切り出したのはエディの方だった。
「それでは、ご商談に移らせていただきます。先程、探し物が御有りとのことでしたが、どのような商品をお探しでしょうか?」
勝負の火蓋が切って落とされた今、俺が最初にやらなくてはならないことは、エディをこの交渉のテーブルから引きずり落とすこと。
扉の傍で客が来るのを待っていた若い男が、高額の決済権を持っているとは考えられない。それどころか、エディがこの机に座っている事実が、俺達を下に見ている証拠と言えるだろう。
「探しているのは毛織物なんですが、そういった商品は取り扱ってますか?」
「もちろんでございます。当商会は、貴婦人が着るドレスから、食卓のクロスまで、布生地が使われている品は全て取り扱っております」
「なるほど、では絨毯などの大型の商品も?」
「はい、取り揃えております」
取り扱い品目から漏れてはいなかった安心感のせいで溜息が出そうになるが、それをどうにか堪えて本題をエディにぶつけた。
「では、モングールの毛織物の取り扱いはありますでしょうか?」
「······モングールの毛織物ございますか?」
思ってもみなかったのか、それとも純粋に知らないのかは判別できないが、エディの顔が曇ったのは確かだった。
「えぇ。正確には、モングールの毛織物絨毯になりますが」
「······在庫状況が分かりかねますので確認して参ります。少々お待ち願えますか?」
「もちろんです、出回っている数が極端に少ない物ですからね。普段取り扱わない物を把握できていないのは当然です」
多少、毒を含んだ言葉で返答し、微かな苛立ちを表情に出したエディは、一礼して部屋を後にした。
「ふぅ······おいチノ、大丈夫か?」
「だ、だ、だ、大丈夫ばい。は、話はカズヒサにま、任せるけん、うちは、だ、黙って座っとくよ」
「ガチガチに緊張してんじゃねーか! まぁ、それで良い。俺が話を振るまで喋らなくて良いから、自然な笑顔を意識してくれ」
「わ、わかったばい······!」
強張った声で返事をするチノは、固い笑顔をこちらに向けたのだった。
腕時計の針が五分と過ぎることなく再びドアは開かれ、エディではない男が部屋の中に入ってきた。
「これは、これは、失礼致しました。先程まで私が別件の商談の最中でしたので、代理として対応をうちの若い者にさせていたのです」
「そうでしたか、ところであなたは?」
「失礼を重ねて申し訳ありません。私はベスティメンタ商会を取り仕切らせて頂いております、マクベン・ベスティメンタと申します。以後お見知りおきを」
予想していなかった突然の支配人の出現に、膝の上に置いてある掌から手汗が一気に滲み出る。
だがそれは、勝利が目前に迫っていることを意味しているのだ。ここから先の失敗はもう許されない。
「どうも、カズヒサと言います。こちらは連れのチノ。共に商売をしています」
握手を済ませたマクベンは、にこやかな笑みを浮かべて口を開く。
「本日は、モングールの毛織物の絨毯を御所望と伺いましたが?」
「えぇ、その通りです。希少な品ですので様々な街や店を回りましたが一向に見当たらず、帝都随一の品揃えを誇る、ベスティメンタ商会さんであればもしかしたらと思いまして、立ち寄らせて頂きました」
「なるほど······確かに当商会はその商品を所有しています。ですが、在庫は正直なところ一点しかございません。お売りしたいのは山々なのですが、すでに多くの貴族のお客様から予約を頂いておりまして······」
「そうですか。ちなみに、どこでそれを入手されたのですか?」
「ある貴族のお取り潰しがあり、衣服の買い付けに赴いた際に購入させて頂きました。本来は国王のみから購入できる品であり、忠誠の証または、国王との親密さを誇示するため、このようなことが無ければ、決して貴族の方々は手放そうとはしないです」
「では、モングールへの買い付けはされないのですか?」
この質問に、マクベンは静かに首を横に振った。
「残念ながら、彼ら人狼族が住まう地はここから荷馬車で一月以上かかります。しかし、彼らは絶えず移動を続けておりますので必ず会えるとは限らない。それに、盗賊と遭遇する恐れもあるため、費用対効果的に割に合わず買い付けに赴くことができないのです」
「わかりました。では、一つだけお聞きします。今、所有している品は、いくらであればお売りすることができますか?」
「そうですね······最低でも十ゴルは必要でしょうね。まぁ、貴族の方々はこの金額を簡単に出すことができる方も多くいらっしゃいます。ですが、私共にも立場というものがありまして、おいそれとは売れないのです」
十ゴル、つまり日本円換算で約一千万。これはあくまで売値であり、仕入れ値は五百万を下回るくらいだろう。
「では、その絨毯は一枚しかないため、その値段になるということでよろしいでしょうか?」
「その通りです。私達もお客様に高く商品を売りつけたい訳ではありません。できるならば半値以下で皆様にお売りし、より良い関係を作って行きたいというのが本音ですな」
それはこちらとしても同じことだ。高値で売れることが確定した今、大森林を開拓が成功した後の問題解決のため、力のある商館とは手を結んでおきたいというのが本音だ。
もう、こちらが欲しい情報は集まった。あとはいかに友好的に高く売るかを考えれば良い。
「八ゴルで如何でしょうか?」
「······だから先程も申し上げたでしょう、売ることは出来ません。それに八ゴルでは提示した金額にすら届いていませんよ」
「失礼、言葉が足りませんでしたね。モングールの毛織物を八ゴルでお譲りしたいと言いたかったのです」
俺の言葉に、マクベンは眉間に皺が寄り、鋭い眼光が宿る。
「ははは、御冗談がお上手ですな。我々ベスティメンタ商会は様々な情報網を駆使して、帝国内の全ての都市でモングールの毛織物が市場に出ていないか情報を探っています。ちなみに、私の下にそんな情報は入ってはいない。つまり、貴方の提案には信憑性がありませんし、まだ見てはいませんが商品が本物である可能性は極端に低い」
乾いた笑いと、溜息が聞こえてきそうな冷めた声。
「えぇ、そうおっしゃられると思いましたよ。ですが、証拠ならあります。チノ、帽子を取ってくれ」
「う、うん······!」
いきなり声をかけられたチノは、ビクッと肩を震わせて指示通りに白い帽子を脱ぐ。すると、髪の毛と同じ色のフワフワとした毛に覆われた、二つの耳が姿を現した。
「こちらにいらっしゃるのは、モングール族の族長である、ボルテ・チノアその人です」
「なんと······どうしてここに人狼族が······」
「証拠として、帝国からモングールにかけられた税の概要書をお見せすることができます」
そう言って俺は、チノに目配せする。
「わ、わかったばい」
視線の意味を理解したチノは、持ってきた革製の鞄の中から木箱を取り出して、一枚の羊皮紙を机の上に滑らせる。
「これは、国王印······まさか本物なのですか······?」
「当然です。商会の長である貴方なら、国王印を偽造したらどのような罰が下されるかご存知のはずでしょう」
「も、もちろん······」
「言っていませんでしたが商品は二十点をご用意しております」
「に、二十点ですと! 我々は危機回避のために資産は各都市の商館の金庫に分散させているのですよ······そんな枚数を一度に購入するのは流石に無理な話です!」
この場の空気は完全に掌握した。あとは、マクベンが一番嫌がる言葉をかけてやれば良い。
「えぇ、別に全てを一度に購入してくれと申し上げている訳ではありません。帝都には他にも衣類を扱っている商会はありますからね、そちらに販売すれば良いだけの話ですし・・・・・ね?」
「そ、それは······!」
帝都一で有数の規模を誇る商会に依頼したとはいえ、日本円で一千万以上の大金を払ってまで我先に手に入れようとする貴族が、一つの商会にだけ声をかけるなんてありえない。
絨毯一枚売れば大きな売り上げとなる。だが、客は一人じゃない。その一枚を売ることで、お得意先である貴族に不平等が生じ、反感を持たれる可能性もあるのだ。
だからこそ、マクベンは手元にある一枚を売ることができないでいる。
大金が手に入ることは確定した。流れもこちらが握っている。やるべきことは、ただ一つ。ギリギリまで欲をかいて、モングールに対する最大限の利権を獲得することだ。
「ははは、冗談ですよマクベン殿。ベスティメンタ商会さんとしては、予約していただいた貴族の皆様に、遺恨が残らないよう販売したいという事ですよね?」
「はい······その通りです」
「でしたら、こうしては如何でしょうか? 我々モングールは保有する絨毯二十枚を全てベスティメンタ商会さんにお売りします」
「ですが今、その全てを買い取る資金が―――」
「構いません。先物取引······と言える程、高等な手法ではありませんが、この場を丸く収める方法があります」
提案に乗るしかないマクベンは、息を深く吸って吐き、ゆっくりと質問してきた。
「······その方法とは?」
「はい。現金の代わりに契約書を作成して頂き、ベスティメンタ商会さんの契約印を押して貰います。言わなくとも分ると思いますが、これは人質です。我々と交わした契約を反故にした場合は、契約書に押された印を使い、あなた方が長年の積み重ねてきた信用を崩壊させる楔にすると、先に宣言しておきます。これを条件で引き渡すというのはどうでしょうか?」
「分かりました······良いでしょう。それで、契約の内容とは?」
提案を聞いたマクベンは額に汗をが浮き出るものの、流石は一流商会の支配人というだけあって、すぐさま返答される。
「では、我々が提示する契約条件をお話します」
提示した条件は、以下の三つだ。
・モングールの毛織物の絨毯二十点の内、十点はこの場で一枚十ゴルで購入すること。
・残る十枚の代金は、一年後の納税時に一枚当たり十一ゴル、合計百十ゴルを支払うこと。
・今後十年間、モングール族で生産した、毛皮、衣類製品を五ゴル分以上、毎年買い付けること。
「こんなところでしょうか?絨毯の値上げ分は、預ける絨毯の保証金と利子、絨毯を売ったことで今後、貴族から得られる利益の一部としてお考えください」
「分かりました、その条件で飲みましょう」
「本当によろしいのですか? ここからカースド大森林まで、かなりの距離があると思いますが」
「ご安心ください。カースド大森林はグラン辺境伯の領地。そこは我等ベスティメンタ商会の支店がありますので、何も問題はありません」
マクベンは、少々疲れた様子でそう答えると、ゆっくりと立ち上がった。
「これから、契約書を作成しますので少々お待ちください」
「ではその間に我々も、商品を積んだ荷馬車をここへ連れてくるとします」
「はい、よろしくお願いします。印を押すのは検品後ということで」
「えぇ、ではまた後ほど」
こうして交渉を終えた俺達は、それぞれ部屋を後にして契約の準備に取り掛かった。
荷馬車を運んだ後、ベスティメンタ商会の検品を無事に終え、滞りなく契約を結ぶことができた。
「まさか、午前中にこんな大きな契約を結ぶことになるとは思いませんでしたよ。おかげで当館の金庫は軽くなってしまいました」
「はは、僕もです。まさか、こんなに早く契約を結べるとは思ってはいませんでした」
再度互いに、契約書とその控えの無いように間違いが無いか確認し、それぞれの羊皮紙を互いに仕舞う。
「では、代金のお支払いに移りたいと思います。貨幣の内訳は如何致しましょう、全てゴルの方がよろしいでしょうか?」
「いや、半数はシルで、残りはゴルでお願いしたい」
「かしこまりました。では、そのように致しましょう」
「それと、買いたい物があるんですが。その分は現物払いでも良いでしょうか?」
「おぉ、それは助かりますな。御所望の商品とは?」
金庫内の金が減るのはやはり痛いのだろう。提案と同時に、マクベルの顔が明るくなる。
「数種類の綿の布を大量に買いたいのですが、大丈夫ですか?」
「もちろんです。当商会は製品から原料まで幅広く取り扱っておりますので、心配は無用でございますよ」
「では、そうさせて頂きます」
「かしこまりました。いやはや、本日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ。急に伺ったにも拘わらず、本当に助かりました」
「今後とも当商会を御贔屓にお願いしします」
「もちろんです」
同時に手を差し出した俺とマクベルは、力強く握手を交わした。
ようやくこれで、今回の大まかな交渉事は全て終りを告げたのだった。
積んでいた絨毯の代わりに、大量の布と糸、それと百本程度の縫い針を荷馬車に積み込んで、商会の主であるマクベル自らが見送る中、俺とチノはベスティメンタ商会を後にした。
「今回はそんなに驚かないんだな」
御者台に座り、いつものように馬を巧みに操るチノに問いかけてみた。
「いや、驚きば通り越して呆れとるだけばい······まさか、本当に売ってしまうとは思っとらんやった」
「言ってただろ、ちゃんと売れるってさ」
「そうばってん、何で売れるってカズヒサが分かったのかが、うちには分からん」
「それは、俺が学生だった時に歴史の授業で習ったことが大きいな。それと、チノに見せて貰った税の一覧。必要のないものをわざわざ作らせて持ってこさせるなんてしないだろ?」
「そうばってんさ······うちには、さっぱり分からんよ」
チノは、不貞腐れたように手綱を振るって、荷馬車の速度を上げる。
「まぁ、なんだ。できることやれば良いじゃないか? チノにできないことは俺が、俺にできないことはチノがやれば良い。そうだろ?」
「······そうやね」
チノは溜息交じりにそう答えると、噴き出すように笑った。
隣で笑う少女の顔を見て、賭けに勝てて本当に良かったと安堵する自分が居る。
資金の準備は整った。これで必要な物品も十分に揃うことだろう。しかし、浮かれる気分には決してなれなかった。
なぜなら、これはまだスタート地点に立つ権利を得たに過ぎないと、理解している自分もいるからだ。
「また難しか顔ばしてどがんかしたとね?」
チノの声に自分が考え込んでいたことに気が付き、すぐに返事を返す。
「なんでもない。ちょっと居眠りしかけてただけだよ」
「あぁ、そうね。別に我慢せんで良かとけ、やっぱりカズヒサは面白かばい」
小鳥のようにコロコロと笑うチノを見て、本当にこの少女は周りを見ているのだなと、つい感心させられてしまう。
「あ、ほら皆が見えてきたばい。カズヒサがやったことを言ったら驚くばいね」
「大げさ過ぎだろ。チノ達が作った物を売り飛ばしただけだ、別に大したことはしてねえだろ?」
「そがんことなか、うち達が思いつかん事ばしたっちゃけん、すごかに決まっとるたい。カズヒサはもっと、自分に自信ば持ちんしゃい!」
そう言って、チノは俺の背中を叩いた。
近づいてきた俺達に気が付いたゲレル達は、こちらに向かって手を振っている。
それに答て大きく手を振り返すチノが、満面の笑みをこちらに向けて来たので、俺もそれに習って、手を振ることにしたのだった。
更新が中々できないくらい忙し過ぎてヤバいヤバいです
( ;∀;)
来週は二話更新できるよう頑張ります




