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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第四章 大地の恵み 動き出した歯車
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第十五話【浴場造り 〜煉瓦作り〜】



 引き戸に水浴びの木札がかかっていないことを確認して戸を開ける。中は明かりが灯っていて、土間と部屋を隔てる衝立と衝立の間にかけた暖簾をかき分けて、チノが出迎えてくれた。


「おかえり、カズヒサ」


「ただいま。腹減ったし、さっさと飯行こうぜ」


「今行っても食堂は混んどるやろうと思うけん、先に身体ば拭かんね? 汗ばいっぱいかいたやろ? 帰って来っぎすぐ使えるごとって思うて、お湯ば沸かしとったばい」


 確かに今の時間帯は食堂はファミリー層が多く利用しており、料理の提供にも時間がかかるため、チノの提案を飲んだ方が良さそうだった。


「それもそうだな。じゃあ身体拭いてくるわ」


「うちがタライにお湯ば入れとくけん、カズヒサは手拭いと服ば持ってきんしゃい」


「悪いな、何から何まで」


 衣服棚から肌着と手ぬぐいを手に取って土間へ戻ると、チノが竈で沸かしたお湯を柄杓でタライに移していた。俺は手桶を取って水瓶から水を汲んでタライに注ぎ足す。


「ありがとな。じゃあ浴びさせてもらうわ」


「うん。急がんでよかけん、ゆっくり洗いんしゃいよ」


 そう言ってチノは土間を上がり、暖簾をくぐって部屋の方へと入っていった。作業用の座卓から音が聞こえたことから、チノは針仕事して待つ気なのだろう。

 


 空のタライの中に座り、風呂用の手桶でお湯を取って頭に少しずつかけて濡らす。

 元の世界に戻ることができたなら、まずやりたいことは大量の熱めのお湯を使って身体を洗う事だろう。これがかなり贅沢な事であるとは一年前まで気づくことができなかったとは、何とも我ながら情けない話だ。


 泡立ちが弱い石鹸で髪と身体を洗って皮脂を浮かし、石鹸まみれの手ぬぐいを洗ったお湯をかけてまとめて洗い流す。もう一度奇麗なお湯で頭髪と体を流し、最後に良く絞った手ぬぐいで体を拭えば風呂は終わりだ。


 足が汚れないように敷いた簀子スノコの上で体を拭いていた時、衝立の向こう側からチノが話しかけてきた。


「そういえば、カズヒサと大ハルツァガの麓で会ってから一年経つたい?」


「あぁ、そっか。あれからもう一年経つのか、早えなぁ」


 時の流れの早さに驚いていると、チノが続けて話す。


「そいでさ、去年は移動ばせんぎいかんやったけん、一月早く儀式ばしたとよ」


「儀式?」


「そう、儀式。うちらモングールは神狼ボルテ・チノアの加護ば受けて生きる民。それで族長になるもんは、名前ばその身として神狼に捧げて、ボルテ・チノアという同じ名前ば与えられるとよ。それで、ボルテ・チノアになった者は一年に一度、神狼との対話ばせんぎいかんとさ」


「対話?」


 聞き替えすとチノは、一度だけ頷いて話を続ける。


「神狼の声ば聞くためには閉ざされた場所で一人にならんぎいかん。そいが、一週間続く」


「やっぱり、その間は誰とも?」


 予想できることだが、聞かずにはいれなかった。


「会ったらいかんことになっとる。この儀式は本当ならうちらの聖地、ハルツァガの洞窟ですっとばってんまぁ、この辺は洞窟も沢山あるけん大丈夫やろう」


 どうやら、土地はそれほどこだわりは無いらしい。


「それで、いつやるんだ?」


「三週間後やね。儀式が終わる頃にはお風呂できとるやろうし、楽しみにしとっけん?」


「あ、あぁ。間に合うように頑張るよ」


 話が終わるとほぼ同時に身体は拭き上がり、乾いた肌着を着る。使った後のお湯が入ったタライを持って外に出て家の裏に捨てる。

 そのまま川まで歩き、水で流して陰干しする。手桶とお湯用のタライも外で陰干しすれば片付けは終わりだ。

 

 ここ最近は、昼はまだ暑いが夜は肌着だけでは肌寒い季節になってきている。


「はぁ、もう秋かぁ・・・」


 おっさん臭い溜息を吐き、部屋に戻って服を着る。


「待たせたな。飯行くか?」


「うん」


 チノは口角を上げて微笑み、短く返事をする。

 艶やかな白銀の神を揺らして立ち上がると、少しだけ背が伸びたかのようにも思えたが、それを言うとすぐに調子に乗るのでやめておくことにした。


 家を出た俺たちは、星々の輝きの中を二人で歩いた。


 ***


 二日目の朝が始まった。


 水車横に陶石と石灰岩の山が築かれてはいるものの、これだけでは足りないのが現状である。しかし、追加される石達を処理する能力がないため、今日からは砕石や成形を行う班と、燃料や追加の石を集める班に分かれることとなった。


 そこからは作業効率がどんどんと向上していった。

 運び込まれる石達は水車の砕石器にかけられて粉になり、それを回収して水で練って粘土にする。粘土は型に入れられて煉瓦となり天日で乾燥される。

 その隣では、バリケードの外で伐採されてきた木材が運びこまれ、乾燥と燃焼の効率を上げるために細切れの薪となって、これまた天日で乾燥の真っ最中だ。


 それから数日がこの流れで進み、雨が降るということもなく、どうにか六日目の朝を迎えることができた。


 乾燥した煉瓦を初日に作った竈に並べていく。

 最初は円形に並べていき、その上に隙間を作るように重ねていく。一段重ねるごとに陶石の粉をまぶすことで、焼成時にくっつくのを予防することができる。


 二メートル程の高さまで積み上げて、その中に麦藁、小枝、薪の順番に放り込み、火の着いた麦を日干し煉瓦の隙間から押し込み、内部にある燃料に着火させる。


 濛々と煙が上がったところで、ふいごで風を送って火を大きくしていく。火が行きわたったら、並べた煉瓦の周囲に薪をくべて燃え広がらせる。


「昼頃までは低温を保ちたいから、薪の追加は消えそうになるまでしなくていい」


 追加の薪をくべようとしたハワルを止める。


「何でや、一気に燃やした方が早かっちゃなかと?」


「あー、煉瓦の中にどうしても水分があるからな。一度それを抜いとかないと水が沸騰して、穴が開いたり、形が崩れたりしてしまうんだ」


「なんや、燃やすだけと思っとったぎ、結構大変かったいな」


 そう言ってハワルは薪を置いて、薪割に戻っていった。


 今回使っている陶石は、磁器と呼ばれる種類の食器や調度品の原料で、粘土で作る陶器に比べると格段に耐火性に優れているのだが、その分必要な燃料も増大する。


 水分が抜けたら、陶石に含まれるカオリンなどから出る結晶水を放出させるために、薪をくべて温度を六百から七百度まで上げ、これを日没まで維持する。


 磁器製作であればここで素焼きが完了となり、一度取り出して釉薬などを塗るが、今回はその必要がないため、燃料を追加して燃焼を促し、大量の酸素を送って温度を千二百度まで上昇させて焼成する。


 その際、陶石が融解してムライトと呼ばれる結晶をつくることで、ガラス質を形成して固く崩れない煉瓦となる。


 三人一組の三交代で見守ることとなり、俺とナマルとウウゥルは夜の当番になった。


 昼過ぎに作業を切り上げ、それぞれの家で仮眠を取る。煉瓦が焼き終わるまでは、このような変則的なシフトを組むことになるだろう。


 夜になり定刻に水車へ戻ると、既に二人が来ていて前の当番の者を帰しているところだった。


「薪を足したら起こしに行こうと思ってたんだが、意外と早く来たな」


「だいぶ月も動いたけんな、そろそろかにゃって思うてさ。カズヒサが来たってことはピッタリやったったいな」


「ほー、見事なもんだな」


「草原は狼が出るところもあれば、盗賊が出るとこもある。そいでも草ば食わせんぎいかん。夜は交代で羊の番ばしよったけんなぁ、カズヒサもすっぎ自然と身につくぞ」


「あー、遠慮しとくわ」


 二人は俺の返答に笑い、ウウゥルが干し肉が入った袋と馬乳酒入りの水筒を渡してきた。


「ほい、こいがカズヒサの分」


「お、気が利くな」


「やろ? つまみながらやろうと思ってさ」

 そんな談笑をしつつ、俺たちは作業に取り掛かった。


 薪を煉瓦の中に入るだけ放り込み、周囲にも同じように薪をくべる。それが終わったらあとはひたすらふいごで空気を送り込んで火力を上げる。


 干し肉をナイフで一口大に切って放り込み、しゃぶりながら鞴を動かし続ける。

 

 積み上げられた煉瓦の隙間から漏れる光。てっぺんから吐き出され続ける火の粉はどこか幻想的だった。


 鶏舎の方から雄鶏が鳴き声を上げ、夜が明けるのを知らせる。


「もう良いだろう。薪の追加を止めて、あとは風を送るだけにしようぜ」


「うん」


「わかった」


 早かった日の出も徐々に遅くなってきていることから、冬の訪れが近いことを感じさせる。小鳥たちも徐々に囀りだしたころ、東の空が明るみ始めた。


 薪が全て燃え尽きたのか、鞴で風を送っても火の粉が立たなくなってきた。

おー

「あとは冷えるのを待てば終わりだ。皆が来る前に、今日の分の煉瓦を近くに運んどこうぜ」


「そうだな。ほら、もう少しやけん頑張れさウウゥル」


「うん・・・ねふたかぁー」


 薪の追加をしなくなった頃からウトウトしていたウウゥルは、目を擦りながらナマルの後を付いていく。


 今日の分の煉瓦を運び終わる頃、群青色だった空の果てから太陽が頭を出し、青空に変わり始めていた


「おーい、どうだー?」


 一番乗りはハワルとゾンだった。


「今、火を落として冷ましてるところだな。多分上出来だ」


「そいぎんた良かった。ばってん今日焼く分の煉瓦は、この竈だけじゃ足りんやろ。新しく何個か作るや?」


「あぁ、その辺は大丈夫だ。今焼いた分で竈を二つ作るから、石は集めなくていいぞ」


 煉瓦が十分に冷えたことを確認して手に取ると、焼きムラは当然あるものの十分使えるレベルの煉瓦が完成していた。


「外側だった面を内側に向けて並べてくれ」


 どうしても上段になると、外側に火が通りにくいため、竈として使って火を通していく。


 この作業を一週間も繰り返すと竈の数が十個にまで増え、一日に生産される煉瓦は二千個を超えていた。作り始めてからの総数も一万を超えたため、日干し煉瓦の生産を一旦停止してストック分の焼成に専念することにしたのだった。

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