第二十一話【農大生の俺に、異世界の食糧問題を解決しろだって?】
【農大生の俺に異世界の食糧問題を解決しろだって?】
沈黙の後、静かに上げられた顔は毅然とした表情だった。だが、涙を堪える瞳は充血していて痛々しい。
「このままでは、この帝国は滅ぼされる・・・それは何があろうとも阻止せねばならぬ。だが、もう妾だけの力ではどうにもならぬのだ」
そうウルスラが言葉を発すると、隣に居たチノが吠えた。
「ふざけんでっ!」
皺が寄った眉間、憎しみの籠った瞳。
「あんた達は・・・あんた達は!うちらばどれだけ踏みにじれば気が済むとねっ!」
「・・・」
ウルスラは何も言わない。ただ、チノの言うことを黙って聞くだけだった。
「あんた達はうちらば滅ぼそうとしたとけ、次は助けろって? あんまり虫の良かことばっか言わんでさっ!」
チノは小さな肩で上下させどうにか息をする。
「四年前は卑怯か帝国にやられたばってん、あんた達がいくら強かろうとカズヒサ一人だけなら、守りながらでも都一つ滅ぼすことぐらいできっとばい!」
興奮したチノを制止しようとしたその時だった。
「はーい、そこまで!」
掌を打ち鳴らし、二人の間に割って出たのはアンフィビアンだった。
「まったく、話がこんがらがり過ぎなのよう。チノちゃん、あなたは一つ勘違いしているわ。とはいってもこれは、あの方が意図的に仕向けた結果だから仕方ないのだけれど。殿下、私から話をしても良いかしら」
アンフィビアンは後ろから優しく肩に手を当てると、ウルスラは黙って頷いた。
「これを言ってもあなた達は信じようとしないだろうけど、この際だから真実を教えてあげる。あなた達モングール族にとって帝国は敵だと思っているだろうけど、実は違うの。むしろ、あなた達は帝国の庇護下にあったといっても過言ではないわ」
「帝国は、うちらから家畜ば取り上げて飢え死にさせようとしたとばい! そがん話ば信じられるわけなかろうもん!」
すでに恐れるものはないという様子のチノは、怒りに任せてアンフィビアンに反論する。
「確かに帝国は今、食糧難に見舞われているわ。それの補填にあなた達の家畜を徴収しようとしたのも事実。だけど、あなた達はあの時家畜を取られたとしても結果としては大丈夫だったんじゃないかしら? 思い当たる節があるはずよ」
「何ばわけの―――」
「待てチノ」
チノを手で遮って、一歩前に出る。
「もしかして、モングール族の毛織物のことですか?」
「あら、カズヒサちゃん勘が良いわね。その通りよ、あなた達は毛織物で莫大な富を得ているはず。家畜の多くを失う代わりに、現金としての富を得ることこそがあの方にとっての最大の狙いだった。まぁ、そこに予想もしなかった存在が突然現れて、予定を引っ掻き回してくれたわけだけど」
「それが・・・俺ですね」
「そう。でもあの時点では、追加で家畜を分捕れとしか言われていないあの守銭奴と渡り合えた器量は素直にすごいと思うわ。あの方としては大量の家畜を連れているチノちゃん達が素早く移動できるように気遣い、少なからずの食料が帝都に供給されればい良いと考えていた。まぁ実際は、チノちゃんの力があれば家畜たちは素直に従うから心配はいらなかったのだけれどね」
アンフィビアンの話しぶりからして、チノの力のことは初めて会った時には既に知っていたという様子だ。
「賢いあなた達なら、誰があなた達を守っていたのか分かるんじゃないかしら?」
汗が頬を伝る。アンフィビアンが話したことをまとめると、モングールを守ろうとした人物が、たった一人に絞られるからだ。
「皇帝・・・ヴォルグスト・ビサンティオン」
「陛下と付けないのは不敬だけど、まぁ良いわ。正解よ、カズヒサちゃん。あなた達を守っていたのはビサンティオン帝国皇帝ヴォルグスト・ヴェルナー・ビサンティオン陛下、その人よ」
「嘘だっ!」
皇帝の名前がアンフィビアンの口から出た途端に、チノが即座に否定する。
「いいえ、紛れもない事実よ」
「信じられるわけがなかっ! 四年前、うちらば異端って言うて滅ぼしに来た帝国が、うちらば守る道理がどこあって言うつもりね!」
「道理ならあるわ・・・あなたの父親の名はエドゥゲーフ。そうでしょ?」
その名前が呼ばれた途端にチノは目を見開く。
「何であんたが・・・お父さんの名前ば知っとる・・・?」
「それは、私があなたのお父さんと友人だからよ。昔、一緒に旅をしたこともあるわ。それと・・・」
一瞬の迷いの後、真直ぐにチノを見て口を開いた。
「エドゥゲーフは、皇帝陛下の唯一無二の・・・親友だからよ」
アンフィビアンがそう言った途端、チノの足からは力が抜けてペタンと座り込んだ。
「わからん・・・あんた達が言いよることが、いっちょでんわからん・・・!」
「チノちゃん、あなたには真実を知ってほしい。四年前、帝国軍がモングール族を襲った本当の理由と、この帝国の現状を」
アンフィビアンは酷く悲し気な顔で、国と宗教と民族の間で翻弄される哀れな少女を見つめた。
「結論から言うと、あなた達を滅ぼさんと襲ってきたのは帝国軍で間違いないわ。だけど、あれは皇帝の権威で動くことのない軍。この国を真に支配する聖光教によって組織されたものだったのよ」
「ばってん、うちらば襲ってきた者達は確かに帝国旗ば掲げとった・・・」
「それは、聖光教の名が血で汚れないようにするためよ。聖光教の神に仕える皇帝が信仰心と忠誠心を示すために汚れを引き受ける軍を献上する。つまり、神の尊厳を貶めぬように神の代行者として帝国が汚れ仕事を請け負う。だから、チノちゃんが見た聖光教の軍は帝国旗を掲げていたのよ」
穏やかだった瞳は話を進めるにつれて険しいものへと変化していく。
「あれから、もう四年も経つのね・・・当時、私たちは聖光軍がクーストス辺境伯領に滞在していることは把握していた。同じ神を信仰しながら教義が違うエルシア同盟と小競り合いを起こすのかと動向をうかがっていたわ」
強く握りしめられる掌から関節が弾ける音が聞こえる。
「でも違った。彼らの本当の狙いは納税を終えたモングール族を追って集落の場所を突きとめることだった。移動を続ける数百人の集団を広大な草原で見つけることは不可能。でも帰路に着く彼らを追えばそれは容易い。そしてあの惨劇が起きた。ボルテ・チノア、貴殿を含む数名の子供が人質に取られ、先代ボルテ・チノアが命を落とした。そして、軍を全滅させた暴走状態の神狼を止めるために十数名のモングール族の命が失われた」
その呼吸は徐々に荒くなっていき、声は低くなっていく。
「それを知って激昂した陛下は単騎で王城を飛び出し、教会に乗り込んだ。そして教皇代理である枢機卿コンヴィクトと切り結んだ末に、陛下を含む帝国の民全てが破門された。そして魂の救済を失った民によって暴動が起きた・・・そして陛下は・・・帝都の教会広場にて・・・裸足で跪き三日三晩もの間、頭を下げ寝食も取らずに謝罪し続けたことで許しを得た・・・」
アンフィビアンはチノの前で膝まづき、チノの両肩を掴んだ。
「すまない・・・! 陛下と我はエドゥゲーフと盟約を結びながら、モングール族を守る事ができなかった・・・だからこそ!」
突然と変化した声質と口調は猛々しく、その姿に似合ったものになる。
「我は友の仇のために、主君の屈辱を晴らすために、聖光教を打倒せねばならん。力を貸してほしい・・・どうか、殿下の話を聞いてはくれぬだろうか・・・頼む・・・!」
頭を下げ、アンフィビアンは動こうとしない。チノは小さな拳を震わせ深く長い息を吐き出す。
「・・・頭ば上げてくんしゃい。今の話が本当かどうかは分からんし、今でも帝国が憎くてしかたなか。それは今でも変わらん。ばってん・・・うちは、お父さんのために泣いてくれたあんたの言葉ば・・・信じたか」
固く握られていた掌をほどき、チノは片膝をついてアンフィビアンと目線を合わせる。
「すまない・・・すまない、感謝する・・・!」
アンフィビアンはチノの左手を両手で包み、額に当てて感謝の言葉を述べた。
「一つだけ、お願いのあっとばってん」
「どんな願いであろうと、この命にかけて叶えよう」
その言葉にチノは首を横に振る。
「そがん大それたこと望んどらん。ただ、うちの願いは一つ・・・お父さんとした旅の話ば聞かせてくんしゃい」
「・・・喜んで話そう。だが、奴との話は一日では終わらん。腰を据えて聞いてもらわねばな」
チノは頷くと、握られている手を引いてアンフィビアンに立ち上がるように促した。
「殿下、お見苦しいところを・・・」
「構わぬ。激情に任せず、これまで良くぞ耐えてくれた」
チノはウルスラと目を合わせ、口を開いた。
「聞かせんしゃい。あんたはうちに何ばさせるつもりね?」
依然として、ウルスラに対して剥き出しの牙のような敵意は籠っているものの、どうにか取り乱さずにチノは話す。無礼な物言いでありながら、ウルスラは表情一つ変えず神妙な面持ちで答えた。
「うむ、このままではこの帝国は、聖光教によって滅ぼされる。それはどうあっても阻止せねばならぬ。妾の願いは唯一つ、其方等には聖光教を打ち滅ぼす手助けを頼みたい」
「・・・よかよ、聖光教は仇やけん。ばってん、力ば貸すとはうちだけ。他の者たちは絶対に誰一人として巻き込まんことが条件たい」
絶対に引かぬと言わんばかりに、毅然とした態度でそう言い放った。
「承服した。じゃが、一つだけ譲歩を求めたい」
「・・・何ね?」
「一人だけ、其方意外に必要な者が居る。カズヒサ、其方の助力なくして我が計略は実を結ばぬ」
「カズヒサば戦に出すことは許さん。力ば貸すとはうちだけたい」
チノはウルスラの頼みを即座に拒絶する。
「お、おい、ちょっと待てって。ウルスラは俺に頼んでるんだろ?」
「カズヒサは黙っときんしゃい! カズヒサはモングール族の一員やけん、族長のうちが決める!」
感情に任せたチノの物言いは、普段の平静を失っていた。
「ったく、怒りに任せるのはその辺にしとけって」
後ろから手を回して肩を抱き、チノの口を塞ぐ。
「カズヒサ、いきなり何ばすっとね!」
「チノ、落ち着いてくれ。俺のことをモングールの一員って言ってくれるのは嬉しい。だけど、ウルスラは俺の友達でもあるんだよ」
チノは抵抗するが、片方の腕は布を抑えなくてはならないため、簡単に押さえることができた。
「おいウルスラ、どうせ碌な頼み事じゃねえんだろ? いいぜ、受けてやるよ。その代わり、俺の禄でもない頼みを聞いてくれ」
「良いだろう、申してみよ」
「俺はこの世界で生まれた人間じゃない。別にこの世界が嫌いというわけじゃないんだが、家族に何も言えずにここへ来ちまったからさ、どうしても戻らなきゃいけないんだ。だから、元の世界に帰れる方法を探してほしい」
ウルスラは溜息を吐き出し、チノは抵抗をやめた。
「良いのか? 妾は其方を利用するだけ利用して、分からぬで済ませるかもしれぬぞ?」
「しねーよ。国の行く末を憂いて泣ける奴が、そんな不誠実なことできるはずがねえ。それにウルスラは俺の友達だからな、俺はお前を信じるよ」
ウルスラは目を見開く。そしてチノの方を一瞥して視線を俺に視線を戻した。
「良いだろう。妾が持てる全ての力を駆使して、其方を元の世界に戻す方法を調べよう」
「あぁ、頼んだぜ」
チノの口から手を離すが、チノが怒ることは無かった。
「悪いなチノ。俺の事を思ってくれてるってのは分かってる。俺が酷いことしてるってのもわかってる。だけど、可能性を捨てるわけにはいかないんだ、分かってくれ」
「・・・納得はしとらんし、たぶんできん。ばってん・・・うちはカズヒサと約束しとるけん、その手伝いばせんぎいかん」
その声は酷く不服そうで、煮え湯を飲むような表情でチノはそう言った。
「ありがとな」
「うちは族長ばい・・・結んだ約束は必ず守る。そのかわり、カズヒサがうちから離れることは許さん。それでよかね?」
チノはウルスラへと視線を移して問いかける。
「異論はない。むしろ初めからそのつもりじゃ」
二人が交わす言葉は先ほどの敵意は見られない。どうにか丸く収まったのだろう、思わず溜息が出てきた。
「ようやく口がはさめそうだから、色々聞かせてもらうぞ?」
「うむ、構わぬぞ。好きに聞くがよい」
同じく力が抜けたのか、ウルスラは椅子に腰かける。
「聖光教に国を滅ぼされるって言ってたけど、どういう意味だ?」
「良い質問じゃな。それは妾にもボルテ・チノアにも大いに関係のある話じゃ。奴らの狙いは、神の使いであった反逆の魔女の復活。その贄とするために人の領域を超えた妾たちのような存在を狙っておる。今思えば、四年前のモングール族への襲撃もボルテ・チノアに宿る神の力を狙ってのことだったのであろう。もし復活を許すようなことがあれば、魔女の力を維持するために帝国民は贄にされるじゃろうな。故に国が滅ぶということじゃ」
「良く分かんねえけど、反逆の魔女って聖書に書いてあった闇の神の眷属か?」
「うーむ・・・そうじゃな、今はその認識で構わぬ」
予想以上に壮大な話が出てきて思わず目が回りそうだが、どうにか耐えて本題の問いに入ることにした。
「魔女の復活とかよく分かんねーけど、俺たちは何をすれば良いんだ? チノはあれだが、俺を戦力として期待されても無理だぞ?」
「ふふっ、初めから其方の腕っぷしなど求めておらぬ。それに聖光教と正面からぶつかり合うのはまだ先の話じゃ。まずは、目の前の問題を片付けねばならぬ、隙を見ては攻め込もうとする隣国を黙らせる必要がある。そのためには国力を上げねばならん」
ウルスラは口元を微かに歪め、俺の方を見つめた。
「国力を上げるには潤沢な食料が必要じゃ。食料は良いぞ、食料は金を生み、金は物を、物は人を、人は情報を運ぶ。巡る金と物と人の量は国力と同義じゃ。まぁ、大仰な物言いをしたが、実際は信仰心を削ぎたいにすぎぬ。貧しく辛い暮らしの中に居る者達は心の平穏を求め、神に救いを見出す。ならば、物量で満たしてやればよい。そこでじゃ、其方等二人には、この帝国を巡って深刻な食糧問題を解決して貰いたいというわけじゃ」
「そんなこと俺に―――」
「できぬとは言わせん。この目で其方等が作った村を見た妾が言うんじゃ。食料が作れなくとも、その土地にあった品を作る知恵を其方は持っておるだろう」
ウルスラは逃がさんと言わんばかりに捲し立ててくる。
「だけど、魔物が出る森だぞ? 俺はともかく、長い間チノが村を空けるのは・・・」
「その点は心配いらぬ。魔物など一撃で屠る腕利きの騎士が、このレトリアで暇しておる。帝都に残してきた家族を呼べば喜んで其方等の村に駐留してくれるだろう。下働きで好きに使ってくれて構わぬが、家を一軒準備してくれると助かるのう」
あー言えばこう言うこの王女は、とことん俺を逃がす気はないらしい。
「・・・農大生の俺に、異世界の食糧問題を解決しろだって?」
口から零れ落ちた声がほんの微かに大気を揺らし、誰にも届くこともなく淡く消える。
冗談じゃない。俺はモングールの皆の命を背負うだけで精一杯だったんだぞ。でも、ことわったところでという話だ。ウルスラの話通りなら、どっちにしろ俺たちは滅びの道をたどることになる。そうなれば、元の世界に戻れなくなるかもしれない。
信じるとかほざいたくせに、こんな時でもメリットを天秤にかけて考える自分が嫌になる。
難しく考えるなと自分に言い聞かせる。どうせモングール族の食糧問題が解決したら、大陸を巡る予定だったんだ。それが少し早くなっただけに過ぎない。
ウルスラが元の世界に戻る方法を見つけることができない可能性は当然ある。むしろそっちの方が可能性的に高いだろう。だったら、俺は俺で戻る方法を旅をしながら探せば良いだけの話じゃないか。
「あーくそっ、わかったよ! 上等だ、解決すりゃ良いんだろ食糧問題!」
「初めから妾は、そう言ってくれると信じておったぞ」
「信じてたってお前、初めから選べる道は一つしか用意されてねえじゃねえか。俺も碌な奴じゃねえけど、ウルスラも大概だぞ?」
「はっは、そこは自覚しておる」
ウルスラは笑い、自虐的に返答してきた。
「しゃーねえ、俺は百姓の息子だ。やってやろうじゃねえか、大船に乗ったつもりで任せとけ!」
大見えを切ってはいるが、自信があるわけではない。やるしかないという状況で腹を括っただけだ。
「なぁ、チノ。十中八九、大変な旅になるけど一緒に来てくれるか?」
「何ば良いよっとねカズヒサは。さっき言うたろうもん、うちから離れることは許さんって」
そう言ってチノは俺の手を握る。小さな掌が俺の手を優しく、そして力強く握り締めてくる。
守りたいと思っていた存在に俺は守られていたことを知った。例え、この小さな掌で守られながらでも、チノの事を守りたいと思う俺は傲慢なのだろうか?
もし、神という存在が居るのならこれくらいの大罪は許して欲しいものだ。
こうして俺は、異世界の食糧問題を解決することになってしまったのである。
おまたせしました。
第四章終了です。




