第十三話【浴場造り 〜風呂欲しくね?〜】
塩作りを終え、どうにか無事に村へと帰りつくことができた。
帰路の道中は、行きに比べて重量が増えたせいか、海と崖までの間にある森を抜ける際に、車輪が土に取られるトラブルもあったが、斜面から落石が降ってこなかっただけでも良しとしよう。
昼前頃に帰り着いた俺たちが真っ先にやったことは、塩を乾燥させるために炒ることでも、チノへのあいさつでもなく、温かい真水で体を洗う事だった。
夜の砂浜で寝ているときは、体に粒子の細かい砂が付いてくれていたおかげで、乾燥(?)してサラサラだったのだが、仕事中や帰っている最中では、海水や汗が乾燥してできた塩が全身を覆い、汗をかくと水分と塩と皮脂が混じりあってベタつき、痒みを伴ったり湿疹になったりして不快指数は臨界点を優に超えてくる。
「あー、生き返るぜー」
「ほんなごてぞ、やっと人並みに戻れたばい」
塩の乾燥作業を調理場を切り盛る女性陣にぶん投げた俺たちは、それぞれの家に帰り、体を洗って温かいお湯を浴びた後、溜池から溢れた水が流れ落ちてくる水場に自然と集まり、体の火照りを冷ましていた。
流れ込みには水車が設置され、絶えず一定の速度で回り続けていて、その回り続ける水車をボーっと眺めていると、無意識のうちに自分の身体を掻いていた。
鎖骨と胸の間を見ると、すでに赤くなっていて発疹が出ている。汗に被れてできたこれを人々は汗疹と呼ぶ。
子供の頃、よく汗疹になっていたなと、痒みに昔の記憶が呼び起こされる。
この世界には抗生物質がないため、飛び火にでもなってしまったら大事だ。
衛生面に今以上に力を入れなくては、皮膚病を発症してしまう者も出てくるかもしれない。というより、既にいる可能性の方が高い。
この世界には皮膚科に行くと、すぐに処方されるステロイドなどという便利な薬はないため、衛生環境を整える他に手はないのだ。
今、畑で栽培している作物の収穫まである程度の時間的猶予がある。それが収穫されると、納税のためにレトリアまで赴かなくてはならないため、一ヵ月程村を空けなくてはならないわけだ。
体感的に暑さのピークも過ぎた気がする。帝国が作ったという暦に照らし合わせても、日本のお盆の時期は過ぎてるし、これから来る季節的にもそろそろ欲しい。
材料的にもこの水車が完成してからずっと、エレルヘグと幼い子供たちが作り続けているため問題ない。
「よし・・・なぁ、みんな」
声をかけると、談笑していた者達も一斉にこちらへと視線を向けてくる。
「一家に一つは手間と燃料がかかりすぎて無理だけどよ、一つドンっとでかい風呂が欲しくねえか?」
「はぁ?」
「風呂? あぁ、温泉のことやろ? そりゃ、あるぎよかばってんさ・・・いきなりどがんしたとや?」
「風呂っていうぎ、王様とか貴族じゃなかぎ持てんやつやろ?」
「ここには、温泉すらなかっちゃけん、おい達には夢もよかとこばい」
出てくる発言はマイナスなものばかり。だが、欲しくないわけではないようだ。
ならば、こいつらが飢えているものを抱き合わせて、刺激してやればいろ
「そうか。いらねえならしょうがねえ。女は風呂が好きだからなぁ、残念だ。何がとは具体的に言えねぇけど、運が良けりゃあ色んなもんが見れたんだがなぁ。ま、いらねえならしょうがねえか・・・」
日本では、エロスなんて道端の雑草のようにあふれていた。しかし、この世界の独身=童貞どもはエロに飢えに飢えまくっている・・・はず。
そこを上手く刺激してやれば、己の欲望を抑えつつ興味がないふりをして乗ってくることだろう。
「やろう、カズヒサ」
「おいおい、誰がいらんって言うたかて」
「おい達は、何ばすっときでん一緒やろ?」
「しょうがなかにゃー、カズヒサが欲しかとやっぎ作るしかなかやろ!」
「女たちば喜ばすっとも男の甲斐性やけんな」
まさかの即答。こいつら、若いだけあって欲望に忠実である。この様子であれば、俺のスマホに入っている画像を見せたら、さぞ喜んでくれることだろう。
ツッコみたい。ものすごくツッコみたいのだが、ここはぐっと堪えて刺激せず、乗っておくが吉だ。
「お、そうか! そこまで言ってくれるなら協力してくれ!」
「おう!」
「任しとけって!」
こうして、下心を原動力に浴場作りが開始されたのであった。
だが、彼らは知らない。
浴槽を作るということが、いかに高い文明水準を求められるかということを。
***
その日のうちにチノとゲレルから了解を取り、翌日早朝から浴場作りが開始された。
夏のピークが過ぎたせいか、随分と早朝は涼しくなっていて過ごしやすい。
調理場では食事の支度が始まっているものの、まだ誰もいない食堂で会議が開始された。
「で、おいたちは何から始めるぎよかや?」
「お、気合入ってんなー! そうだな、まずは材料集めだ。といっても見分けがつかないと話にならんから、説明を良く聞けよー」
食堂で集合した俺たちは、いくつかの石が置かれた机を囲む。
その中の石を一つだけ手に取り、皆に見せる。
「これは、水車作った時に説明したよな?」
「あぁ、石灰岩やろ? 昔の生き物が石になったっていう」
「お、正解だウウゥル。そんじゃ、これはわかるか?」
手に取って見せたのは、同じ白色の石。しかし、先ほどの石灰岩とは違い、所々に山吹色が混ざっているのがこの石の特徴である。
「そいも石灰岩じゃなかとや?」
「と、思うだろ? 実は違うんだよ。こいつは陶石つってな、ケイ素やアルミニウムが主成分の石だ」
「ケイソ? アルニウ?」
「あー、その辺は考えなくていい。説明してたら日が暮れちまう。とりあえず最初の仕事はこの二つの石を大量に集めることからだな」
「おう、そいぎ荷馬車の準備ばせんぎいかんな」
「そうだな、そんじゃ一番大きい金槌を持って出発してくれ。場所と石の見分け方はエレルヘグが知ってるから教えて貰うといい。あ、そうだった。エレルヘグ、まずは陶石から集めてくれ」
「陶石やね、わかった!」
水車が完成してからというものの、石拾いと砕石はエレルヘグに任せてあるため、石の分別法の指導は彼にやってもらうことにしよう。
「で、カズヒサは何ばすっとや?」
重要な事をエレルヘグ任せにしたことで、俺が別行動を取ることに気が付いたハワルが問いかけてきた。
「俺は持ってきた石を加工するのに使うもんを作るから、そっちの事はハワルとゾンに任せる。あと、そうだな・・・手先が器用な奴が欲しいから、ナマルとウウゥルを貰っても良いか?」
「あぁ、良かばい。こいつら重労働に向いとらんけんな。そいぎ二人はそっちで頑張れよ」
ハワルは俺の頼みを即答すると、生贄を差し出すようにナマルとウウゥルの背中を押して突き出す。
「あ、ハワルてめえ!」
「まーたカズヒサは、おい達ばこき使う気やろ?」
ナマルはハワルに食ってっかかっているが、ウウゥルは最初からあきらめている様子だ。
「ほら行くぞ、俺たちはあっちだ」
皆が厩の方へ向かったのを見送って、俺たちは木材を加工するための工房へと歩き始めた。




