第十二話【塩作り・後編】
夜が明けて、薄明の間に身支度を済ませると、さっそく作業に取り掛かった。
まだ、砂浜は日に照らされていないため塩水を撒いても意味がない。そこで、俺たちは燃料となる木を伐採することにしたのだった。
現在は畑や放牧場になっているが、あの広大な畑一面に生えていた木々を切り倒してきただけあって、作業はスムーズに進んでいく。
日が砂浜に照り付けてからは、昨日と同じ作業を繰り返す。海から汲んできた海水をひたすら区画内に撒いていくだけだ。
「おーい! 休憩!」
何度か目の小休憩。木陰に集まって水分を補給する。
「この休憩が終わったら次の作業に移るから、もう海水撒かなくて良いぞ」
「おう。そいぎ次は何ばすっぎよかとや?」
「次は、今まで海水を撒いてきた区画の砂をトンボで集めるんだ。ただし、表面だけな」
「あー、その砂が塩か!」
「違う、いや間違っちゃいねーけど、紙一重で間違いだな。まぁ、やりながら説明するよ。あぁ、そうだ、ウウゥル!」
「おぉ、いきなりどがんした?」
寝っ転がっていたウウゥルは声をかけられて身体を起こす。
「休憩が終わったら、炭の掘り出しをやってくれるか?」
「あぁ、昨日埋めとったやつか。わかった、掘り出しとくけん」
そう言ってウウゥルはパタンと倒れるように寝転がる。どうやらすでに疲れ切っている様子だった。
休憩を切り上げ、トンボを持って最初の区画に移動した。
「よく見てろよー。こうやって、表面の砂だけを取るんだ」
海水が蒸発し塩分が凝結している表面のみをトンボで削り取って見せる。
「この砂を集めたら、後で海水と一緒に樽へ入れて、ろ過した水を煮詰めたら塩の完成だ」
「せっかく水ば飛ばしたとけ、また水ば入るっとや?」
「その辺を説明すると長くなるから、次の工程で教えてやる。だから、まずはこれを終わらせようぜ」
「まーたそいや」
「カズヒサはそいばっかいやんけなぁ」
ちらほらと不満が出てきたが、ゾンとハワルが声をかけていさめてくれた。
「まぁ、良かたいえ。説明ばされてもおい達には分らんやろうしな」
「ほら、止まっとってもしょうがなかけん、さっさと終わらせよーで」
小言を受けつつ、皆は作業に取り掛かってくれた。
「じゃあ、俺は樽の準備と、ここで竈を作ってるから、そっちは頼んだ。ナマルは俺の手伝いな」
「おう」
「はいよ」
「え、おいだけ?」
信頼関係ができているこの四人はとても頼りになるせいか、ついつい頼ってしまってばかりだ。彼らが居なかったらどうなっていたことだろうかと考えるだけで恐ろしい。
と、思ったものの、面倒ごとを押し付けれる人間が居なくなったら困ると考えているのと同義である事に気が付いて少し笑えた。
「俺は樽持ってくるから、ナマルは大きめの石を大量に集めてくれ」
「ヒョロガリの俺にそがん事ばさせんなっつーの!」
「うるせえ! ジムスだったか? そいつに文句垂れて働いてたって言うぞ!」
「ちょ、何でカズヒサが知っとるとや!」
俺の口から出た、予想外の名前にナマルは動揺を隠すことができなかった。
「班を作る時にいつも誰かと交代してただろ! 俺が知らねえと思うなよ!」
「ぐぅっ・・・」
「で、どうすんだ?」
「一個でも多く石ば集めてくっです!」
そういってナマルは森の方へと走り出したのだった。
「初めからそうすりゃ良いんだっての。そんじゃ、おれもやるとすっかね」
ナマルを見送って荷車の方へと向かう。そして、炭の掘り出しをやっている最中のウウゥルを連れて荷台に乗っている樽を下ろした。
「あんがとさん。助かったよ」
「こんぐらい別によかばってん、穴の開いた樽ば持っていってどがんすっと?」
「穴が開いてるから良いんだよ。使うときに呼ぶから楽しみにしてな」
「そうや。そいぎ、炭堀に戻っけん」
「意外とすんなりしてるな」
「どーせ、あとで見せながら説明してくるっちゃろ? こんだけ毎日顔合わすっぎ、カズヒサが二度手間ば嫌っとることぐらいわかっぜ。そいぎ、また後での」
「お、おう、また後でな」
見事に見透かされていた。ウウゥルはどうやら人を観察することが上手いらしい。
そう感心しながら、俺は樽を転がして砂浜に向かった。
樽に空けられた穴に木で作られた筒を嵌め込む。ジャストのサイズで作られているため心配だったが、多少力を込めたが難なく装着することができた。
あとは、筒の中に綿布を雑に丸めた物を入れ、そのあとに筒の口に綿布を被せて紐で縛れば簡易ながらも濾過装置の完成だ。あとは底から十センチほどを砂の中に入れて固定する。その際、排出される水を取りやすいよう、桶を入れられる程度の穴を掘れば完了となる。
ナマルが森と砂浜を往復している間に、運ばれてきた石を並べて竈を作る。
竈が完成したらウウゥルが持ってきた炭と乾いた薪に火を入れて鉄鍋を設置する。
「おーい!集めた砂を持って来てくれー!」
手桶に入れられて次々と運ばれてくる乾いた砂を次々と樽の中に入れ、海水を流し込んでは、並行作業で休むことなくシャベルで中身をかき混ぜ撹拌し続ける。
「じゃんじゃん海水を入れ続けろ! そろそろ下から水が出るぞ!」
口を塞ぐ綿布に染みができ、ポタポタと零れ落ちる雫はすぐに流水に変わって桶へと注がれる。
「今やってる事の意味を教えてやるから、誰か柄杓を二つ持って来てくれ」
手渡された柄杓を受け取り、一方に普通の海水を、もう片方に濾過した海水を入れる。
「ほい、飲み比べてみな」
「・・・?」
説明を渋った時に文句を言っていた彼に柄杓を差し出して飲ませてみた。
「こっちは普通の海水だな」
首をかしげていたが、特に抵抗もなく柄杓を受け取って海水に口を付ける。
「普通にしょっぱかぞ」
「ほい、こっちが樽で濾した奴な」
今度も抵抗無く口を付けたが、含んだ瞬間に噴出してしまった。
「ぶふぅっ! ぺっ、ぺっ、 しょっ、しょっぱさぁ! 何やこい! 喉ん焼けるごたっぞ!」
「あっはっは! どうだ、しょっぺえだろ?」
「おう。ばってん、何でこがんしょっぱかとや?」
「あー、それはだな、海水を熱い砂に撒くと水が飛んで乾くだろ? その時に塩が砂にくっ付いたまま残るんだ。その砂と海水を混ぜると塩が溶けて塩気が濃ゆくなるんだよ」
「そいぎ、目には見えんばってん、こん砂に塩が付いとるったいな?」
実際に砂を手に取って顔を寄せるが、よく見えなかったのだろう。手に取った砂はすぐに樽の中へと入れられた。
「そういうこったな。あとは、この濃い塩水を鍋で煮込んで水を飛ばしてやりゃあ塩の完成だ」
「やっと完成や! そいやぎ、さっさとしゅうで!」
「おう! そんじゃ、そこの鍋に塩水を入れてくれ。くれぐれも溢さないでくれよー」
「おう、こんぐらい余裕ぞ!」
数人で樽を持ち上げて鍋の近くに移動させると、柄杓で塩水を掬って一杯ずつ鍋に注ぎ始めた。
バシュウッ! と液体が突沸して爆ぜる音と同時に大量の蒸気が沸きあがるが、注がれる海水で鍋の温度が下がりすぐに消え去った。
「このまま火にかけて水を飛ばしていくと結晶化した塩が出てくる。それを掬って一度さらしで水を切って樽に入れれば、ここでやる作業はおしまいだな」
「ここでって事は、戻ってから何かすっとや?」
「あぁ、さらしで絞っても水分がどうしても残ってグショグショだからな。村に戻ったら手分けして塩を鍋で炒る。残りの水を飛ばしゃあ、いつも使ってるサラサラの塩が完成するってわけさ」
「おぉ! そいぎ、こん作業が終わっぎ帰れるったいな!」
「よっしゃ! 帰れっぞ!」
何を勘違いしたのか、勝手に指揮が上がってくれた。せっかく上がったものを、わざわざ下げる意味もないため乗っておくことにしよう。
「そうだな。さっさと終わらせて帰ろうぜ。そんじゃ、新しく仕事を割り振るぞー!」
「「「「「おう!」」」」」
塩作りで大量に消費する燃料の確保や、希釈用の海水の運搬、火と鍋の管理など、仕事はいくらでもある。それぞれに人員を振り分ける。
皆が意気揚々と散っていく中、ハワルが俺に声をかけてきた。
「で、何日かかるんだ?」
「まぁ、全部の樽を満杯にするのに・・・五、六日ってとこだな」
ちなみに海水を撒くことから、ここまでの工程をあと一、二回繰り返す予定である。
「ははっ、やっぱお前鬼やろ」
乾いた声でハワルは笑った。
結局、全工程が終了したのは六日目に夜通しで作業をして七日目の朝だった。
作業が終わったというのに歓喜の声は無く、皆は死んだ目で黙々と道具を片付けて、荷台に積み込んでいく。
道具の片付けとは別に俺と他数名は、来年用の木材を切って砂浜に並べることにした。こうしておけば、来年には水分が抜けて優良な燃料となるからだ。
なぜ、こんなことをするのかって? 決まってる、燃料さえ準備できていればあと2日は早く帰れていたかもしれないからだ。
こうして、
やるべきことを終えた俺たちは、ようやく帰路に就いたのだった。




