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農大生の俺に、異世界の食料問題を解決しろだって?  作者: 有田 陶磁
第一章 草原の月 狼の少女
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第六話【帝都での買い物Ⅰ ~お金が無いんですね、わかります~】

アクセスしてくださってありがとうございます。

楽しんで頂けたら幸いです。

第六話【帝都での買い出しⅠ ~お金が無いんですね、わかります~】



 目が覚めて、顔を洗うために外へ出ると、日の出前にも関わらず、ゲレルを筆頭に若い男衆達が羊を追いまわしていた。


「おはよう、ゲレルさん」


「おう、カズヒサか······」


 ゲレルは捕まえていた羊を、近くの青年に引き渡し、柵の外にいる俺に近づいてきた。


「チノの様子はどがんや?」


「あぁ、もう落ち着いてる。あいつも日が昇ったら起きると思うぜ」


「そうか······それは、ようやったな! あのチビは一度泣き出すぎ、機嫌ば直すまで時間のかかるけん、おいにはお手上げやったぞ! 全く、お前はどがん魔法ば使ったとか?」


 ゲレルは大笑いしながら、容赦無く丸太のような腕で俺の頭をバシバシと叩いてくるが、それに悪意が無いことだけは分かる。


「お、おい、やめてくれって······背が縮むだろっ······!」


「あ、あぁ、悪い、悪い······にしても驚いたばい······」


 目算で身の丈が百九十センチ近くあるゲレルは、腰を屈めて俺に耳打ちする。


「······で、もうチノとはやったのか?」


「え······?」


 言葉の意味を咄嗟に理解できなかった俺に、体勢を戻したゲレルはニッと白い歯を出して笑った。

 その笑顔で理解が追い付き、自分でも解るほど顔面に血が集中していく。


「な、何言ってんだ! あいつはまだ十四だぞ! 六つも年下の子供に手を出せるか!」


「顔ば赤くして何ば言いよっとか。おい達は十五には結婚して、普通は十六、七には一人目ば産むとたい。そいが、ちょっと早かだけやろうもん?」


「あんたら一族が早すぎんだよ! 俺がいた世界では、二十歳過ぎてからが普通だっ!」


 息を切らしながら反論するも、二倍以上年が離れているゲレルは余裕の笑みを浮かべてこう聞いてきた。


「なんやお前、二十になっても童貞や?」


「ど、ど、童貞じゃ······わ、悪いかよっ!」


 俺の答えに、ゲレルは豪快に笑い背中を叩いてくる。


「二十過ぎても童貞の奴ば、おい達はヘタレ野郎って呼ぶ。そういや······」


 ゲレルは不意に遠くを見るような表情を見せて、途切れた言葉を再度紡いだ。 


「先代の族長の旦那、チノの親父もヘタレ野郎やったな」


 ゲレルの零した言葉に、俺はチノに父親のようだと言われたことを思い出す。


「はぁ······もう十分に揶揄っただろ? それ、俺も手伝うよ。何をすれば良いんだ?」


「なーに、もうじき終わるけん気にせんでよか。カズヒサには買い出しばしてもらわんばいけん、今はゆっくりしとけ」


「そうか······なら、お言葉に甘えさせて貰うよ」


「そいがよか。準備ができたら呼びに行くけん待っとけ」


 そう言われたため、ゲレルとは柵越しで別れ、チノが眠っているゲルに戻ることにした。


 ゲルに戻る途中で、まだ顔を洗っていないと気が付き、水瓶が置かれている裏手に回る。

 水瓶の中から柄杓で水を掬い、片手に流して顔を洗う。冬の外気によって冷やされた水は、脳を覚醒させるには十分な威力を発揮した。


「流石に慣れたが、やっぱ冷てえな······」


 もう一度水で顔を洗っていると、後ろから声をかけられる。


「おはよう······カズヒサ」


 顔を濡らす水を掌で拭い取り、挨拶を返した。


「あぁ、おはようチノ。よく眠れたか?」


 振り返ると、ゲルの陰から顔だけを出して、こちらの様子を伺うチノの姿があった。

 身体を隠しているにも関わらず、その特徴的な耳はヒクヒクと動き、その意味を無くしていた。


「うぅ······何でカズヒサは、そがん平然としとっとよ······?」


 頬を赤らめて問いかるチノの耳は、シュンと折れて縮こまっている。

 よし、ここは一つ、成人した大人の余裕という物を見せておくことにしよう。


「はっはっは、チノと違って俺は、あの程度でドギマギするほどガキじゃねえってことだ」


 何となく、さっき揶揄ってきたゲレルのニヤリとした顔が脳裏によぎる。


「う、うちはもう大人やもん! そ、それに族長ばい! ば、馬鹿にせんでよね!」


 顔を真っ赤にして必死に抗議してくるチノを見て、よく喧嘩した妹を思い出す。


「はいはい、悪かったよ大人の族長様」


「今、絶対馬鹿にしとったやろ!」


「してない、してない。チノも顔を洗いに来たんだろ? 今日は税を納める前に、市場で必要物品を買い付けに行くから、早めに支度を済ませな」


 そう言いながら、頬を膨らませているチノの頭をクシャクシャに撫でた。


「もう、子ども扱いばせんでさ······」


 乱れた髪を直すチノは、不貞腐れながらも素直に顔を洗い始めた。

 手早く顔を洗い終えたチノは、首を傾げながら問いかけて来た。


「そいで、今日は何ば買うと? やっぱり種麦とかやろうか?」


「まぁ、もちろんそれもあるんだが、色々と必要な物があるんだよなぁ······そういえば、金はあるのか?」


 俺が投げかけた質問に、チノはニッと笑って口を開く。


「安心しんしゃい! 三百シルもあるけん大丈夫やろう!」


 チノが自信満々にそう答えたので、一瞬大丈夫なのかと思いかけたが、次の瞬間冷や汗が全身の毛穴から流れ出した。


「三百シル······たった三百万じゃねえか! それで三百人分の準備ができる訳ねえだろ!」


 この世界の物価を完全に把握したわけでは無いが、どう考えても産業革命が起きていないこの現状を見て、元の世界と物価が同じであることなど考えられるはずが無いのだ。


「えっ······これで足りんと?」


 たしかに、三百シルは大金であり、チノの反応も納得はできた。だが、現実はあまりにも厳しい。


「悪いが······全然足りない。食料はもちろん、森を開拓するにも鉄器が必要だ。それに、大森林ってことはまとまった雨が降るはず、今使っているゲルは腐敗して使えなくなる。つまり家を建てるための道具も必要になってくるわけだ」


 俺の話を聞いたチノの顔からは、みるみる内に血の気が引いて行く。


「そんな······どがんしよう、羊と馬ば売らんばやろうか······」


 モングールの家畜の数を正確に把握している帝国の事だ。これも、策略の内なのだろうと溜息がでそうになるが、俺がこの調子だとチノが怯えてしまう。今は、資金作りに思考を集中させるべきだ。


「いや、家畜を売るのは最終手段だ······チノ、金に換えられそうな物を探す。帝国に提示された税の概要が書かれている羊皮紙を出してくれ」


「う、うん······!」


 チノは返事をして一度だけ頷くと、ゲルの中へと木箱を取りに行った。

 木箱を抱えて戻ってきたチノは、その中から一枚の羊皮紙を取り出して、すぐさま俺に手渡してくる。

 しかし、受け取ったた羊皮紙をどんなに神妙な面持ちで見つめようと、文字が読めることは無かった。


「······うーん、読めん!」


 俺の一言にキョトンとしたチノは、手で口元を抑えてクスリと笑った。


「ふふっ······もう、こんな時に笑わせんでさ」


 チノは笑うまいと堪えているが、小刻みに肩を震わせて


「おいおい、そんなに笑う事かよ?」


「だって、何でもできるカズヒサにも、できんことがあるったいと思ったら可笑しくってさ」


 一通り笑い尽したチノの顔は、幾分か血色が良くなったように感じた。


「俺にだってできないことはあるさ······」


「うん、分かっとるよ······全部カズヒサ任せになってしまっとたけん、うちにもできることがあって嬉しかったっちゃん」


「そうか、なら頼んだぜ?」


 俺は手に持っている羊皮紙をチノに渡し、書いてある内容を翻訳して貰うことにした。


 税で納める物品の内訳はこうだった。

 ・羊   三百頭

 ・牛   七十頭

 ・羊毛  重りを乗せて満載した荷馬車一台分

 ・毛織物 規定丈の絨毯が十五枚

 ・チーズ 荷馬車一台分

 ・ウルム 大樽二つ分


「······簡単に言えば、これが帝国にとって必要な物のはずだ。この中で効率よく金に換えるとしたら······」


 どう考えても一番金になりそうなものは家畜だろう。だがそれは食料であり、今後農業をやっていく上でも必要になってくる家畜だ。これ以上、数を減らすわけにはいかない。


 チーズもウルム(バター)もそうだ······貴重な食料は減らせない。ということは、この中で消去法で出されるのは毛織物だけだった。


「······ん?」


 その時、帝国が提示した税の物品になんとなく違和感を感じた。


「おいチノ、この毛織物の絨毯ってこれまでずっと税として出し続けていたのか?」


「うーん、たぶんここ五年くらい前からじゃなかったかな? お父さんがこんな物ば取ってどがんすっとかって愚痴ば溢しよったとば覚えとるけど······それがどがんかしたと?」


 その答えに、何かが引っかかった。


「······絨毯······十五······少数······?」


 そして、俺の頭の中に一つの結論が導き出された。


「おいチノ、毛織物だったら何でも良い、今まで帝都で売りに出したことはあるか?」


「······そいは無か。うちらが作ったもんば、帝国のもんが使うわけなかたいね」


 落ち込み気味にチノはそう言ったが、それは俺の推測が正しいという確率を跳ね上げる結果となった。


「今から集められる絨毯はどれくらいある?」


「まだ使ってないのが二十枚くらいあるはずやけど······?」


「それで十分だ。取り合えず、集められるだけ集めてくれ」


「よ、よくわからんけど、とにかく集めればよかとね?」


「あぁ、頼んだぜ族長さん?」


「もう、絶対に馬鹿にしとうやん······じゃあ、行ってくるけん待っとって」


 頬を膨らましたチノは、そう言って走り去っていった。



 できるだけの準備を済ませた俺達は、再び帝都の中に入った。


 市壁を超える時の人頭税は、フランツから受け取った羊皮紙を見せたおかげか、俺の顔のせいなのか分からないが、昨日と同じ検問官が無料で通してくれた。


「まずは、昨日の市場に向かおう。ゲレルのおっさん達は、朝っぱらから羊と追い駆けっこで腹も空いてるだろうから、何か食わせてやらねえと」


「うん、わかった」


 荷馬車は市場に到着し、昨日と同じように露店で買った食べ物をゲレル達に渡して、買い出しに出る間の見張りを頼んだ。  


「まずは何ば買うと?」


「いや、まずは金が必要だ。この辺で一番大きな衣料品の商店に向かおうと思う」


「······本当にうちらが作った物が売れるっちゃろうか?」


 チノは不安そうな表情をしているが、俺には勝算があった。

 とりあえずこの市場の事を知らない俺は、近くにあった衣料品の小さな商店に入ることにした。


「すぐに戻るから、ここで待っていてくれ」


「うん、待っとるけん。急がんでよかばい」


 チノを店の外で待たせ、店の中に入ると、小太りな主人が出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ······おや、旅人の客人ですな。今回は何をお探しで?」


「妹と行商をしていてね。風が冷たいと言うから、暖かい帽子を探してるんだ。丁度良い物はあるか?」


「それはそれは、今年の冬は厳しいですからな。それでご予算はおいくらで?」


「一シルだ」


「······では、そちらの箱の中からお選びください」


 主人は店の中の一角に置いてある、木箱を指差して選ぶように促した。


 木箱の中には毛皮で作られた帽子や、ニット帽などが入っていた。


「髪が銀色だからな······白で良いか」


 十中八九、ウサギの毛皮で作られたと思われる帽子を手に持ち、主人の下へ向かう。


「これを頼む」


「では、一シルになります」


 おそらく、大きくぼったくられているのだろうと感じつつも、そこは我慢して一枚の銀貨を店主の掌の上に置いた。


「はい、確かに頂きました。また帝都にお立ち寄りの際は、これからも当店を御贔屓にお願いします」


 頭を下げて見えない店主の顔は、ほくそ笑んでいるに違いない。だが、今はそんな事どうでも良い。


「あぁ、また帝都に立ち寄った際はまた来よう。ところで、この辺で一番大きな衣類の商館はどこだろうか?」


「はぁ、それでしたら教会広場にある······ベスティメンタ商会ではないでしょうか? あそこは品質も折り紙付きで有力貴族御用達です。地方貴族のご婦人相手に御商売でもなさる気で?」


「あ、あぁ、ちょっとな。そんじゃ主人、またいつかくるよ」


「はい、お待ちしております」


 必要な情報を得た俺は、帽子の入った紙袋を受け取って店を後にした。

 外に出ると、心配そうな表情を浮かべているチノがすぐに駆け寄ってきた。


「ど、どがんやった?」


「ったく、チノはせっかちだな······これを買って来ただけだよ」


 紙袋から白い帽子を取り出し、チノの頭に被せた。


「別に俺は、気にすることでもねえと思うけどよ。その、なんだ······せっかく可愛い顔をしてるんだ。そんな暗い顔してたらもったいないぞ?」


「······ば、馬鹿······うちは······か、可愛くなんて······なかし······」


 頬を赤らめたチノは、帽子を目元まで深く被って、弱々しく抗議を声を発しているものの、服の中に隠してある尻尾は激しく揺れ動いていた。


 なるほど、父親プレイというのも悪くはない······と、考えている自分がいるのに気が付き、煩悩を振り払うため、帽子の上からチノ頭を荒々しく撫でることにした。


「うぅ······! いきなり何ばすっとさ!」


「いつまでもニヤケてるからだ。時間もねえし、さっさと行くぞ」


「う、うちは、ニヤケとらん! って、ちょっとカズヒサ、置いて行かんでさ! 」


 乱れた髪と、ズレた帽子を手早く直したチノは、すぐに先を歩く俺に追い付き、猛抗議を再会する。


「うちは、誇り高きモングールの族長ばい! 断じて、ニヤケたりしとらん!」


「はい、はい。わかった、わかった」


「生返事せんでさ! ちょっと聞いとるとカズヒサ!」


 名誉を守るためとはいえ、この様子では目的地を探せる状態にないと感じた俺は、チノを少し困らせてやろうと妙案を思いつく。


「あー、悪かったよ。ただ、帽子を贈ったら、チノは喜んでくれるかなと思ったんだ······ごめん俺、自惚れてたよな?」


 なるべく悲しげな笑顔を作り、俯きながら謝罪の言葉を述べる。すると予想通り、先ほどまで怒っていたチノは戸惑いの表情を見せる。


「うぅ······誰もそがんこと言っとらんやん······それに、カズヒサから貰ったとやけん、嬉しかに決まっとるろうもん······」


 チノは俺の服の裾を摘みながら、オズオズとそう答えてきた。


「お、おぅ······」


 予想以上の効果に、若干の胸の高鳴りと強い罪悪感を覚えた俺は、贖罪のために近くの屋台で売っていた甘いパンをチノに買い与えて、この場を納めることにしたのであった。


物事ってスケジュール通りにいかないものですね。

次回は本格的に買い物をする話になりそうです。

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