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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第四章 大地の恵み 動き出した歯車
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第十七話【浴場造り 〜氷の石〜】




 窯が完成したといってもすぐに火を入れられるわけではない。セメントが完全に固まって安定するのを待たなくてはならないからだ。


 しかし、その間に何もやらないわけではない。むしろ、やることが多いと言っても過言ではない。


 いつ火を入れても良いように乾燥したタイルを窯へと運び入れ、五日前に発注した木材が届き始めたため浴場の建設も同時に始まった。


 そんな時に俺は何をしているのかというと、エレルヘグと共に山と森を隔てる崖の上を馬に乗って走っていた。


「そがん宝石、ほんなごてこげん岩だらけんとこにあっと?」


「あぁ、十中八九な」


 エレルヘグが宝石と言っているのは、このカースド大森林を訪れる際に最後に立ち寄った村の老人から託された石の事だ。


「あぁ。たしか、湖があって半日の場所って言ってたからな。その湖がうちの村の事を言ってるなら、そろそろ着くだろ」


 この森に移住して一年近く経つが、崖沿いにここまで来たのは初めて事だった。老人の話ではカースド大森林を山脈沿いに踏破したと言っていたことから、このまま崖沿いに進めばどこかに出るのかもしれない。


 この辺りは頭上に岩がせり出しており、雨が降っても雨宿りができそうだ。などと考えていると、前方で道が途絶えていることに気が付いた。よく見ると、どうやら右折すれば崖沿いにまだ進めるようだった


 バリケードを超えて二時間ほど進んできて、これまで何度か崖が窪んでいる場所があり、右折することがあったが今回はこれまでの中でも最も急な場所だった。


「急だから気を―――」


 そうエレルヘグに声をかけようとしたとき、目に入った光景を疑った。


「何やこい! すごさー!」


 依然として崖沿いに道は続いていた。しかし、頭上にせり出していた岩は窪みと共に亀裂が入って抉れており、その中一面に白色の結晶が姿を覗かせていた。

「こいつぁすげえな・・・」


「探しよったとってこいやろ?」


「あぁ、これで間違いない」


 間違いないが、想像以上のスケールに言葉がでない。


「なぁエレルヘグ、これってどうやってできたかわかるか?」


「そがんこと分かるわけなかろうもん。こがんすごかとは神様ぐらいにしか作れんやろ」


「じゃあ、ここが大昔は海の底だったって言ってたのは覚えてるか?」


「そいは石灰の話のときに聞いたけん知っとる。まぁ、信じろって言われた時は難しかったばってん」


「憶測でしかないが、これは昔竪穴で海底火山の噴火口だったんだと思う。そこから噴出される熱水が冷やされて何千何万という長い年月をかけて少しずつ結晶化してできたのがこれだ」


 巨大な結晶を中心に大小様々な結晶が交差し合っており、悠久の時に思いをはせる。


「はぁ? いきなり難しかことばおいに言われてもわからんて。何万年かかってできた石よか今日の飯の方が大事か。見つかったとやったらさっさ取って帰ろうで」


 馬から降りたエレルヘグはツルハシを手に亀裂の中へと入っていく。後を追って亀裂に入ると中は思った以上に広かった。


「ったく、お前はもっと自然の神秘ってもんに敬意を持てよな」

 

 はっきり言ってこれは奇跡だ。幾重にも奇跡が積み重なり混ざりあったその上澄みがこれだ。元の世界で探そうと思っても決して見つかることはないだろう。


「知るかて。ほらさっさと砕いて帰っばい」


 お構いなしのエレルヘグは、近くにあったほぼ背丈と同じ大きさの結晶に、ツルハシを振り下ろした。


「わぁー! 何やってんだ!」


 叫び声もむなしく、結晶は粉々に砕け散っていく。


「何って、デカかとば砕いた方が早う終わるろうもん」


「そ、そうだけど、ここは学術的にかなり貴重な場所なんだ。今砕いた結晶だってそこまで成長するのに百年以上かかるんだぞ?」


「こいが出来っとに時間かかるってのはわかった。ばってんこがんいっぱいあるっちゃけん別によかろうもん。っていうか、学術的ってなんかて?」


 エレルヘグがそう言った感想を持つのも無理がない。価値あるものを理解できるのはそれに対する知識を持つ者だけだからだ。


 大学で地質学を学んでいた俺と、羊を追って生きてきたエレルヘグとでは価値観に違いがあるのは当然のことである。


「学術ってのは、簡単に言うと物事やそのことわりを学んで自分の糧にする方法のことだ。言葉や文字、数や計算、自然の摂理、なんだったら生き方なんてもんも学術になる」


「そがんと、言葉が話せて羊の数ば数えらるっぎ生きていけるやん。学術じゃ腹は膨れんばい」


 確かにそうかもしれない。これまで生きてきて必要なことは言葉が話せて、家畜の世話や草原の場所を覚えることで事足りていたのだろう。


「言ったな? じゃあ俺が学ぶことの大切さってやつを教えてやんよ。そうなったら、さっきみたいなこと言えなくなるぜ」


「うわ、またカズヒサが面倒くさかことば言い出した」


「まぁ、今は俺の言うこと聞いとけって。ほら、あっちの小さい結晶から取りに行こうぜ」


「はぁ・・・わかったよ」

 壁面をびっしりと覆っている結晶をツルハシで砕いて欠片を集める。


「そいで、こいにはガクジュツてき(?)価値はなかとや?」


「めちゃくちゃあるぞ。だけど、あのデカい奴に比べたら優先度は低いな。今の俺はあれを調べてもどうしようもないからやらしねえけど、何百年か後にこの世界の成り立ちとかを知ろうとする物好きが役立ててくれるだろうさ」


「ふーん、そんなもんや?」


「そんなもんだ」


 結晶を袋に入れ、馬に背負わせる。


「もう積めねえな。帰るか」


「うん、そういえば結局聞いとらんやったばってん、この宝石は何やったと?」


 エレルヘグは掌で結晶を転がし、太陽の光に当てながら問いかけてきた。


「あぁ、それか? そいつは氷長石っていうんだ」


 その掌に握られた氷長石は日の光を透かし、エレルヘグの瞳を淡く輝かせていた。




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